メタルヘッド小説

   GOOD FOOD

「買い物に行くけど、どうする?」
 暇そうにしているエンジュに誘いをかけると、エンジュは抱えていた枕を放り出してベッドから飛び降りてきた。
「行く」
 毎度素直な返事である。
 どうやら身支度の時間を与えてやる必要はなさそうだ。
「それじゃあ留守番、頼むよ」
 奥の部屋に向かって声をかける。アビスはソファの向こうから片手だけ上げて応えた。愛想はないが、それもアビスなりの素直さか。
「ん、じゃ行こうか」
 どうしても身体が浮いてしまうとでも言いたげに跳ね歩くエンジュを従えて外階段を下りていくと、先に行って待っていたセンゴクが地階のガレージでルーレルとしゃべっているのが聞こえた。声が壁に響いてくる。
「スペアサスとリヤガーニッシュな。よし、買ってきてやるぜ」
 ツードアのコミューターのどこにそんなものを積む気だ。出発前からどうも不安である。
「センゴクも乗るから、エンジュは後ろの席で我慢して」
「うん」
 小柄なエンジュは苦もなく狭い後部座席に滑り込み、運転席の背もたれに手をかけて待機した。
 ハッカーであるエンジュはすぐに人の手元をのぞき込みたがる性癖がある。別に手を出してくるわけではないのだが、見られているという感じはどうも落ち着かない。かと言って、敢えて叱るほどのことでもないのでこのまま耐えることにする。
 エンジンをかけて、センゴクの側まで車を移動させた。
「お待たせ」
「おう。じゃあ、行ってくる…って、なんだ、こいつは」
 ドアを開けたセンゴクが、自分が座るべき場所に鎮座しているヌイグルミを見て、大きな声をあげた。
「あ、それ…」
「景品かよ」
「まあ」
 女の子を喜ばせるために備えておいた小道具を、センゴクは無造作に掴んで後部座席に投げた。エンジュがキャッチして胸に抱える。
 まあいいか。
 いったん切り返して出口へ向かうと、ルーレルはスタンドの従業員のように軽く帽子を上げてみせる仕草をした。 
「外に出たらシャッターを下ろしておいてもらえるかな」
「了解。気をつけていってらっしゃい」
 その言葉がどこか慰めに聞こえたのは気のせいか。
 手を振り返すのはエンジュに任せておいて、公道に車をのせる。
 ガレージからワンブロックも行けば、繁華街に出る。たいていの買い物はこのメインストリート沿いのどこかの店で間に合った。
 午後の比較的すいている道を、軽く流す。
 センゴクはラジオのチューナーをいじくり回していた。主な放送は固定チャンネルに設定してあると教えたのに、それで何が不満なのか、いつも自分で周波数を突き止めようとしている。うまくチューニングすれば宇宙人のメッセージが入ってくるとでも考えているのだろうか。
 そんなに長いドライブでもないので好きにさせておくことにした。
 その辺の不徹底さがさまざまなトラブルの温床なのかも知れないが。
 ステアリングを切って、ショピングセンターの地下駐車場に車を滑り込ませる。
 とりあえずは食料品の買い物を済ませてしまおう。
 カートを押していくと、センゴクが無造作に品物を投げ込んできた。
「ちょっと、一緒にすると会計のときに面倒だよ」
「大丈夫だって」
 大丈夫じゃない。そんなことを言って、センゴクが支払いをしない計略なのはわかっている。
 無理やり籠をわけて区分を明確にさせた。
「細かいことにうるさいヤツだな」
 文句を言いながらもセンゴクは自分のカートにどっさりと食料品を積み込んでいる。こまめに買いに来るのが面倒だからこの機会に買い溜めておくつもりらしい。同じものをいくつも放り込んでいる。銘柄は気にしてもいないようだ。
 心配なのは支払いまでではなくなってきた。
「自分で何を買ったか覚えておいてよ」
「どうせ同じ台所に置いておくんだぜ? 共同で買って共同で使えばそんなこと気にしないで済むのによ」
 気にしないのはそちらさんだけだろうに。
 センゴクが買おうとしているのは安価なレトルトの合成食料ばかりである。
 レンジで温めるとか水を加えるだけで食べられる状態になるし、長期間室温で放置しておいても腐ることはないが、そればかり食べて暮らすというのも空しいものがある。
「よくそんなものばかり食べ続けていられるね」
 思わず口に出すと、センゴクは心底意外そうな顔をした。
「どこがおかしい?」
「おかしくはないけどさ、合成タンパク質なんて所詮はバクテリア製品じゃない。そう思うと、どうもね」
 センゴクは簡易パッケージを籠に投げ込みつつ率直に指摘してきた。
「おまえだって天然物ばかり食えるようなご身分じゃないだろうが」
「でも、でもね…」
「最近はレトルトでも出来がいいんだ。原料が何だろうが、見てくれも味も本物と違わないぜ」
 そう。確かにこの頃はレトルトも天然素材にごく近いものかも知れないけど、やっぱり違うものは違うのではないか?
