見えてるものと見えない何かが心の中をかき回してくれる
忘れ物をしてませんか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 BANG DOLL 
貴方だけは私を裏切らない
                                             FUGUE6 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「殺して、…あの子を殺して!」
 

残滅
 

最後に少年と会って話したのは春先の事だ。
顧問弁護士やら親族やらが来て、コドモの病室まで聞こえるくらい大きな声でわいわいともめている最中だった。
その日、都筑はいつものお見舞いに来てた。
誰にも見つからないようにこっそりと少年の病室へ入った。
その子はにっこりと、いつものあどけない笑顔で迎えてくれた。
殺風景な個室。
見舞いの品もろくにない。あるのはこの子が大好きだった祖父の本だけ。
 

さっさと死ね、という無駄に生きてるハイエナの声が聞こえてくる。
――死んでやるさ、でもお前らばっかり良い思いなんてさせてやるものか…
 
 
 

「先生がね、お兄さんみたいにはなれなくてももっと強いイキモノになれる人間もいるって言うんだよ?」
都筑の頭に一抹の不安がよぎった。
「先生って…?」
「邑輝先生だよ、新しく来た外科の…僕の主治医になったばかりの」
聞いた所によると…死神の話をしてこの少年に偶然都筑を出会わせ、無理に地上にひきとめさせたのは他でもない邑輝だった。
以前、記者として接触して来た巽の正体からばらしていったらしい。
都筑はこの子に友達になって欲しいと言われた。父も母も…誰からも愛されてない自分に失望していて…おまけに手術が恐いよ、と。
元気づけるために、都筑が禁を犯して地上に頻繁に通った。
見舞いも欠かさずに…親密な友達になった。
逃げずに頑張ろう…きっと元気になれる、と何度も何度も、心から励まして上げた。
「おかしな事言うんじゃないよ!俺みたいになったら駄目だ。お前は治るよ!!走って翔んで元気になれるよ!そんな物になりたいなんて言うなよ…!」
―――――そんな事言える立場なの?
「魔物は強いんでしょう?空を飛べて、屈強で思いのままに行動できる…」
―――――――さんざん殺してきたくせに…
「自分が可愛くないのか?あんなのになっちゃったら、優しい心なんて持てなくなっちゃう。ずっと闇の中にいなくちゃならないんだ!…そのほうがよっぽど苦しいんだ」
―――えらそうな事言うなよ、あんたに何がわかる?
「可愛くなんかないよ…大嫌いだ、弱くて…」

その後、花びらがひとつ落ちた。
 
 

矛盾
 
 

「殺して、…あの子を殺して!」

―――――…

「先生に聞いたわ!あなた死神なんでしょう?だから私達の周りをうろちょろしてたんでしょう?早くあの子を殺してよ!あんたの世界でも何処でもいいから連れていってよ!」
「違うよ、そんなつもりじゃ…」
「だったら何?弁護士はあの子が死んだら寄付金に遺産全てを…あの莫大な財産全てをどぶに捨てるような事するっていうじゃないの!!狂ったじじいの遺言道理に!しかも夜中にあの子が来たわ!…私と主人の枕元に…」
「来たって…?」
「おとつい、死んだ筈なのに…生きてるのよ…私の首を掴んで笑ってたわ…お前ら全員殺してやるって言ってたのよ!」
「そんな…」
俯いて首を振り続ける都筑…
「あんな化け物、私の子じゃないわ!」
「ご、ごめんなさい…るしてくだ…さい」
無意識に謝罪をしてしまう。
「逃げなきゃ…私も主人も殺されるんだわ…遠くへ、遠くへ逃げなきゃ…」
都筑は土下座してひたすら謝り続けた。
「あんたのせいよ!このろくでなし!!」
思い余って花瓶の水を都筑にぶちまけて女が出ていった。もう2度と戻って来ないだろう。
びしょ濡れになって座り込んで、鳴咽をもらす都筑…
何かに向かってひたすら謝り続けている…
ごめんなさい、と
――――こんなつもりじゃなかったのに…

だったらなんのつもり?

