BANG DOLL
FUGUE5
室内に響く都筑の哭声…
術を使った。邑輝から褒美としてようやく手に入れたひとつめの言葉を用いて。
キーワードなんてカンタンなシロモノじゃない…
単なる意識操作だと思っていた。内面にある都筑本来の純粋な精神活動に分厚い蓋が被されている…
黒魔術……悪質な魔の催眠療法ともいえるとんでもないものだ。
古文書において古来より禁句とされているもの…どんな精神をも崩壊させる屈強な誘いの術…
絶叫が響き渡る中、巽が続行する。
空間に亀裂が入ってバチバチと発光現象が始まった。
開始して間もないのに…歪みから暴風が吹き荒れて…
「巽!まずいんとちゃうか?ホンマにこれで大丈夫なんか?」
亘理が制止を呼びかける。2つ言葉が揃うまでは待ったほうがいい、と言うのだ。
だが、切り札がひとつあった。下からすくう事だ。
邑輝がレイヤーの上から…表層からして支配したのなら影をして下から崩せば都筑を引き摺り降ろせる。術をかけられた者の最奥には必ず掃き溜めとなる本人の塊があるはず…。わずかな希望に賭けたのだ。
「叫んで毒が全部出て行くんならそれに超したことはありませんよ…亘理さん、この呪符、持ってて下さい。」
陳腐な言い方するなら…真剣勝負だろう。
結界内に…下手すれば自身の身をも滅ぼすほどの強力な“場”を築いた。亘理を防御するための呪符も渡した。
これで対局するのは巽と都筑だけになる…
都筑が発狂寸前である。
瞳孔が開ききっている。気が触れたように周りの空気を掻き毟る。
キーワードひとつでこれだ…
もぐらのように…なにかを弄っていないと狂死してしまう…といった感じである。
――――…もうすぐ…すぐに終わりますよ…あと少しだけガマンしてください…
都筑に触れた。
暴れて向こうが掻き毟る爪で巽の皮膚に切り傷があちこちできる。
抱き締めてそのまま自分の意識を都筑の中に送信…
そのまま同調を促して…まずは落ち着かせる。
自分に備わるヒーリングを用いて…精神開放を施した。
邑輝の術中においてはたいした効力はないだろうと思っていたが…予想外に都筑が反応を見せた
「都筑さん?」
「…」
表情が…以前の彼に近い…
「あ……巽?」
無菌室からでてきたばかりの邪心なき瞳…
――――――帰って来た…元に戻った…!
手間がかかるのは承知の上だった。
戻って来た都筑に安堵してしまって、油断してしまう…
「良かった…都筑さん…これで…」
はっとした。
涙で都筑の瞳が濡れている。
崩れたぼろぼろの瞳…そんな表情でくすくす笑い始めた都筑…
「都筑さん…?」
都筑がこう言った。
「……ごめん…俺もう…」
――――――――殺して…あの子を殺して…
ひくひく笑いながら鳴咽を漏らすのだ…笑ってるのか泣いてるのか区別できない。
表層心理に漂う何かの葛藤が彼をそうさせているのだろう…
「謝っといてよ…こんな役立たずもう要らないんだ…あは、…くすくす」
「何の事ですか?何があったんです?」
「子供だよ…邑輝が殺した…俺も殺した…あんな事、させるつもりはなかったんだ…」
「子供…?」
「桜の屋敷のあの子供…お前が以前、代行した事件の…」
「…!」
1年前…
死ぬはずなのに鬼籍に名が載らない子供がいた。
たまたまこの件を巽が担当した。
その子は自殺願望の強い子供だった。
説得にかかって巽が生きる事をなんとか決心させた。
でも、それは彼の曾祖父や祖父の愛情があるからこそ…
「この事件…なんだか終わり方がすっきりしないね…」
報告書を見ながら都筑が呟いた。
「…この子はどうなったの?」
「病苦のあげく自殺未遂を起こしました。体に障害ができましたが…まだまだ死ぬ予定はありませんよ…両親といずれ暮らす事もできるでしょう…」
「ずいぶんしっかりした子だって聞いたよ…物分かりが良くて、なんでもこなせるような優等生…」
「知らぬは両親ばかりです。」
「…どういう意味?」
別れ際に、少年は巽にこう告げた。
自分の存在はもはや悪魔そのものなのだ…
近い将来、地獄に行くだろう…
曾祖父の遺書には自分への遺産の譲渡が記されている。
内憂外患には疲れた。
遺産相続の事しか考えていない親族や両親は自分の死を願ってる…
ハイエナどもが墓の下からわんさか集まってくる。
しばらくは…「良い子」を演じてあげる。
弱い自分は大嫌いだから、と
そう、思い出した。邑輝が古書店で取ってこいといったあの本…
あの作者の孫は…ついこの間、死んで…食の日に、フェニックスになった…
異例中の中の異例。
死者の中でも異色の存在。
地獄の大公爵に…子供の姿をした不死鳥、軍団の長に…
ただの人間が、なれるはずがない!
