−1−
土曜日の朝。
週休二日制度が導入されたおかげで、土曜は学校に行く必要が無い。
でも、僕はやっぱり早く起きるハメになった。
アスカが、朝の散歩をするために、僕を起こして窓を開けさせるからだ。
一日くらいアスカが散歩を休んだって世界は平和だと思うけど、彼女は自分が朝のパトロールを休むと、たちまち平和が破られると考えるみたいだ。
「にゃ!」
眠っている僕の頭を、目が覚めて元気一杯のアスカがぽんぽんと叩く。
ひょっとしたら、これが噂のねこパンチ?
寝ぼけた頭でそんな事を考えながら、窓を開けてあげると、紅茶色した弾丸が外へとすっ飛んで行った。
「ほんと、元気だねぇ・・・」
そう呟いて、僕はまた眠りの世界へと旅立つ事にした。
−2−
外は、アタシの世界、アタシの天下だ。
朝の、まだひんやりとした空気を胸一杯に吸い込むと、元気が出てくる。
アタシは、アスカ。
人間見習いの仔猫だ。
とはいえ、猫として自分の縄張りを守る事はしなくちゃならない。
ホントは『パートナー』のシンジの家も守らなくちゃいけないんだけど、それはシンジに任せてある。
まぁ、人間なんだからどうにかなるでしょ。
それよりも、今日は色々とやる事がある。
まず、縄張りを広げる事。
仔猫のアタシに喧嘩で負けるような弱っちいヤツに、平和を任せておく事なんて出来ない。
昨日の朝に、ケンカして取った縄張りの端まで来ると、見た事も無い黒猫がいた。
ふぅん・・・ここから先は、コイツの縄張りなのね・・・
耳を伏せて、背中と尻尾の毛を逆立てる。これがアタシの戦闘体制。
「アンタ、アタシと縄張りを賭けて決闘しなさい!」
シンジ達人間には解らない言葉で、相手に決闘を申し込む。
黒い猫は、つまらななそうにそっぽを向いた。
「なんや、仔猫かいな・・・アホらし、家帰って寝とれや」
その言葉に、カチンとくるアタシ。
「ふん、仔猫たって、そこらの仔猫じゃ無いわ・・・」
「なら、なんやっちゅうねん。嬢ちゃん、ケガせんウチに帰り。」
その時、黒猫がふんふんと鼻を鳴らした。
「この匂い・・・人間見習いか・・・」
「そうよ!何か文句あるっての!?」
「嬢ちゃんか、最近ここらの縄張り荒らしとるんは・・・なら、ちょっとオシオキせんといかんのぉ・・・」
「やれるもんなら、やってみなさい!!」
それが、開戦の合図だった。
−3−
結局、この黒猫とアタシの決着はつかなかった。
お互い、決定的な傷を付けられず、さらには戦意を失っていない。
息を切らせながら、黒猫が言った。
「嬢ちゃん、強いのぉ・・・」
「アンタも、なかなかやるわね・・・」
アタシは・・・息が切れる所の話じゃない。
胸がばくばくいって、今にも倒れそうだった。
「仔猫やのにごっつ強いんやから、ここらの縄張りは任せてえぇやろ。」
予想外の黒猫の言葉に、アタシは驚いた。
「ワイは、ここらのボス、元人間見習いのトウジや。よろしゅうな。」
「ボスだったの・・・じゃ、強いハズだわ・・・」
トウジと名乗った黒猫は、今まで闘ったどの猫よりも強かった。
それにしても・・・
「元人間見習いってどういう事よ?」
「色々あったんや、色々な・・・あかん、そろそろ時間や。ほな!」
唐突に、トウジと名乗った黒猫は、家の屋根に登ってどこかへ行ってしまった。
ま、いっか。
今日は、すごい収穫があった。
ここ一体のボスに、認められたんだ!
という事は、大概の猫はアタシに道を譲る。
ほかの猫の縄張りだって、ケンカせずに自由に出入り出来る!
猫のアタシにとって、これ以上嬉しい事は無い。
嬉しさに浸っているアタシの耳に、人間の声が聞こえて来た。
「・・ウジ、トウジぃ〜!」
声の方へと目を向けると、シンジと同じくらいの年の女の子がいる。
黒い髪を・・・おさげっていうのかな?そんな形に縛った女の子だ。
「にゃあ〜」
と、鳴いてみる。
するとその子はアタシに気付いたらしく、側まで歩いて来た。
「あ、可愛い猫ちゃんね・・・」
昨日、シンジの家に遊びに来たマナとかいう女の子とは違い、変な匂い(香水、っていうらしい)もしない。
「ねぇ・・・貴方、この辺りで黒猫見なかった?」
見たよ。あっちの方へ行ったよ。
無駄だと解りつつも、猫の言葉でそう答える。
前足でトウジが行った方向を教えてあげれば良いんだろうけど、シンジに『人間の言葉が解る事を、バラしちゃいけないよ』と言われているので、それも出来ない。
「そっか・・・知らないよね・・・」
悲しそうにそう呟く女の子に、アタシのちっちゃい胸は痛んだ。
「さよなら、猫ちゃん。」
アタシの頭を撫でて、女の子が立ち去る。
その手は、シンジみたいに優しくて温かかった。
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