Kiss
Kiss Kiss
<#4 First Lady >
総合病院にて
「3ヶ月に入ってますね」
都筑と、付き添いの巽に医師ははっきりそう言った。
―――――――――え…?
「いやはや、私も長年医者をやっていますがこんなケースは始めてです。冥府の人間とはいえ、なんともはや…閻魔様の気まぐれでしょうかねぇ…」
はっはっは、と言って…放心から我に返り気を取り直して「おめでとうございます」とその医師は焦点の合わない目で言った。
巽が情況を再度確認しようとした。
「先生…今なんておっしゃったんですか?」
「いえ、だから閻魔様の気まぐれかなぁと」
「そうじゃなくてその前に!!」
「…さ…三ヶ月ですよと」
「何がです!?」
「お連れの方が妊娠3ヶ月目に入っています。」
―――――――ええええええっ!!!!
「なっ…!そんなまさか!!嘘でしょう?(身に覚えはありまくりですが、そんな事って…)」
―――――――どうなってんの?俺が、3ヶ月って…?
「嘘って言われても…我々も何度も診察したんですよ…でもホンとにそうなんですし」
「ちょっと待ってくださいよ…そんな事って有り得るんですか!!?(3ヶ月前と言ったらこの人がちょうど寝込んでた時期だ)」
――――――――赤ちゃん…?う…そぉ…信じられないよ
都筑の肩に優しく両手をかけて側に立っている巽が驚愕の目で医師と何度も話し合う。
都筑が妊娠(?)…だとすると邑輝や亘理の様子が昨日変だったのも合点がいく…
――――――――コドモ…?
座って話を黙って聞いてる都筑は情況を把握し始めた。
だんだん部屋の声が聞こえなくなってくる…
――――――――俺の体どうなってんの??
「まあ、とにかく安静にしてください。今後のことも含めていろいろ頑張りましょうね、都筑さ」
――――――――グラッ…!!
「あ、麻斗!!」
都筑が混乱して気絶した。
「そうか…ホンマにそうやったんか…(俺が狂てたわけやなかったんやな…)」
亘理が有給とった2日後に出勤してきて、巽から全部聞いた。
「…とりあえず…前例の無い事ですし、また何が起こるかわからないので彼はしばらく休職です。」
「ま、そうやな…本来ならある訳の無い事やし…(どないなってんのやろ…あいつの体)」
「本人も精神的にショッキングな状態に…今日にしてようやく落ち着いてきたみたいなんです…(実際、私だって…)」
ノックがした。
「巽さぁん?課長がお呼びですよ」
倶正神に呼ばれて巽が研究室を去った。
課長がめずらしく自分でお茶を入れて巽に差し出した。
礼を言って受け取った巽の表情を伺いながら近衛が言う。
「その、都筑の事は聞いておる。いろいろ大変だろう?病院から亘理を主治医にしてかまわんと言われておってな…それでいいか?(…なんだかわけのわからん事態に…^^;)」
「あ、はい…普段のかかりつけの医師がすぐ側に居たほうが安心します。」
「あいつはしばらく休職だな、その分黒崎やお前に負担がかかるだろう。仕事のカバーが大変になるな。臨時のスタッフを要請してもかまわんぞ?」
近衛が珍しく召喚課の経済事情を判っていながら、あえて気を配った。
「いいえ、ご心配には及びません。皆さん協力してくれますし、私だけでも都筑さんの分はこなせます。お心遣い有り難うございます。」
「ああ、判った…話はそれだけだ…仕事に戻ってくれ(そうだ…こんな事知れ渡ったら皆腰抜かすだろうなぁ…)」
「失礼します。」
存外この話は召喚課の死神全員にさほど衝撃を与えなかった。
都筑と巽の事は暗黙の了解…
もう何があっても不思議はなかろう…と皆が放心していたのかもしれない…
「おかえり…」
「どうですか?気分は…」
「良くなった。お昼もちゃんと食べたよ」
微笑んでお迎えしてくれた妻にキスしてから巽が夕飯の仕度を始めた。
でもやはり憔悴しきった顔と精神的な混乱によるショックが残っているせいか、顔色はまだまだ良くない。
就寝前にベッドに先に入った都筑が、横で着替える巽に遠慮がちに聞いた。
「あのね…どう思ってるの?(…寝込んでたんでずっと聞けないでいたから…でもやっぱり)」
「どうって…何がですか?」
「その…(やっぱり聞けないや…)」
「麻斗?」
「…いい…おやすみ」
そう言って…都筑は言い掛けた言葉を飲み込んでしまった。部屋の明かりを消して巽も床に就いた。
深い呼吸が感じられなかったので都筑はまだ起きているらしい。
きっと不安なんだろう…と巽が思った。
――――――――俺、やっぱりコワイよ、自信ないよ…
都筑が少し動いた。暗い室内なので闇にまかれて余計に足元をすくわれる感じがした。
――――――――どうしたらいいんだろう…?
