〜5〜
「ミリー、茶を入れてくれ」
「はい」
ミリーと呼ばれた女は素直に言う事を聞き、キッチンでかちゃりと陶器の当たる音をたてている。
「はい、どうぞ」
男は礼も言わず、ウっさと茶をすすっていた。
ここは、豪華な家具であふれ変える洋室。男が座っているソファも、なにか珍しい動物の毛皮で出来ていそうだ。
クリーオウは部屋を見渡しながら、そう推測した。
「……もう1杯」
飲み終わったカップを女に手渡してから、男はクリーオウをじっと見つめた。
「……さて」
ゆっくりと口を開き、クリーオウも少し身体に力を入れる。
といっても、縛られているので拳を握る事さえ出来なかったが。
「とにかくまず言うと、名前はなんなのだね?」
(人を縛っておきながら、名前はなんだ、はないでしょ)
クリーオウは頭で愚痴る。
(要するに、私は適当に選ばれたわけ!?)
がんっ、と足で床を思い切り蹴ってやりたいところだったが、あいにく今の状態ではそれもできない。
クリーオウは諦め、とりあえず男に答えてやる事にした。
「クリーオウ・エバーラスティン」
「歳は?」
「……いくつに見える?」
にやりと笑ってクリーオウが言うと、男はさぁな、と首をすくめた。
「……まぁいい。クリーオウ。私の名はファルイド。ガンディ・ファルイドだ」
ガンディ・ファルイド――クリーオウはその名前を、脳に焼き付けた。
「なにか持って帰ってこいと部下に命じたところ、お前が連れてこられたって事だ」
「私はなにか、なの!?」
「……それは部下に訊いてくれ。とりあえず、お前にはしばらくここにいてもらう」
どうしてよ、とクリーオウが怒鳴ると、女――ミリーとかいったか――は顔をしかめた。
「ファルイド様に向かってその口のききかたはなんなのです」
「いい、ミリー」
そのミリーを手で制し、ファルイドは続けた。
「俗に言う、人質ってやつだな。あの黒魔術士を困らせるための道具だ」
「黒魔術士って……」
オーフェン、とクリーオウは頭の中でつぶやいた。
「部下の手に入れた情報によると、奴は《牙の塔》の出身だというではないか。でも信じられんのだ。《牙の塔》の魔術士といえば、もっとこう気取った風のエリートな――」
「おじさん、なんか勘違いしてるわよ?」
今まで出会った魔術士達を思い浮かべて、クリーオウは言う。
だがファルイドは気にした様子もなく、彼の勝手な思い込みを変えようとはしなかった。
「というわけで!《牙の塔》出身の魔術士はホントはいったいどうなのだろう&その黒魔術士はいったいどんなヤツなのだろう調査スタートっ」
「なに、それ……」
(私、そんなくだらない調査のためにさらわれたわけ!?)
今にも縄を引きちぎってしまいそうな力で、クリーオウは無理矢理、拳を突き出した。といっても、縄の間からちょっと指の先が出るかな出ないかなーくらいだけれど。
「で、まずはクリーオウ、お前に尋問だ!」
「……はぁ」
もう呆れてクリーオウは溜息をついた。が、やはりファルイドは気にした様子もなく、クリーオウにびしっと指を突きつける。
「まずはその黒魔術士はなんて名前だ!?」
「……名前も知らないのに馬鹿みたいな調査してるの?」
「馬鹿みたいではないっ!皆の疑問を解くすばらしい調査だ!」
「……まぁどうでもいいわ。魔術士の名前はオーフェンよ」
答えると、ファルイドはきょとんとしてうめいた。
「孤児……だと?」
「そうよ。私はそれしか聞いてはいないわ」
「……そうなのか。では第2問!!」
妙に気合いを入れてファルイドが叫ぶ。
「お前は魔術士か!?」
「……いいえ。違うわよ」
ふぅん、とつぶやいて、男はソファに腰掛けた。そしてその直後、またも雄叫びをあげて立ち上がる。その拍子に、カップが倒れて中の茶がこぼれだしてきた。
「では第4問!オーフェンとやらについて知ってる事を出来るだけ答えろ!……と、ミリー、拭いといてな」
「はい。ファルイド様」
「てゆーか、第3問が抜けてるわよ……?」
2度ある事は3度あるという具合で、ファルイドはやはり、クリーオウの突っ込みには耳を傾けなかった。
「オーフェンについて……?そーねぇ、いつも貧乏で、なんも食べてない事が何度もあったりで、すぐ怒って、私を馬鹿にして……」
「ほうほうほうほうほう」
クリーオウの流すくだらない情報を、せっせとメモに取るファルイド。
「なるほど!素晴らしい情報だ!それではこれで尋問は終わりって事で、次はやっぱり女の子が自分の目の前で縛られてるってなわけだから……」
ずがしっ。
