「た、たまには一緒にはいらない?」
巽がガサっと新聞を逸らして都筑を見た。株価についていろいろ思案して夕食後のコーヒーを飲みながらくつろいでた時だった。
「…背中…流してあげるよ。」
そう言って先に浴室へぱたぱた歩いていった。
…どうやら解禁日らしい。
都筑からの“お誘い”にストレートに胸中、歓喜してしまう…
にやけそうな表情を咳払いで誤魔化して巽が新聞をたたんだ。
1週間程、何もなかった…というよりは都筑が口で奉仕していたくらいだったので……それでも満足はしていたが、この日が来るとやっ
ぱり何か新鮮さが増す。
でも浴室…なんて言い出してくれるとは思わなかった。
頃合いを見計らって言い出したのか、それとも思い付きなのか…
とにかく心中が大歓喜の渦なのは言うまでもなかった。
「…遅いなぁ…」
…なかなか巽が浴室に来なかった。
大胆だったか…鮎の解禁じゃなかろうに…もうちょっと言い方を工夫したら良かったか、と試行錯誤する。
…自分の方がすっかり温まってしまった。これ以上浸かっていてはのぼせそうになる。都筑がいったん出ようと思って湯船から上がった
時に巽が来て開けますよ、と言った。だから慌てた返事をしてザブンとまた浸かった。
脱衣してない巽が袖を捲りながら入って来た。
背中を流してあげようと思ったのに自分の方が洗われてしまった。
向こうは服を着ていて…自分は、というと裸…凄くどきどきしてしまう。
のぼせてるせいだけじゃない…心臓の音を聞かれるんじゃないかと思って落ち着くように言い聞かせた。
「お見舞いにもらったお菓子、食べましたか?」
「あ、うん…美味しかった。」
洗髪してあげている時、無言でいた巽が話し掛けてきた。
密と亘理が持ってきた和菓子の話題がしばらく続いた。
「千堀庵のお菓子だったよ。あそこの砂糖菓子って初めて食べた。」
「後で御礼を言っておかなきゃいけませんね。赤峰さんからもお菓子を頂いていますし…流しますよ、目閉じて」
お湯が頭のてっぺんからかけられた。
「ありがとう…今度は俺が流してあげる。」
「いいえ、湯船につかりなさい。温まって出たら髪を乾かしましょう。」
「……」
都筑の思う所を察して巽が苦笑しながら言う。
「いくらなんでも…ここじゃ、冷えますから…それに私、夕方シャワー浴びた所なんです。」
「そ…そうなんだ…」
夕食で呼ばれるまで都筑が惰眠してる間、そうだったらしい。
「温まったら出てきて下さい…飲み物用意しときますよ。……その時に」
「…うん」
確かにここで以前コトがあった。あの時は互いに夢中で求め合って…寒さなんて吹き飛んでたくらいだった。しかし、湯が冷めるくらいま
でしていたので手足が少し肌寒かった記憶がとぎれとぎれあるのは確かだった。途中で気を失ったのであんまり覚えてなかったが…
ちびちびと水割りを飲みながら都筑が話す。
「…皆、元気にしてる?」
「ええ、貴方がいないんで職場が変に静かでしてね。」
「早く戻ろうかな…週明けにでも」
「もう少し休んでいいですよ。課長がお休みをせっかく下さったんですから。」
…全然、巽が都筑に触れようとしない。
さっきからこんな会話ばっかりで…都筑は自分から誘ってた事をなんだか恥ずかしく思ってしまった。
紅い顔して髪を掻き揚げ、落ち着く素振りを装う都筑…
しかし、平静に見える巽も実際浴室から今に至るまで胸がどきまぎしている。押さえて、堪えてるのを気付かれるんじゃなかろうかと都
