| 夜科アゲハの不満 身長についてとやかく言われたことが無かったわけではない。 からかわれた事もあるが、それは倍にして返してやったし、体格に頼る奴程実は大して喧嘩に長けてなかったりする。 とにかくこれまでは、少なくともこんな理不尽な怒りに苛まれる事はなかった。 おのれ、(もと)泣き虫ヒリューめ…! 「アゲハ、牛乳切れたら自分で買いに行いきな!最近すぐに無くなるじゃないっ」 「俺の男としての面子がかかってんだよ!絶対ェこのままじゃすまさねぇ…!」 「わけわかんない事言ってるなら買い物行ってこい!!」 今の牛乳が最後の一本だったらしい。 どちらにせよ、カルシウム源の確保は重要だ。 財布の心許ない厚みをズボンの上から確かめて、足早に部屋を出る。 コンビニまでの五分間に、どうかあの怪人からの呼び掛けがありませんようにと祈りながら。 「コンビニにも牛乳はありませんでした」 誰に報告するわけでもなく、駐車場で空に向かって小さくぼやく。おかしい、自分の密やかな復讐劇が何かに邪魔されているような気がする。そもそも復讐さ れているのは自分の方ではないだろうかという、些細なことは気にしない。 コンビニを後にして、めげずに近所のスーパーへ。さすがにスーパーまで行けば牛乳が売っていないということはあるまい。 信号を待ちきれず、ガードレールの途中を飛び越え、さほど車通りの多くない街道を渡る。うっかり見落としていたトラックがクラクションを鳴らすのとほぼ 同時に、反対側のガードレールを飛び越えた。 「着地成功っと。さーて…」 小走り気味に角を曲がろうとしたところで、うっかり人とぶつかりそうになった。 否、本来ならぶつかっていたであろうタイミングだったが、何故か自分のカラダはガードレールにしたたかに腰を打ち受けている。 「…???は?」 「なんだ、夜科なの」 言われてその小柄な人影を見れば、クラスメートの雨宮だった。いや、一応単なるクラスメードではないのだが、それはそれとして、雨宮だった。 「そんなに急ぐと危ないわよ?ぶつかるところだったじゃない」 「悪かったな。ぶつからなかったんだからいいだろ」 ぶっきらぼうに答えるが、危なかったのは事実なのでもう一度「悪かった」と謝った。 雨宮は気を悪くした風でもなく、こちらを上から下まで順に眺めて少しだけ首を傾げた。 「買い物?それとも散歩?」 「買い物が正解。お前は何してんだ?」 「………」 一瞬考えこんだかと思うと、一歩足を踏み出す雨宮。もう一歩。二歩。もう、その顔がすぐ近くまで。 「夜科がここに居る気がしたから来たの」 「!」 小さく、零すように笑う。 「変な顔」 「あ、雨宮…お前なぁ…」 からかうのもいい加減にしろと、自分から距離をとろうとして、後ろがすぐガードレールだった事を思い出す。仕方なく雨宮の方を少しだけ押しやると、軽い 体は羽のように遠のいた。 少し、勿体ない。 「とにかく、俺は買い物に行くところだったんだ。お前もあんまり暗くなるまで一人でふらふらすんなよ」 「スーパーなら今日は年に一回の従業員慰安旅行でお休みよ」 「は?」 「今朝、大型バスで出て行くのを見た物」 なんだそれ。さすがにそれは予想外だ。 何処まで邪魔をするつもりだ!ヒリューめ!! もはや八つ当たり以外の何物でもないが、そもそもの原因が朝河なのだから問題ない。 勝手に納得したものの、それでもスーパーが開くわけでもなく、カルシウム摂取作戦がいとも簡単に崩れ去ってしまったことに変わりない。 黙り込んだ事に気づいた雨宮が言う。 「牛乳飲んでも、骨が太くなるだけで背は伸びないのよ?」 「…へ?」 「スーパー。牛乳買いたかったんでしょ?」 見透かされていることよりも、牛乳のもたらす効果の方が衝撃的だ。おかしい、そんなこと授業で習った覚えはないというのに。 「まぁ、信じていれば奇跡は起こる…のかもね。牛乳にも」 「あのなぁ!お前フォローしたいのかトドメさしたいのかどっちなんだ?!」 