−1−
「そういえばさ、マヤのパートナーって?」
彼女のパートナーが見当たらない事を疑問に思ったアタシは、そう尋ねた。
ちょっと苦笑して、遠い遠い場所に想いを馳せる、そんな感じの瞳で、マヤはアタシに答えてくれた。
「いい人だったわ。優しいくて、理知的で。私もアスカくらいの頃、将来は同居・・・うぅん、結婚したいって思ってた。」
その声には、悲しみの成分は含まれていないようだった。
「でもね・・・彼には、恋人がいたの。人間見習いの猫じゃなくて、キチンとした人間の恋人が、ね。」
懐かしい思い出を、愛おしそうに語る。
切ない過去のハズなのに、なんでマヤはこうも綺麗な表情で思い出せるの?辛くはないの?
「人間と猫、私はどっちの道だって選択出来た。でも、人間を選んだの。なぜだかわかる?」
アタシとマユミは、首を横に振った。
「恋愛をするなら、猫よりも人間の方が楽しいからよ。」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、マヤは言う。けれど、それだけは無いハズだ。
きっと、恋した人の思い出を、猫になって忘れるよりも、人間になって想い続ける為かな?
「・・・辛くは無いんですか?」
ずっと無言だったマユミが、口を開いた。
「フラれた当初は悲しくて、死んじゃいそうだった。でも、今は違うわ。・・・ただ、懐かしいだけ。」
その問いに答えたマヤの顔は、とても輝いていた。
「思い出・・・そう、良い思い出よ。」
アタシには、どうしてこんな綺麗な笑顔が出来るのか解らなかった。
マヤとパートナーの話を、自分とシンジに置き換えて想像してみる。
背筋を走る、冷たい戦慄。
シンジと離れて暮らすなんて、アタシには恐怖以外の何物でも無かった。
マユミも、顔色が悪い。
「ごめんね、変な話しちゃって・・・大丈夫、私と貴方達は違うんだから、元気出して。」
かたかたと震えるアタシとマユミ。マヤが、そんなアタシ達を抱き締めてくれた。
それは、シンジとはちょっと違った温もりだった。
−2−
今日は、アスカが家に帰って来る日。
学校が終わって、伊吹病院に迎えに行く事になっている。
ケンスケと一緒に、だ。
あれから二人で相談して、パートナーが無事に帰って来たお祝いをしよう!という事になっている。
簡単だけど料理の準備も出来ているし、ケンスケはカメラを引っ張り出して記念写真を撮るつもりだ。
立派な親馬鹿・・・違うな、猫馬鹿ぶりだ。
じりじりと進まない時計の針を睨みつけながら、最後の授業が終わるのを待つ僕ら。
それは、きっと学生生活の中で一番長い一時間だっただろう。
終業のチャイムが鳴ると同時に、僕は鞄を掴んで下駄箱へと走る。
もちろん、ケンスケも一緒だ。
上履きから靴に履き替えて、僕とケンスケは校門目指して走る。
一旦自宅に帰り、服装を整えてから再集合の予定だった。
しかし、僕とケンスケの想像の範疇外の出来事が起こった。
−3−
アタシとマユミ、マヤは、シンジの学校の校門で待ち伏せする事にした。
理由は簡単。シンジをびっくりさせたかったからだ。
マユミも賛成してくれている。
マヤが運転するワンボックスカーに乗り込み、学校へ。
校門で車を降りたアタシ達(もちろん、耳は引っ込めてある)を最初に襲ったモノは、周りの視線だ。
道行く人のほとんどが、アタシ達3人に視線を向ける。
校門の側に車を止め、壁に三人で寄り掛かる。
「ねぇ、マヤ。なんか注目されているみたいだけど・・・なんで?」
「耳は隠してありますよねぇ・・・?」
アタシ達の質問に、マヤは微笑みながら答えた。
「こぉんな美少女が三人もいるのよ?注目されて当然なのよ。」
三人、という部分にちょっと引っかかる物があったけど、マヤは童顔で、たぶん十代で通用するだろうから、何も言い返さなかった。
それにしても、美少女なのかな、ホントに。
初めて自分の姿を鏡で見た時は、かなり自信があったんだけど、いざ街に出てみるとなんだか不安になる。
マヤのお下がりの服の中から一着貰い、それを着ているアタシ達。
変じゃないかな?
茜色の髪、マリンブルーの瞳。
どこからどう見ても、日本人には見えなアタシ。
マヤとマユミは、黒髪、黒い瞳。
周りと違うアタシの容姿が、ちょっとだけ気になった。
「大丈夫よ、アスカ。」
きっと、想いが顔に表れてしまったんだろう。マヤが、そっとフォローを入れてくれる。
その時だ。
勢い良く、走ってくるシンジとケンスケを見つけたのは。
アタシとマユミの体が、自然に動き出す。
「シンジぃ!!」
「ケンスケさぁん!!」
呆気に取られているアイツに向かって走る。
視界の中で、だんだん大きくなるシンジの顔。
シンジの所へたどり着いたアタシは、勢いに任せて抱きついた。
「ただいま、シンジ!」
「あの、その、もしかして・・・アスカ?」
顔を上げて、笑顔を見せる。
「そうよ!・・・ただいま、シンジ」
シンジも笑顔になってくれた。
コイツの笑顔は、見ていて幸せな気分になる。
「おかえり、アスカ。」
そう言って、シンジはアタシをぎゅっと抱き締めてくれた。
横目でマユミを確認すると、どうやらアタシと同じパターンだったらしい。
とても幸せそうな笑顔をしている。
自分も、あんなふうに笑えっているのだろうか?
−4−
その光景を、息を飲んで凝視する、栗色の髪の毛の少女。
自分の想い人に抱きつく見知らぬ少女。
想い人の方も、まんざらでは無いようで、その笑顔はとても輝いている。
「誰よ、あの子・・・あんな子、知らないよぉ・・・」
自分が見た事の無い笑顔を向けてもらっている少女に対する嫉妬。
自分の想い人が、手の届かない場所に行ってしまうような不安。
胸がはち切れそうだった。
彼女が立てたプランには、こんな障害は想定されていない。
しかし。
ここで手をこまねいていれば、想い人は自分の手が届かない人になってしまう。
「・・・うかうかしてられないわ・・・」
霧島マナ。
彼女は、自分とよく似た髪色の少女に、自分の心の中でひっそりと宣戦布告した。
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