〜2〜
「どーしてくれるんですかっ!」
壊れたレンガが散乱する元商店街で、店主達の怒鳴り声が響く。
「せっかく貴重な薬を仕入れたところだったのに!」
「あの剣は世界に10本しかない貴重なものなんですよ!?」
「この金のペンダント!ここの傷とか気に入ってたのに!」
(いや、傷が気に入ったとか言われても……)
オーフェンは冷たい視線が自分に向けられている中で、ふうとため息をついた。
自分たちではない。自分だけなのだ。
(なんであいつらこーゆー時に限って逃げ足速いんだよ)
マジクとクリーオウは、とっくに路地裏に逃げ出していた。
「あの……すいません、弁償します……」
「出来るんですかっ!?」
再び、店主達のさらに大きな怒鳴り声がする。
「お金もらったってね、もうこの剣は手には入らないんですよ!」
「ペンダントの傷の1ミクロまで、復元できるんですか!?」
(だから傷なんて言われても……)
オーフェンは3秒間、頭の中で予想図を描いた。そして、走り出す。
「あっ、逃げた!」
「ちくしょう、クリーオウの奴!!」
目指すは、2人の隠れている路地裏だ。「今頃オーフェン、大変なんでしょーねー」
クリーオウが、レキを撫でながら言う。マジクは当然、見張り番だ。
「マジク、見つからないように見張りなさいよ」
「それって多少、無理があるような気がする……」
文句をつぶやきながら、おとなしく大通りを見ていたが──
「クリーオウ!あれ!」
「なによ……」
だるそうに立ち上がって、クリーオウも大通りを覗く。
そしてその直後。
「オーフェン!?」
「……こーんなところに隠れてやがったのか……」
マジクの服をつかみ、クリーオウの髪を引っ張る。
「い……いたたた……何すんのよ、オーフェン!」
「何すんのはそっちだ!!」
オーフェンはうしろを向くと、涙目になって言った。
「店主さん達、やったのはこいつらなんです」
「こいつら……って、僕はなんにもしてないですよ、お師様っ」
「うるさい、これも修行の1つだと思っとけ」
う……とうめくマジクはよそに、オーフェンは2人を突き出した。
「請求は、こいつらに」
「何、言ってんだ」
やっとの事で難を逃れたと一息つくオーフェンに、店主達は冷たく言い放った。
「その子達は、まだ子供じゃないか」
「……」
「君は保護者だろう?責任取ってなんとかしてもらうよ」
「……嘘だ……」
クリーオウ達を引きずって、オーフェンは今度は本当に泣きながら走り出した。
「逃げんなっ、このどボケぇっ」「……で……なんで馬車がないわけ?」
「こっちが訊きてーよっ」
すぐに街におさらばしようと、必死になって馬車を留めていたところまで走って来たのだが、そこに馬車の姿はなかった。
「あれ?お師様、なんか落ちてますよ?」
マジクが、道ばたに落ちていた紙切れを拾い、書いてある文章を読み上げる。
「今夜、三日月の下で会いましょう」
「……ビミョーに敬語だな、おい」
マジクから紙切れを奪い取ると、オーフェンは自分の目でそれを確認した。
「……で?このメモ置いてった奴が、馬車を持ってったってわけか?」
「三日月の下で返してくれるんでしょうかねぇ」
「さぁな」
なんとなくおかしい書き置きについて、妙に真剣に悩んでいる少年と青年の横で、少女はまたわめき立てていた。
「嘘ぉっ!あの馬車、私の大切な物いろいろ置いてるわよ!?ちょっとオーフェン、全財産はあの財布の中よね!?」
「まぁそうだが……保存食とかは馬車だな」
「なに?それじゃあお腹、減っちゃうわけ?」
「お前が商店街を壊さなかったら、買えてるんだけどな、食い物」
「んじゃあ私のせいだって言うの!?」
「現にそーじゃねーか」
「違うわよっ!あれはオーフェンが変なコト言ったから――」
「黙れぃっ」
がすっ――と鈍い音がして、オーフェンの拳がクリーオウの脳天を貫いた。
ちょっとオーバーな表現だと思われるかもしれないが、クリーオウは本当に、頭が割れたんじゃないかと思うほど、痛みを感じた。
「いったぁ」
「ったくいつもお前は……」
と、そこでマジクの声がする。
「お師様ぁ。このメモ、裏から見るとなんか変な文字がいっぱい書いてありますよ」
「なんだと?」
オーフェンが落としたメモを拾い上げて、マジクが目を丸くしている。そのメモをもう1度、奪い取って、オーフェンは裏から光を透かして見た。
「……なんだこりゃ……」
魔術文字かと思い、一瞬、身体を強張らせたが、そうではなかった。今まで見た事のない、でたらめに等しいような、文字とは言えない文字である。
だがそれを文字だと判別できたのは、1つ1つの塊が区切りを置いて配置されていたからであろう。
「お師様、読めます?」
「いや……初めて見る文字だな」
マジクと交互に文字を見比べて、首を傾げる。そしてクリーオウはまたもや興味を持って、メモを手に取った。
「なぁにこれ?変なのー」
「クリーオウも読めないだろ?」
「うーん……あっ」
クリーオウはなにかを思い出したらしく、メモをぐしゃりと握りつぶした。
「わかるのか?」
「うん。これ、私が小さい時に初めて書いた字にそっくり。これ書いた人、赤ちゃんなのかもね」
「……」
クリーオウに言われて、力がへなへなと抜けていったが、その時オーフェンは、ある事に気づいた。
(……そうだ……これ、ぐちゃぐちゃだからわかんねーけど、普通の文字に似てんだよな)
確かに、クリーオウの言う通り、赤ん坊がこんな文字を書きそうでもある。
「……でもなぁ」
(赤ん坊が馬車を持ってったりするわけねーし……)
「お師様、なにかわかったんですか?」
メモを片手に悩む師匠に、マジクは声をかける。だが、オーフェンはそれには答えず、静かに道の先を見つめていた。
「……なぁマジク」
しばらくしてから、やっと口を開く。
「あんなとこに、崖なんてあったか?」
「あっ、それ僕も気になってたんですよ」
「なんで言わない?」
30メートルほど先に、街に入る前はちゃんと道になっていたところが、崖になっているのを発見したのだ。
「・・・行くんですか?」
「仕方ねーだろ」
あまりこういう厄介になりそうな場面には行きたくないのだが、自分の馬車が関わっているかもしれないとなると、行くより他はなかった。
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