BANG       F8      DOLL  

 
 

偉鳳玉    厄災を見据える影
 
 
 


それは、ちょうど巽が庁舎に赴いた頃だった。
夕方に解放されてしばらくしてからの事。
今の今迄、あれを満足させるような事に従っていたのだ。
別れ際に言い残された会話が、頭のなかで乱れていく。侵食とも、汚染とも言う。
 

“あれ”は氷の国の鬼みたいな顔して言うのだ。
―――――我々の目的って一致してる面があると思いません?
「何ですって?」
―――――巽さんは、都筑さんが欲しいんでしょう?執行人だの公務だのと装って、今も尚私の傀儡になってくれるなんて、最高に面白い…余程あなたは
「違う!」
―――――ああ、でも私も何も与えないわけではありませんよ。それではまた…
 

最初の頃、こいつと関係する前に囁かれたあの言葉
『貴方も彼を欲しがる人の一人だ…』
 

図星じゃないか
私だって愛してる。何よりも深く…
触れたい、抱きたい。
心行くまで愛したい。

でも…
 
 

薬莢から零れた火薬は独特の匂いを放つ。それが一番よく判るのは持ち主である。
『銃は、暴発すると“持ち主”を殺してしまう命のない鉄の塊なのである』


蒸し暑いせいか躰が異常に火照る。残照がまだ抜けなくて足元がふらつく。
職場に来た時、夜中の12時を回っていた。書類を取りにきたのである。
 
 

