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 姫乃の方向音痴は、周知の事実だ。
 
 

「あれ…ひめのんは?」
 いつもなら出迎えてくれる時間だというのに、すでに学校から帰っているはずの姫乃の姿がないことに明神はエージに向かって首を傾げる。
「なんで俺が知ってると思うんだよ」
「え?いや、なんとなく」
 仕事帰りにあの子の顔を見ると、帰ってきたという気が最近特にするので、実は結構楽しみにしていた明神だった。が、それが今日に限ってないことに残念な思いを感じながらもとりえず部屋に向かう。
 怪我はしていないけれど疲労はあるし、あちこち汚れた服をどうにかしたり、商売道具の管理をしたり、建物に異常が無いかチェックしたり――これは姫乃が来てからの日課だ――夕食の準備をしたりと、色々やることはある。彼女がひょっこり現れては、時折母親のように口を出す日常が、こんなにも自分のなかで当たり前になっていたかと無意識に苦笑した。
「けど、もう日が暮れてるんだよなー…」
 遅くなると言う話は聞いていないので、学校で何か行事があったか、帰り道で何かあったかだと思うのだが。
 明神はコートを軽く払って椅子の背にかけると、入ったばかりの部屋から踵を返して玄関へ向かった。
「エージ、ひめのんまた迷子になってたら困るから、ちょっとそのへん見てくる」
「あぁぁ?子供じゃねぇんだからほっとけよ」
「馬鹿、だから余計危ないんだろうが」
 もっともらしい言い分を残してあっというまに門柱の向こうに消えた背中に、エージは言われた意味がわからず眉根を寄せた。
「…なんだよ、子供じゃないと危ない理由って」
 子供にはわからないらしかった。
 
 
 

 学校に行くまでの道は一本道ではないので、すれ違いになる可能性は十二分にあった。でもそれでも、放っておくには何処か胃の辺りが落ち着かないというか、むかむかするような感じがあってつい、出てきてしまった。
 明神はほとんど日の暮れた西の空をサングラス越しに見つめながら、ただこの落ち着かない気持ちをどうにかしなければと思う。
 姫乃が心配だから、こうなるのだということは、さすがにわかっているから。
「ひーめーのーん…って呼んでもさすがに出てこねぇよな…」
 猫や犬ではないのだから、そういう探し方もどうだろうと思いつつ、他に方法がないので名前を呼びながら歩く。うたかた荘から10分程歩いた所で、さすがに一度戻ろうかと立ち止まった。
 この辺りには、公園をのぞいて寄り道をするような場所も特にない筈なのだが。
「あーもう、これで家帰ってたらデコピンだ…ちくしょう」
 ブツブツいいながらそんな八つ当たりを考えて、明神はもう一度西の空を見やった。
 もう日は沈んでいた。