筑以上に神経を張り詰めているのだ。
頬を赤らめて窓枠に都筑が行った。
巽は悪戯心に少しじれったい素振りをしてしまう自分をおかしく思った。でもそれだけじゃなかった。ようやく月明かりがいい角度になった
からだ…この照明を待っていたのだ…
そろそろいいか…と思って巽が行動する。
ふっと部屋の明かりが消えた。月だけの明かり…ただそれだけだった。
カーテンにくるまってた都筑が振り返った。
巽を背中に感じたからだ。
「…熱い…声を聞きたいんです…静寂に響く貴方の声」
髪をすかして巽が都筑を抱きしめる。
―――――トクトクトク…
「…俺、心臓の音うるさい…」
「私もですよ。」
「え?…俺だけだよ…きっと」
「さっきから、もう喧しいくらい鳴ってます…浴室でも…あれは凄かった…気付きませんでした?」
「ううん、全然…」
意外な顔して都筑が言う。
ふっと笑って巽がそのうすい顎を持ち上げる。
「いいんですか?…大丈夫なんですか?」
「いい…もっと暖めて」
「…はぁ…んぅ…」
艶やかな躰に…都筑の華芯を巽が口と指で愛する。銜えられた諸所にあたる歯が心地よく刺激をくれる。
「あ…」
雪解けの液が走った。シーツにつーっと流れていく溢れるモノを防ごうと都筑が思わず手で源を覆う。
じっと見つめて巽がその手をゆっく
り剥させた。
今日は月が思いきり幻想的に彼を照らしてくれるのだ。
「や…そんな…カーテン閉めて…そんな見たら」
視線だけでもどんどんいきそうになる都筑に巽が浩々と見惚れる。
何か違う世界に迷い込んだ感じを覚えた。
「こんな貴方…凄い…」
形容するべき相応しい言葉が出てこなかった。じっくりと食入る様に局所を見て…、舌を這わせて舐め始めた。
「…あぁ…っ…!」
開かせた脚の中で巽は指と舌で貪欲に開けていく。甘い蜜をぺろっと舐めて…
しばらくして都筑を膝に乗せた。そして、激しい愛撫の痕を沢山残していく…
時が止まった。
瞳と瞳が互いを映す。
吸い込まれるように唇を合わせて都筑が身を落として行く。
「…っ…う…」
呑み込みが浅い所で躊躇してたようだった。だが続行してゆっくり入れていった。
そして…全てを中に呑み込んだ。充填した躰で心臓の音が雷鳴のごとく高鳴っている。
「そのまま…無茶はしませんから…堪えられなかったらすぐに言って…」
「う、うん……ヒィッ…アァ!」
腰を持って巽がゆっくりと動き始める。
「は…ぁ…っ…!」
そのリズムにだんだん都筑も共鳴していく…
眼前に見えるのは紅い月…下から熱く見つめているのは最愛の夫…どちらを見ても官能的な気分に都筑が酔いしれた。見えるもの全
てに包まれていくような快楽の渦…
―――――こんな気分初めて…融けそう…俺の中、巽で融けそぉ…
「あっ…いい…そ…こ…!」
味を占めた部分に振動を受けて都筑が甘い声を出す。巽が下から突き上げる度にその嬌声が部屋中に響く。
「…名前…言ってくさいよ…聞きたい」
引き出すように巽が抱く。
「ああーーーっ…せ、…い…ちろ…イイ…(声、…上手く出てこないよ)」
「…愛してますよ、麻斗…」
淫らな音が闇を覆す程、麗しく響き続けた…
情事の後…
「…大丈夫ですか?」
「うん、平気…」
飲み物を持ってくると言って巽が下へ降りていった。
シーツの中でもぞもぞしたら下半身から液がすぅーっと流れた。
巽が注いだモノだ。今に始まった訳でもない。判ってるけど妙に生々しくて恥ずかしくなった。
