オーフェンのとある1日。
今日は何の日?
―――三日月の日。「うわぁ、お師様見てくださいよ!」
「あぁ?」
馬車の中から歓声をあげる金髪の少年に、オーフェンは迷惑そうに聞き返した。
「どーせお前の事だから月がキレイとか言うんだろ?マジク」
「どうしてわかるんです?」
「……当たりかよ……」
額を手で押さえ込む師匠に、マジクは不思議そうに言う。
「でもホント綺麗よオーフェン」
「……」
馬を撫でている、マジクと同じ金髪の少女――クリーオウにも急かされて、オーフェンはとりあえず馬車から顔を出した。
「……っと、危ねー」
馬車は砂利道を進んでいるため、ひどく揺れる。馬車を覆う布を持ち上げて身体を乗り出すと、オーフェンは危うく馬車から落ちそうになった。
「気を付けて下さいよお師様。下手すると馬に踏まれてひかれますよ」
「不吉な事言うな……」
態勢を持ち直して、改めてオーフェンは夜空を見上げた。雲一つない、快晴だ。
(……と言っても、太陽なんて見えやしねーはずだけどな)
オーフェンはにやりと笑うと、馬車の中へ振り向いた。
「本当だな。珍しいぜ、こんな綺麗な月は」
「でしょう!?」
嬉しそうに、マジクが叫ぶ。だがオーフェンは、頭をそらしてため息をついた。
「ああ……これはなんか起きそうだな……」
「オーフェン?」
「お師様?」
マジクとクリーオウが声を揃えて言う。オーフェンは笑って、なんでもないと首を振った。「なんで来るんだよ」
「いいじゃない、少しくらい」
静かなホールに、男女の声が響く。
「あまりにも月が綺麗だったからね」
時間は――夜12時過ぎくらいだろうか。天窓から、高く高く昇った月が光を差し込んでいる。
「あの月・・・なにか変だ」
「あら、なにが?」
そう言う女の顔には、なにか不思議な笑みが浮かんでいた。オーフェンはそれを気にしながらも、話を続けた。
「あんなに月が光を放つ事は今まで見た事がない。あれは……なにか別の力が働いてるはずだ」
「それが私だと言うの?」
少し歩いたせいで、女の顔がはっきりと月明かりに照らされた。短い黒髪に忘れもしない笑い――
「それが魔術だとしたら、そうとしか考えられないんだよ、アザリー」
ふぅん、とアザリーがつぶやく。そしてオーフェンに背を向けると、そのままゆっくりと歩き出した。
「そう考えるのはあなたの勝手ね。それじゃあ私は失礼するわ。クリーオウって子に見つかったら大変でしょうから」
「念のためにもう1度言っておく……二度と俺の前に現れるな」
「別にいいじゃない」
いいわけねーだろ、とオーフェンは思ったが、どうせ言ってもこの女は折れそうにないので、口に出すのはやめておいた。
どこからかフクロウの声だけが聞こえてくるホールで、アザリーは足音もたてずに姿を消した。
「なぜ俺のところへ来る……大した用もないくせに」翌日、宿を出たオーフェン達は、ぎゃーぎゃーわめき立てるクリーオウを宥めるため、街を観光していた。
「ホントになんでも買っていいの!?」
「誰もそんな事は言ってねーだろーが」
財布を持って走り回るクリーオウをひっつかまえると、オーフェンは顔をしかめた。
「いいか、買っていいのは役に立つ物だ」
「じゃあ、あのぬいぐるみ」
「役に立つのか、それ」
ある店のショーウィンドウに飾られている黒猫のぬいぐるみを差すクリーオウの手をはらう。また不機嫌そうな表情になった少女を見て、マジクが顔をひきつらせていた。
「役に立つわよ。私あのぬいぐるみがあるとすっごくよく眠れそうな気がするの」
「眠れなくていいからマシなもん買え」
「たとえば?」
「たとえばって……」
商店街を見回し、オーフェンは考える。別に考える必要もないような質問だったが。
「食料。武具。薬。それから……」
「じゃああのキャンディとさっき飾ってあったアーマーと、それから紅茶屋さんで売ってるハーブ」
「……さっき飾ってあったアーマーって、あのピンクのいかにも役に立たなさそーなやつか?」
「そうよ。すっごく可愛いじゃない」
「似合わんからやめとけ」
クリーオウが、布製のひらひらがついた、いかにも戦いには邪魔そうなアーマーを着けているのを想像して、オーフェンは即、言った。当然、クリーオウの機嫌は悪くなる。そしてマジクの表情はさらに青くなり、クリーオウの手は頭の上の黒いアレにかかるのだ。
「……ななな……なんですって!?」
「マジク、逃げろっ」
「おっ、お師様っ」
そしてその3秒後、商店街は廃墟と化したのだった。2へ