Be My Valentine
 
 

 
【ヨーロッパなどでは花やケーキ、カードなどを恋人に贈る習慣がある。
カードには、"From Your Valentine" と書いたり、"Be My Valentine." と書いたりもする。
これは日本とは違い、女性から男性のみとは限らない。】
 
*
 
「というわけで、冬悟君は姫乃ちゃんにプレゼントあげるといいよ★」
「…というわけでに繋がるまでの経緯がオレにはわからん」
 んもー鈍いナァ、と口をわざとらしく尖らせているプラチナの右手には大きなバラの花束。左手には四角くて小さいラッピング済みの箱。心なし、いつもより もワイシャツにノリが効いている(正直どうでもいいが、彼の言っている事の意味がわからないのでそんなどうでもいいところに目がいってしまう)。
 突然平日の昼間に客が来たかと思えば、そいつは怪しげなサングラスに戦隊ヒーローばりのベルト、おまけに先に上げたような手荷物。この場所を訪れる人間 に『普通』を求める気などさらさら無いが、それでも奇抜な相手に驚くことすらない慣れた自分が若干ながら哀れになった。
 特にこいつらと知り合ってからというもの、それに拍車がかかっているのは事実なわけで。
「だからぁ、今日バレンタインデーでしょ?2月の14日、火曜日、天気は晴!絶好のプレゼント日よりだと思わなーい?」
「思わない…。なんだ、そういう事かその花束は」
「ン?あれ、もしかしてこれ、冬悟君にあげると思った?まさかーそんな訳無いジャン☆まぁ姫乃ちゃんにならあげてもいいけど」
「却下」
 じゃあ一体誰に向けてのプレゼントなのだ、と問おうとしてすぐに止めた。聞いたが最後、暫く彼の思い人についての愛を語られるに違いない。何度かその地 雷を踏んだ事があるだけに、迂闊な言動は極力避ける。
「今日がバレンタインなのはわかった。わかった…が、それでどうして俺がひめのんにプレゼントをあげるとかいう話になってんだ?そもそもあれはチョコレー ト食う日じゃないのか?」
「…最後の台詞にちょっと異議を唱えても良いかな」
「なんだよ?バレンタインって、あれだろ?スーパーでチョコのバーゲンやったり、商店街のおばちゃんがチョコ配ったり…。女の子って甘い物好きだからだろ うなぁ、すごい沢山買ってたりしてさぁ」
「………まさかとは思うけど、姫乃ちゃんにチョコ貰ったとして、君はどうしてた?」
「え、おすそわけだろ?ありがたく貰うけど。ひめのん甘い物好きだから買いそうだし」
 うたかた荘の風通しの良い玄関に、一際強い北風が吹き込んだ。プラチナは花が風に負けてしまわないように慌てて扉を閉めると、脳裏で早口に冬悟のマダ オっぷりを捲し立てる澪を思い出していた。
 こめかみを押さえて俯いてしまった男に眉根を寄せながら、まったく話が進んでいないことに明神は苛立たしげに質問を繰り返した。
「それで、なんで俺がひめのんに―――」
「冬悟君!!!!!!!!!」
「どわっ!?」
「いいから黙って姫乃ちゃんに今日これをあげなさい!!!これ!!」
 ずいっと目の前に差し出された小さな箱。恐らくお菓子の類だろうと思われるかすかな甘い香り。可愛らしくピンクや赤でラッピングされたそれを受け取る事 に抵抗があって、暫く箱とプラチナの顔を交互に眺めていると、焦れたプラチナが乱暴に冬悟の手の中にそれを押し込んだ。
 
「これは、三日前、日曜日に澪ちゃんが僕に預けていった『冬悟君から姫乃ちゃんへ』のバレンタインチョコ!!ぜっっっっったいに渡すこと!さもないと澪 ちゃんが浄浄沙房で管理人室閉鎖してオシオキだからね!!そもそもなんでこんな事頼まれて『オッケー任せて☆』とか言っちゃってんの俺!?日曜日にわざわ ざウチまで尋ねてきた澪ちゃんが何か箱とかプレゼントっぽい物持ってたらそりゃ気になるし期待もするでしょ!するよね!?そしたら言うに事欠いて他人の カップルのキューピット♪を命じられた訳ですよキューピット♪っじゃないでしょー!!!オレがどんな気持ちで今日ここまでその重たい箱を持ち運んできた かっていうのが解る!?冬悟君に解るの!?あげくにバレンタインも知らないと来たよもう、マサムネちゃんじゃないけど叫ぶよ!叫ぶよぼかぁ!『ジイイイイ ザアアアァァァァァスッッッ!!!!!』」
 