「おーぉいっひーーーめの―――………」

「明神さん!!!」

 半ば自棄で呼びかけた名前に、凜と鈴のような声が返ってきた。おや?と周囲を見回すと、公園の方からセーラー服の少女が駆けてくるのが見える。
「ひめのん!!」
「わーんっやっぱこっちでよかったんだ!暗くなったら全然わかんないんだもん!!」
「あのなぁ…」
 わかんないんだもんって、そんなこと言ってる立場ですかと言いそうになって、あまりにそのふくれ面が可愛らしくて言いかけた言葉を飲み込む。代わりに笑いそうになるのを堪えて、大げさにため息をついて明神は姫乃のおでこに、不意打ちのデコピンをした。
「ていっ」
「いっっっ!?」
 手加減は勿論したが、それでも痛いだろう。一瞬何をされたのかわからずのけぞった姫乃が、ぽかんと口を開けて放心したあとにカッと頬を赤くして怒り出した。
「何するのいきなりー!?」
 怒っていても可愛らしいのに違いはないと言ったら、余計怒りそうなのでそこは置いておいて、落ち着き払った態度で逆に顔をのぞき込むと少し語気を強めて言う。
「こんな暗くなるまで女の子一人でどこに寄り道してたんだ!!」
「え…」
「俺がたまたま来たからいいものの、暗くなって迷子になって、その後どうするつもりだったんだ?!」
「あ、えと…その…」
 迷子になった自覚が余程強いのだろう、眉尻が下がって俯いてしまった姫乃に、ちょっと言い過ぎただろうかと明神は頬をカリカリと掻いてから、ぽんぽんっと小さな頭を撫でた。
「…ま、無事だったからよかったけどね…」
 そう呟いた本音が、思ったよりもずっと――自分で予想したよりもずっと――安堵の響きが強いことに情けなさを感じながらも、先ほどまでの落ち着かなさが全く無くなっていることにも気付いてホッとする。
「ご、ごめんね…明神さん」
「いや、まぁ知らない街だもんな…迷ったって、当然だな…うん」
「ううん、ちゃんと真っ直ぐ帰ってくれば、きっと大丈夫だったんだよ?」
 その「きっと」という言葉はあまりに頼りないのだが、明るければそれほど心配しないでいるのも事実だと思う。
 明神はわかったよ、とまた頭を撫でてから、ふーっと大きく深呼吸するように息を吐きながら上体を倒した。
「…明神さ…?」
「ごめん、気が抜けた」
「へ?」
 仕事の後だったこともあるのだろうけれど、異常に緊張していた。戦闘は嫌いではないけれど、一歩間違えば自分だって無事では済まない状況に違いないのだし、それ相応の危機感のようなものも、霊に対する驚異もきちんと覚えている。
 姫乃が、その驚異に脅かされることが今後あるようなら、それは一度関わってしまった自分のせいかもしれないとさえ、最近思うのだ。
 自分よりも細い肩が目の前にあって、思わずそれに額を乗せる。黒い髪の毛がサラサラと明神の顔を避けるように流れていくのを横目で見つめながら、姫乃の頭に乗せたままの右手に少しだけ力を込めた。
「…おかえり」
「あ、うん…ただいま」
 明神の行動にハテナを浮かべながらも、心配して貰えたことが嬉しいのか姫乃は嫌がる様子もなく肩に乗せられた明神の頭に自分も頭をこつんっとぶつけてみせた。
「あのね、今日学校で映画の話してる子がいてね?」
「ん?」
「レンタル屋さん、このへんにあるかなーってウロウロしてたら…その、時間がね?」
「あー…」
 知らない道に行ったら迷うということがわかっていても、つい日が高いと油断をしてしまうのが人間だろうと思う。明神は顔をあげると「そういうことね」と笑って、姫乃の手をとってうたかた荘とは逆の方向に歩き始めた。
「え?え?何処行くの?」
「どこって…ビデオショップでしょ?」
「あるの?この辺に」
「一応、あるよ…うん一応」
 微妙な返答をしてスタスタ歩く明神に、姫乃も後れないようについていく。遅れないようにといっても、手を繋いでいるからあまり意味を為さないかもしれないのだが。
「もしかして明神さん…なんか、危ないお店?」
「あ、危なくはないっ…と思う」
「………」
「い、いや、俺は別に怪しいものっ借りたりとか、あんましないからわかんねぇけどっ」
 特に言及もしていないのに、余計ないい訳をしているあたりが怪しすぎると思いつつ、姫乃はその狼狽える明神の様子が面白くて更に言い募る。
「実は常連さんだったり…」
「だから!借りた事はないって!!………たぶん」
「あやしーーー」
 繋いだ手をするっと抜けだし、先に立って駆けだした姫乃に、あわてて明神はその後を追う。
「こらっまた迷子になるぞ!!」
「えー?怪しいおじさんと居る方があぶないかもしれないよ???」
「怪しいって………っておじさん?!ひめのんおじさんて言った今!?」
「きこえなーい」
 ふわりと長い黒髪が電灯の下で揺れた。
 明神は逃げる姫乃を捕まえると、そのまま誘拐しそうな勢いで抱き締めた。
 
 



オワリ


 

女子高生を襲う変態管理人は犯罪者です(コラマテ

すっかりラブコメな勢いですね。
でも心配しまくってた明神さん書けて結構楽しかったですよ(うわひどい
ひめのんは懲りずに迷子になる方向で皆さん一致だと思います★

ちなみにひめのんが借りようとしたのは「河童」あたりで如何でしょうか。
あれを帰ってから2人で観て、ボロボロ泣くといいでしょう。
鼻水垂らしたギャグな明神さんもまたステキでしょう!!(ダメだこいつ


 
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