『白い羽の悪夢』
(場面転換の印として*マークを入れました。)
 

蝋燭の館の仮装パーティー中、伯爵の仮面が紛失するというハプニングが起こった。その捜索に当たり、時間外労働は御免だと身も蓋もない態度をとった巽は、謝礼金をはずむという伯爵の申し出にがぜん張り切って作業を開始した。ホント、現金な御方である。
「寺杣さんと都筑さんは二階…っと。では三階は私が捜しましょう。ああ、黒崎くんは休んでいてください。伯爵さまの毒気に当てられて、まだ顔色が悪いですよ。ここに居てくださいね。ワトソンさん、黒崎くんをお願いします」
「巽…おまえって子は相変わらず口が悪いね。私がいつまでも笑って済ますとは思わないでくれたまえ」
「承知いたしました」
 つい先頃、伯爵の胸に抱かれたことなどきれいさっぱり忘れたように、あくまでそつなく返答する巽である。
(ふふ、相変わらず強気な子だよ。そこが可愛いのだがね)
 伯爵は仮面の下で人の悪い笑みを浮かべ、各々巽に振り分けられた場所に赴く面々の背を見送った。
*****
「ふぅ…ありませんねぇ。どこかに置きっぱなしにして忘れているんじゃないんですかねぇ。これだから年寄りは…」
 巽は一人で三階の部屋を一つ一つ回り、念入りに部屋中を調べていった。どの部屋も似たようなつくりなので、ポイントをつかめば一つの部屋に費やす時間はそうかからなかったが、なにせ部屋数が多すぎる。最後に残った奥の部屋に入ったところで、巽は軽い疲労を感じて庭に張り出した大きな飾り窓に寄りかかり、襟元を少し寛げて軽く息を吐いた。
「やれやれ。とんだパーティだ」
 眼鏡を外して目元を軽く揉むようにして、疲れた視神経を休める。巽の背後からさし込んだ月光が、部屋の中に長い影を作った。燕尾服をぱりっと着こなした巽の背に青白い光が降り注ぐ。やがて光の中に白い羽根がチラチラと舞い、ゆらりと白い影が現れた。その白い影は徐々に人の形をとり、俯いて目を閉じている巽の腕をグイと掴むと、強引に引き寄せ、背後から抱きしめた。
「…!誰です?」
(おや、忘れてしまったのですか?私ですよ、巽さん。思いがけないところで会いましたね)
「その声は…邑輝!」
 巽は愕然とした。どうして邑輝がここに?
「あんた、なんでこんなところに」
(ふふふ。私はずっとあなたがたと一緒でしたよ。正確には坊やの中にですが。知っているでしょう?あの子には私の刻印が押してある。死をもってしても逃れられない印をね)
「きさま…っ!離しなさい、この薮医者!」
 邑輝はギュウと音がするくらい、きつく巽を抱きしめてくる。逃れようともがくが、どこにそんな力があるのか、邑輝はびくともしない。
(ひどい言い方ですねぇ。これでも出世頭なんですよ。一番部局長の椅子に近い、と言われてますのに)
「あんたの勤める病院にだけは行きませんよ!離しなさいというのに!とっとと地上に戻りなさい!」
(ええ、そうしたいのはやまやまなんですがね。思っていたより傷のダメージが強くて。あの地下研究所から身体は助かったのですが、魂はご覧のとおり、坊やに引きずられてしまいましてね。どうしても抜け出せなかったのですよ。どうしようかと思っていたら、この館に入った途端に抜けることができたのです。不思議な場所ですねぇ、この館は。ですが地上へ帰るにはまだ力が足りません。ですから巽さん、あなたの精気を少し分けていただけませんか?)
