〜6〜

その頃、オーフェン達一行はヒリエッタの案内で、ファルイドの基地の前まで来ていた。
「……ここなんですか?」
「そうよ」
 訊ねたのは、オーフェンではなくマジクだった。
「私がわかるのは応接間と廊下だけ。どこに罠があるかもわからないわ。充分、気をつけてね」
「ああ。すまなかったな、ヒリエッタ」
「いいのよ」
 ふっと笑うと、ヒリエッタは髪をなびかせて踵を返した。
「私はもう用無しでしょう? 帰らせてもらうわね」
 返事も聞かず、もと来た道を戻っていく。やがてヒリエッタの姿は深い緑の奥に消えていった。
「……お師様、どうするんですか?」
 マジクの問いに、オーフェンは答えない。
 だが、その代わりに、基地の正面玄関のノブに手をかけた。
「……開いている」
 そのままノブを回して、屋敷の中に足を踏み入れる。
 なにかびくびくとしているマジクと違って、オーフェンは冷静そのものだった。
「とりあえず、片っ端からドアを開けてけ」
「え? ……でも、なにか罠があったら……」
「その時はその時だ。俺は右側のドアを開けてくから、お前は左だ。いいな?」
「……わかりましたよ」
 渋々、広い廊下を横断し、いちばん手前のドアを開ける。
 オーフェンも、すぐ横にあったドアを開いた。
「……なにもありませんね」
 もう5つ目のドアを開けたマジクが愚痴をもらす。
 オーフェンは黙々とドアを開け放ち続け、そして8つ目で止まった。
「……どうかしたんですか、お師様?」
「あれー、オーフェン」
 聞き慣れた声。
 それを聞いたマジクが飛んでくる。
「く……クリーオウ!?」
「なんでいるの?」
 オーフェンとマジクは驚いて部屋に踏み出す。クリーオウは座っていたベッドから飛び降りて、2人に駆け寄ってきた。
「クリーオウ、無事だったのか?」
「ええ。なにもないわよ。この通り」
 両手を広げて笑うクリーオウの肩を抱いて、オーフェンはつぶやく。
「よかった……」
「えっ、あ、ちょっとオーフェン」
 戸惑うクリーオウだが、その表情は喜びに満ちていた。
 オーフェンはクリーオウを加え、3人で廊下を進んでいった。敷内の案内は、クリーオウがつとめられる。
「ここよ、ファルイドって奴の部屋」
 そう言って、クリーオウは突き当たりの大きな扉の前で足を止めた。
「ちなみに、ちょっと私が変な事、吹き込んだんだけど……」
 聞かずに、オーフェンは扉を開け放つ。
 その大きな音に驚いて、中にいた数人の男が振り向いた。
「な……何者だっ」
 だが、その横にいる金髪の少女を見て、態度をすっかりと変える。
「クリーオウ様」
「おいクリーオウ、どーいう事だ」
「ちょっとオーフェンを助けようと思って、ファルイドに作り話をしたのよね」
「どーいう作り話だ?」
「オーフェンの意識は地人達に乗っ取られてて、だからあんなに凶暴で、お金もなくて」
「この」
 クリーオウの脳天を拳で突く。うめくクリーオウはよそに、オーフェンは男達に歩み寄った。
「ファルイドはどこだ?」
「クリーオウ様のお仲間ですか」
「……ま、そういうとこだ。ファルイドに会わせろ。早く、だ」
 聞くなり、男達はさらに奥の扉をノックした。そしてなにやら話すと、戻ってくる。
「こちらです」
 忠誠心だけは強いらしい男に言われ、オーフェンはマジクをうしろにひっつけて部屋に入った。
「……貴様がファルイドか」
 大きなデスクに肘をついて座っている男を、オーフェンはにらみつけた。
「……そうだが、君がオーフェンか?」
「そうだ。クリーオウをなぜさらったりした!? それに、あのメモはなんだ……?」
「ちょっと待て、いっぺんに質問するな」
 慌てて、ファルイドは手で制す。そして不思議そうな顔をして、オーフェンを見つめた。
「なにか話が食い違ってる気がするのだが」
「クリーオウの話なら、それは嘘だ」
 そんな……とファルイドはうなだれる。その背中に手をかざして、オーフェンは言った。感情の深くこもった声で。
「俺の質問に答えろ」
「く……クリーオウは、君を困らせるための道具だ。メモというのは、あの書き置きの事か? あれは、その通りだが」
