毎度のことだが飽きねぇか? 前編
いつものトトカンタ市のいつもの昼下がり、いつものように彼はトトカンタの中でもにぎわっている学生街を歩いていた。空を見上げると、ふわりと風が彼を撫でた──
「いい天気だ、まさに仕事日よりってやつだな」
風になびく黒髪に手を当てつぶやく。年の頃二十歳ほど、中肉中背、ただの男である。いつも皮肉気につりあがっている双眸が特徴といえば特徴か。胸元には大陸黒魔術の最高峰≪牙の塔≫で学んだ証、一本脚のドラゴンの紋章を下げている。澄み渡った空に吸い込まれそうな錯覚を覚え、あわてて元の通りに視線を戻すと───唐突に嫌な予感がした。
「────!?」
それは平和な日常を壊す災難であり(本当に平和かどうかは知らないが)天気のよい日の突然の夕立のようでもあり……とにかく出来れば回避したいものである。
オーフェンは立ち止まり、警戒するように──実際警戒して辺りをうかがうと、『それ』はいた。
────たらり
背中を冷や汗のようなものがつたうのを感じる。彼は『それ』を視界に入れてしまったのを痛烈に後悔した。気づかなかったふりをしてそこを立ち去ろうと───
「お客様危なぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
ひゅんっ───どすっ!
反射的によけると、彼が一瞬前に立っていた場所にボウガンの矢が突き刺さっている。
───沈黙───
オーフェンは少なからず恐怖を覚え、矢が突き刺さっている地面を見下ろした。するといずこかから聞きなれた声が聞こえてくる。それこそが平和な日常を(以下略)なのだが、
「危なかったですぞ、黒魔術士殿。危うくボウガンの餌食になるところでした」
「やかましいわぁぁぁ!」
叫び声を呪文に、声がした方向へ全力で光熱波を叩き込む。が、そこにはもう声の主の姿はなく、巻き込まれた野次馬が数人焦げて倒れているだけだった。
「いきなり魔術とは手厳しいですなぁ。黒魔術士殿」
「キース……」
うめいて振り返ると、銀髪の若い男が立っていた。タキシードをきっちり着込んで、涼しい顔をしている。
「おまえは……毎度のことだがちったぁ普通に呼び止めるとかできねぇのか?」
半眼で告げると銀髪の男──キースは空を見上げ、そしてまたオーフェンへ視線をもどし、(意味はなかったようだ)
「そういわれましても、黒魔術士殿はまるで見てしまった不幸を忘れてしまおうとのごとく、立ち去ってしまわれるように見えましたもので」
「わかってんなら、ほっとけ!」
力の限り叫ぶが、目の前の銀髪執事は、はっはっはと乾いた笑いをこぼし続ける。
「人は時として、心とは反対の行動をしてしまうものなのです。私はまったく気にしていませんので、ご心配なく」
「……………」
とりあえずオーフェンは深々とため息をついた──何を言っても無駄なのだ、結局は。
と、そこまできてオーフェンはキースの様子がいつもと違うことに気づく。といっても、いつもと同じくしわ一つ無いタキシードだが──
「おいキース、何でお前ハタキなんぞ持ってるんだ?」
「もちろん、本屋の店主といったらハタキは必需品ですので」
そう言って、手にもっているハタキをパタパタと振ってみせた。
「いや知らんが・……」
半眼でつぶやくと。刹那───
ひゅんっ!
先刻と同じ音を立て、今度は背後の壁に矢が突き刺さる。
「このように、ボタン一つでボウガンにもなるまさに一石二鳥!当社自慢の次世代携帯式瞬殺ハタキです!」
ひゅんっ!ひゅんひゅんっ!!
