−1−
春。
僕、こと碇シンジは高校の最終学年へと進級した。
仲の良い友人達と居酒屋で開いた(お酒は二十歳になってから・・・)
『進級おめでとうパーティー』が終わり、自宅へと続く道を歩きながら僕は色々と考え事をしていた。
僕の両親は貿易会社を営んでいて、その会社をアメリカに移す為に向こうへ行ってしまった事。
『せめて高校が終わるまでは日本にいたい』と主張した僕に、何も言わずに父さんが学校近くにアパートを用意してくれた事。
これからの生活の事。
アルコールに支配された頭の中を、思考がぐるぐると回る。
酔っ払っているおかげで−−−酔っ払っていなくても、だけど−−−考える事にまとまりが無い。
まるで雲の上を歩いているみたいに頼りない、足元の感触。
「ま、どうにかなるさ。」
そう呟いた時だった。
ごう!という音と共に凄い風が吹き、僕は目を開けていられなくなった。
風は一瞬で辺りを駆け抜け、ホコリが目に入った僕はしばらくその場で立ち往生していた。
「にゃあ〜」
どこからともなく、猫の鳴き声が聞こえて来たような気がした。
僕の記憶では、ついさっきまで猫の姿は無かったハズだ。
まだちょっと痛む目を開けると、10メートルくらい先にある街灯の下に、小さな段ボール箱が見える。
おかしいな、さっきはあんなの無かったのに。
そう思いながら家路を急ぐ。
段ボールに近づくにつれて、猫の鳴き声はハッキリとしてくる。
「にゃあ〜」
その声に引き寄せられるように段ボールを覗き込むと、そこには一匹の仔猫がいた。
ほんとに小さな仔猫だ。
赤茶色の毛並みはちょっと汚れていて、肌寒い春の夜風に震えている。
汚れ、震えていても、その瞳だけは違っていた。
綺麗な、まるで澄んだ海のようなマリンブルーの瞳は生気に満ちていて、放っておけば死んでしまいそうな仔猫の目では無かった。
「お前、綺麗な目をしているね。」
返事が返って来る事は無いと知りながらも、僕は仔猫に話しかける僕。
「みゃあぁ〜」
仔猫は、そんな僕の台詞に返事をするかのように一声鳴いた。
この猫は、きっと僕が拾ってやらなくちゃ死んでしまうな・・・
春とはいえ、まだ風は冷たい。
こんな綺麗な瞳を持った猫を野垂れ死にさせるのはもったいない気がした僕は、自分の家に連れて帰って飼う事にした。
段ボールから仔猫を持ち上げ、胸に抱き抱えると、僕は今度こそ家路を急いだ。
−2−
家に帰りつき、途中のコンビニで買った牛乳を平たい皿に注いで、拾った猫に出してやる。
「にゃ!」
皿を前足で捕まえて、仔猫は一心不乱に牛乳を嘗め始めた。
「にゃあ!」
よっぽどお腹が空いていたんだろう。慌てて飲む仔猫は、皿を捕まえていた前足が滑って皿をひっくり返し、ミルクまみれになった。
「あんまり汚さないでよぉ・・・」
愚痴りながら、こぼれたミルクと猫の体を綺麗に拭いてやる。
唐突に、まだこの猫に名前が無い事に気付いた。
「テブクロ」
思い付いた名前を口に出してみる。
「んにゃ!」
まるで気に入らないような声を出し、そっぽを向く仔猫。
「ゴリアテ、ドルバッキー、バントライン、シーダ・・・」
どれもこれも気に入らないらしく、そっぽを向いたままだ。
「冗談だよ、とっておきの名前があるんだ。『アスカ』っていうのはどうかな?」
「にゃああ!」
気に入ってくれたらしく、アスカは僕の方へとすり寄って来た。
「この名前にはね、ちゃんと意味があるんだ。漢字で『飛鳥』って書くんだよ。いつか、飛んでいる鳥も捕まえるくらい元気になってくれって意味が、ね。」
そんな話しをしているうちに、僕は眠くなってきた。
幸い、明日は日曜日で、しかも僕には何も用事が無かった。
「明日、アスカのトイレとか買いに行ってあげるからね。」
そう、仔猫に語りかけ、僕は布団に潜り込む。
「にゃあにゃあ!!」
と、僕の掛け布団の上にアスカが登ってきた。
枕をしばらく引っかいた後、今度は僕の頬をぺろぺろと嘗める。
僕はしばらく考え込んで、その行動の意味に思い至った。
「そっか、寒いもんね。いいよ、お入り。」
みゃ!と、嬉しそうに一声鳴いてアスカは僕の横に入ってくる。
パジャマ代わりに着ているTシャツを通して、アスカの体温が伝わって来る。
「アスカって、あったかいね・・・」
その温もりを感じながら、僕は眠りの世界へと旅立った・・・
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