二日後、傷の痛みも随分とひいた頃、都筑は庭の薔薇園の世話をしだした。もともとは邑輝が趣味でやっていたこの薔薇達の世話も都筑が手を加えることによってよりいっそうの鮮やかさと活気に満ちたものとなった。
「麻斗、休んでいていいんですよ。貴方に労働させるわけにはいきません」
「大丈夫、いつまでも寝てらんないし、少しでもお世話になったお返しにと思ってやってるんだ。旦那様こそ、休んでいてよ。読書の続きでしょう」
「ですが…」
「平気!後で棘をとって旦那様のお部屋に運ぶね。赤や白だけでなくピンクや黄色もあるからとっておきのグラデーションを作ってみせるよ!」
 それから、この仕事は都筑の日課となった。都筑の手によって色とりどりの鮮やかな花が城を華やかにし、邑輝も巽も彼の心尽くしの振る舞いに満足する。

「綺麗な月だな…ここからは星がたくさん見える」
 満月の夜、都筑は与えられた部屋からテラスに降りて美しく輝く星々を眺めていた。たった一人、生活に終われてここの街で暮らし出した時から空をあおぐなどという憩いの時を持つことなど少なかった。故にいっそう、都筑は唄いながら終始上機嫌だった。葡萄酒を片手に静寂の風と自然の空気の中、心地よい気分を味わえた。
 だが、欠伸も頻繁に出て来てそろそろ眠ろうかという時、都筑は何かの声を遠くに聞いた。もともと山育ちであるため彼は耳がいい。
――何だろう、何か鳴いてるみたいな音…
 動物でも飼っていたのだろうか、と思いながら興味本位に都筑はその正体を確かめに行動した。
 部屋を出て、音の源に近づくに連れて、彼はそれが人間の呻きに近いものだと悟る。立ち止まった所は邑輝の寝室であった。この城の主の扉、寝室の扉は少し開いていた。
――この声…まさかね…
 絶え間なく発される嬌声…恐いもの見たさに覗いた都筑が見たものは抱く者と抱かれる者。
――何…?この人達何してるの?
 全裸の男が二人、交わっていた。巽が甲高い声をあげて邑輝の髪を鷲づかみにして快楽を貪っている。しばらくして、邑輝は巽に獣のような形を取らせ、後ろから彼を貫いていた。何度も抜き差しを繰り返し、獣慾の行為が果て無く続いていた。
 昼間、穏やかで落ち着いた物腰を装う巽があんな声を出していることに都筑は腰が抜けるほど驚いた。へなへなとそこに座り込み信じられないといった顔で、開いた隙間から目を反らした。そして震えながらも、気を取り直し足音を立てないよう、逃げるように自室へ戻った。
 邑輝は意識を手放した巽の首筋を舐め上げながら横目で都筑の気配を悟った。
――征一郎、…見られてしまいましたね…
 くすりと口元が綻んだ。
 

 翌日、都筑は薔薇園に行き、いつもの薔薇を摘んでいた。しかしながら、作業中、誰よりも早く食事をすまそうと台所に行って巽に出くわした今朝のことを彼は思い返していた。
 その時、都筑は硬直して自身の意志で動くこともままならぬ有様でいた。巽は不審に思い、随分と都筑の体調の様子を労っていたようだったが…
「どうしたんです?化け物でも見たような顔して…」
「…いえ」
 気の抜けた返事…動揺のほうに気をとられてばかりの都筑…。その後都筑は慌ただしく食事を済ませて薔薇の世話に行ったものである。
――巽、ゆうべ…あんなことしていた。まだ信じられないや…旦那様と巽ってそういう関係なんだ
 ここの城にいる二人はただの主従関係ではなかった。実際、都筑の前で挨拶という名目ではあったが、かなり度が過ぎる程の接吻を一度、見たこともあったので合点が行く。
「なんか…まともに世話できない。もう休憩しようかな」
 目撃してからずっと、頭の中で彼らの淫蕩な出来事が離れてくれない。今朝、巽の淡々とした仕種を見て都筑は余計にその落差を感じてはなにかしら動揺していた。都筑が動揺したところで巽に何の影響も与えることなどないということを判ってはいるが…
 薔薇も摘み終わろうかという時、
「あ…痛っ!」
 薔薇の棘が手に刺さった。園芸は手慣れている筈なのに今日だけは集中できずにいたせいだ。その時、背後から通りの良い声がした。
「切ったんですか?」
後ろの気配に対して、都筑は大きく緊張する。 振り返って応えるが、視線はそぞろで、どうもまともに邑輝の顔を見れなかった。
「…いえ、大丈夫です。ちょっとぼおっとしてたから…あ、の…?」
 言い終える間もなく、邑輝は都筑の手を取り、傷を舐め始めた。都筑は手を退かなかった。ざらりとした生々しい感触に熱が来る…
――手が熱い…この唇で、この舌で巽を?