「…どっちだろう」 こっちが聞きたい。 あまりにマイペースな雨宮の様子に、先ほどまでの勢いも何処へやら、すぐにでも帰って睡眠をむさぼりたい気分になった。寝る子は育つというから、今度は そちらを実践してみよう。 「…無駄かもしれないけど、やらないよりはマシね」 「頼むから人の考えてること読まないでクダサイ…」 実際に読まれているかどうかは知らないが、見透かしたようなその言動に肩を落とす。情けない事この上ない。 まださして日の長くない昼間の日差しが、段々と陰ってくるのを肌で感じながら、その行方を追ってみればもうだいぶん時間は過ぎていた。コンビニで立ち読 みした時間が悔やまれる。 「日落ちてきたな。行くぞ」 「?だからスーパーはりょこうで…」 「バカ、お前の家まで送るっつってんだよ」 対して遠いわけではない。だが近いわけでもない。 日が暮れる前に彼女が家にたどり着かないわけはないが、休日に偶然会えたのだ。わざわざここであっさり別れる理由もない。一応単なるクラスメートではな いのだから。 歩き出したにも関わらず、雨宮はまだきょとんとしている。ため息を一つつくと、半ばやけになってその細い手首をとった。 「ホントに日ー暮れちまうぞ、ホラ」 「…うん」 それから雨宮の家の近くまで、一言も言葉は交わさなかった。 「ありがとう夜科」 「じゃーな」 礼を言う雨宮の言葉にかぶせるようにして手を振る。振り返るつもりもなく背を向けると、雨宮が少しだけムッと口を結んだ。 (…別れ際あっさりしすぎ) 「!」 (いくらなんでも素っ気ない。全然男らしくもない) 「雨宮ァ、頭ン中でしゃべんのやめろよ…」 至近距離だからだろうか、いつかの教室で聞いたそれよりもよく響く。 「だって、スタスタ行っちゃうから」 ![]() 「もう家着いたんだからいいだろうが?」 「…わかってない。夜科の彼女になる人は可哀想…」 「をい、そこのお前は一応オレのカノジョだったよな?」 「…次にまた会いたいと思わせるくらいの、別れ際でないと」 「無茶苦茶言うな!?」 「冗談。そこまで夜科に期待はしてないから大丈夫」 「………」 さすがにカチンときた。 期待されていないのは別に構わないが、何処か上目線な物言いが気に入らない。 それは確かにレンアイとかいうジャンルにおいては、初心者も同然の自分だが、それでも一応雨宮とは対等にオツキアイという物をしてると自分では思ってい る。 踵を返して雨宮の元に戻る。歩く歩調そのままに至近距離まで詰め寄ると、少しだけ目を大きく見開いた彼女の前髪がひたいにかかった。 ガツッ 「…夜科。眼鏡痛い」 「俺もそう思った」 距離感が掴めないまま鼻先で眼鏡に激突。少し曲がったそれを直す雨宮は、明らかに落胆の表情を浮かべていた。再度チャレンジをする雰囲気でもなくなって しまったが、ここで引き下がるわけにもいかない。 眼鏡を正して視線を上げた雨宮に、今度はぶつからないように目線を寄せる。 「今度は眼鏡とってからすっからな」 ![]() 「え?」 「次会った時は”お別れのキス”してやるから、覚えとけよ」 噛まずに言えた事に安堵した瞬間、雨宮が大きく破顔した。というより笑い出した。 「顔真っ赤にして言う台詞じゃないと思うよ?」 「うっせーうっせーじゃー帰るからな!」 「ん」 ぽんっと軽く雨宮の額を叩く。頭を撫でるのは、まだ苦手だ。 一歩も動く気配のない雨宮が、自分の背中を見つめているのがわかった。 先ほどとは大分違った気持ちでそれを認めて、軽く顔だけで振り向く。 「早く家入れよ」 それを聞いた雨宮は、また零すように笑った。 角を曲がって、横断歩道を渡って、信号を待って、階段を上る。 歩き慣れた道が、少しだけ新鮮に思えた。 「おかえりアゲハ。あれ?牛乳は?」 「あ」 だが何故か姐のおしおきだけは、新鮮に思えなかった。 俺南無。 終
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