| 年中無休 春です。 「あったかいねぇ〜〜〜…」 「そうだなぁ〜…」 「眠くなるねぇー…」 「ぐー…」 うたかた荘のリビングで春眠をむさぼる住人が二人。 「あー!また寝ちゃう明神さん、ダメだよ!起きて!眠いけど起きて!」 「うぅ…今のうちに熱量を蓄えておくんだ…夜の寒さに備えて…」 「だから夜寒いならお布団増やしなって言ってるでしょ!」 昼間の暖かさとは裏腹に、深夜の冷え込みはまだ厳しい。桜の季節も一区切りついた咲良市だが、寒さから解放されるのはまだ暫く先の事のようだ。 明神の寝ている管理人室は日当たりも悪く、姫乃の部屋に比べると大分寝心地は悪い。それを聞いた姫乃が一度、何の気なしに「じゃあ私の部屋でみんなで寝 ようよ」と提案した事もあるのだが、当然明神は丁重に慎重に断りを入れている。布団を増やすにしてもたかが知れていて、結局は万年床で煎餅と化した布団に 縋るほか無かった。 「大体明神さんはお布団かけて寝てたって、朝になったら部屋になんか居ないじゃない」 「そうは言ってもね、うん、寝るまでが寒いんだよ。………寝ちまえば全然気にならねぇし(ボソッ)」 「え?何?」 「なんでもない。あーくそうぬくいなぁ…」 ゴロゴロと床を寝転がる管理人を椅子から見下ろしながら、姫乃はつられて眠くなりそうなのを堪えて頭を振った。そろそろ夕食の買い出しに行かなくてはな らない。夕方寒くなる前に、必要な用事を済ませたかった。 「明神さん、私買い物行ってくるよ」 「あぁ、俺も行く行く。商店街だろ?こないだ薬屋のおばちゃんに商店街で使える割引券貰ったんだ」 「じゃあ準備してくるから、戸締まりしておいてね。このあいだリビングの窓の鍵開けっ放しだったよ」 「あー…しめといても皆勝手に入ってくるしなぁ。閉めとくか」 半袖に薄手のシャツを羽織った姫乃と、いつものコートを着こんだ明神は珍しく誰も住人の居ないうたかた荘に鍵をかけ、春の日差しの下へ出た。夏のそれと は違う柔らかい光に、姫乃が思わずのびをする。 「ひめのん、腹見えるよ」 「え?あ、っと。誰も見てなかったよね、うん」 「いや、そういう問題じゃないかと…お嬢さん」 鼻歌を歌いながら先行する女子高生の、その自覚の薄さに嘆息しながら、明神はふわふわと揺れる姫乃の髪の毛を追いかけて歩いた。 右手に買い物袋、左手にティッシュペーパー、そして肩からは、姫乃が八百屋でオマケしてもらって安く買った大量のたまねぎが入った袋。 「新玉は甘いから、何にでも使えるね。得しちゃった」 「ひめのんってホント商店街で人気者だよなぁ」 この年頃の子が夕食の買い物に日々通うという事が久しかったのだろうが、商店街の人たちはこぞって姫乃に優しかった。あっちを歩けば声がかかり、こっち を歩けばオマケが転がりこみ、目的よりも相当余分な量の収穫を経て今は家路についている。 「みんないい人だよねー。東京って言っても、冷たい人ばっかりじゃないってよくわかったよ」 「ここらへんは下町だからな。俺もそういうトコ気に入ってる」 公園のある角を曲がり、うたかた荘へと続く道を歩く。ふと散り終えてしまった葉桜の並木の終わりを見上げ、姫乃が立ち止まった。 「?どした」 「ううん、これ、一本だけ種類が違うんだなーって思って。よく見たら」 「ああ、ホントだ。遅咲きなんだな。まだ咲いてる」 ソメイヨシノに比べ、花びらの密集度がやや高いそれは、他の桜が散ってしまった中で控えめに花を開かせていた。やたらと熱心にそれに魅入る姫乃を不思議 に思って、明神は同じようにじっとその花を見上げた。 「…八重桜かな、なんかすごくまあるく咲いてる」 「俺は種類とか全然わかんないけど…なんかあるの?この桜。そんなじっと見上げてさ」 「うーん」 考えるように顎に手をやった姫乃は、ちょっとだけ頭を傾げるとこんな事を言った。 「なんかね、桜餅が食べたいなぁって思って」 「は?」 「買ってくればよかったなーって。今これ見てたら思ったの」 「………」 花より団子。 まさにその事例をみた明神が、しばらく開いた空白のあと、思い切り声を上げて笑い出した。 「ひめのーんっどんだけ好きなんだよーーー!あはははは!!!」 「だ、だって!ほら、ちょっと丸くておいしそうでしょ?!」 「あははははははは!!!!」 荷物を取り落とさないように気をつけながら、訴えかける姫乃にひたすら頷く。というよりも頷くことしか出来ない。 「笑いすぎだよう…もう」 「ごめ…ごめんごめん、いやぁーあまりにらしくって。ひめのんのその甘い物好きは年中無休だよなぁ」 「季節なんか関係ないじゃない!もう!早くかえろ!」 「あれ、桜餅いいの?」 「いいの!!」 幾分大股に歩きはじめた姫乃の後を慌てて追う。少しだけ膨らませているその頬が、ほんのり紅くなっているのを見て明神がまた笑った。 「もう!今度は何!?」 「や、違う。俺にしてみたら、ひめのんのほっぺたの方が、よっぽど柔らかそうで美味そうに見えてさー」 「へっ?」 人差し指で軽く、その桜色の頬をつつく。 「ホラ、やーらかいじゃん?」 「なっ…!!!!」 カァっと顔色を変えた姫乃は明神の手を思い切りたたき落とすと、今度は大股所ではなく全速力でうたかた荘への道を走り始めた。 「おおお?!おいおいひめのん!どうしたんだよ!」 「知らない!卵割らないようにゆっくり帰ればいいよ明神さんの馬鹿!」 「えーーー!」 言われなくとも走るなど、危なくて出来た物ではない。あっというまに遠ざかった背中に苦笑しながら、明神は自分の人差し指と桜を見比べた。 「…やっぱ桜餅っつーと、あっちだよなぁ」 指先の感触を思い出してそんな風に独りごちながら、明神は卵の入った袋を丁寧に持ち替えて歩き出した。 おわり
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