巽がここを「訪れた」のは数日ぶりだった。
こんな時間、誰もいないだろう。
だが、その時…
「お前、何やってんのかわかっとんのか!?」
花瓶に薔薇を生けてたら、背後から冷たい声がかけられた。
静かすぎる夜の室内、襟首に響いた亘理の声…
――――綺麗な薔薇ですねぇ…燃やしてやりたいぐらいに…
深紅の薔薇が白い手首に映えている。そんな思いにふける巽…
亘理がさんざん訊いているのに…この御仁は黙秘し続けて、さっきから背中しか向けてくれない。
「おい、聞いてんのかいな!!?」
とうとう咎めるような厳しい声。
もう一度訊いた。でも反応がなかった。
黙々と、次は水槽にいる可愛らしい魚達に餌をあげようと…そんな感じで巽がゆったりと行動した時に、亘理が生けたばかりの花をすっぱ抜いて巽に投げつけた。パラパラと紅い花びらが舞って行く。
大粒の血の雪みたいに綺麗…
「…何するんです?せっかく…せっかく頂いた薔薇なのに…」
ようやく口をきいた。今まで完全無視を決め込んでいたのだ。
能面のような顔をしていながら…
「何考えてんのや?もう日ないんやで。都筑の事どうするんねん?」
「見事な薔薇でしょう…絨毯、濡れてしまいましたね…」
ポタポタと、絨毯に零れた水滴を拭こうとしてゆるりと屈んだ巽を亘理が殴った。
やつれて重さが感じられない巽の体を、胸ぐら掴んで殴り飛ばした。
呼びかけにようやく応えてきたのはいいものの…この死んだ魚のような碧眼に対して無性に腹が立ったのだ。
何よりも、都筑を介して邑輝と寝ている巽の奇行にいらいらする。
その“見事な薔薇”も、邑輝に贈られた“褒美”のひとつだろに…
実際、受け取らなければ向うの機嫌を損ねてしまうから持ってきたにすぎないが…
「お前…!」
無抵抗の巽を持ち上げてもう一度殴ろうかと思った。
でもやめた。
こんな魚をいくら叩いても息なんて吹き返さない、と思ったらしい。
「もういい、俺が連れに行く!!お前なんかあかんわ!」
勢いよく振り返って出て行こうとした時に、腐りかけの肴が呟いた。
こうくしゅっと…猫が欠伸をするみたいに。
「無駄ですよ…」
亘理が踵を返す。
「あの人、還ってこない。私の声も…誰の声も届かない…」
――――何言ってんのや、コイツ!
「は、聞きとうないわ!お前ら何考えてんのか、俺も坊もさっぱりわからんのや!課の連中も全員な!」
「お前ら」とは無論、邑輝と巽の事である。
都筑の為に自ら鎖に繋がれているのであろう…と亘理は思っていた。
都筑の治療の為に、犠牲的な行為に独りで耐えていた事を知った時は労った。
だが、今はどうだ?
こいつらの今の状態を知って、何も事態が解決されていない事に…いや、余計にややこしくなってきて腹が立つ。
「あれから…お前が、毎晩毎晩、昼間まで邑輝の所に行って、…ろくに庁舎に顔もださんとあいつと馴れあってたときに何が来たと思う?これ見ろや、最後通告がきたんや!」
ばさっと文書を巽に向かって叩き付けた。
誰もが何度も読み返してぼろぼろの紙切れ達…
「あと2日やっていうのに、…延ばすことなどできへんわ。一向に報告も何もせんとお前は…」
この肴は溺れながら公務を放棄して愚行に走っている、と思われているのだ。
味を占めて、もっともっと主に喰われてしまう事に情熱を注いでいるらしい、と解釈されているのだ。
から回りしているこの2人の今の状態を見てたら、そう考えられてもおかしくはないだろう…
巽が、切れた唇を拭いながら文書に目を落とした。
これも亘理がさっさと見ろ、と何度も怒鳴った後の事であった。
「追放処分ですか?…都筑さんに還ってくる意志もないのに。本人が冥府にいないのに?馬鹿馬鹿しい…」
苦笑する巽…
「そや、俺らがのた打ち回った所であいつは戻ってけえへんかもな。だが、問題なのは次や…」
もう一枚、捲ってよく読むと…
「どういう事です…?まさか、そんな…」
「来るみたいや。能天気やった都筑の破壊ぶりとはケタがちゃうやろな。どこもかしこも数時間で、全て潰されるわな…」
――――――地獄の不死鳥に不穏の気配…
あのフェニックス、悪魔の容姿、中身は子供の不死鳥が…冥府への突破口を一つ超えたという。
「今さっき通信部が言うてたわ、半分超えたらしいわ。ようさんおまけの部下ども引き連れてるんやて…ボス一匹だけでも十分殺傷能力はあるというのにな…」
冥府へは何重もの複数に渡るロックがかけられている。
魔物が容易くこの領域へは決して踏み込めないように。
「非常警報が2日前からなってんねん」
「警戒警報に変わるのも時間の問題ですか…」
「他人ごとみたいに言うなよ…死神全員とここの防御能力全てでも敵う相手やないんやで…」
「一体なんの目的で?…まさかまた都筑さんを?」
クスクス笑いはじめた巽…
何の役にも立ってない自分に情けなくて笑えてくる。
「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれへんな。当人がここにおらへんの向うは知らんやろうに。だが、来るだけで済むとは思われへんけどな…」
「都筑さん、もう…ただの人間なのに…あの子、あれ以上何を望んで…クスクス」
緊急事態が迫っているというのに、緊迫感の欠片もない巽の声…
――――殺戮と破壊以外の手段でここを護る術なんてあるのだろうか…
「護りを固めるのに、都筑の力をとは思ったんやけど…今は…」
「邑輝が来てやっつけてくれたらさぞかし楽でしょうね…私達の正義の味方…?クスクス」
「お前の冗談、全然おもしろくもなんともないわ。いい加減笑うのやめろ!」
そうは言ってもなかなか笑いが止まらない。
崩れ行く、端麗な表情を眺め下ろして亘理が話を続けた。
くすくす漏れる声を無視して…
「都筑に、伝えるべきことは伝える。後でここがなくなってるの知って哀しむかどうか…そんな事態になるかどうかはわからへんけど、今の状況知ってもらうだけでもせめて…」
―――知らぬうちにできた傷を見て、後で泣くのは目に見えてるでしょうね…
「まだ笑うんか?お前、もっかい殴られたいんか?」
「酔いがなかなか覚めなくて…熱くてね、顔の神経がおかしくなってきてるんですよ」
「おかしいって自覚できてるうちはまだ救いようはあるやろな。殴って冷めるんやったら覚まさせてやるで?」
ぴたりと笑いが止まった。この同僚にまで見限られたらおしまいだからだ。
「で、どないすんねん?」
「判りましたよ」
さまざまな感情が入り乱れる中、以前のようにきびきびした歩調で彼は通り抜けていった。
邑輝と都筑、彼らが今ごろどうしているのか二人は知らない。
知ったら知ったで納得するかもしれないが…
巽だけは拭いきれない負の感情を未来永劫、持つかもしれない。
 

明け方には、警戒警報が発令された。
 
 
 

19990527
 

NEXT

 underground