グラスの音が響いた。
「水割りにします?それともお白湯に?…両方持ってきたんですけど」
…深く潜って都筑が出てこない。
「…麻斗?」
「…」
「眠ったんですか?…」
「…で…電気消してくれよ(顔、赤いよ…何でだろぉ…)」
「え?…ああ、はい。…飲みます?」
「…薄く」
飲み物を差し出しても、なかなかくるまって出てこないので巽がそろっと捲った。
「ひゃっ…み、見んなよ…」
「どうしたんです?(クスクス)」
「…」
都筑の顔が紅いのに気付いた…恥ずかしいのだろう…さながらその挙措が愛しくてついつい口元がゆるんでしまう。
「暗いから見えませんよ…それに今更?」
「…」
都筑の出勤日…
「もういいんですか?半分も食べてないのに…昨日だって」
「うん、なんか最近食欲なくてさ…」
頬づえつきながらスプーンを回してだるそうにしている。
「今日から出勤できるかと思ったんですけど…やっぱりもう少し休んだほうが」
「ううん、いいよ!大丈夫、2ヶ月も休職してたんだ…これ以上甘えてられない。」
「本当なら…貴方まで働かなくてもいいんですけどね。」
借金だけはせめて自分の力で返済したい、という信念から都筑は仕事を辞めなかった。
職場結婚という手前、巽と同じ課にいられるワケないのも覚悟で一緒になった。
これに関していろいろあったけど結局は、課長が上手い事手配した。
何より有能な秘書に異動されては困るのは目に見えたし、おまけに同僚達からの嘆願もあったせいかどちらかを異動もしくは退職させ
ることなんてできなかったのだ。
「さ、行こ行こ!遅刻しちゃうぜ!ひさしぶりの出勤だからしっかりしないとさ…」
「気分悪くなったらすぐに医務室行ってくださいね。」
「おっはよー密ぁ〜♪」
「なんだ、お前来たのかよ…」
「ごめんねぇ〜仕事滞ってて、明日の出張からは大丈夫だよ。」
「居ないほうが能率あがってたのにな。」
「ひどいっ…(グサッ)」
相変わらずこのパートナーは口が悪い。でも本当は密や亘理が何度も都筑の所へ見舞いにきてくれてた。そっけないそぶりをしていても
やっぱり気にかけてもらっているらしい…
「へへ〜♪」
そう考えると、都筑は嬉しくなってなんだか密の頭をくしゃくしゃなでて、にまにましてしまった。
密とじゃれあう都筑を見て周りがクスクス笑ってる。
久しぶりの明るい雰囲気に皆安らいでいる。
「てめぇ!離せ!撫でるな!俺はガキじゃねぇんだぞ!」
「お菓子さんきゅうな〜♪おいしかったぜ、あれ!」
「残業かかえてる巽さんの陣中見舞いに決まってるだろうが!(なんか…それにしてもコイツやせたなぁ…ほんとに大丈夫なのかよ…)」
都筑の見舞いにはいろんな同僚達が来た。巽と都筑が喜んで迎えた。
なんだかんだ言っていろいろ心配されてる事に都筑は凄く嬉しかったのだ…
理解のある同僚達、助け合う事の出来る信頼関係…自分はなんて幸運なんだろうってつくづく思っ
た。
「で、明日から何処行くんだっけ?」
「鹿児島さ、前みたいにヘマすんなよ。」
「わ、わかってるよ。」
「どうだか…」
フンと言って密が書庫に行ってしまった。
お昼休み
「さぁてご飯どこで食べよぉかなぁ〜♪」
「あ!都筑!来てたんか!!もうええんか?」
亘理に廊下で会った。
「うん!もう大丈夫さ〜♪」
「そ、そうか…?(なんやお前ホンマにいけるんかいな…見舞い行った時よりやつれて見えんのは気のせいか?)」