銀髪の男が入って来た。
「全く、ヒステリーもいい加減にして欲しいですねぇ…これだから女というものは…(クスクス)」
顔を上げた都筑が目を光らせた。
怒りに任せてカッとなって、邑輝を傍にあったナイフで刺そうとした。
しかし事、腕力に関しては敵う筈も無い。
憎悪を嫌悪に燃えた紫の瞳…
片手で邑輝が難なく手首を掴み取った。
ググッと圧倒的な力で都筑がねじ伏せられる。
「く…そぉっ!お前なんかっ!!」
「今更何言ってんですか?貴方も同じ穴のムジナなのに…」
「うるさいっ!!」
「あの子が貴方を呼んで…私がそれを教えてあげた」
――嫌ならとっとと帰ればよかったんですよ…
フッと都筑の力が抜けた。
認めたくない事実がまた来た。
正面から都筑を見据えて邑輝が“事実”をはっきり言う。
本当の事を偽りなく…
「堕天使になりたがってたのはあの子なんですよ…望みが叶って今ごろ狂喜乱舞して」
「あんなコドモになんてことするんだよ!普通じゃねぇよ!お前は悪魔だ!」
「貴方がそんな事言えるとはね…クスクス」
両手を塞がれている都筑が俯いた。
涙が頬を伝う。
「…どうしてぇ…?ちゃんと手術受けるって約束してくれたのに…また一緒に遊ぼうって約束したのに…お花見行こうって言って…ふっ…うっ…っ…」
そうして激しく泣き崩れる。
ちぎれるくらい痛々しく…
「なんで魔物なんかになりたがるんだよ…なんで、死に急ぐような事するんだよ…」
「利用されたんですよ、貴方は」
「違う!」
「このまま惨めに死ぬくらいなら…永遠の命をって…たとえ、化け物だろうがなんだろうが弱くて卑小な自分は嫌だと言ってました。そういえば、以前、仙人になれたらいいとか呟いてた事もありましたかねぇ…馬鹿らしい、クックック…」
「…そんなの…嘘…だ。」
「お子様のお遊びも現代じゃ奇特極まりなくなってきましたねぇ…クスクス」
「お前…」
「面白い連中でしたよねぇ…金めあての馬鹿共に病苦に悩まされる自殺願望の強い子供、精神薄弱な父親とその愛人…二流のドラマみたいにおもしろおかしく、死にたきゃ死ねばいいんですよ…アハハ」
脱力してた都筑が呪符を神剣に変えて…もう一度、本気で邑輝に襲い掛かった。
慣れないせいか、バランスが崩れてうまく的中しなかった。
邑輝の左肩に少しかすった程度で…剣先がそのまま床に刺さった。
床に倒された邑輝が至極冷静に都筑を見る。
氷の瞳、銀の光…
上に馬乗りになった都筑が舌打ちする。こんな時、古武道の一つでもやっておけば良かったと思って情けない己にむかむかする。
「ちっくしょぉ」
「…」
床にめりこんだ剣が抜けなくてぶるぶると力をいれたが…やはり抜けない。
イライラし始めた。
「その真っ直ぐな所…他人のために異常なまでの情に溺れる献身的な貴方…本当の貴方なんですか?」
「黙れ!」
「己惚れてると思ったことありませんか?」
[何だと!?」
起き上がって都筑の目をじっと見る邑輝…
闇を支配する銀のガラス。
静まり返ったこの空間。
身を起こして被さる都筑の首を柔らかくなぞった。
「理想なんてね…砂みたいなもんなんですよ…」
「わかったような口きくな!」
都筑の手を取って邑輝が代わりに刺さったままの剣を片手で抜いてやった。
「自分を貶めるような事、もうやめなさい。ああしたら良かった、あんなつもりじゃなかったなんて口でいくらでも言えるんですよ…。貴方と私のやってる事なんて…その程度のものなんです」
「…」
「命の鞘取りなんですよ。お互い残滅したものを違う角度で相互に扱うイキモノなんでよ…」
「…俺は邪魔だったの?…不意に呼ばれて、あの子に慕われて…好かれてると思ってたんだ。友達ができたって…喜んでた俺は…」
「腹の底では貴方の能力を使うつもりだったんですよ…初めから終わりまで。…最も、私はそういう類のアドバイスしただけですけどね。実行しろとは言ってませんでした」
だから人間と深く関わるな…と密や巽にいつも言われてる事を都筑はまた思い知った。
どうせ傷つくのは自分なんだから…
今度は決定的だ。
哀しくなってきた。
「人を信じちゃいけないの……俺は何なんだよ…」
…膝の上で都筑が顔も隠さず泣き崩れた。
邑輝は視線をさ迷わせた。
――――憎いですか?腹立だしいでしょう?
あの子は今ごろ弔い合戦してるだろう。
今回、子供とそれに関わる者達まで殺傷してしまう…人を人とも思わない見事な冷酷さを邑輝が見せた。
「私はそういうレベルの人間なんですよ。それを貴方は判ってて…去らなかった」
「…手術が終わるまでって思って…俺は」
「でも執刀直前になって子供が拒否…そして屋上から飛び降りた。助けようとしたけど間に合わなかった貴方が蘇生術を密かに施した。それが悪魔となる契約後の事であり、完全に魔物になるための触媒であった。贄の力だったのも知らずに…貴方がそうするの判ってて…策士ですよね、あの子供も…」
「…」
邑輝が都筑に今までになく真剣に言った。
 