「やっかましいいい!!!!!!!!」
 
「へぶっっ!?!」
 思わず横隔膜のあたりに拳を突き入れ、とりあえず台詞を止める。会話をする気の無い相手にこれ以上時間をかけるつもりはなかったが、若干気圧されていた のも事実なので理由だけはキチンと聞くつもりでいた。しばらく咳き込んでいたプラチナがいつもの笑みを口元に浮かべられるまで待つ。
「…つまり、バレンタインっていうのは好きな人にプレゼントを贈る日な訳ですよ」
「はあ、そりゃ初耳だ」
「日本だと女性がチョコあげる習慣が根付いてるけど、欧米だと男性がプレゼントあげたりね。それで僕はこんな真っ昼間からでっかい花束持って歩いてんのサ ☆なんてたって澪ちゃんにあげるんだからね、でっかくないとね」
「…花束の話はいい。なるほど、それで湟神の奴………って待て。それってオレにひめのんを相手にコクハクまがいの事をやれとそういう事か」
「あーーーやっっっっと通じた。やっとここまで来たよ澪ちゃん、オレ頑張ったよー」
 また明後日の方向に話が飛んではたまらないと、軽く右手で拳を握ってみせると慌ててプラチナは手のひらをヒラヒラとして見せた。
「もぉ、乱暴だなぁ。とりあえずそれ、渡したからね。あとは適当に頑張って★」
「お、おい神吹…」
 僕もこれから命をかけて行くべき場所があるのですー、と大げさにお辞儀なんてしてみせて、歩いていく方向には恐らく湟神家。白スーツにやたら赤いバラの 花束が映える。こんな住宅街を闊歩する類の人間でないことだけはよくわかるその奇妙さに、しばらく左手の中の小さな存在を忘れていた。
「あ、どうすんだコレ…」
 小さなハート型のカード。
 その中にこれまた小さな字で『Be My Valentine』の文字。
 包装に使われている鮮やかなピンクを見ていると、否応なしに彼女を思い出した。
 きっと、そろそろ午後の最後の授業が始まる頃。
 それが終われば部活動にも委員会にも入っていない彼女は、ここから歩いて程無い学校の正門をくぐり、帰り道から少し外れた所にある商店街で夕食の買い物 をして、近道の公園を通ってこの家に帰ってくる。
 出迎える自分に、満面の笑みで帰宅を告げる彼女の頬は、きっと外気で少し紅く染まっていて。
「そうじゃなくて…っ」
 思い出しているうちに段々脈拍が一定のリズムを保てなくなってしまった。おろおろとリビングを行ったり来たりしているうちに、時計の針は無情にも進み続 ける。
 そして、すっかり外が暗くなった午後六時。いつものように両手にスーパーの袋をさげた姫乃がうたかた荘の玄関の扉を開いた。
「ただいまー」
「お、お帰り!」
 慌ててプレゼントの箱を後ろ手に隠す。小さな箱なので手の中にあっても隠れてしまうのだが、潰してしまいそうで逆に怖かった。
「はー、寒かった。ご飯作るからリビングにテーブル出しておいてねー」
「は、はい」
 鼻歌交じりで機嫌の良い背中を見送る。階段を上がる音が聞こえ、しばらくするとまた下りてくる音が聞こえた。しばらくして包丁がまな板を叩く規則正しい リズムが聞こえてくる。
明神は管理人室の小さなテーブルをリビングに運ぶと、ついでに簡単に掃除をする。夕食は大抵彼女が作ってくれるので、最近はこうして食卓を共に出来る機会 が増えた。それは勿論有り難いことで、幸せなことで、自分にとって愛しい光景で。
自分が如何にその風景を大切にしているか、彼女に伝わっているのかは定かではないけれど。
「…そっか、そういう事って思ってるだけじゃわからねぇよな」
 手のひらの中の小さな箱。
 それはきっと、高級でも貴重でもない物。
 でも、意味は。
「よし」
 共同のキッチンというより、給湯室に近い台所。その少し狭い場所で夕食の支度をする姫乃。足音に気づいて振り向いた彼女が、自分の顔を見て少し慌てたよ うに濡れた手を拭くと、調味料の棚の近くに置いてあった箱をとった。
「あ、ちょうど良かった…明」
「姫乃
「神さ…はい?」
 見上げてくる大きな瞳を直視出来ない。じわじわと耳が熱くなってくるのがわかったが、それは彼女に想いが伝わってしまうことが嫌なのではなく、単にこう いった行為に自分が慣れていないからだと今更な事を考えた。
 少し握りしめてしまったせいか、微妙にくたびれてしまったピンク色の包装。その箱に視線を落とした姫乃が、やはり状況を理解出来ずに瞬きを繰り返す。
「男があげても、いいんだって」
「へ?」
「…というわけだ」
 戸惑う姫乃が、後ろ手に持っていた箱をどうしたらいいのかと遊ばせているのに気づいて明神はそれを持つと、代わりに空いた手のひらにプレゼントを落と す。中身は自分も知らないので、特に何とも言う必要は無いだろうと思った。
「あ、えと、これ貰って良いの?私が?」
「そう、俺から姫乃に」
「ありがとう…」
 伏し目がちに、小さな箱を胸元に抱き寄せたまま小さく礼を言った姫乃に、明神は吸い寄せられるようにその額にキスを落とす。くすぐったいのか笑った姫乃 が、もう一度『アリガトウ』と言った。
「先を越されちゃったけど、私もそれ、明神さんにあげる予定だったの」
「ん?ああ、コレ…俺にだったのか」
 無意識に取りあげてしまった箱。こちらはラッピングというよりも手作り感のあるお菓子のケースだった。焼き菓子の香ばしい匂いがしたので、恐らく姫乃が 作った物が入っているのだろう。クリスマスでもあるまいし、バレンタインにお菓子の交換をしている奇妙な光景ではあったが、これはこれで悪くないものだと 思う。
「ありがとな、姫乃」
 照れくささが抜けず、顔を真正面から見られずにいると、それを察したのか姫乃は後ろに回り、背中にとんっと体重を預けてきた。触れている部分だけが、じ わりと暖かい。
「…なんか、明神さんがこういう事すると思わなかったから嬉しい」
「ははっ…」
 言われなければきっとすることは一生無かっただろうと思うだけに、苦笑が漏れる。それでも彼女が喜んでいる事に変わりはないので、今度会ったときには必 ずあの二人にはそれぞれ礼を言おうと思った。
 
