青い空、同じくらい青い海…その、海の真ん中に浮かんでいるのは一隻の船
かなり大きな船だ…。世間一般では豪華客船、というヤツだろう…
その、豪華客船で青年は甲板の掃除をしていた…
モップ一つでこの広大な甲板の掃除…限りなく重労働だ

「アジィ、大体なんでこんなことしてるんだ俺は…」
文句を垂れながらゴシゴシと甲板を掃除していく
時折、頬を撫でる風が言いようもないくらい気持ちがいい
次第に労働の喜びを知ることだろう…

「ハハハ、隅から隅まで綺麗にしてやるぜ!」
暑さに壊れたのか狂ったような叫び声を上げる
「…アホか、俺は…」
無性に虚しくなった

「よお、兄さん。どっから来たんだ?」
中年の男がニカッと白い歯を見せて話しかける
先程のシャウトも聞かれたのだろうか

「…………。」
チラリと声の主を見るがすぐに興味を無くし再び掃除に移る

「おいおい、アンタに口は無いのかよ兄さん」
まだ、中年の男は諦めていないようだ

青年は諦めたように中年の男に振り向き
「五月蠅ぇな。こっちは今日中に此処全てを掃除しなきゃならないんだ…。囲碁の相手なら他を当たってくれ」

「生憎、そういう趣味は持ち合わせてないんだ。で、どっから来たんだ兄さん」
男臭い笑みを浮かべながら中年の男は言う

「見れば分かるだろ?此処の船員だ」
確かにモップを持って甲板の掃除をしている客人もいないだろう
いるとすればかなりのボランティア精神の持ち主かあるいは相当な潔癖性なヤツだ

「嘘付け。アンタの人相は海の男って感じはしないぜ?」
サラリと痛い事を言ってくれる

青年は少しムッっとして
「悪かったな海が似合わなくて。大体、好きでこんな事してない」
そう言うと青年の腹が盛大な音を立てた

「ははは、兄さん腹が減ってるのか?これでも食いな」
中年の男性は持っていた鞄から包みを取り出す

「マジか!?」
青年の目が獣のように光る

「ああ、食いな丁度余してた所だ」
そう言って青年に手渡す

青年は受け取るとすぐに包みを破り猛烈な勢いで食らいつく
「…このなめらかな口どけ、まったりとした舌触り、この魂を揺さぶる味、究極の名にふさわしい!!…って腹が減ってりゃ何でも旨いっつーの」
自分の台詞に自分でツッコミをいれる

「ははは、兄さん面白いヤツだな」

(男気のある良い男だ。寧ろ天使に見えなくもない)
青年は心からそう思った

「おーい、密航者終わったかー?」
遠くから声がする
あれは、此処の船員に間違いないだろう

「ああ、大体終わったところだ」

「なんだ兄さん密航者なのか?」
男が笑いながら訊ねる

「まあな」

「そうかそうか。兄さんも苦労してるんだな頑張れよ」
「ああ、アンタも頑張れよ」
「ははは、そうだな。まだまだ、若い者には負けないぜ。じゃあな兄さん」
男は笑いながらその場を後にする

「密航者。キャプテンが呼んでるぜ?」
先程まで遠くにいた正真正銘の船員が話しかけてくる

「俺にはサードって言う名があるんだぞ?何時まで密航者って呼ぶんだ」
「ははは、分かったからさっさと行け。密航者サード」

サードは思わず転けるがすぐに立ち直りその場を立ち去る

ドアをノックして中に入る
幾ら何でもそこら辺のマナーはあるようだ
「おぉ、来たか…あーと…」
「…サードだ」
「あぁそうだったな。サード」
「で?今度は何処の掃除だ?客室か?はたまたトイレか?」
既に、雑用の用だと限定して話す