 しばしの逡巡をどう取ったのか、センゴクが叱りつけた。というより苛立たしげに文句をつけてきた。
「馬鹿なブルジョア指向もつんじゃねえよ」
「そんな浮ついたもんじゃなくてさ、人生を楽しむひとつの手段というか…」
「何言ってんだあ」
 語尾を上げつつセンゴクがパッケージを投げてよこした。
「味も同じで食いでも充分楽しめるぞ。それ以上何を望む」
 これ以上議論を続けると、今度は何が飛んでくるかわからない。
 中身が崩れていないことを祈りつつ、投げつけられたパッケージを棚に戻していると、エンジュがカートの軸に足を乗せて、スケーター代わりに転がして来た。
「ねえ、買い物済んだ? 僕もういいよ」
「ああ、こっちもだいたい…ちょっ…エンジュ!」
 カートを差し押さえて籠の中身を確かめる。
「これでいいって?」
「うん」
「だめだよ。こんなんじゃあ…」
「なんで?」
 なんで、と聞かれても困るのだが…
「これね、エネルギーパックばかりじゃないか。固形物を食べられないフルボーグじゃあるまいし、もう少しちゃんとした物食べないと」
「ちゃんと栄養あるけど?」
 センゴクがセンゴクなら、エンジュもエンジュだ。手軽だからって、ドリンク食材だけで暮らすつもりでいるなんて信じられない。 
「あのね、エンジュ。いくら栄養があってもそれだけじゃだめなんだよ。
 ものを食べるという作業には、口を動かすことで顎の筋肉を鍛えるという側面もある。歯を食いしばれないと、いざという時の踏ん張りが効かないんだよ」
 そうは言っても、電子世界の精神活動が主な活躍の場であるネットライナーにはあまり意味がない気もする。
「エンジュはおしゃべりで顎の運動させているからな」
 センゴクがいらぬ口をはさむ。
「じゃあ、センゴクはこのメニューで暮らしていけると思うかい?」
 切り返すと、センゴクはさすがに渋い顔をした。
「エネルギーパックじゃ食った気がしない」
「エンジュも10秒で終わっちゃう食事なんてつまらないと思わない?」
 エンジュは素直に否定した。
「べつに一時間食べてたって楽しくないもん。10秒でも同じだもん。それなら59分50秒別の楽しいことした方がいいでしょ?」
「それは…困ったなあ」
 理屈は成り立つのだろうが、正論ではないということをどうやって伝えたらいいのだろう。
「エネルギーパックはやっぱり良くないぞ、エンジュ。料理ってのはな、決まった形があるからおいしそうに見えるんだ。どうせ必要不可欠なことなら、楽しんでやれる方がいいだろうが」
 珍しくセンゴクが説得力のあることを言っている。だけど、さっき彼が否定したことを口にしているような気がしないでもないが。
 補足するように言葉を繋いだ。
「エンジュは栄養素しか問題じゃないと思っているみたいだけど、そういうもんじゃないんだよ。かといって、センゴクが言う、食いでや見た目といった形だけでも不足だと思う。
食事というのはね、肉体の必要だけではなく、精神の愉悦でもあるべきなんだよ。
素材や調理法まで楽しんでようやく食事のあるべき姿なんだと思う」
「で、天然物がいいっていうのか? それはすでに趣味の分野だぜ。一般的な姿じゃない」
 また意見が食い違ってしまった。 
「皆すぐに天然物にこだわるけどな、前もって知らなきゃ合成物と区別つかないだろうが。そんなのに執着するのは成り金趣味だぜ」
 慣れれば区別はつくと思うんだけど。その点に関しては個人の識別能力に差がありそうなので主張するのはやめておいた。別の面から説得を試みてみる。
「天然物が推奨される理由は、希少価値からだけじゃないよ。合成物はしょせん偽物だ。味の面でも、栄養の面でも。それはあくまでも…」
「ねえ、天然物ってどう定義するの」
 エンジュがいきなり割り込んできた。また“知りたい”欲求にとりつかれたらしい。ソクラテス的質問はどうも答えにくくていやなのだが。