クリーオウは縛られていたイスごと立ち上がって、ファルイドに思い切り頭突きした。鈍い音が響き渡って、男は情けなく倒れる。
ミリーは呆れ返って、部屋から出ていってしまった。
「縛られてるわけだから、助けるのよねぇ?とーぜん」
「……いや、やっぱりこの場合……」
「助けるのよねー?」
「……はい……」
まるでオーフェンにうまく言いくるめられるマジクのように、男は渋々、立ち上がってクリーオウの縄をほどいた。
「ぷはーっ!ああ、すっきりしたぁ!」
「……いいから座ってくれ……頼む……」
「うるさいわね!人がせっかくいい気分になってるっていうのに!」
「……はい……ごめんなさい……」
「それでよろしい」
言って、クリーオウは窓に肘をついた。
「ところで、ここどこなの?」
と言っても、誰も答える者などいない。クリーオウは溜息をついて、男――ファルイドをにらみつけた。
「人を勝手にこんなとこに連れてきておいて、黙るとはね。男失格よ!」
「ここは私の秘密基地です」
男失格、という言葉に負けたらしく、ファルイドは口を割った。クリーオウはにやりと笑うと、目をうるうるさせてファルイドを見つめた。
「あのね、私、オーフェンにひどい事されてるの」
「オーフェン……あの黒魔術士か」
記憶力が弱いらしく、ファルイドはさきほど聞いた名前も思い出すのに20秒かかった。
「しょっちゅういじめられててね。いつもストレス発散に使われてるの。ここも、この前にオーフェンに殴られたところなのよ」
そう言って、クリーオウは、よそ見をしていて岩にぶつかった時に出来た打ち身をファルイドに見せた。
「ほかにも、この間やっと消えた傷跡もこのへんに……」
「……オーフェンというのは、ひどく暴力的なのだな」
「で、それはホントのオーフェンじゃないんだ」
え、とファルイドがつぶやく。
「ボルカンとドーチンっていう、地人の兄弟がいるの。そいつら、オーフェンから金を奪って、さらにオーフェンの意識まで乗っ取ってるの」
「それはすごい……」
まさかそんな事があの地人達に限ってあるわけがないのだが、なにも知らないファルイドはクリーオウの作り話を心の底から信じ切っていた。
「あなたが今、探しているオーフェンは、その地人達なのよ。本当のオーフェンは、もっとクールで、かっこよくて、いかにもエリート黒魔術士ですって感じな……」
「なんかさっきと言ってる事が違ってる気がするのだが」
「あれは。もう今のオーフェンに慣れちゃって、気にしてないのよ、あたしは」
焦って言い訳すると、クリーオウはファルイドの肩をがしっとつかんだ。
「でも、あなたの力を借りれば、もとのオーフェンに戻るかもしれないの。もっと優しくて、お金も持ってて、あたしの欲しいものなんでも買える……」
「最後のほうがよく聞こえなかったのだが」
「いいのよ」
だが、なんだかんだ言ってファルイドは、自分の力でひとりの人間を本来あるべき姿に戻せると言われ、ものすごく機嫌がいいようだった。クリーオウの言う事など気にも留めず、だんっと足を踏みならし、顔にあやしい笑みを浮かべる。
「それで、その男を救うにはどうすればいいのだ!?」
「オーフェンはひとまずおいといて……ま、現れたなら捕まえといていいんだけど。それで、まずは地人を探すのよ。それから、その地人達を拷問にかけて、オーフェンを連れてきて思いっきり爆発させてもらう」
「それのどこに私が必要なんだ?」
「オーフェンを捕まえてもらう役目と、地人達を追いかける役目」
「要するにパシリか」
「人聞き悪いわね、追跡と拘束よ」
妙にかっこよさそうな単語を使うと、この男が乗り気になる事はクリーオウにも完全に読めていた。ミリーがいない事が幸いだった。あの女がいれば、きっとファルイドが完全に騙されていると注意するだろうから。
「で、そのあとで、オーフェンをたぶらかす人達をあなたの部下にしてあげるわ」
「それが報酬か」
「そう考えてもらって結構よ」
次々と頭にわき上がってくる、今まで出会ったムカつくべき人物の数々。そいつらがファルイドに預けられるとなれば、あとはもうどうにでもなれだ。
「というわけで、私はあなたの依頼主よ。それなりに生活させてもらうわ」
「その依頼、確かに受けたまわりました。クリーオウ様、どうぞおくつろぎ下さいませ」
よくわからない依頼、というか依頼ともいえるかわからないパシリ事業だが、ファルイドはにこにこと笑うと、部下を集めて集会を開きだした。
クリーオウは、事情を聞いたミリーに部屋を作ってもらい、ぐーぐーと眠り出す。6へ