「いいや、お前は今日で自由だ」
船長は口にくわえたパイプで紫煙を燻らせながら顎に蓄えた髭を撫でながら話す

「へ?マジか!?」
「ああ、今日中にはアストローナのライカに着くからな。まあ、タダで釈放してやるよ」

そう言って机の上にある鳥かごの鍵を開ける
中から一匹の黒い鳥が凄い勢いで飛び出してくる

「だぁー!狭い、狭すぎるぞ!」
鳥がもの凄い剣幕で怒り出す

「喋るカラスなんていい金になるんだけどな…」
心底残念そうに船長がポツリと呟く

「!?…カァー…」

(今頃、カラスの声をしても何の意味もないだろ…)
心の中でサードはツッコミをいれておく

暫くして甲板から一つの島国が見えてくる
「アストローナ大陸に到着だ」
近くに居た船員が歓声をあげる

「…やっと、だな」
「ああ、やっと、だな」
カラスの呟きにサードが返す
何年前に以前居た大陸を出たのだろう
少なくとも1年は海の上に居た気がする


新しい大陸に一歩足を踏み入れる…
「ようこそ、アストローナ大陸へ♪」
『ミス・ライカ』と書かれた襷を掛けた女性が話しかけてくる

「冒険者の方ですか?でしたらあちらで冒険者登録をお願い致します♪」
女性は笑顔で『冒険者登録所』と書かれた看板を掲げている建物を指さす

「…分かった…」
心底、面倒くさそうに冒険者登録所へと歩を進める

「ようこそアストローナ大陸へ♪冒険者の方ですね?此方にご記入をお願いします」
そう言って受付嬢は『登録書』と書かれた紙を差し出す

サードはそれにサラサラと必須事項を記入していく
「これでいいのか?」
「はい、有り難うございます。暫しお待ち下さい」
そう言って受付嬢はサードが書き記した登録書を記憶石に記録していく

「はい…お待たせいたしました。此方がサード様の登録内容になっています」
そう言って記憶石に記憶した情報を取り出す

『名前=サード、年齢=20、性別=男、職業=戦士、体重=60kg、身長=160cm
確認していく中でサードは違和感を感じ再び確認する

「…おい、身長が間違ってるぞ?どう見てもアンタより高いと思うが」
受付嬢の身長は見た感じ165cmといったところだろう
「……!?し、失礼しました!し、しかし…もう、記録してしまったので変更できないのですが…」
心底、申し訳なさそうにサードを上目遣いで見る
この、上目遣いで何人の男が許したのだろうか…

「何!?俺に160cmで生きていけっていうのか!?」
しかし、サードにはあまり効果が無いようだ

「すいません!すいません!」
受付嬢はしきりに頭を下げ謝る
回りの男共の視線が痛い…
どうやら、此処で受付嬢はアイドルのようだ
ここで、尚も責めようものなら袋叩きにされかねない

「…もういい…」
足取り重く登録所を去っていく
心なしか暗い空気が取り巻いているようにも見える

街の中をぶらぶらと歩いていく
ライカの街はこの大陸では相当栄えているようだ
店もそれなりに収益を得ているように見受けられる
『黒龍の塔観光ツアー』と書かれた幟も目に付く

八百屋の前を通り過ぎようとしたとき眩しいくらい赤い物体が目に飛び込む
(そういや…腹減ったな…)
さっきも船の中で中年の男に貰ったのにすでに消化されてしまったようだ

「あ、おっさん。そのリンゴくれ」
「まいど!50sになります」

(…50s…)
サードは恐る恐る財布を覗いてみた
(…………………)
足りなかった。むしろ、金がまったく入って無い

「悪い、やっぱいい…」
「そうかい?またのお越しを…」

サードは再び街をふらつき始めた
腹がまるで魔物のように食物を求めている…
しかし、サードには飯を食う金も無い

(そこらの一般市民襲うか?)
邪な考えが脳裏をよぎる

(やめとけっての…)
ギリギリで思い留まったようだ

「だぁ〜、もうダメ…」
サードははその場に平伏した
(あぁ、空腹で死ぬのかよ…最悪…。)
死を覚悟した…
実際、空腹で死ぬというほど飢えているわけではないがサードにとっては死活問題のようだ

「…………かい?」
薄れゆく意識の中で誰かの声がした…
しかし、答えるだけの気力がなかった
次の瞬間ズルズルと体が引きずられていた

(…痛て…)
頭を小石にぶつけた
何とも言えない痛さだ
しかし、この程度の石でも薄れゆくサードの意識を完全に断ち切るのは充分すぎた
サードの意識は完全に遮断された…

目が覚めたとき…そこは研究所だった
そして、助けた礼と称してサードは此処の、研究所でこき使われる羽目となるのであった…