亘理が研究室でお昼を食べないかと言ってくれたので二人はそこに行った。
お茶をすすりながら都筑が一息いれる。
亘理が聞く。
「あのさぁ…ホンマに大丈夫なんか?いくら仕事せなあかんとはいえもうちょっと巽や坊にまかしといたほうがええんとちゃう?」
「何で?俺もう平気だよ。」
「出張も代行にまかしとけや…坊かてそのほうがいいかもって言うてたんやし…」
「課長にも他の人達にもおんなじ事言われたぜ…なんで?もう元気になったのに。」
「…お前、口ではそない言うてても…端からみたらやっぱり顔色悪いわ……」
「それは、ちょっと食欲なかっただけだよ(時々、目眩がするけど…)」
亘理がぼそっと言った。
「…夜のせいか?」
「…ううん、あれからほんとに…巽、……気使ってくれてるんで俺負担にもなんにもなってないから…そっちは大丈夫…」
「とにかく、無理すんなよ。」
夕方に都筑が買い物に寄った。巽は少し残業で遅くなるらしい。何せ都筑の分の仕事も抱えているのだからその処理に大変なのだ。自
分も付き合うと言ったけど初日だし、顔色悪そうなのを見計らって先に帰りなさい、と言われて密に家まで送ってもらうことになった。
「おい、何買うんだよ?これで3軒めじゃないか。スーパーなんてどこも同じだろ?」
「うーん、やっぱり紅玉なんて置いてないんだなぁ…」
心配そうな目をする密も省みず都筑が探し回る。
「りんごなんてなんだっていいじゃんんか…ジョナゴールドで足りるだろ?(お前、さっさと帰って横になったほうがいい…また倒れたりす
るんじゃ(汗))」
あきらめて都筑がそれを買った。
「あれ…?」
帰路、都筑がしゃがみこんだ。クラッときたらしい…
「大丈夫か?無理するからだよ…」
歩けそうにないので側の公園のベンチに密は都筑を寝かせた。
「ほら、飲み物、適当に買ってきたから…どれか取れよ。」
何を買ったらいいのかわかんなかったのでとりあえず暖かいものと冷たいものを4つくらい都筑に差し出した。
ホットレモンの缶を開けてもらって都筑がちびちび飲み始めた。
少し落ち着いて都筑がようやく話した。
「ありがと…ちょっとハリキリすぎたかな…」
「巽さんに連絡するよ…あと、亘理さんにも。お前歩けそうにないだろうから俺が運ぶ…」
「いいよ、もう落ち着いた。このまま帰って寝たら治るから…歩けるし…大丈夫…っ…」
呼吸が浅くなってきてる…
「何言ってんだよ…そんな青い顔して(ますます青くなってるぞ…)」
携帯をかけながら密が言う。都筑がベンチに横たわって目を閉じた。
そのまま気を失ったので密が慌てた。早く電話が繋がって欲しいと願っている矢先に…
その時、近くに覚えのある気配に気付いた。
「…?」
「どうしたんですか?」
白いコートで銀髪の男…
「む、邑輝…(こんな時に貴様、なんてタイミング良く現れやがるんだよ)」
「坊や?都筑さん、具合悪いんですか?」
「てめぇに関係ねぇよ…」
ツカツカと都筑の側に歩み寄る邑輝を密が静止にかかる。
「寄るなって!こいつに触るんじゃねぇよ!!おいっ!」
立ちはだかる密を手で避けて邑輝がベンチの前に屈んだ。
「邑輝!!」
「おかしなものですね…この人、様子が変だ。」
「具合悪いんだよ!当たり前だ。」
都筑の熱い額に手を当てて邑輝が気を探り始めた。
密のかけてた携帯がつながった。
(…もしもし?…もしもし?…どなたですか?)
