〜3〜
重い足を引きずりつつ、崖まで歩く。
崖の下には――。
「……お師様、あれ馬車じゃないですか?」
「そうだな。俺達の馬車だ」
それを聞くなり、クリーオウが崖から身を乗り出す。
「ちょっとドロボー!私達の馬車、返しなさいよーっ」
「あ、ちょっとクリーオウ、危ないよ」
「心配するなマジク。あいつなら落ちても大丈夫だ」
「そこでなに言ってんのよっ」
びしっと指さし――クリーオウの碧眼がオーフェン達をにらみつけた、その時。おーーーーいーーーー
「なんか言ってない?」
「気のせいだろ」おーーーーいーーーー
「やっぱり何も聞こえないわね」
「だろ?」おーーーーいーーーー
「……耳障りねー」
「まったくだ」
「おいてめーら、なんだその態度は――!?」
「我は放つ光の白刃」
文字に表すとほげえぇぇぇというような悲鳴とともに、爆音が谷間に響く。
煙がもわもわとわき上がり、それが少し落ち着いたと思われた頃、オーフェン達は崖を見下ろした。
「おーい、大丈夫かー?」
「オーフェン、自分でやっといてそれはないと思うわ」
「いいだろ。正当防衛だし」
そうなの?とうめくクリーオウはよそに、オーフェンは馬車の下敷きになっている人間を、よく目を凝らして見てみた。
それは――。
「……おいマジク、クリーオウ、帰るぞ」
「え?馬車は?」
「あとで回収しよう」
「待てーーっ、待ちやが――」
ずごんっ。
再び爆音がし、あたりは煙で包まれた。「ひゃー、ひどい事になってんなぁ」
魔術によってことごとく破壊された馬車を見て、オーフェンがつぶやく。
「オーフェンのせいじゃない」
「ま、直せるからいいだろ」
そう言って、馬車に手をかざす。
「我は癒す斜陽の――」
言いかけて、止まる。
「どしたの?」
問うクリーオウにうなずきかけると、オーフェンは馬車の反対側にまわって、木材を持ち上げた。
「うぬぅ……これは困ったな、弟よ」
「兄さんがあんな人に助けを呼ぶからじゃないか」
「なにを言うか。利用できるものは利用しろと、我が家訓にあっただろう。それを守らないとなると、フライボールを後ろ手でキャッチし殺すぞ」
それまでごもっていた声が、空気に触れて響く。それはもう何度も聞いた、聞き飽きた声――
「なにやってんだ、おい?」
馬車の下でうずくまっていた地人兄弟に、オーフェンは笑いかけた。
当然、優しい微笑みではなく。
「俺達の馬車をかっぱらっといて、なにしてんだこんなとこで?」
「い……いえ……」
しまった喉の奥から必死に声を絞り出すボルカン。
だが次の瞬間、オーフェンは両手に地人をつかむと、ぶんとまわして、遠心力でどこかもう見えないところへ吹っ飛ばしていた。
「……さてと」
「へぇ……馬車、盗んだのって、あいつらだったんだー」
なんていう脳天気な声を聞きながら、オーフェンはもとの位置に戻り、呪文を唱えた。
「我は癒す斜陽の傷痕」
すぅぅと部品が持ち上がり、本来の馬車の姿へと戻っていく。
「ふぅ……」
「わー、さすがオーフェンねー」
またまたクリーオウが脳天気に声をあげる。
オーフェンは静かに、馬車の中に散乱した荷物を片付ける。
「問題は、ここからどうやって脱出するかだな……」
「でもお師様、どうしてここが崖になってたんです?」
「でもオーフェン、あのメモ、気にならない?昨日、オーフェン……月が変だって言ってたじゃない?あのメモにも、三日月の下で会いましょう、とかあったし。なにか関係があると思うの……」
そうなのだ。問題が多すぎる。
クリーオウは、いつもの「おもしろそーだからやってみましょー」風にではなく、真剣にそう考えているようだった。そのクリーオウの言葉を聞いて、オーフェンは首をひねらせた。
その事は、オーフェンももう気がついていた。
(今まで、メモは馬車を盗んだ犯人が書き残したものだと思っていた、が……)
あの地人兄弟が馬車を盗んだとなると、あのメモはどうも、彼らが置いていったものとは思えないのだ。
ならば、誰があのメモを書いたのか――そして、あの不思議な文字はなんなのか。
それを考えても結論に至らなかったので、オーフェンは気にしない事にしたのだった。
だが、クリーオウに改めて言われると、放っておけなくなってしまった。
「なにか知ってるとするなら、あいつらだよな」
「そうですねぇ」
マジクの同意も得、クリーオウに急かされながら、オーフェンは歩き出した。「しっかしなぁ〜」
歩きつつ、オーフェンは愚痴る。
「俺、あいつら、もう渾身の力でぶん投げたって感じだったし、やっぱいくら歩いても見つかるわけないと思うんだが……」
あれから30分。未だに人影らしいものは発見できず。
「まぁあれだけの力であれだけの距離を飛ばされたんだから、そんなすぐには動けねーと思うけど……あいつら普通じゃねーし……」
オーフェンは半ば諦め気味で、遠い地平線を眺めた。
と、その時。
「……ん?」
今まで木だと思っていたものが、少し動いた気がしたのだ。
「……おい、あれ……」
「地人ですよ、お師様」
それを聞くなり、オーフェンは走り出す――マジクとクリーオウの髪を引っ張り、全速力で。