パイプがいる…
何かの贄が必要…
「都筑さん?まさか」
その時、正面から違う声が聞こえた。
いつのまにか白い男が立っていた。
「全く、抜け駆けですか?褒美を貰ってさっそく愚行に走るとは…お約束な方ですね…巽さんも…」
「あんた、あの子に何をした?」
「さぁ…ちょっと面白い世界があると教えてあげただけですよ。クスクス」
―――――――黒幕はコイツだったのか!!
「黙れ!貴様が悪魔と契約させたんでしょう!都筑さんまで巻き込んで…あんたは!!」
「…罪の意識を勝手に都筑さんが持っただけですよ。私も彼も悪くはない。悪い事したんじゃありませんよ…ねぇ、『都筑さん』?」
――――――ドクン…
「違う!魔物になった人間を都筑さんは救おうと懸命に…?…都筑さん?」
邑輝が都筑のナマエを呼ぶ。
「『都筑さん』…さぁ…」
断続的に…ぽつりぽつりと…
巽の腕の中の都筑の瞳がだんだん蒼くなっていく…
邑輝の声が都筑の頭に入ってくる。
そのときだった。
「どうしたんです?つづ…」
巽を見て微笑した一瞬の出来事だった。
「な…っ!」
都筑が手のひらから神剣を出して巽の胸を突き刺した。
「グハッ…ァ…ッ…!」
グサグサと…下に蹲る巽の背から立て続けに刺し捲る。そして四方八方振り回した神剣が巽の額にも傷をつける。
邑輝が冷笑しながらそれを観察する。
駆け寄った亘理が都筑を引き剥がそうとする。
「よ、よせ!都筑!もうやめろ!(あかん、こいつおかしなった!)」
気で亘理を跳ね飛ばしてから…巽の髪を持って顔を覗き込む都筑…
石榴のように頬に流れる巽の紅色の液体をそっと舐めてくすっと微笑む。
「…っ…(都筑さん…)」
吐血して血塗れの碧眼の青年…
「少々悪戯が過ぎましたかね…クスクス」
手を叩いて、邑輝が都筑の気を戻させた。
駒はもういらないのだ…想い人に刺されるという十分な打撃を与えて…それに余計な悪戯もしてやった。
巽はこれで用済みなのだ。
遊びにもってこいの逸材だったらしい…
おまけに巽が開放のために施した術はいっそう都筑を平常心から大きく突き放す逆効果を植え付けてくれた。
「……た…つみ…」
カランと剣を落として都筑が我に返った。
邑輝にナマエを呼ばれただけでこんな事をしてしまった自分を省みた。
「おれ…お前に…何を…あ…ぁ……」
一瞬の蘇生に過ぎなかった。
「都筑さん、いいんです…落ち着いて…早くそのままここから出てください…結界から早く出て…私が導く空間に…っ…(ここじゃ駄目だ…邑輝がいたら彼がまた消失してしまう…私の影にいったん入れて…)」
「ごめん…ごめんね…こんな事…ごめんなさい、巽…」
パニックする都筑…
「…いいからこの中にはや…」
「いらっしゃい、『都筑さん』…」
――――ドクン…
「都筑!どこ行くんや?」
はじかれた亘理が向こうで叫ぶ。
息絶え絶えに蹲っていた巽が、自らの太股を、転がってきた剣でグサッと刺した。そして薄れる意識を引きずり戻した。
気を失ってる場合じゃないのだ。
さっさと作らなければならない。
退路を早く作らねば…
「都筑さん!戻りなさい、行ってはいけません!!こちらへ!」
白い羽がばらばら振ってきた。
「チッ…邪魔だ!」
鬱陶しいくらいの純白の桜吹雪がばらばらと…
なぎ払って巽が都筑の傍へ行こうとする。
邑輝が新しく張った強力な結界を両手でこじ開ける巽…
ジュウッっと巽の皮膚が焼けていく。
「くそっ!」
「巽!!手、溶けてしまうで、無茶や…」
なす術もなかった。
…せっかくこじ開けた穴は塞がってしまった。
パリンっと弾き飛ばされた巽…
シールドの向こうにいるあの人…
滴る血液で視界が紅くぼやける。
都筑の姿がだんだん離れて行く。
「都筑さん?!」
(都筑さん…駄目だ、聞こえてないのか…どうしたらいいんだ!!)
もはや、都筑には邑輝の声しか聞こえていない。
白い男しか見えていない。
流麗な微笑を注ぐ男が片手で招く。
「『都筑さん』…」
――――呼ばれてる、行かなきゃ…俺、もう…
美しい…白い手が猟犬を招く。
「いらっしゃい…愛しい私のBANG DOLL…」
黒い“猟犬”が白い“猟犬”の元へ歩み寄っていく。
ガラスの階段を昇る貴人のように導かれて…
美の極致を極めた白と黒のコントラスト…どちらも明らかに喪の色で…破滅と宿命を継承するふたつの絶対者…
凶々しさを超越している。
この神々しさ…
神さえ踏み込めない”聖域”だろう
――――――いらっしゃい、愛しい私の“破裂の人形”…
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