 
 
 *余談*
 
「澪ちゃ〜ん、はっぴーばれんたいーん」
「帰れ」
 ピシャリと玄関の扉が閉められる。あまりに電光石火の拒否っぷりなので、一瞬プラチナは嘆くよりも感心してしまった。
「も〜〜〜澪ちゃんってば、冬悟君の事報告しようと思ったのに聞きたくないのかい?」
 がらっと再び天の岩戸が開く。なんだってこう、彼女はあんな手のかかる男を気にするのだろうか。
「で、どうした」
「ちゃんと渡してきたよ。姫乃ちゃんに渡す事も含めて話してね☆吃驚したよー冬悟君ってばバレンタインの意味さえ知らないんだモン」
「…そうか、そりゃ実力行使に出て正解だったかもな」
 やれやれ、と肩を竦めてみせてはいるが、その表情は明るい。少しだけむっとして、だが以前から疑問ではあったので、ついでとばかりにプラチナは口元の笑 みを消して問いかけた。
「ねぇ、なんで澪ちゃんはそんなに冬悟君を構うの?」
「…え?なんでって………ほっとけないだろう。手のかかる弟みたいで」
「へぇ、弟ね」
 それはきっと、彼の師匠にも起因するもので。
「姫乃をあんな頼りない奴に任せなけりゃいけないんだからな。少しはしっかりして貰う為に色々…。おい、なんでそんな口をへの字にしてるんだ白銀」
「別に…ナンデモナイヨ」
 ばさっと少々乱暴に花束を差し出す。受け取る事を一瞬躊躇した澪だが、プラチナにいつもの笑みが浮かんでいないことが不安にでもなったのだろう。二人の 間を割るようにして突き出された花束を受け取ると、それを横にどかして更に言いつのろうとした。
「ちょっ…何処行くんだ」
「マサムネちゃんのトコ。俺の用事は済んだから」
「用事って…こ、この花の事か?待ておい…待てって、白銀…おい」
 どうせ花束の事を言及されて、正直にその理由を言ったところで彼女が納得や感謝の言葉を口にするとは思えない。体よくあしらわれるか怪訝そうに毒を吐か れるか、そんな所だろう。今更それくらいで不機嫌にも不満にもなったりしないが、今頃あの古ぼけたアパートではこことは異なる展開が繰り広げられているの かと思うと正直面白くは無かった。
「人の話を聞いてから行けこの馬鹿プラァ!!」
「澪ちゃんその略し方さすがにひどいよ!?!」
 思わず振り返った顔に、何やら角張った箱の衝撃。目の前に星が瞬いた錯覚の後に、再度ピシャリと閉まる扉の音。
「あ、あれ?澪ちゃん話って…ん?」
 足下に転がった、顔に当たった凶器らしきもの。
 その手のひら大の箱に、まじまじと視線を落とす。
「!!!!」
 包装は、姫乃宛に冬悟に渡したそれと同じ物。でも大きさが、ほんの少し大きい。
 彼女がどういうつもりでそれを投げてよこしたのかはわからない。だけれど、今までにこんな事態は無かった。
「っ…マサムネちゃんに報告しよう」
 大事そうに少し潰れてしまった箱を抱えて、プラチナは帰り道につく。
 
 オワリ




プラ澪って楽しいとは思っていたけれど、タノシイデスネ。
ウチの明姫も段々所帯じみてきて、フレッシュさが…w
なんだか新鮮でしたが、
やはり久々なのでヒドイ出来ですすみません。

また当分原稿中心ですー。


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