ぐずぐず泣いたら変に思われると思って瞼を両手で押さえて縮こまってしまった。
そうしたら…
そうしたら、ふわっと背中から優しくて暖かい胸が包み込むように都筑を抱きしめた。
苦しみも喜びも共に分かち合いたい、だから何でも話してほしい…と巽が言った。
両腕で負担ないように都筑が抱き寄せられた。
「…」
返事できずにもぞもぞしてたら、耳元でくすぐったい空気を感じた。
「身重なんですから、体には十分気をつけてくださいね。何かあったらすぐに連絡を…公人ですけど何があっても飛んで行きますよ。」
都筑の心境を労って、無理強いせずに優しく話し掛けてなんでも話せる機会をひきだそうとしてやってる巽…
「…うん」
「私と貴方の子です。嬉しくて嬉しくてたまりませんよ。健やかに生まれ育ってくれることを心から祈ってるんです。私達に神様の御加護がありますようにって…」
「…」
…都筑が振り向いた。
優しくて吸い込まれそうな巽の瞳をじっと見て、さっき言おうとしたことを言った。
「俺の体、変だと思わないの?子供がいるなんて…何かコワイよ変だろ?…どうなるのかわかんなくて……」
不安でたまらないらしい…
当然のごとく何があってもおかしくない世界とはいえ都筑の場合は特別である。
「変なんて、そんな言い方やめなさい。私がついています。恐がらないで…病気じゃないんです。」
「…」
「小さな命が私達の元に舞い降りて来てくれたんですよ?」
「でも…」
「私達の所にに天使が来てくれたんですよ?私には宝物がもうひとつ増えたんです。」
「…天使?…たからものって?」
「何かの間違いでも、偶然でも…閻魔様の気まぐれでも悪戯でも何だってかまいません。貴方と恋をして…貴方を愛して、慈しんで、その未来に何かを失ったわけじゃないんです。むしろ、生命が愛情の形になって新しい絆をもっと深めるために来てくれたんです。」
「そう…かな…」
「ええ、私は幸福ですよ…貴方だけでなくもうひとつの宝物を手に入れることができたんですから…一生かけて、なにがあってもあなた達を護りますよ」
「うん、…ありがと」
甘いキスを巽がくれた。
なんだか胸が熱くなって瞳が濡れてしまってきた。
潤んだふたつの紫からぽろぽろ涙が流れてきた。
巽が愛し気にそれを胸に迎え入れた。もう互いになんでも共有しよう、…心もすべて…この二人を引き裂くものなどないのである。
幸せで心がいっぱいで鳴咽を漏らしてしまう都筑…
泣き疲れて眠るまでずっと巽が暖めてあげた…
あれから…
そう、あれから・・・
女の子が二人の元に舞い降りた。
「うわぁ〜可愛い!!都筑ちゃんはシアワセね!!」
「なんて愛らしいんですの!!きっと美人になりましてよ!!」
弓真とさやが出産祝いにかけつけた。
休日なので後から密も亘理もかけつけてくれるらしい。
巽は料理を奥で作っている。
「ねぇねぇ、名前はなんていうの?」
「『麻姫』って書いて『マキ』っていうんだ。」
「素敵な名前ですわね!!みんなのお姫様みたい。ピッタリですわよ!」
「へへ〜、ありがとう。」
「小さなファーストレディみたいね!」
麻姫の誕生は冥府最高の科学技術センター、…各分野のテクノクラート、サイエンティストの集団から大きな注目を集めた。
出産直後の診断において麻姫は全くの生きた人間だったのだ。
死神から生まれた、生きた普通の人間…その神秘的で特例すぎるベールにつつまれた謎を解明するのに医師団を含め研究者、学者などが躍起になっている。
中央センターに連れていかれて沢山の管をつけられ、…好奇の目で知識者たちに囲まれていた事がついこの間まであった。奴等の好奇心の恰好の餌なのだ。
巽や都筑が子供を返して欲しいと何度も言ったのに、大切な検診です、とか赤ちゃんの命にかかわる大事な調査なのです、と言われて15日間、麻姫は隔離されていた。
まだ生まれてから一度も抱いてないのにこんな実験動物みたいな扱いを受け、隔絶されている麻姫のために都筑が哀しんだ。
巽がキレて研究所の中に踏み込んで抗議談判して、…一騒動が始まろうとしたころにある一通の文書が来た。
…閻魔からの通知であった。
都筑と巽に子供を返すことを命じてきたのである。
そして、もうひとつ…ある重大なこと…
