みんなぐらし
一人暮らしって、もっと殺伐としてて寂しいものだと思ってた。
でも、今、ここにいる私は、全然そんなことなくて。
「ひめのん!朝飯食う時間なくなっちまうぞ!?」
「ああーーーっ待って…っ時計動かないでっ針待って!」
「いや無理だろそれはふつーに」
時計の針を押さえようが、電池をぬいて止めようが、時間は動いているのだからとんでもなく無意味な行為だ。本人ももちろんそんな都合の良いことは期待し
ていないだろうが、そんな風にでもしないと逆に諦めてしまいそうで恐いのだと思う。
「ったく…ホイ、サンドイッチ。歩きながら食うと行儀悪いけど、遅刻には変えられないからな」
「へ?明神さんが作ってくれたの?」
「他に誰が作るのさー?」
当たり前だろー、と呆れたように肩を竦めると、少しその仕草が気に入らなかったのか、しばらく躊躇したあとひめのんはポツリと呟いた。
「…お腹壊さないよね」
ああ、言いたいことはわかる。どうせ料理が出来るようには見えないって、そう言いたいんだろう?だけど仮にも自活してる立派な大人なわけだし、目玉焼き
とかハムエッグくらいなら誰にでも作れると思う。…たぶん。
でも、でもさ。
言いたいことはわかるけど、遅刻をなんとかして免れさせようという、この善意が彼女にはこれっぽっちも伝わってないのかね?
「………………ひーめーのーん?」
サングラスをかけているので、目がこれでもかっていうほど笑っているのは見えないだろう。けど、そのぶん口元だけでニヤリと笑う表情には抜群の効果があ
ることを充分承知している。
案の定ひめのんは、ヤバイッ!といったような表情を見せて足早に玄関の方へと走ろうとした。
「あっ…と。ちょっと待てひめのん!!」
「えっ?!わっごめんなさー…」
何をされると思ったのか頭を―――頭というかおでこ?―――押さえながら、ひめのんはぎゅっと目をつぶった。
そんな反応に、思わず吹き出すのを堪えながら、綺麗な黒髪に軽く触れる。

きょとん、として。
でも、すごく自然で。
驚いた彼女の顔が、すぐ嬉しそうに笑うのを、俺は毎日楽しみにしてる。
たった一人、この場所に来た彼女が、寂しさなんて感じませんように。
みんなで暮らすこのうたかた荘が、彼女に微笑みを与えられますように。
おわり
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