巽の声がした。
「そうじゃなくて…都筑さんから何か変な気を感じる…脈だって正常なのに…風邪ってわけでもなさそうだし…何かこう…」
都筑の襟元を緩めて胸を触診し始めた。
「お前何する気だよ!都筑から離れろよ!!」
密が邑輝を剥そうとした。邑輝が跳ね除けて都筑に触れる。
「どれ、診せてくださいな…こんな状態でいるのはほっとけません」
(…この声、黒崎君と…邑輝)
携帯が繋がっているのに密が気付いた。
「巽さん、あのぉ、都筑が…」
「どうしたんです?何処にいるんですか?」
邑輝がばっと密の携帯を取り上げた。
「ああ、巽さん?大丈夫ですよ、私がついていますから、彼は家までちゃんと送ってあげますよ。」
「あんた!!何でそこに!!都筑さんに何かしたら殺しますよっ!」
「だから私に任せて安心して残業なさいな。」
「貴様!何考えてやが」
―――――プッ…
「おい、俺の携帯をっ!」
邑輝が湖に携帯を放り投げた。
「さて、とりあえずお家まで彼を運びましょう、坊や?君は荷物なりなんなりと運びなさい」
「駄目だ、都筑は俺が連れて」
「いくらなんでもそんなに沢山の買い物袋も提げていくのは無理ですよ。」
「おいおい、巽ぃ、靴ぐらい脱げや」
玄関には、やはり密と都筑以外のもう一足の靴があった。巽が玄関で靴を脱いでる亘理を置いてばたばたと2階の寝室へ土足で駆け
込む。
「都筑さんっ!!!」
息せき切って激しく扉を開けた。
「巽さん、早かったですね…私達さっきついたばっかりで、これから診ようかと思ってた矢先なんで」
「あんた、どきなさい!出て行って下さい。」
邑輝を都筑から引き離した。
「運んだついでに診てあげますよ。さっきより少しは顔色がマシになったんですよ、そう…目が覚めたら暖かいお白湯を飲ませてあげても
いいですしね。お湯沸かしてきてくださいよ。」
「診察なんて間に合ってます。結構です!」
「そう言わずにせっかくですから。」
ひたひたと亘理が2階に上がって来た。
火花が散ってる二人にはじき出されて、部屋の隅で座っている密にぼそぼそと話し掛けた。
「なぁ、坊?…どうしたんや?都筑、倒れたんやって?」
「ええ、買い物の帰りに急に真っ青になってしゃがみこんで…」
喧々と電光石火のごとく、静かに…やりあう巽と邑輝に亘理が仲裁しようとする。
しれっと言葉をかわす邑輝に巽がむかむかしている。
「あの〜…とりあえず都筑、どないかしたらんと…」
巽が我に返った。
「あ…亘理さん、…どうぞ、こっちへ早く来て診てあげてください。」
また邑輝が口をはさむ。
「私がいるから十分ですよ、皆さん下でお茶でもお飲みに」
「あんたはここから出ていってください!!」
「本当に…私に過剰反応なさいますねぇ…都筑さんの事となると人一倍…(クスクス)」
弱みを知ったような顔で邑輝が冷笑する…
…巽が無表情になった。
急激な変化ほど恐ろしいものはないだろう…
「…とりあえず、運んでくれた御礼にお茶でもお出しいたしますよ。下へどうぞ、ドクター(どくだみ茶ぁ飲んでとっとと出て行きやがれ)」
「はいはい…亘理さんとやら、手伝う事があったら呼んでくださいね。」
「はぁ…おーきに…(こいつら…殺し合いまでせえへんかったらええんやけど…おぉ〜恐…)」
ようやく腰を上げた邑輝が巽と共に下へ行った。
密は…寝室に残った。
「坊、…ここに居ったほうがええと思うわ…下、行く事ないで。」
「ええ……あの二人の中に入る勇気はでてきませんよ。(巽さん…コワイ)」
「どれ…タオルで汗、拭いたらんなな…そこの鞄もとってくれへんか?」
「はい」
「コーヒーがいいですね、できるならブルーマウンテンを」
「そんなものアリマセン。お茶です、どぉぞ!!」
巽ががちゃん、と湯飲みをテーブルに置いた。机が振動する。