麻姫が成長して、判断力と豊かな経験の後、自立の精神を持てる年に達したら、死神として生きるか、あるいは人間として生きるかの選択をさせる…
その条件の下、死神である両親の側にいる事が許可された。
冥府には普通の人間はいてはならないからだ。
閻魔には麻姫の事はなにもかもお見通しだったらしい…
「…辛い決断かもしれないね。」
「この子に定められた未来を私達が見守る事ができるだけでも幸運でした…十分な選択肢を持てるように土台を十分に作って、支えていってあげましょう…そうして、いつか選ぶのはこの子です。」
「いっぱい愛してあげなきゃね…」
頬に娘の柔肌をくっつけて微笑む都筑を見て、巽が物思いにふける。
巽にだけ知らされたあの事実…都筑は知らない。
閻魔に固く口止めされている。
―――――…大王様の意図は本当に何なんだろう…あの方は私に何てことを教えるんだ。
「マキ!!麻姫ちゃん!?ほら、起きて…今日から3学期始まるって言っただろう?」
「いやぁ…寒いのいや…」
都筑が布団から出てこない娘を何度も呼んだ。
「ほらぁ、遅刻しちゃうよ?…いいのかなぁ?また寝ぼすけって言われるよ?麻姫はまたお寝坊しましたって言っちゃおうか?」
がばっと愛娘が起きた。この子は朝が本当に弱いのだ。学校でもしっかり者の委員長と言われてるけど、これだけは唯一の弱み…
「お、お寝坊さんじゃないもん!!起きるわよ!!」
なかなか朝食を取りにこない二人の様子を伺いに巽が上に上がって来た。
娘の部屋からぎゃぁぎゃぁと騒がしい声が聞こえてきた。
「なによ!!ママ、こんな結び方いや!!せっかくのリボンがだいなしじゃないっ!」
「難しいこと言い出すからだよ…いつものくくり方でいいじゃないか」
「もぉ、へたくそ!!こんなんじゃ行けないっ!この前の若葉お姉ちゃんみたいな髪型がいいの!くくってからみつあみするのよ」
昨日皆で買い物に行った時に買ってもらった水玉模様のリボンで髪を飾りたいらしい。
ほどけた長い黒髪を梳かして、都筑がもう一度頭の両サイドで二つの束を作ろうとした。
「どれ、私がやりますよ。」
ひょいと櫛を取って巽が髪を器用に結び始めた。
「麻姫、こんな感じでいいですか?」
手際良く結い上げられた髪型を思いのほか気に入ったらしい。リボンも綺麗に飾られているので満面の笑みで上を向いて娘は応えた。
「うん、ありがと!パパ!」
「さ、下へ行ってご飯食べましょう。早くしないと遅刻しちゃいますよ。」
「ふたりともいってらっしゃ〜い!!麻姫?ケンカはやめてね〜」
「ケンカじゃないわよ!!勝手に向こうが泣いてただけじゃない!!」
「うーん、とにかく前みたいな事はやめようね」
「麻姫が悪いんじゃないわ!あれはあの子が」
「はいはい、そこまで!あんたたち、朝っぱらからやめましょう。麻姫も、遅刻しますよ。さっさとお行きなさい。登校班の子達がそこで待ってるじゃないですか(コドモが二人いるみたいだ…)」
巽パパに仲裁された。
いってきますと言って麻姫は登校した。
この前の終業式に麻姫はクラスメイトにからかわれて仕返しした。重たいはずの消化器の栓を開けてぶちまけてやった。
白い粉液で目潰しされ、勢いで後ろの花壇で背中を打ってその子は泣きじゃくった。
担任や保護者から苦情がきた。事情を知って巽が一通り謝罪はしたが相手へのきり返しもそれ相応なものだった。
ケンカの内容はこうだった。
清掃時間に同じ班の男の子が麻姫の事をけなしはじめたのだ。
女のくせにつんけんしてるだの、成績が一番だからってスカしてんじゃねぇよとかねちねちとその子は麻姫をぼろくそに言っていた。要するにひがみとつまらないからかいだ。
麻姫はいろいろ言われてたが、馬鹿馬鹿しいと無視していた。しかし、最後に言われた事には耐えられなかった。
「お前の母親って化け物なんだろ?」
「何ですって!」
ぎっと睨んで無言の感情を顔にをむきだにしてしまった。
向こうも、全然取り付こうともしない麻姫に腹が立ってたので際目付けの事を口にしたらしい。
「お前の目って紫色で気持ち悪いよな!」
「…!!」
「なあ、皆知ってるか?こいつの母親も化け物みたいな同じ目の色なんだぜ!!あれは人間じゃない化け物なんだぜ!!おまけに麻姫も母親そっくりで…?」