「じゃなくてだな。クリーオウに話を聞けば、俺を調査するためだったそうじゃないか。ヒリエッタは、俺を殺すよう命じられたというが?」
「まぁ命じると言えば殺せ、だと思うからな」
 かっこつけただけだ、とファルイドは言い放ち、逆にオーフェンに質問をした。
「……じゃあ、クリーオウは引き渡す。だからさっさと帰ってくれないか?」
「それなりの罰は受けてもらう。だがその前に、俺の質問は終わっちゃいない」
 ファルイドの首根っこを掴み、オーフェンはさらに目をつり上げた。
「あのメモの、わけがわからない文字はなんだ、と訊いてるんだ」
「あ……あれは、部下がやったんだ……こうしとけば向こうがそれなりに困るんじゃないかってね」
「……ちょっと待て」
 オーフェンの表情が緩む。
「つまりお前は、俺を困らせたかったのか?」
「その通りだ」
 力が抜けていくのを感じて、オーフェンは掴んでいた襟を離した。
「えっと……つまりお前は、俺を困らせたい一心でクリーオウをさらったり妙なメモを置いてったりヒリエッタを雇ったりした、と」
「その通りだ。そのほかにも、道を雇い魔術士で壊して、馬車を突き落としたりしたし」
「なんで困らせたかったんだ?」
「いろいろ苦情が来ててな。この辺一帯の領主である私は、処分に困ってたわけだ。すると住民のひとりが、うんと困らせてやれ、と言ってきたもんだから」
「オーフェン、いろいろしてるもんねー」
 いつの間にかうしろにいたクリーオウが言う。
 それは無視して、オーフェンは今までの疑問を解いていく事にした。
「じゃああの変な文字が薬屋とかで見つかってるのはなんでだ?」
「部下は私の行きつけの薬屋から適当に雇チたからかな。あすこのガキがうるさくてな」
「えっと……じゃあ、月だ」
 ファルイドが顔に疑問符を浮かべる。
「月がなんらかの力を帯びてるように見えるのは、お前がなにか関係してるからか?」
「なぜだ? そのへんは私にはわかりかねるが」
「お前が三日月に凝ってるからだよ」
 するとファルイドは、首を左右に振って――
「部下のアイディアだ」
「……はぁ」
 溜息をついて意気消沈するオーフェンに、マジクはなんとか元気を出してもらおうと、いろいろな事を試してみた。が、どれも効果はなかった。
「しかし、前に妙な女が現れたな」
「なに?」
 女――それを聞いて真っ先に思い浮かんだのは、姉の姿。
「その女も、月がどうとか言っていた。それから、そう言えば君の名前が出てきたな」
「オーフェンの?」
 しゃがみ込んでいるオーフェンの背中から身を乗り出して、クリーオウが訊く。
「そうだ。別にこの基地に現れたわけじゃないんだが……」
「どこで会ったんだ? どんな女だった?」
「黒髪の……なんか不思議な女だった」
 いっそう、アザリーの姿が鮮やかに思い浮かぶ。
「場所は、不思議な事に覚えていないのだ」
「あ、それはファルイド様が、柱で頭を強打したとか言ってここに帰ってこられた時ではないですか?」
「ああ、そうかもな」
 部下らしき青年の言葉に、ファルイドはうなずいた。
 オーフェンはなにもわからない状態だったが、月の事も含め、真実を突き止めなければいけないような気がしてたまらなかった。
「……ファルイド、だったか。もういい。今回の事は忘れる」
「そうか」
「クリーオウ、マジク。馬車に戻るぞ」
 頭から離れないアザリーの姿を無理矢理消そうとしながら、オーフェンは扉を開けた。
 その扉が未知の世界への入り口としか思えないオーフェンの数日間。
 たまにはこんな事もあってもいいかなどと、普段のオーフェンならば思うだろう。
 だが、今はそうは思わなかった。
 事の重大さをひしひしと感じ、1日1日を思い浮かべる。
 もうそろそろ月の形も変わるだろう。
 なんの変哲もない1日も、一生分の驚きがあったような1日も、大切な命だ。
(……なに考えてんだ、俺は)
 苦笑をおぼえながら、オーフェンは外の空気を思い切り吸い込んだ。

<第1部終了>

あとがき(?)