−1−
体がだるくて、とても気持ち悪い。
医者にかかるのは初めてだったので、アタシはちょっと不安になっていた。
優しそうな人ではあるけれど、きっとそんな事に関係無く注射は痛いだろう。
それを思うと、もっと体がだるくなる。
人間の病気も、こんな感じなんだろうか?
自分の体温で暖かくなったバスタオルと引き離されて、アタシはひんやりする診察台の上に寝かされている。
診察室のドアががちゃりと音を立てて開くと、さっきの女の人が入って来た。
「にゃあ」
さっきから、寒くて仕方が無い。無駄だと解ってはいるけれど、猫の言葉で文句を言ってみる。
そんなアタシを見てにっこりと笑う女医さん。
「にゃあ」
・・・控えめに表現すると、驚いた、といった所だろうか?
なんと、女医さんが猫の言葉で
「大丈夫、すぐに楽になるから。」
と答えたのだ!
「にゃあ?」
「にゃあ、にゃあにゃあ」
なぜ?と問いかけるアタシに、簡単に自己紹介した後、詳しい事はちょっと待っていなさい、と優しく告げるマヤ。
いよいよ注射されるのかと思ってドキドキしていると、彼女がそっと微笑んで、アタシの頭を撫でた。
すると、途端にアタシは眠くなり・・・
−2−
学校には、ちょっと遅刻しただけで済んだ。
教室に入って、担任の先生に遅刻した理由を尋ねられた時に
「仔猫が病気になったので、獣医さんに行っていました」
と答えた時
「ふむ・・・それが最近流行っている言い訳かね?」
と皮肉られた。
「宜しい、席につきなさい。」
「はい」
頭に来たけれど、獣医さんに行く前に学校に電話を入れなかった僕の落ち度なので、黙って着席する。
午前中の授業が終わって、昼休み。
朝にドタバタしていたおかげで、自分のお弁当を作れなかった僕の所に、ケンスケがやって来る。
「シンジ、お前の所の猫も病気か?」
「うん。・・・あ、ひょっとして、ケンスケの所も?」
どうやら、僕とケンスケの猫が、同時に病気にかかったらしい。
「ひょっとして、伊吹犬猫病院って所に連れて行かなかったか?」
「やっぱり、ケンスケも猫神様に電話して・・・」
しまった!
『猫神様』なんて単語を、事情を知らない人が聞いたら、梅雨のせいで頭にカビが生えたと思われる!
慌てて辺りを見回すと、僕らの会話に注意を払っていた人はいないらしく、辺りは弁当を食べる算段をしている人達と、購買に向かう人達の二種類しかいなかった。
「気をつけろよ、シンジ。」
険しい顔で注意してくるケンスケに、ごめん、と謝って話を続ける。
「ケンスケも、同じ病院に行ったの?」
「あぁ、夜更かししてたら、マユミの苦しそうな鳴き声が聞こえたから、慌てて電話したんだ。そうしたら、留守電になっててさ・・・
」
どうやら、経緯まで同じらしい。
「何か、関係あるのかなぁ・・・?」
疑問形で口に出してはいるものの、それは確信だった。
人間見習いの猫を、普通の病院に見せるワケにはいかない。だから、リツコさんが指定した病院を使う。
ここまではいい。
でも、同じ人間見習いの猫が同じような症状で同じような時期に同じ病院に行くというのは、何か作為が感じられる。
表情にそれが出たのか、ケンスケは一つ頷きながら、僕にこう言った。
「心配無いさ。だって、一応リツコさんは俺の所のマユミやシンジの所のアスカちゃんの」
ここまで言った後、急に小声になるケンスケ。
「神様なんだぜ?」
それもそうだ。自分が守るべき存在(だと思う)である人間見習いの仔猫に、悪い事をするハズが無い。
「ねぇねぇ、何の話してるのぉ?」
ひそひそ話を続けようとした僕とケンスケの前に、マナがぴょこんと現れた。
「なんでもないよ、マナ。」
一瞬、冷や汗が背中を伝う。が、なんとか誤魔化す事に成功した。
「さて、俺はちょっと用事あるから、これで。」
なんとなく気に障る笑みを浮かべて、ケンスケが立ち上がる。
そして、そそくさと立ち去ってしまった。
取り残された僕が、昼飯を調達する為に購買部に行こうとするとマナが
「あれ、シンジ君、お弁当無いの?」
「うん、朝にちょっと作りそこねてね。」
たはは、と苦笑する僕。
「だったらさ、これ食べてよ」
そう言いながら彼女が差し出したのは、パステルカラーの弁当箱。
それはきっと、マナが作った弁当なんだろう。
「え、そんな・・・マナの分は?」
「大丈夫、私は別に持ってるから」
と彼女は、もう一つの弁当箱を取り出して見せる。
「あ、いっけない!私、ちょっと用事があるの!それじゃ、後でお弁当箱返してね!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
早足で教室を出て行くマナの後ろ姿に声をかけても、
彼女は振り返らなかった。
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