風の物語、第1話

 ――辿り着いた、その場所で――

「ふ〜、やっと着いた〜」
 ボクは思わず呟いていた。
 王国を飛び立って一晩、ボクは四精霊の戦いの戦場予定地、灼熱の砂漠の東側、草原と砂漠の間の空 に浮いている。ここに来るまでに一晩しかかからなかったのは、風の路――雲の上に流れる風の流れ路を 通って来たから。風の路は流れが決まっていて、だからボクは砂漠の東側の空に浮いている。
「下は暑そうだなぁ……着てスグでなんだけど、北国育ちのボクでもたえれるかなぁ。砂漠なんて初めてだし」
 空の上は涼しい。どうしてか理由は知らないけど、雲の上とか、空の上は涼しい。寒いくらいに。風の路 の中なんか、真冬の吹雪並に寒いくらい。
「そいえば、どうして空の上は涼しいのかな?」
「なにゆってんの? そんなのきまってるじゃん。空の上にはこの世の冬、ラグナロクの名残が詰まってて、 世界を上から冷やしてるんだよね〜。てゆーか、浄化し切れなかった旧世界の穢れかも。どっちにしろ世界の果て だよね〜? 上限かな?」
 とボクのヘルムの中から一匹の妖精が出てきて、洩らした呟きに返事をしてきた。
 妖精、アルヘイムに住んでいる羽の生えた小さな種族。彼女は、じいがボクのお目付け役として召喚したらしい。 お礼に、毎日蜂蜜をコップ一杯あげないといけないんだよね……ボクが呼んだわけじゃないのに。そして……
「ほらほら! 早く水辺に行こうよ。毎朝必ず禊をするって書いてあるんだから〜」
 とボクの髪の毛をぐいぐい引っ張る。古い本、王国法典の上に載って。
 妖精族のめんどくさいところ。それは言われた事はキッチリこなさないと いけない、と思い込んでるところ。融通がきかないんだよね。
「はぁ〜まったくうるさいな〜。こんな砂漠の入り口のどこに泉があるってゆーんだか」
 ボクはブツブツと文句をいいながら辺りを見回す。もちろんフリだけど。(だってめんどくさいんだもん)
 大体お城を出たのに、なんでお城と同じ『決まりごと』をこなさなくちゃいけないんだよ。不満で一杯になったボクは 飛ぶのをやめて、地面に降りることにした。雲を抜け、地面に降り立つ。
 そこには野営の後があった。冷めた汁物が、火の消えた焚き火の跡にかかっている。
「1人……かな? 旅人? ボクと同じ目的だったら危険かな……
 ウィー、ちょっと周り見てきてよ。誰か来たらフェアリィテルズで知らせて。コレあげるから」
 と言って、ボクは砂糖漬けされたリンゴの欠片を妖精のウィーにあげた。
「まーかせて♪ あたしが見回れば! 絶対安全! 危険皆無だから〜!!」
 一瞬の内にボクの手からリンゴの欠片を取って、ビュッとつむじ風を吹かせながら、ウィーは景色の中に消えて行った。 なんか不安。
「さてっと……残留してる意識か気配はないかな〜?」
 ぐるぐるとナベの中をかき回しながら、目を閉じ『秘密』と描いて唱える。 ナベはボコボコと泡立ち、湧き出た泡が空中に浮かび上がって影を映す。1人の少女がやけにはっきりと映し出され、 口を開いた。
「なにしてるの?」
(あれ?なんで喋るんだろ? なにか混ざったかな?)
 不思議に思い、再度ルーンを描こうとナベをかき回す。
「ちょっと、聞いてる?」
 また声が聞こえる。今度は不満げな感じの響きを伴って。
(あれ?)と思う。なにかおかしい。今はルーン効果は消えているはず……。(え?)
 一瞬、ヤな考えが頭を掠める。そう、今は魔法効果は消えているはずだ。
 たらり……と汗がたれたような気がした。ちらっとナベの横の地面を見ると、人影がある。頭が思考するのを止める。
 と同時に
「ちょっとッ」
 という声とともに、ワシっと何かがボクの肩を掴んだ。
「にょわぁぁぁぁぁああ!?」
 ゾワっと寒気が全身を駆け巡り、叫び声を上げながらボクは肩の何かを払いのけ、前に飛び退った瞬間。
 ガチャン!! ゴグシャ!! という派手な音と、ねっとりした液体の感触を顔に受け、『あー……』という声を聞きながら ボクの意識は暗くなっていく。その思考の中で、ボクはウィーのことを考えていた(ゼッタイ! いじめてやるぅ〜)と。