 昨夜の情事が頭に浮かんだ。
――なんだろう、心臓がどきどきする
 陽の光に浮き上がる邑輝の逞しい胸のラインと鎖骨に目が魅かれてならなかった。
「いつも感謝してますよ。色とりどりのグラデーションを作って部屋に飾ってくれていますね」
「い、いいえ…俺、他にあんまりお役にたてないし」
 他愛の無い会話、それでも都筑は邑輝の言葉に乗せられて応えざるを得ない。
――どうしよう、震えて来た。何でこんなに緊張するんだろう…
 震える手を邑輝は優しく扱った。そして
「昨夜、見てたんでしょう?」
 と、突然、昨夜の話題を持ちかけて来たのだ。射抜かれるような銀の眼差しがこちらを貫いていた。
「……!」
「覗き見とは趣味の悪いことだ」
「…すみません」
「まあ、構いませんよ。今度からは前もって言ってから見てくださいな。征一郎の慌てる様が楽しみだ」
「そ、そんなこと!」
「冗談ですよ。からかっただけです」
 からかわれた都筑は茹蛸のような顔をして薔薇で顔を隠した。邑輝は彼の動作を微笑ましく思う。そして彼は都筑の抱きかかえる薔薇を一輪とってこう呟いた。
「白い薔薇を今日は摘んでいるんですね。いつもは赤や白に黄色を交ぜて飾っているのに。あのグラデーションも綺麗だったが、白一色の統一も悪くはないな」
「……」
 都筑はしばらく無言でいた。昨夜の出来事に頭が白くなり、それに触発されたせいかもしれないが、無意識に今日の自分は白い薔薇を集めていたのだから。その理由も、彼はやがて認識しはじめる。一人の人物への後ろめたさを感じながら…
 束の間、二人は無言でその場に立ち竦んだ。邑輝は快い風に髪を靡かせ、陽光を浴び、都筑は白薔薇を両手一杯に持ち、頬を真っ赤にして俯いて全く動けない様子でいた。白の花弁は都筑の頬の紅みが反映されているかのようにうっすらと染まる。それはよりいっそう木目の細かい都筑の頬を美しくみせる。その後、都筑は小さな声で言葉を紡ぐ。沈黙に耐えられずの思い切った発言だった。
「…白いのは、理由があるから」
「ほう、どんな?」
 都筑は深く俯き蚊の泣くような声で喋っていった。よほど耳を傾けなければ邑輝も殆ど聞き取れなかっただろう。
「あの、旦那様、俺…今日は…」
「はい?」
「貴方を、イメージして摘んだんだ…」
 たどたどしい言葉の羅列だった。だが、邑輝はそれを聞いて都筑の顔を強引に覗き込んだ。はっとして都筑は後ろに退こうとするが、邑輝はそれを許さず薔薇を傷めぬように都筑に上を向かせ、唇を重ねた。
 ばさばさと両手一杯の薔薇が地に落ちた。
 NEXT