きみ と ぼく
 
 
 
 姫乃が熱を出した。
 明神は久しく病気というものを目の当たりにしていなかった為、最初に彼女が赤い顔をしてリビングで怠さをうったえた時、それはもうこれ以上無いほど動揺 した。熱に浮かされていて、どうも彼女はその辺りを憶えていないらしいが。
「明神、ヒメノ大丈夫そうか?」
 日付が変わる頃、風呂からあがった明神に向かって、エージが心配そうな顔をしてみせた。エージの頭にしがみついたままのアズミまで泣きそうな顔をしてい るので、ちょっと苦笑いを交えた笑顔を浮かべて頭を撫でてやる。
「大丈夫だよ。今はガクがついてるし」
「ん…」
 姫乃の看病をするのでアズミの面倒をすっかり任せているが、案外うまく宥めてくれているらしい。こういう時頼りになるのはやはりエージだ。ツキタケはガ クに気を利かせたのか、先ほどから一人リビングでテレビを眺めている。
「もう少ししたら様子見にいくから、寝てていいぞ」
「おう」
 髪の毛が半乾きになった頃、二階から降りてきたガクがツキタケの居るリビングに現れた。どうやら姫乃は眠ってしまったらしい。
「アニキ、もういいんすか?」
「あんまり女の子の寝てるトコロをじろじろ見るものじゃない」
「そっか」
「それに、お前を一人にしてたし」
「…へへっじゃーいつもの散歩行きますか?」
「ああ」
 出かけるのか、と問うと、姫乃に何かあったら殺す、と脅された。言われるまでも無いと言いたかったが、ガクがどれほど彼女を心配してるかわかったので明 神は頷くだけでやめておいた。
 不安なのは自分だけではない。
 とりあえず飲み物とタオルを用意して姫乃の部屋に向かおうとした時、突然管理人室の電話が鳴った。
「はい、うたかた荘…ひめのん?」
 微かに聞こえた咳に、「明神さん?」というか細い声。何かあっただろうかと耳を澄ませるけれど、何かを戸惑っているのか先の言葉は聞けなかった。
「今行くから、ちょっと待ってて」
 言うと小さく返事が聞こえた。
 しんとした廊下を歩き、階段を上る。3号室の扉をノックしたけれど返事はなかった。仕方ないので勝手に開けて中に入ると、姫乃は目を閉じて眠っているよ うに見えた。枕元に座り込んで顔をのぞき込む。汗で額にはりついた前髪をどけ、手のひらを頬に押し当てると姫乃がゆっくりと目を開けた。
「あ…」
「大丈夫?何かあった?」
「ええと…目が覚めたらガクリンが居なくて…凄い静かで…」
「うん」
「あ、ちがう…飲み物持ってきて貰おうと思って」
「はいはい」
 心細かっただけなのかもしれない。まだ半分ほど残るスポーツドリンクを横目に、明神は持ってきたばかりの飲み物を姫乃に差し出した。眠って少し熱が下 がったのか、自分で起きあがりコップを受け取る。
「少し楽になったみたいだよ」
「そっか、でもまだ安静にしてないとダメだぜ?」
「うん、明日お休みでよかった」
 パジャマ姿の肩が寒々しいので、隣に置いてあった彼女のカーディガンをかけてやる。嬉しかったのかフワリと笑った笑顔が、夕方の弱々しいものから普段に 近くなっているのに気付いて、明神は自分が相当安心しているのに気付いた。
「寝てばっかでつまんないかもしれないけど、ちゃんと眠りな」
「はーい」
 顔色も随分と良い。この調子ならば、明日にはもう少し良くなっているだろうと思う。勿論油断は出来ないが。
「明神さん、ありがとう」
「どういたしましてっと。また何かあれば遠慮無く呼んでいいよ。それとも、寝るまでここに居ようか?」
「ううん、もうへいき」
 コップを置いて、姫乃は照れたように布団を引き寄せた。何故か嬉しそうにしているので不思議に思って眺めていると、不意に明神は袖を引かれ、少しだけ前 のめりになった。
「?」
「あのね、本当にね」
 何か伝えたいのだろう。そう判断して耳を寄せるようにして屈むと、姫乃も合わせて顔を寄せてくる。傾いた彼女の背中から、カーディガンが滑って床に落ち た。
「本当に、ありがとうね」
 頬に、やわらかい感触。
 ぱっと離れた姫乃は布団の中に潜り込むと、すっぽりと包まって背中を向けてしまった。暫く呆然としてた明神だが、取りあえず眠りを邪魔してはいけないと いう事だけ思い出して立ち上がり、フラフラと部屋を出る。階段をゆっくりと一段一段踏みしめるように降りて中程。
 
「………あれ、俺何してたんだっけ」
 
 ぽつりとそう呟いて立ち止まる。そうだ管理人室に戻るところだ、と気付いた時、唐突にフラッシュバックした頬の感触と姫乃の行動。
「っっっーーー!?!」
思わず足を踏み外す。一回まで転がり落ちてすぐムクリと起きあがると、そのままダッシュで管理人室へ。
 今が夜中だとか、二階に病人が居るだとか、そんな事は一切吹き飛んでしまった。感謝にしては少し積極的な彼女の行動に、自分の方が寝込みたいくらいの気 分になる。それが例え熱によるものだったとしても、明神にとっては大問題だ。渦巻く雑念を必死で払いのけながら、早く元の元気な姫乃に戻ってくれと願っ た。
 あんな素直な彼女相手では、自分の方が病を悪化させそうだから。
 
 
 
 
 
オワリ


短いですが、続きをつらっと。

熱でいつもとちょっとチガウひめのんに動揺しようよ明神
(しようよってお前)
せっかくしっかり看病するお兄さん(管理人さん)で
頑張っていたのに、
ほっぺにチューくらいで体制を崩す位が大好きです。
すみません寧ろこの明神奏二が大好きですorz
 

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