 

囁きが                     蠢く

カラダの                   中で
 
 

――――そう、今の貴方なら容易く私の手に堕ちる…
「殺してみなさい、私を」
「……邑…輝」
――――この混乱に乗じて…私の傍にずっと…
「こんな事態、認めたくないか、それとも私を刺さなければ気が済まないか、あるいは…ご自分で考えて今度こそ確実に実行してご覧なさい。」
――――殺人鬼になったあのフェニックスを殺しに行くのも貴方次第だ…
悪いのは誰だろう…
困惑した。
身震いしながら怯んだ。
邑輝だ…と思っていたのに何故かこいつだけのせいではないんじゃんないのか…と。
この嫌悪感はなに?
憎悪の対象はいるのか?
自分は結局信頼してたあの子にハメラれたのだ…
知らなかったとはいえ、自分の能力が今の事態に深く関わってしまったのは事実。
純粋さのどこがいけない?
あれが裏切りだったの?
「さいってぇ…」
自分に見せてくれてた笑顔はまがい物だったのか…
信頼されて、慕われてたのは…
目の前がくらくらしてきた。
吐き気がする。
――カラン…
持たされた神剣なんて放り投げてしまった。
邑輝にもたれかかって力無く、無意識に奮え出した。
憎いのに…誰を憎んだら?
結局は馬鹿な自分を…
堕落しているのはここにいる白と黒だけ
「もぅわかんないよ…」
「…都筑さん?」
こんな弱い自分は知らない。
嫌…
 

そのままスッと意識が途切れた事しか都筑は覚えていない。
 

「…」
都筑の頬に指を這わせた。
――――――今の貴方なら…望みが叶う…
心身ともに疲弊しきった都筑の身を…そぅっと抱き締めた。
愛しいこの身を骨も倒れるほど抱き締めた。
瞬時の事で…無意識に彼の温もりを、匂いが欲しくなった。
泣き疲れて勢いも衰えて…無防備に何処かへ心を預けて眠る都筑。
――――そうやって罪悪感から殻に閉じこもって、己を否定して…何もかもを忘れるくらいならいっそ…
歪んでいようがいまいが構わない。
邑輝の耳に見えない何かが囁いた。
それが邑輝の心に楔を打ち込んだ。
『人形を創ってみたら?君だけのオリジナルを』…と。

後になって邑輝はこう思った。ずいぶん後の事だったが…
自分でも…本当に実行するとは思わなかった、と。
あの声は聞き覚えのある幼い声…

―――――でも、こうしたらこの人はずっと私だけを見てくれる…私を裏切らない…

氷華に佇むたったひとつの暖かい安らぎ
こんな事して…
今までのもの全てに対する慰めを欲しているのは他でもない自分ではないか…
痛かったのは心だけ?

「もう…泣かせませんよ」
止めど無い、淡い夢が腕の中に収まった。
狂おしいほど愛しいその身をずっとずっと暖めて抱き締めてた。
「誰にも貴方を責めさせない…責められるべきなのは私だけでいいんですから…」
好きな人に、もう汚れて欲しくなかった。
 
 
 
 
 

狂想
 
 
 
 
 

鬼哭の辻にふたつのケモノが戻って来た。

巽の元から、再び都筑を屋敷へ連れ去った。
着替えさせて床に寝かせた。
うっすら瞼を開けてこちらを見てくれる愛しい人。
互いに見詰め合う。
都筑が、額に触れた邑輝の手を取って唇で儚げに触れて清めてあげる仕種をした。
 

不浄の穢れの男の想い
不滅の愛
 
 
 
 

――――――愛しい私の“破裂の人形”…
 
 
 
 

「貴方を見てるのは、愛しているのは…?」
「邑…輝…」
「おやすみなさい…」
都筑の唇にそっと触れる邑輝…
優しく、眠る都筑を抱き寄せた。
薄くキスした。今日も明日も、ずっと愛していこう…
「愛してるんですよ…歪んだものさえ美しく見えるほど私は貴方に全てを…」

――――見返りなんて、他に望んだ事はありませんよ…

「貴方がいればいいんですよ…」

                        本当に憎いならあの時、私を殺した筈…

―――――――何故?…都筑さん…

「愛していますよ、心から」
 

貴方だけは…私を裏切らない…
 
何があっても、どんな事をしても
 

翼から羽が少し落ちた。
少しだけ…
 

NEXT
 
 

1999.3.21