キースは陶酔気味に叫びつつボウガンを乱射している。
「ひぃぃっ、殺されるぅ!」
「早く逃げろ!こっちだ、早く!!」
途端に逃げ出す野次馬達を尻目に、オーフェンは矢を避けながら、そこらじゅうに突き刺さっているボウガンの矢を一本引き抜いた。
気がすんだのか、キースは乱射を止めた。その頃にはにぎわっていた通りには人一人いなくなり静まり返っていたが、カケラも気にせずにさわやかに告げる。
「どうです?黒魔術士殿もお一つ。気軽なスポーツに最適です」
「い・る・かぁぁぁぁぁああ!!!」
引き抜いた矢を、キース目掛けて思い切り投げつける。キースはそれをひょいとかわし、ついでにニ、三歩近づいてきた。オーフェンはそれにあわせるように後ずさるが、さらに近づき、結局距離が詰まる。
「ところで黒魔術士殿!!」
びし!と指を突きつけ叫ぶ。オーフェンはうんざりとうめいた。
「今度はなんだ・……」
すると、キースは顔をずいと近づけて、
「私が何故、ハタキなどを持っているのか知りたくはありませんか?知りたいでしょう?無論知りたいに違いありません!」
「いらん、帰る」
背を向けて帰ろうとするオーフェンに、
「お待ちくださいっ!!」
叫び声とともに、耳元すれすれにボウガンの矢が飛んでくる。
あまりのことに仰天し硬直していると、背後でボウガンを構えた格好のままでキース。
「でないと、私も無二の親友である黒魔術士殿を泣く泣く狙撃しなければならなくなりますし」
「あのなぁ……いや、もういい」
「わかりました、そこまで言うのなら私としてもお答えするしかありませんね。実はコレには深いわけがあるのです」
思い出すように額に手を当て、
「あれは、先日ボニー様のために夕食をおつくりしていたときのことでした…ボニー様を狙う何者かの陰謀だと私は睨んでいるのですが、突然鍋が爆発いたしまして」
「いったい何つくってたんだ……?」
「いえ、シチューですが、隠し味に特製の火薬入りスパイスを……私は必ず憎むべき犯人を捕まえようと決意いたしました!」
「きっぱりと火薬のせいだろーが!」
こちらの言うことを完璧に無視して、キースはふいに空を見上げ──
「事件は迷宮入りですが、その爆発で周辺50メートルで火災が起きましてね」
「おとといの騒ぎはお前が原因か・・…」
脳幹にぬぐえない痛みを感じつつ──オーフェンはなんとか声をだした。
「それで、なにがどーなってンな物騒なハタキなんぞ持ってるってんだ?」
「問題はずばりそこです。迷惑な話なんですが──私が犯人だなんて皆さんおっしゃられまして・…… まったくひどい濡れ衣としかいいようがありません!」
どこから出したのかハンカチをくわえて悔しげに続ける、オーフェンはそれを冷めた目で見ながら気づかれないように離れていった。
「そんなわけで、火災でケガをしたここのご主人の代わりに店番をしているわけなんですが───おや 黒魔術士殿、いかがなされました?」
「いや、今のうちにできるだけおまえから離れておこうと思ってな」
「ですが、そのまま進むと先ほど私が作りました落とし穴に落ちてしまいますが?」
「ああん?──ってうお!?」
突如として現れた落とし穴にオーフェンはなすすべもなく落下──いや、なんとかバランスをとり踏みとどまったか。
「ああ、なんとういことでしょう!私の友人と陥れようとは許すまじ行為です!」
こぶしを握り力説するキースの顔面をオーフェンは無言で張り倒した。
直撃して倒れるキースを横目に今度こそ帰ろうと歩き出す、と横から、にゅっっとキースが顔を出した。鼻を打ったのか、鼻血をたらしたままで、
「そこで黒魔術士殿に良いお話があるのです」
「なんだ?」
何がそこでなのかはあえて追及せず(これ以上話をややこしくしたくなかった)彼が聞き返すと、いつのまにか鼻血止まり、道の脇ですでに黄色く色づいているイチョウに目をやった。
「あのイチョウをごらんください、季節はもう秋です」
「まあ、そうだな。」
否定する理由もなかったので同意しておく。
「秋といえば読書です。私がこうして古本屋の店番をしているのも何かの縁でしょう。」
「縁……なのか?」
「いくら黒魔術士殿が人生裏街道を爆進中とはいえ、良書の世界に浸るくらいの芸術性は持ち合わせてございましょう。黒魔術士殿のためにこちらに幼児向けの絵本を用意させていただきました」
「我は築く太陽の尖塔」
キースのセリフが終わらぬうちにオーフェンが即座に編み上げた構成は、火炎となってキースの体を埋め尽くした。轟音とともに炎の渦に消えていく銀髪執事の姿を見ていると、
「おお、青空に良く映えますな」
すぐ横にキースが立っていた。確かに炎に巻かれたはずが、焦げ目のひとつもなく、あまつさえきらりと白い歯をみせて言う。
「あれはダミーです」
(まぁ、こいつが変なのは今に始まったことじゃねぇけどな)
声に出さずにつぶやく。
「話を戻しますと、本はお好きですかな?」
「微妙にさっきと違う気もするが・……」
「細かいことを気にするとハゲますぞ、ほら、すでに生え際のあたりが…」
「なんもなっとらん!ったく……まぁ、嫌いじゃないぞ。」
するとキースは驚いた顔で、
「すいません、黒魔術士殿がそういうご趣味をお持ちだとは・…ですが私には婚約者がおりますので」
「何の話だ!?俺が言ってるのは読書がってことだ!おまえが聞いてきたんだろうが!!ああ、もう……くそっ!」