「乱暴ですねぇ…割れますよ。」
「安い湯飲みでしてね…貴方に相応しくなくて申し訳ありませんね。」
フンと鼻息立てて巽が朝食の食器の残りを洗い始めた。
「しかし、まぁ…都筑さん、どうしたんでしょうかねぇ…3ヶ月ぶりに会いに来たらまた体調悪そうだったんで残念です…」
邑輝が喋り始める。
「…2ヶ月前もあぁんな感じでしたかねぇ…もう少し手加減してあげたらどうですか?旦那さん?」
「…」
「今日こそあの続きをできるかと思っていたのに」
「…(性懲りもなく…こいつは…!(怒))」
ザブザブ食器を洗いながら巽がイライラを紛らわす。邑輝に攻撃的な殺気は全くなかったが、…巽は警戒しながらも背をむけている。と、
いうよりこの男の顔を見るのも嫌なのだろう。
「巽さんの手早さには、油断しましたねぇ…どうやってモノにしたんですか?最初はどっちから仕掛けたんです?それとも無理矢理?」
「…お応えする義務はありません。(殺すぞ…貴様)」
「この私が出し抜かれたなんてねぇ…まぁ障害あってこそ燃えますし、…いろいろと楽しみがいがありそうだ。(クスクス)」
蛇口を止めた。くるっと優雅に振り返る影の支配者…
「あんた、彼にちょっかいだすの止めなさいよ…」
「私はなかなか諦めが悪くてね…結婚されたくらいでひきさがったりはしませんよ。」
にやっと邑輝が応える。振り返った巽の眼鏡がぎらっと光る。殺気がどよめいてきた…
「何ですって…?」
ゆっくりとした口調がいっそうドスの聞いた声になる。
「言ったでしょぉ?障害あってこそ燃えるんですよ…ゲームはこうでなくちゃ面白くないですよ。」
「横連破ですか?あいにくあんたの望みはゼロですよ。私達は隅から隅まで知った仲でしてね。」
「ああ、言いきるんですか?都筑さんは貴方のモノだと?」
「ええ、絆は何より固いんです。私はあの人を骨の髄まで愛してますからね、彼だってそう言ってくれてるんです。」
当然…双方、一歩も引き下がる意志はない。
――――…
険悪すぎて家が壊れそう…
「亘理さんお疲れ様です…どうでした?」
亘理がぼそぼそ話す。
「…あのな…俺、悪いけど帰らせてもらうわ…」
「って、ちょっと…都筑さんは?」
「いや、俺、…最近、研究に没頭しすぎてちょっと頭おかしくなったんやと思うわ…しばらく寝るわ。」
「診察結果を教えてくださいよ。」
邑輝は煙草をふかしながら二人の会話を聞いている。
「俺が診断下すよりも閻魔庁の総合病院行ってくれや…俺にはどうにもわかれへん…ナントも言えんわ。」
「あの、亘理さん!!?…(そんな、…原因不明の病気なのか?)」
邑輝が立ち上がった。
「私が診ますよ。」
と、言ってまた上へ上がっていった。
「こ、こら!ドクター、あんた!!誰が診てくれなんて頼んだんです?やめなさい!!(嬉しそうな顔しやがって、この…!)」
巽が慌てて邑輝を追いかけた。
どはぁーっと息を吐いて、亘理が首をこきこきまわす。
靴を履いて立ち上がった。そして、こう思う…
(…閻魔様か…誰かの悪戯なんやろうか…アレは…いや、俺のほうが疲れてんのや…帰って休もう…うん、そのほうがええわ…疲れて
るんや、きっと)
「これはなんとまあ…(クスクス)」
邑輝が驚いてる。失笑を禁じ得ない…と言った所だろうか…
「な、何なんですか?」
黙ってじっと邑輝を監視していた巽が口を開いた。都筑に妙なマネしたら即刻ぶっ殺してやるつもりで側に佇んでいた。
苦笑して…静かに考え込む邑輝を見て巽はますます不安になってきた…
たまりかねて巽が聞いた。密は隅のほうで座っている。
「ちょっと、どういう事なんです?風邪じゃないんですか?」
「いいえ…どうしたものか……かなり驚きました…こんな患者は初めてだ。」
「だから何なんです!!?(都筑さん、もしかして深刻な病に…ああ…どうしよう…)」