「……?」
 起きたら辺りは暗かった……。
 何してたんだっけ?
 頭がボーっとして、状況がさっぱりわからない。
 周りを見回すと、壁も天井も布でできていた。簡素なベットにボクは寝ている。頭に布が巻かれ、着ていた物 とヘルム、小剣などといった物が脇に置かれている。
「そーいえば……ウィーは?」
 一緒に来たはずの妖精の姿は見当たらなかった。
 と徐々に頭が冴えてくる。
「そーだッ! ウィーのヤツぅぅ!! おかげで酷い目にあったじゃないかぁぁぁぁあ!!」
 そう、ボクは誰か(何か?)に背後から声をかけられて、驚いて……気を失った……?
(あ……アレ? もしかしてボクって捕われ者!?)
「それってかなーりヤバいよーな気がするんですけど……」
(……気のせいじゃないよね……?)
 逃げるしかない!! とボクはかけてあった布団代わりの布を蹴飛ばして、脇に置いてあった服とかを 脇に抱え、一目散にベットから抜け出し、飛び降り、出口へと走る。
「わぷっ!?」
 ズリっと思いっきりこける。走り出した瞬間、何かが足をひっぱった。
「あいたた……」
 いったいなにが? と足を見ると……赤いリボンが左足首に巻いてあった。そのリボンの反対側は、ベットの脇に結び付けられている。
「……なんで?」
 一瞬絶望的な考えが頭をよぎる。必至でその考えを否定して、他の可能性を考えた。でも浮かばなかった。 他に可能性は無い。そう、ボクは……(飼われてる――!?)
 あんまりといえばあんまりな現実に打ちひしがれて、羽と尻尾の魔法が解ける。
 どれほどの間座り込んでいたのかわからない、その位長い間その場でボーっとしていると、不意に背後に 人の気配がして
 「目が覚めたの?」
 と言ってボクを抱き上げた。
 ボクは言葉が喋れないフリをして、『にゃぁあ』と鳴く。そりゃーもう逃げる事しか考えてなかった。世間って ……怖い、と初めて思った。
 じっとボクの目を見詰めるその視線に負けて、ボクはツイ、と視線をずらす。
 ずらした視線の先には、小さな妖精が飛んでいた。
「ウィぃぃぃぃぃい!!!」
 叫びと共にボクの手がウィーに伸びて、捕まえ……れなかった。ボクの手は伸びなかったから。抱きかかえられた ボクに自由はなかった。
「意外と……元気ね、これならもう安心かな?」
「え? う、うん。元気かな……? あの……いったい?」
 と改めてボクを抱きかかえている人を見た。
 蒼い髪と瞳が冷たくボクを見下ろしている。
「元気なら……はやくこの地から去りなさい。ここは聖戦の地よ? 争いに巻き込まれないうちに砂漠から 立ち去った方がいいわ」
 そう言って、彼女はそっとボクを地面に降ろし、  もうこれ以上話す事は無い、と言うかのように彼女はボクに背を向けた。
「お姉さんも参戦するの? ボクは風の印をもう持っている。りっぱに風精霊の戦士さ!」
「……聖戦は遊びじゃないのよ? 君みたいな子供が出たところで……」
 とそこまで言って、彼女は言葉を止めた。振り返ると、ボクが着替えている途中だったからだ。
 冷めた顔は、『やっぱり遊びなのね』と言わんばかりにボクを見下ろしている。
「……飲む?」
 ボクが着替え終わるのを待ってから、彼女はそう言ってお茶をくれた。
「ところで君、何歳なの? 見たところ……大分若そうだけど」
 彼女はお茶を飲みながら、ボクじゃない、少し遠くを見ながらそう訊いてきた。
「ボク? 2歳だよ?」
 時間が止まる。カップを口に持っていった形のまま、ギギっと目線だけがボクを見下ろす。
「2歳……?」
「そだよ。
 ボクはケトシ。北の方に住んでる羽猫族の王家の1人なんだ。まぁ…名字は言えないんだけどね。いったら……まぁ、色々あるわけさ。
 で、訳あってこの戦いに参加することにしたんだ。毎回ウチから精戦にでてるわけじゃないからアレだけど」
 そしてじっと彼女を見上げた。初めてボクは彼女をゆっくりと見ることができた。蒼い髪に蒼い瞳。ボクより かなり高い身長。施されている青系の化粧。そしていたる所に施された刺青。
「……どうして君は聖戦にでるの?」
「え……?」
 ものすごく核心を突く質問に、ボクは思わず押し黙った。咽まで上がってきた言葉を飲み込んで、
「いえないよ……それは」
(いえばきっとボクは甘える事になる)
 ボクの目的は……ボク個人の目的。精霊戦争はその過程でしかないから。
 思いもかけず甦ってくる誓った時の場景、想い、空気の重さ……それらがボクに下を向かせた。
「そ……っか。こんな戦いだし、君みたいな子が聖戦に参加するっていうのも理由があるんだよね……
 うん!
 私の名前は彩華。風精霊の陣営の1人よ。今日から私の事をお姉さんと思って甘えてね」
 そう言って彩華は暖かい手でボクの頭を撫でた。
 彩華はボクの態度を訳ありと取ったのかもしれない。少し後ろめたかったけど、 暖かい気持ちに包まれて、ボクは『うん!』とうなずいていた。


モドル/ 第2話『楽しい遊びと、小さな影』←只今準備中