ひとしきり叫んで地団駄を踏むオーフェンに、キースはポンと手を打ち言った。
「ああ、そうでしたな。では、コレなどいかがです?オススメですぞ」
「くっ!なんか悔しいぞ・……って、なんだ?この本」
キースが懐から取り出した本を受け取る。以外に小さい手のひらに乗るサイズの薄っぺらい本である。どこかで見たことがある表紙に、オーフェンが浮かべたのは疑問符だった。
「……チクリ帳?」
「失礼。間違えました、こちらです」
瞬時にチクリ帳をひったくり、代わりに今度は分厚い革表紙の本をオーフェンの手に乗せる。表紙には金文字で『けし炭暴発男の18番目の恐怖』と書いてある。
「それを是非、黒魔術士殿に読んでいただきたいと思いまして。」
にこやかに続けるキースを無視して、オーフェンは──気は進まなかったが一応──本を開いた。始めのページに『キース・ロイヤル著』と記してある。
「…………」
オーフェンは一瞬沈黙した後、本を閉じ、勢い良く地面にたたきつけた。
「我は放つ光の白刃!」
そして本めがけて光熱波を放つ。
「なにをなさるのですか!?」
「こんなモン破壊するに決まってんだろーが!」
叫び、光熱波を放ったあとを見やると、
「・……!?」
本来なら燃えて消えているはずの本がまったくの無傷でそのままの場所にある。キースは、うんうん、と首を縦に振り、
「ほほぅ、さすが<岬の楼閣>のバザーで買った本だけありますな」
なにやら納得している。が、オーフェンは──当たり前だが──納得できるはずも無い。
「どーゆーことだ!?」
「いえ、ですからコレは私が<岬の楼閣>時代にバザーといいますか、闇市といいますか、とにかく購入したものでして。」
「そーゆーことを聞いてるんじゃねぇ!なんで魔術をくらって無傷なんだと聞いてるんだ!」
キースの胸倉をつかみあげ、ぶんぶんと振り回す。と、オーフェンは気づいた。
「闇市で買っただと・・…?じゃあなんでお前が書いたことになってるんだ」
「中身が白紙だったものですから、私が僭越ながら書かせていただきました」
「よーするに、お前が書いたろくでもねぇヨタ話ってことか。にしてもただの本にどうして魔術がきかねぇんだ?」
こちらの力が緩んだ隙に、キースはするりと抜け出た。襟元を正して、地面に落ちたままの本を拾い上げ、しっかりとした眼差しでこちらを見据える。意味もなくしっかりとしているだけだったが。
「まぁ、それはそれとして」
「いや、きちんと解明しといたほーが良いと思うんだが」
「とりあえず読んでみてください。もしかしたら幸運が舞い込んでくるかもしれません」
こちらの言うことを無視して、ずい、と本を押し付けてくる。
「不幸が舞い込んでくることはあっても、絶対それはないと思うぞ」
負けじと本を押し返すと、さらに力をこめて押し付けるキース。
「そんなことおっしゃらずに。これはかの高名なポチョムキン氏もお読みになられたという──」
「てめぇが書いたんじゃなかったのか!?ていうかあんな化け物と知り合いなのかよ!」
「彼とは竹馬の友でございます」
「とにかく!俺は回避出来る不幸は、全力で防ぐことに決めたんだ!」
ぐぐぐぐぐ───と両者の力比べが続く。
すると、やけに気楽な声がした。
「あれ・・…?あ、やっぱり、オーフェンとキースじゃない!」
「ご機嫌麗しゅうございます。コンスタンス様」
本を押し付ける力はそのままに、キースが首だけ横を向いてあいさつする。つられてオーフェンも見やると、コンスタンス──スーツ姿の、どこか子供っぽさの残る女──が立っていた。彼女は少しあきれた様子でこちらを眺め、当然といえば当然の疑問を口にした。
「それにしても…なにやってんの?あんたたち」
「見てわからんか・……?」
「愛を語り合ってる──ああ!ウソよ、ほんの冗談じゃない!だからそんな顔でにらまないでよ」
彼女のおびえ方からして、相当の顔でにらんでいたようだ。とりあえず彼は本を押し返す力を強めつつ、うめいた
「その発言に対する報復は後にしとくとして、お前なんだってこんなところに来たんだ?」
今、オーフェンらが居る場所は、大通りのど真ん中である。普段は──というかさっきまでは大勢の人でにぎわう学生街だったのだが、今は静まり返っている。原因は言うまでもないが───
「黒づくめの男とタキシード姿の男が、町を破壊してるって通報があったのよ。」
「すみません、コンスタンスさま。黒魔術士殿が私が書いた本をどーしても読みたいと暴れるものですから」
「逆だろーが!?」
無駄だと知りつつも叫ぶが、案の定、キースは聞いたそぶりも見せずに続ける。
「今も本を取り合っている真っ最中でございます」
「へー、案外子供ねぇ、オーフェンも」
「お前も信じてんじゃねぇ!この無能警官がっ!」
オーフェンは銀髪執事の一瞬の隙に両腕の力を入れなおすと、ばさっと本を横にはじき、こう着状態を脱出した。そしてすぐさま向き直り、無防備なコギーの側頭部へ蹴りを放つ。
「ひああああ!?」
情けない悲鳴をあげ地面に倒れるコンスタンスを一瞥し、空を見上げる。
彼の心のうちにまったく関係なく、空はどこまでも澄み渡っていた──後編につづく
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