−1−
朝、僕が目覚めると、そこに少女の姿は無かった。
丸まって、寝息を立てているのは、仔猫。
「あ、アスカ?」
僕が拾って来た日に見た仔猫の姿だ。
呼びかける声に反応して、アスカが動き出す。
「みゃあ〜・・・みゃっ!?」
自分の姿を見て驚くアスカ。その仕草があまりにも人間臭いので、僕は昨日の出来事が夢では無かった事を確信する。
「どうしたの、アスカ。何でネコの格好なの?」
問いかける僕に、猫になったアスカは力無く鳴く事しか出来無い。
「そっか・・・自分でも解らないんだね。」
こくこくと頷く彼女。
「困ったな・・・」
ひょっとしたら、僕とアスカの、昨日の行動にマズい所があって、リツコさんが怒ってアスカを猫にしてしまったのかもしれない。
色々な想像が頭をよぎる。取り敢えず、僕はリツコさんに連絡を取ってみる事にした。
教わった携帯電話の番号を押すと、プルルルという呼出音が聞こえて来る。
しばらく待つと、リツコさんが電話に出た。
「はい、リツコです。」
眠そうな声だけど、さすが神様。欠伸はしない。
・・・っていうか、神様って眠るの?
「もしもし、シンジです。」
「おはよう、シンジ君。なにかあったの?」
「おはようございます、リツコさん。実は、アスカが猫になっちゃってるんですけど・・
僕の声は、ちょっと震えていたのかもしれない。リツコさんはまず『安心して』と言い、それからアスカが猫になっている事への説明を始めた。
「昨日、言い忘れちゃったんだけど、彼女が人間になっていられるのは、一週間に一日、つまり、日曜日だけ。」
なるほど、そういうワケだったのか。
何で人間になっていられるのが一日だけなのか?という疑問はあるけど、『そういうものなんだろう』と納得するしか無い。
「そうなんですか・・・わかりました。朝早く、どうもすみません。」
「いいえ。私の連絡ミスなんだから。それじゃあね、シンジ君。」
電話は、それで切れた。
アスカに事情を説明してやり、自分は学校に行かなくちゃいけない事を説明すると、彼女は抗議の鳴き声を上げた。
「にゃあ!」
ごめんよ、アスカ。さすがに猫の言葉は解らないよ。
彼女の朝ご飯と昼ご飯を用意してやり、僕は支度を整えて学校へと向かった。
−2−
学校までの道のりは、歩いて十五分くらい。
なんとなくボーっと歩いていると、いきなり肩を叩かれた。
「よう、シンジ。」
聞き慣れた声。振り向くと、そこには友人が立っていた。
「おはよう、ケンスケ。」
彼は僕に並んで歩き出す。
「で、昨日話した転校生、誰だか解ったか?」
「・・・全然解らないよ。」
ケンスケは深くため息をつき、
「アイツ、こんな朴念仁を相手にしなきゃならないのか・・・苦労するなぁ。」
と独り言。
「結局、誰なの?」
「俺達のクラスに転入してくるから、それまで悩め、朴念仁。」
ニヤリと笑ってそう言うケンスケ。
その後、僕がいくら転校生の事を聞いても何も教えてくれなかった。
−3−
朝のホームルームが始まった。
「今学年から、このクラスに転校生が来ます。」
某アニメの貧乏大学生にそっくりな事から、『勉三さん』とあだ名をつけられている担任教師が、すでにケンスケがクラスの全員に話している事を、もったいぶって伝える。
「では、霧島さん、入って来てください。」
教室に入って来た転校生は、ケンスケが言った通り僕が良く知っている女の子だった。
「霧島マナです。みなさん、宜しくお願いします!」
ぴょこん、とおじぎする彼女。
栗色のショートカットが、ふわりと揺れる。
霧島マナ。
僕とケンスケの幼馴染み。
中学二年生の時に、親の都合で転校していった彼女。
その彼女が、今、僕の学校に転校して来た。
−4−
いつもの通りの授業が進み、いつもの通りの昼休みが過ぎ、いつもの通りの放課後がやって来た。
唯一違う所があるとすれば、それは懐かしい少女、マナがいる事。
「シンジ君、ひさしぶりね!」
何がそんなに嬉しいのか、にこにこと笑いながら僕に近寄ってくる。
「うん、そうだね、マナ。」
僕が彼女を呼び捨てにした時、教室に残っていたケンスケ以外の男子の視線が冷たくなったような気がする。
「一昨日くらいかな?この街に帰って来たの。四年ぶりだと、やっぱり変わっちゃうんだね、風景って。」
遠い目をしながら、マナは言った。
この街に住み続けている僕には、どこが変わってしまったのか、よく解らない。
「でも、シンジ君とケンスケ君が変わって無くて良かった。」
「僕には、良く解らないや。」
「そういう所よ、変わって無い所って。」
クスクスと笑うマナ。
「さっきさ、私、街が変わっちゃってるって言ったよね。出来れば、案内して欲しいんだけど。」
僕の部屋で待っているアスカの事がちらりと頭をよぎったけど、久しぶりに会ったマナの申し出を断る事は出来なかった。
「うん、いいよ。ケンスケも一緒にどう?」
僕とマナのやりとりを、隣で聞いていたケンスケも誘ってみる。
彼は、
「馬に蹴られるのはイヤだからね。遠慮しておくよ。」
何言ってるんだろ、ケンスケ。
「やだ、もう!そんなんじゃ無いってばぁ・・・」
顔を真っ赤に染めて言うマナ。最後の方は、声が小さくなって聞き取れない。
「頑張れよ、霧島。相手は難攻不落の要塞だからな。」
愉快そうに笑いながら、ケンスケは帰ってしまった。
教室に残っているのは、僕とマナと男子生徒数名だ。
「ねぇ、行こ、シンジ君!」
彼女に手を引っ張られ、僕は下駄箱へと向かった。
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