−1−
僕が目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていた。
どうやら、アスカが作ってくれた料理を食べた直後に、また眠ってしまったらしい。
生活のリズムが崩れるのがイヤで、もう一度眠ろうとするけど、目はパッチリと冴えてしまっている。
「んん・・・」
なんとなく伸びをして、布団から這い出る。
薬が効いているのか、体は軽く、頭痛も無い。
僕を看病してくれたネコ少女は、リビングのテーブルにつっぷして船を漕いでいた。
すぅすぅと寝息が聞こえる。
これじゃ、僕の風邪が治っても今度はアスカが風邪を引いてしまう。
「アスカ、起きて・・・ほら、風邪引いちゃうよ?」
寝ている彼女の肩口を掴み、ゆさゆさと揺する。
・・・が、反応が無い。
きっと、慣れない家事で疲れているんだろう。
取り合えず、アスカを抱きかかえて布団まで運ぶ事にした。
背負おうとしても、彼女に意識が無いので巧くいかない。
僕は、俗に言う『お姫さま抱っこ』でアスカを持ち上げ、布団まで歩く。
まず最初にびっくりしたのが、その軽さ。
体力は平均男子よりもやや下くらい、と自負している僕が軽々と持ち上げられるのだ。
きっと、アスカは相当軽い女の子なんだろう。
それを思うと、なんだかとてもいとおしく感じた。
「心配かけてごめんね」
布団に寝かせたアスカにそう呟くと、僕は彼女の額をそっと撫でた。
無理な体勢で寝ていたからなのか、部屋はそんなに暑くないのに、少女はうっすらと汗をかいていた。
綺麗な蜂蜜色の髪の毛が、そのおでこに貼りついている。
それをそっと直してやると、僕はリビングへと向かった。
−2−
朝。
結局僕はそれから一睡もせず、学校へ行く事となった。
明るくなってから気付いたのだけれど、テーブルの上にはマヤさんの書置きがあり、昨日の事件の顛末が詳しく記されていた。
結びの文句は、こうだった。
『ちょっと世間知らずみたいね、彼女は。・・・私にいい考えがあるから、元気になったら連絡ちょうだい』
いい考え。
いったい何だろう?
そんな事をボンヤリと考えながら、学校への道のりをてくてく歩く。
「よぉ、シンジ!」
後ろから唐突に声をかけてきたのは、ケンスケだ。
「どうしたんだよ、昨日は。シンジが休むなんて珍しいな?」
口調はおちゃらけているけど、その瞳は僕を心配しているようだ。
「ちょっと風邪ひいちゃって、ね。でも、もう直ったよ。」
「ふぅん・・・って事は、アスカちゃんにでも看病してもらったのか?」
「うん。」
「そうか、そうか・・・羨ましいヤツめ。」
ジト目で睨むケンスケ。
「何言ってるんだよ、ケンスケだって病気したらマユミちゃんに看病して貰えるだろ?」
「違う違う、そこが羨ましいんじゃないの。看病してくれる美少女が一人、その事実を知ったら絶対看病してくれる美少女がさらにもう一人。その状況が羨ましいっての。」
「?」
一人はアスカだと見当がつく。でも、もう一人は一体誰だろ?
「お前・・・前にも聞いたけど、ホントに判ってないのか!?」
呆れたようなケンスケ。
でも、いくら呆れられようと、心当たりが無いものはしょうがない。
「ケンスケが勘違いしてるだけじゃないの?」
ケンスケの情報網は凄いけど、時折間違いやデマも混じる。
きっと、今回も勘違いしているんだろう。
「・・・この鈍感総理め・・・」
総理。
総理大臣の略。
・・・それだけ僕の鈍感さ加減がスゴイって事かな?
・・・なんだかなぁ・・・
「・・・じゃあ、おれは横恋慕番長か、嫉妬マスクだな・・・」
俯き加減でブツブツと独り言を呟くケンスケ。傍から見てると、ちょっと怖い。
「おっはよーッ!」
この声は・・・
「ねぇねぇ、昨日はどうしたの?」
予想通り、霧島マナだった。
「おはよ、マナ。」
「よぉ、霧島。」
軽く挨拶を交わす。
「ねぇねぇ、昨日はどうしたの?」
心配そうな声で、僕に問い掛けるマナ。
女の子に心配して貰えるのは、ちょっと嬉しい。
・・・いや、別にケンスケに心配してもらって嬉しく無いワケじゃないけれど・・・
「風邪引いただけだよ。もう治った。」
「ふぅん・・・あ、そうだ。病み上がりなんだから、家事とかキツいでしょ?今日、私がご飯作りに行ってあげようか?」
・・・好意は嬉しいけど、ちょっとマズい。
アスカ(しかも大人バージョン)がいるし、何よりもマヤさんの『いい考え』が気になる。
「あ、ごめん。今日はちょっと用事があるから。」
「そっか・・・残念。んじゃ、また今度ね!」
にぱっ!と笑うと、マナは駆け足で学校へと向かっていった。
昔と変わらない、元気な女の子だ。
「・・・所詮、おれは『持たざる者』か・・・」
またまた、意味不明なケンスケの独り言。
でも、僕にはそれがなぜか酷く哀しそうな響きに聞こえた。
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