「お断りです!誰があんたの餌なんかに!」
(残念ですね…承知してくれれば、私も力づくなんてヤボな真似をせずに済んだのに。では強制的に頂きます)
 邑輝は器用にカーテンをまとめている飾り紐を外し、暴れる巽の両手をその背後でくくって動きを封じた。身体の向きを変えて向かい合うと、射るような目で睨む巽の唇を強引に奪う。舌を噛まれないように顎の両側を強い力で押さえ、大量の精気を吸い取った。一度に奪われた為に目の前が真っ暗になって貧血をおこした巽は、一人で立っていられなくなり、不本意にも邑輝に縋る形になった。よりかかる巽の耳元で邑輝が囁く。
(あなたの精気も極上ですね。都筑さんとはまた違った芳しさだ。困りましたねぇ…別のものも味わいたくなりましたよ)
「何を言ってるんですか、あんたは!もういいでしょう、離しなさい」
(いいですねぇ。よりかかっているくせにその強気な態度。その高慢な鼻っ柱をへし折ってみたくなる)
 言いながら邑輝の手は巽の下半身に伸びていった。服の上からやんわりと身体の中心に触れてくる。その淫靡な手の動きに、巽は身を竦めた。
「やめなさい!」
(こういう時にされている側が言うことはいつも同じだ。やめろ・離せ・嫌だ…たまには違う言い方が聞きたいものですね)
 首すじに息がかかる。嫌がって顔を背けるほど邑輝の前にさらされる首筋に、引きつけられるように唇をよせ、軽く吸い上げた。まるで電流を流したように巽の体がビクビクと震える。かなり感じやすいその場所を執拗に攻め、邑輝は巽の抵抗を少しずつ削いでいった。下腹部から熱いうねりが生まれる。布越しに撫でまわされ、さんざんいじられた巽の分身は、見てすぐにわかるほど猛りきっていた。解放されたくて肩で荒い息をつく巽は、下半身から聞こえるカチャカチャという金属音をどこか遠くに聞いていた。邑輝の手が巽の前を寛げる。そのまま下着の中から自身を引きずり出され、布地に押さえられていたものが天をつくように飛び出した。
(元気ですね。大嫌いなはずの私に煽られて、こんなになって…都筑さん同様、あなたも快楽には弱いとみえる)
「だまれ…っ!あんたなんかに都筑さんを侮辱される謂れはない!」
(今はあなたのことを言っているんですよ。こんなに不利な状態にあるのに、どこまでも強気なその態度。ステキですよ…ますます賤しめ、貶めたくなる)
 邑輝は床に膝をつけると、なんの躊躇いもなく巽自身を口に含んだ。すでに限界に近い巽のものを、絶妙な舌技でさらに追い詰めていく。根元を強く握り締め、達せないように拘束し、巽が涙声で解放を願うまで許さなかった。
「ど…こまで嬲れば…っ気が…済むんです!」
(いかせて欲しいならそう言いなさい。簡単でしょう?一言ですよ。もう許してくれと言えばいいんです。さぁ)
 意地悪い邑輝の口調に、挫けかけたプライドが生きかえる。だがそれを上回る苦痛と快楽の渦に、とうとう巽は白旗を揚げた。
「もう…許して…くださ…い…」
 目尻に涙が浮かんでいる。邑輝はニヤリと口の端をあげると、すっぽりと怒張を飲み込み、根元を戒めていた指をゆるめた。解放に伴う嵐のような快感。身を震わせながら達した巽は、音を鳴らして精を飲み干す邑輝の口腔内に全てを放ち、恥ずかしさと悔しさにギュッと目を瞑り、頬を染めた。と、その時。巽の耳に、下方から銃声が響いた。
(銃声…?まさか、都筑さんの身に何か!)
(何か騒ぎが起きたようですね。そろそろ退散しましょうか。なかなかのお味でしたよ、巽さん。これで地上へ帰ることができる。お礼を言いますよ。お返しに坊やの記憶を貰っていきましょう。あなたの、都筑さんへの負の感情をね。また近いうちにお会いしましょう…今度は地上で)
 現れたときと同じように、邑輝はふわふわと白い羽を撒き散らすと、影が薄くなって消えていくように、その姿を消していった。巽は窓に寄りかかったまま、忌々しげにそれを見送ると、強制的に解放させられ、煽られた身体を無理に鎮め、銃声のした方向へ駆けていった。
*****
「邑輝が現れたですって?そんな…」
 バカな。ではさっきまで自分のプライドを踏みにじり、この上ない屈辱を味あわせたあの男は一体誰だと言うのだ?
「神妻さん、あなたもその男を見たのですか?」
「見たよ。都筑さんの言うとおり、白い髪をして両腕が噛み千切られていて…ぞっとするような禍々しさだった。警告無しに撃ってしまうほどにね」
 思い出すのもおぞましいのだろう。神妻の顔色は酷く悪かった。都筑はと言えば、ちんまりと椅子の上で両膝を立て、膝頭に顔を伏せて落ち込んでいる。早く傍にいって慰めなければ…しかし、二人の邑輝の出現に混乱している巽の足は、根が生えたようにその場から動こうとしなかった。
(誰か傍に来て…一人じゃ嫌だ…淋しくて、辛くて…凍ってしまう)
 癒しを求める都筑の声が聞こえる。どうにか一歩踏み出そうとした巽の横をスッと通り、伯爵が都筑の側に立った。
「都筑」
 慈しみに満ちた深い声が都筑を呼ぶ。それにつられて、都筑は泣きそうな顔をあげた。言葉を尽くして伯爵になぐさめられ、その胸で癒される都筑の姿を見て、巽は内心臍を噛んでいた。
(都筑さんの深層心理が見せた幻影…?なんだってあんな男に拘るんです?許せない。たとえ憎悪であっても、あんたがあいつを気にするなんて)
 固く握りすぎてわなわなと震える巽の拳を、亘理だけが気付いた。
*****
 巽が都筑・密・亘理らを送り届け、自分の家に戻ってきたのは真夜中を大分過ぎてからだった。人目があるときには見せなかった疲労感が顔に浮き出ている。ドアを閉め、鍵をしっかりかけると、巽はリビングのソファに倒れるように座り込んだ。
(都筑さん…)
 ソファの背にだらしなくもたれ、目を閉じて別れてきたばかりの都筑を想う。帰りの車の中では、伯爵の慰めでいくらか浮上はしたように見えたが、その心の奥底に潜む、邑輝に対する複雑な感情は消えていないようだった。
(都筑さん、あんた一体やつをどう思っているんです?ただの憎悪であっても、あんたの心の奥にいるあの男が憎い。幻覚でみるほど、やつが気になるんですか?)