「そりゃ、バクテリア培養でない、本物の植物や動物を加工したものが…」
「本物って言ったってさ、汚染地域に自生してるものを取ってくるわけじゃないでしょ。どうしてコロニーやプラント工場で造られたものが天然なの。コンピュータで完璧に環境設定された中で、化学肥料や合成飼育料で育っているんだよ。それで本当に本物っていえるの?」
 そこまで言い切るか。
 またとんでもないことを言い出すんだから。
「そうだよな。まったくの自然状態だったらミュータントになってるぜ。そおゆうものが食いたいのかよ?」
 センゴクがつついてくる。
「そう言ったつもりはないけど…
 でもね、エンジュの極端な理論でいけば、合成食料で生きている我々だって本物の人間じゃないことにならないかい?」
「うーん」
 頭にジャックを埋め込んでいるエンジュが首を傾げている。
「ま、とにかくね、いろんなもの食べてごらん。きっと食事もたのしいと思えるようになるから。
 エンジュはひとりでいるからいけないんだよ。食事は皆でした方がいいものだからね。一緒に食べよう」
「作ってくれるの? わーい。うれしいな」
「え、いや…うーん」
 なんでエンジュはこんなに甘えるのがうまいんだろう。それともこっちの態度が甘いだけだろうか。
「俺にもおごれよ」
「なんでセンゴクにまで」
「食事は皆でした方が楽しいんだろ」
結局こういうことになるらしい。
 ため息をつきつつも、エンジュとセンゴクが妙に嬉しそうなのでつい文句を言う機会を逸してしまう。こうなったら後からの言い訳は無駄だ。素直に観念してカートをレジへ運ぶ。
荷物とエンジュを後部座席に積んで元来た道を戻る。
「おかえり」
 出迎えたのは出発したときと同じくルーレルだった。要請したわけでもないのに荷物を運び出すのを手助けしてくれた。親切なのか、運び屋の仕事でそうすることが習慣づいているのかわからないがともあれ感謝しておこう。
 つばのある帽子をひっかけそうになりながら車内から頭を抜いたルーレルがセンゴクを振り返って言った。
「おい、リアガーニッシュとスペアサスは?」
「いけねぇ、忘れちまった。って、おい」
 階段を上りかけたところを引き戻される。エンジュも襟首を掴まれていた。
「な、なに?」
「ルーレルに謝ろうぜ」
「僕も?」
「おまえらもルーレルの注文聞いてたろうが。俺が忘れてたら思い出させる義務があったはずだぞ。ついでにあの話題で盛り上がったせいで食料品以外のことをきれいに忘れたんだ。
 ともかく、すまん。ルーレル」
 なんだか理不尽な言い掛かりであるが、センゴクが素直に謝るので一緒に謝っておく。
「一蓮托生か。まあ、一刻を争うものでもなし。
 ところで何の話で盛り上がってたって?」
「食い物だよ。天然物とレトルトとエネルギーパックと、どれが最高の食事かってね」
 その瞬間、思いついた。
「そうだ。公平な立場のルーレルに聞いてみよう。ねえ、何をして最良の食事とすべきかな」
「そんなの決まってる」
 ルーレルはにやりと笑って腕を肩にまわしてきた。
「食事はおごってもらうのがベストなんだよ。
 ということでおれの頼みを忘れた罰として三人で今夜の食事はおごってくれ」
「えー」
 ルーレルの体重だけではない肩の重さを重々感じていると、目の前でエンジュが跳びはねて見せた。
「あのねー、もう決まってるんだよ。今日はね、皆で一緒に食べるの。作ってくれるって約束してくれたもん」
「おまえが?」
 ルーレルが首を傾けて尋ねる。もう諦めてうなずいた。
「そりゃどうも。期待してるよ」
 センゴクとエンジュとルーレルはそろってこちらに視線を向け、いやになるほど嬉しそうな笑みを浮かべて言う。
「ありがとう」
 そうなったらもう決まり文句しか残されていないのだ。
 肩をすくめ、弱気な微笑でこう応える。
「どういたしまして」
 ホークにはそれがベストの選択だった。いつだって。

   END