ブシュッー…と消化器が男の子を襲った。
消化剤が勢いよく麻姫によって放出された…
―――――――――――――――…
「一体どういうしつけなさってるんですか?うちの子はコロンで背中に怪我してしまいましたのよ?」
本当は怪我なんてしてないのにオーバーな事を先方は強調する。
「申し訳ありませんでした。」
巽が深々と謝った。
「まったく、聞けば相当なじゃじゃ馬だそうじゃないですか…担任の先生も手を焼いていらっしゃるとか…あながち異国の子みたいな様子じゃ常識も何もないんでしょうね。」
「…お言葉ですけど、あれは娘だけの失態ではないと思いますよ。」
「まぁ!何を言って…!!」
「聞けばお宅の息子さん、麻姫の容姿、ことさら瞳の色からして化け物と言ったそうじゃないですか。母親のことも同じように言ったらしいですね。子供の言い出した事とはいえ…人の容姿を化け物だなんて言ってはならないことですよ。」
「それは」
「もちろん、…娘についていろいろな醜聞やデマが噂のネタに尽きない事も存じていますよ。大人がしている会話をコドモがどこかで聞いてしまったのかもしれませんね。子供は何もわからない知識を鵜呑みにしてしまったのでしょうか…」
「…」
側で黙って聞いていた麻姫が父親の手を強く握り返した。
「失礼しますわ、先生!今後このような事のないよう注意しておいてください」
担任が静かに返事をして男の子とその母親を扉まで送った。
「パパ…」
「あれくらい言ってもさしてこたえたりはしないでしょうね…まぁ、とにかくこの件はこれまでです。」
「ごめんね、パパ…(麻姫のせいでこんなことになっちゃった…怒ってるんだわ、きっと…)」
小さな手が震えている。反省してうつむいている麻姫…
巽に怒られると思ってるらしい…気の強いおませな性格の子とはいえこんな時は都筑に面影そっくりだ。
「麻姫…?」
「…めんね…ごめんなさい…パパ…嫌いにならないで。麻姫、いい子になるからっ…」
泣き顔を見せるのが嫌で涙を必死でこらえている。
「嫌いに?なりませんよ。麻姫はママの事やいろいろ言われて悔しかったんです。正しくない事を強いられたからでしょう?」
「だって、あの子、ママやあたしの事を化け物だって…人間じゃないってっ…うっ…」
「麻姫もママも化け物なんかじゃないんです。あの子の言った事は間違っているんです。彼は言ってはいけない事を言ったんです。」
「……あたしだけなら何言われてもガマンできるわ…でもママの事まで悪く言うなんて…ゆるせないもの…」
――――この子なりに麻斗を思いやっているんですね…
微笑んで巽が言った。
「帰りましょう。お腹空いたでしょう?もうこんな時間です。」
「顔、ぐちゃぐちゃだわ…すごぉいぶさいく…こんなのママに見られるのいや」
都筑にうりふたつの小さな顔が赤くなっている。
「じゃぁ寝たふりしてなさい。家についたらママにみられないようにお部屋に連れていってあげますよ。」
「…ご飯は今日だけ…一人で食べるわ…部屋まで持って来て…」
「はいはい」
「あ、おかえり…どうだったの?俺も何かお詫びに行ったほうが良かった?」
都筑が心配そうな顔して入り口で待っていた。
「とりあえず、部屋まで連れていって寝かせてきますよ。後で事情を話しますからテーブルで待っててください。」
狸寝入りも部屋について融けた頃、出ていく巽に麻姫はひっそりと言う。
「パパ、…ありがとう…」
「いいえ、でも消化器はやめましょうね。危ないですから…(クスクス)」
一体どうして消化器の使い方なんて知ってたのか不思議に思いながら笑う巽…
「…わかってるわよ」
「後で夕食、持って来てあげますよ。」
反省してうつむいてたが、すぐに麻姫は父親に強い目して言った。
「…あのね、…麻姫はママを守ってあげるのよ。」
「私もそう思ってますよ。でもあなた達を護るのは私の役目ですよ?」
「じゃぁパパと麻姫でママを守ってあげなくちゃね!」
「ええ…頼もしいですね」
年の割になんてしっかりしている子だろう…と巽が思った。
こんな日々がいつまで続いてくれるのか…
To be continued...
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