Dormi, bella, dormi tu?
BANG
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「何してんの?」
リビングでコーヒーを飲んで書類を見てたら、背後から都筑が…首にそっと両手を回して抱きついた。
柔らかい、暖かい香りに邑輝が包まれた。綺麗な人に包まれた。
「仕事で使う書類に目を通してるんです」
「…まだ起きてるの?もう12時回ったよ…ここんとこずっと忙しそう。…ちょっとは楽できないの?」
柔らかい黒髪がうなじで踊る。少しくすぐったい。
「仕事ですから…」
「体に悪いよ。睡眠時間だって3時間もとってないじゃんか」
「手抜きはしたくないんです。大丈夫…もう眠りますよ」
象牙のように白く美しい指先…木目細かい彼の手を解いて、背中にもたれている都筑をそっと見た。
微笑んで優しく離した。
都筑もにっこりとした。変わらない綺麗な姿。
これを見たら平静でいられなくなる。
いつもいつも…ここの所ずっとそうだ。自分の位置を危うく感じる。砂みたいに砕けそうだ。
「…おやすみなさい、都筑さん…」
「おやすみ、一貴」
――バタン…
一階の客室へ邑輝が降りていった。
戻ってきてから都筑を抱いてない。一度も…]
―――貴方、わかってるんでしょう?
扉にもたれて邑輝が愁う。
あの瞳は…本当の色だ…戻ってる。
どうして逃げない?
わかってて、私の傍に?
人形は「一貴」なんて絶対呼ばない。
呼ばなかった。
――――――…
空になってる煙草の箱を放り投げる。そして、無意識に電話をかけた。
再び巽で気を紛らわす事に遁走する堕ちた猟犬…
これがFUGUE
また遊ぶの?
また逃げるの?
「お互い利口じゃありませんよ。何も事態が変わってない。…もう収集がつかない…こんなの…」
均整のとれたしなやかな躯がゆっくりおきあがった。
錆びれた碧眼が揺らぐ。
激しい情事の後にこの青年はようやく口を開いた。当人は皮肉るつもりだったのだろうが、声に生気が全く感じられなかった。
「2つめのご褒美をあげますよ…」
―――――――バシンッ!
「要りませんよ!そんなもの!!」
「…」
唇が切れた。
今までに無く、珍しく反抗的だった。
思いっきり引っ叩いてくれたのだ。
「私は、あの人が苦しんでるなら助けてあげたい。何をしても、どんな事でも…。でも…」
「それはアナタの勝手な自己満足でしょう」
「…っ!」
俯く巽の瞳が濡れる。
事実だから…
あの時、邑輝の元に歩み寄る時の都筑の微かなテレパスは…正常な精神状態によるものだった。
――――――迷惑ばっかりかけてごめんね…って
自分はもうここにはいないほうがいい、と伝えてきたらしい…
負傷して、汲み取る事が出来なかった巽には後で知らされた。
あそこから数十メートル離れて待機していた密にだけしか伝わらないほど弱々しいものだったが…
何が都筑をそうさせるのか…もう判らなくなってきた。
必死で救おうとしていたのに…ボロボロ崩れていく。
間の抜けた話だ。
餌にされている己の存在が踏み台になれるかもしれないという事に、まだ何かを期待しているなんて…
用がすんだらさっさと帰り仕度をしている男に目を躍らせた。
巽の心境などまるきり関心ないらしい。
この男にまだ余裕があるように見えたのは巽が疲れていたせいかもしれなかった。
――――――こいつがおかしいのは今に始まったことでもないか…
身体中に残る痕が痛む。
躰だけが痛いなら良かったのに…
二日後…
その夜は、寝つきが悪くてなかなか眠れなかった。
少し蒸し暑い。
ぼやけた意識の中で何度も寝返りを打って…うつらうつらしていたら…足音が…
「…」
頬に温もりが…
都筑の指だ。
傍に座ってそっと見つめてる。
見つめながら邑輝の乱れた髪を指でなぞって…微笑む。
いとも儚げに。
いとも美しく…
「どうしました…?眠れないなら睡眠薬がそこに…」
「見てていい…?」
「…?…」
崩れそうな声と瞳…
「猫が来ないんだ。いつも餌あげてたのに…庭に…毎晩遊びにきてた白い猫…」
「…」
あの猫はもう死んでますよ。昼間、交差点で死骸を見つけたんです…と邑輝は答えようとしたが何も言わなかった。
言えなかった。
「小鳥も死んじゃったよ。鳴かなくなったんだ。今朝、籠を覗いたら…榊が寿命だって言ってた…」
「…生あるものは、いつかは土に帰りますよ…」
遥か彼方、自分と離れた対照的なこの存在…
「そうだね…土から離れて生きていけないんだよね…」
ベッドの中へ都筑をくいっと引き寄せた。帰ってこない猫をずっと外で待ってた体をこれ以上冷やすわけにもいかなかった。くぐもった、小さな声が毛布の中でこだまする。
無くなった命を慈しんでるこの姿。
胸が痛い。
昨今流行るこの奇妙な感覚は何だろう…
「…明日にでもひょこっと帰って来ますよ…もう眠りなさい」
「帰ってくるかな…」
「ええ、帰って来ますよ…猫は気まぐれなんですよ」
そっと邑輝に縋る都筑…
「なんだか…置いてかれたみたいで、お前にも…」
「ここにいるじゃないですか。…私は何処にも」
都筑が顔を上げた。
「だったらなんで触ろうともしないんだよ!…巽だったら抱くくせに!」
知ってるらしい。
「都筑さ」
「傍にいてくれなくてもいい…嫌われててもいい…放っとかないでよ。お前がどんな事してても…俺…っ…」
――――――…