150メートルほど行ったところ――ほかとそんなに違わない砂埃の巻き上がる土地――に、2人組はいた。
やはり普通ではなかったらしく、よたよたではあったが、しっかりマントを頭から被って歩いていた。
「ぬっ、こんなところにおったかこの極悪魔術士!」
「誰が、だ……?」
すかさずボルカンの首根っこを掴んでつぶやく。ボルカンは死にそうな表情で「いえ……なんでもありません……」とだけうめいた。
ボルカンを掴んでいた手を離し、オーフェンはメモを地人達に突きつけた。
「おいお前ら、これ知らねーか?」
すると、片方は首を傾げて「わからない」といった表情をして見せたが、もう片方は目を丸くして言った。
「おお、これは……」
「知ってるのか?」
全員の視線がボルカンに集まる。ボサボサ頭の地人は静かにうなずくと、メモを奪い取って、不思議な文字の方を見た。
(ほう……こいつでもこの文字の存在に気づくのか……)
「こいつは俺様が昔、遊び相手をしてやったガキの書いた文字に酷似しているぞ!!」
(……前言撤回)
オーフェンは少しでもこの地人に感心してしまった自分を恨むと、マジク達を呼び寄せた。
「……帰るぞ」
「え、お師様、もういいんですか?」
問うマジクに、首をすくめながら答える。
「どうせこいつらに訊いてもろくな事、言わねーんだよ。わざわざ訊きに来た俺が馬鹿だったぜ」
そして、もと来た道を戻ろうとすると――
「あれ?」
ドーチンの、驚くような声が聞こえてきた。反射的に振り向くと、そこにはメモを片手に立ちすくんでいるぐるぐる眼鏡の地人がいた。
「どうした?……ああ、そいつは一応、返しといてもらうぜ」
「いや、そうじゃなくて……」
口をわなわなと動かしながら、ドーチンが言う。
「これ……この文字。僕、こないだ見たんですよ」
「なんだって!?」
オーフェンが身体ごとドーチンの方を向いて、叫ぶ。
ドーチンはメモをオーフェンにひったくられながら、記憶を説明し始めた。
「こっ、このメモをか!?」
「いや……そのメモを見たわけじゃないんですけど、その妙な文字を、つい最近、見たんですよ」
「どこでだ!?」
必死になって、オーフェンは問う。ドーチンは、確か――と指を唇にあてがっていたが、やがて口を開いた。
「たぶん、トトカンタの露店……」
「トトカンタぁ!?」
声をあげたのは、オーフェンではなく、クリーオウだった。
「なんでそんな遠いとこなのよ!」
(……確かに)
オーフェンは、声には出さず、心の中で独りごつ。
(どうしてそんなに遠いんだ……露店って事は、商人だな。行商人なら、それも考えられるが……どうして道が崖になってたり三日月なんだ?)
一通り疑問を並べてから、オーフェンは地人の方に向き直った。
「それって、どういう店だ?」
「えっと……確か、薬屋だったっけ……」
「薬屋?」
薬なら、妙な文字が書かれていても不思議ではない。
「薬屋っていっても、薬草だけを取り扱う店ですけど。僕たちはよくお世話になっているんです」
(薬草……なら、現代文字で支障はないはずだ……)
解けかけた疑問が再び浮上する。
そこへ、ボルカンが割り込んできた。
「んぬ? 弟よ、なにを言っているのだ?」
「え、兄さん?」
ボルカンが不思議そうな目で見てくる。ドーチンは、なにか至らない点があったかと、首をひねらせた。
「俺様は、宿屋で見たぞ」
「宿……」
オーフェンは少し納得できた。商人なら宿に泊まっても問題はない。
「……ってゆーかなんで先にそれを言わないんだてめーはっ」
「いや、その兄さんの言ってた子供が薬屋の主人の息子だったらしくて、変な看板を見たんでこれはなにかって訊いたら、その赤ん坊が書いたんだよって、笑って言ったんですよ……ねぇ、兄さん?」
「俺様は宿屋でしか見てはいない」
(……商品じゃなく、看板?)
どうしてこの貧乏地人兄弟が宿屋に行く縁があるのかとほんの一瞬だけ悩んだが、そんな事を気にしている暇はなかったし、オーフェンは1度、地人達の言う事を整理してみる事にした。
この文字はとにかくトトカンタで確認され、それを所持していたのは薬屋の主人。それを書いたのはその主人の息子で、看板に書かれていた――。
「……なんで看板なんだ?」
「さぁ……でも、それが店のマークでもあるんだって、聞きましたね」
ここで、オーフェンはぴたりと、動きを止めた。
(行商人が看板!?)
「おい、ドーチン!」
「はい?」
突然の叫び声にきょとんとしながら、ドーチンが答える。
「その薬屋ってのは、いつもトトカンタにいるのか!?」
「え……はい、だいたいは」
(って事は……)
オーフェンはぱっと頭の中に推理を張り巡らせて、驚くべきその推理の結果に身体を強張らせた。
「行くぞ、マジク!クリーオウ!」
「え、どこ行くのよ?」
「トトカンタだ!」
金髪コンビを呼ぶと、オーフェンは全速力で走り出した――「あっ、ちょっとどこ行くんですか!」という、ドーチンの叫びも聞かずに。
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