邑輝が帰り支度を始めた。
そしてカツカツと足音を静かにたてて出て行く。
「ドクター!!?都筑さんは?」
扉を閉め掛けた邑輝がこちらを見た。
蒼白な顔している巽に一言だけ言った。
「世の中には科学だけでは解明できないこともあるんです…この世界ならなおさら…お大事に。」
「はぁ…?」
密も巽もどうしたものか…と立ち尽くした。
「…あの、…とりあえず総合病院に連れていったほうがいいですよ。」
…そんなに都筑の病は篤いのか、とショックを受けてる巽を見て宥めるように密が言った。
「巽さん?…はっきりさせないと…都筑を明日一番に連れていかなきゃ…」
「…ええ…やっぱり、最近元気がないなと思ってたら……こんな事態になるなんて」
「死神なんですし、病気じゃ死にませんよ。大丈夫ですよ…多分」
こんな時こそ自分はしっかりしなければ、と巽は再認識する。
密が帰った。
「…今、何時?」
都筑がふっと目を覚ました。
「12時ですよ、まだまだ眠ってください。それともお腹すきましたか?」
「うん…喉も乾いた…」
都筑を起き上がらせて巽がお白湯を飲ませた。
消化のいい食事を少し取ってから彼が一息ついた。
「どうです?気分は?」
「…ちょっとまだ…だるいかな…」
「朝になったらすぐに病院行きましょう。私も付き添います。」
「でも、お前は仕事…それに俺、明日から鹿児島」
「大丈夫、心配しないで下さい。ちゃんと代行も手配しました。何も考えなくていいです。」
「…そう…あのさ、さっきから耳鳴りがすごいんだよ…なんか高い声が聞こえて…」
「耳鳴り?」
「疲れてんのかな…それとも夢…」
「久方ぶりに出勤したせいで少し疲労したのかもしれませ…?」
都筑が屈みこんだ…
「麻斗?どうしました?」
「…ん…吐きそ…」
手近に袋や足りうる物がないので巽が両手に吐かせた。ベッドを汚したらすぐに横になれないだろうと思ったとっさの判断だった。
嘔吐した後、都筑が力無く言う。
「…あ、ごめんね…汚しちゃって」
「いいんです…ほら、お水で口ゆすいでここに吐きなさい。」
落ち着かせてから横にさせた。
昔の事を思い出した。
もう随分前…生きてた頃…
「こんなの効きますかね…」
ほそっと自嘲気味に巽が独り言する。
シュンシュンとポットでお湯が沸く音がした。
都筑が薄目で巽を見た。
「…何か言った?効くって…?」
起きてたらしい。独り言をうっかり聞かれて少し恥じいる巽…
「え?…いえ…その、くだらないですよ…なんでもありま」
「教えてよ…」
「…」
縋るような目でこっちを見てくる。苦しさを何かでまぎらわしたいらしいのだろう…と巽が思った。
巽が座って都筑の上に被さるようにして両手を取った。重さをかけないよう注意した。病身の人の瞳を見て安らかに言う。
「こうやってね、手のひらをあわせて…目を閉じてください。」
言われるままにそうした都筑の額に巽が自分の額を被せた。
「ゆっくりと…自分の音と私の音を聞いて…私が昔、教わったおまじないなんです。」
相手の心音を探り合う。トクントクンと緩やかな生きてる音が聞こえてきた。
「この音を聞いて…大丈夫だって、安心していいよと…きっとすぐに元気になれるって祈るんです。」
「…お前の音…聞こえる…」
「すぐに治りますよ…私がついていますから…だから安心してお休みなさい…」
「すごく…あったかい」
…子守り歌に囲まれたような心地さに抱かれて都筑がすぅっと眠りに就いた。
ぼんやりした意識の中…一晩中、巽の親身な看病と愛情を感じた。
都筑は…病気の時ってこんなに不安なものなのか、と思った。けど…巽が暖かく包んでくれてずっと都筑の側に居てくれたのでちっとも
不安にならなかった…
ここから始まる…
To be continued...