 これは嫉妬だ。京都で精神的に追い詰められた都筑が道連れにしようとしたのは邑輝。人間がいないはずの冥府のロウソク館で、幻覚に見るまで都筑の心の奥に焼きついていたのも邑輝。巽は醜く歪んでいるであろう自分の顔を、両手で覆った。そのまま一晩中、朝の清浄な光りが自分の暗い心を清めてくれるまで、巽は動こうとしなかった。
*****
 同じ頃。地上の邑輝家の本邸に隣接する私立病院の一角で、意識不明の重態だった患者に変化が起きた。昏睡状態のまま、京都から搬送された邑輝一貴である。あの黒い焔に焼かれた紫園大学地下研究所から、白い光に包まれて助けだされた肉体は、はらはらしながら地上で待つ右京のもとに送られ、織也の助力を得て密かに運ばれた。それから一ヶ月ほどの時が経過していた。
(……)
 ゆっくりと意識が浮上する。固く閉じられていた瞼がピクリと動き、少しずつ開いて自分を見下ろす人の顔を認め、嬉しそうに呟いた。
「右京…ずっとついていてくれたんですか」
「一貴さん!気がついたのね!よかった、目を開けてくれて…このまま起きなかったらどうしようかと…」
 大きな瞳に涙が溢れる。右京はそのまま顔を覆って嗚咽を洩らした。
「心配かけてすみません…右京、顔を見せてください。本当に久し振りだ…」
 手を上げて豊かな黒髪ごと右京の頬に手を添えようとするが、まるで鉛で固められているように腕が重い。
「まだ動くのは無理よ。長い間昏睡状態だったのですもの」
 右京は自分から顔を近づけると、そっと邑輝の唇に己のそれを重ねた。漆黒の髪が邑輝の顔を覆い、シーツの上に流れる。邑輝はその一房を探って自分の指に絡めた。触れただけの口付けはすぐに離れ、右京は名残り惜しそうに髪を握って離さない邑輝の指をやさしく剥がした。
「唇が荒れているわ。点滴だけで何も食べていなかったんですものね。すぐに用意してくるから、おとなしく待っていてね」
 右京が病室を出てドアがパタンと閉まると、邑輝は再び目を閉じた。長いこと魂が留守だったために、自分の体なのに違和感がある。
(いや…もっと違和感があるのはあれだな。同じ顔と口付けしているのに、片方は私をありったけの憎悪で睨みつけ、もう片方は慈愛にあふれた眼差しで私を包んだ。巽さん…あなたと右京が顔を合わせたら…どういう事になるのでしょうね)
 果たしてどちらが壊れるのか。巽と右京と、運命の出会いは目前に迫っていた。
『白い羽の悪夢』終
 


コメント
 原作の「仮装パーティー編」で現れたドクターは、実は都筑さんの幻想であって本物ではありませんでした。では本物が実際現れるなら?一征好きの私としては、ぜひ巽さんに絡んでいただきたい。というわけでこんなものができました。かなり強引な設定ですが、読んでいただけたら嬉しいです。今回は「できあがっている二人」ではありません。前回書いた伯爵×巽「ロウソク館の幻想?独白」の流れです。シリアス…のつもりなんですが。よかったらご感想等、お聞かせくださいませ。 (須恵)



 
(市東あきら)
須恵様〜ありがとうございました。
ぢ、ぢつは・・・この作品を頂いた時、「邑×巽(Bまで)です。」ってメールで最初見たときはどきっとしました(えへv)
確かに。(こくこく)。
巽さんのどこへぶつけたらいいのであろうという苛立ちがとても伝わります。
人の深層にあるものは他人が見たらその存在に腹立ちを覚えさせるものであったり、逆に嬉しかったりと・・・あるいは見なければ良かった、という悔やみなど様々な波紋を呼び覚ますのだと思いました。
右京さんと巽さんを絡ませた展開という鋭さがとても面白いです。この二人に共通した影を見れる所が。
それから、邑輝にとっての一番が右京さんだという所が読めて私は嬉しいです。
私は邑輝右京好きなんです。
 
ああ、玉髄の舘は巽さんがいっぱいで嬉しい〜♪
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