−1−
惣流家が天下を統一し、はや200年。
世間には大した事件も無く、他国とも順調に国交が成立している、遠い遠いパラレルワールドでの物語。
−2−
「・・・シンジ、配達に行ってこい。」
髭面に色眼鏡という、寺小屋に迷い込んだら間違い無く不審人物として検挙されそうな容貌の男、碇ゲンドウは一人息子にそう言い放った。
この男、こんな容貌のワリには、町内一の優良八百屋『八百源』の店主だというから世の中解らない。
・・・ま、お客の相手はもっぱら、妻であるユイと息子であるシンジに任せっぱなしなのだが。
「わかったよ、父上」
この奇ッ怪な顔の男から生まれたとは思えないほど、繊細な雰囲気を纏わせているのは、ゲンドウの一人息子、シンジである。
類まれなる美貌を誇るユイから、その全ての美点を受け継いだ少年だ。
不器用で鈍感な性格は父から受け継いでしまったみたではあるが・・・
「四丁目の鈴木さんの家に、大根と白菜だ・・・抜かるなよ。」
「配達で何を失敗すればいいのさ、父上」
もっともだ。
「まぁいい。急げ、シンジ。」
背中をぽん!と押され、シンジはお勝手口から配達へ出掛けた。
−3−
鈴木さんの家へと向かう道を、てくてく歩くシンジ。
荷物がちょっと重そうだ。
その時、裏の小道から少女と男が言い争う声が聞こえてきた。
「どきなさいよ!」
「つれない事言うなよ、姐ちゃん!」
声の主は、見た事も無い赤毛の美少女と、近所で悪名高い浪人だった。
「離しなさっての!」
浪人に腕を掴まれて、足止めを喰っているようだ。
「なぁ、遊ぼうぜぇ〜」
チンピラという表現がピッタリな浪人の台詞。
明らかに悪者と解る男が少女に絡んでいるのだ、これを見過ごせば男が廃る。
少女を助ける事を決意したシンジ。別の小道から彼らの背後に回って、届け物の袋で浪人の頭をこれでもかぁ!!とブン殴る。
「ぐぅ・・・」
思惑通り、気絶する浪人。
「大丈夫だった?」
笑顔で、絡まれていた少女に声をかける。
問題は、この笑顔だった。
寺子屋でも、秘かに人気が高いシンジの笑顔。
殆どの女子と、一部の男子を魅了して止まないこの必殺兵器を喰った少女は、この突然の救世主の登場に、呆然としていた。
「・・・運命?」
赤面して固まっていた少女が回復した時の第一声が、それだった。
「どうしたの、ひょっとしたら頭でもケガしたの?」
少女の意味不明な言動に、シンジは彼女が混乱しているのかと思ったのだ。
「え、あ、ううん・・・何でも無いわ。」
「そう、良かった!」
心底嬉しそうに笑うシンジに、少女の胸が高鳴る。
「ここら辺、最近物騒だから・・・良かったら、送るよ。僕、碇シンジ。君は?」
「アタシ、惣・・・田、アスカ。アスカ、でいいわ。」
顔を赤らめながらも、ぶっきらぼうに言う少女。
「僕も、シンジでいいよ。・・・なんか、名前が惣流家のお姫様に似てるね。」
ふと、今の時を支配する権力者の事に思い至るシンジ。
「気にしないで。あっ!そろそろ帰る時間だ・・・またね、シンジ!」
そう言い残して、赤毛の少女は早足で路地の奥へと消えていってしまった。
「あぁ!ちょっとまってよ!」
虚しく木霊するシンジの声。
「もう一度・・・会いたいなぁ・・・」
呟くシンジ。
その願いは、すぐに叶えられる事を、この少年はまだ知らなかった。
−4−
次の日。
鈴木さんの家に届けるはずだった野菜を浪人退治に使ってしまったシンジはゲンドウとユイにこってりと絞られた。
その罰として、今日は一日店番である。
「あぁ・・・そりゃ僕は人助けなんて性格じゃないけどさ、信じてくれたっていいじゃないか・・・」
どうやら、昨日の事の顛末を信じてもらえなかったみたいだ。
「・・・グレちゃおうかな・・・」
などと不穏な台詞を吐くシンジ。
ぶつぶつと文句をたれるながらも、手は仕事をこなしている。
「大根と白菜ください」
聞き覚えのある声に驚いて顔をあげると、そこにはアスカが立っていた。
「アスカ!・・・よくこの店が解ったね。」
「アタシに解らない事なんて無いのよ・・・昨日はお礼を言い損なちゃったわね。改めて、ありがと、シンジ・・・ご両親は?」
「あぁ、今呼んでくるよ。でも、何の用?」
「昨日の事、お礼するのよ。ご両親の教育が良いおかげで、アタシは助かったんだから!」
そんな物かな、と考える少年。お客がいないのを良い事に、彼は仕事を中断して、アスカを伴って家に上がる。
「父上、母上!この子が、僕が昨日助けた人です!」
自分の無実−−−野菜を届けられなかった事が、不可抗力だった事−−−が証明出来るのが嬉しいのか、シンジの声は弾んでいた。
家の奥から出てきた碇夫妻は、胸を張る少年と恥ずかしいそうに笑っている少女を見比べながら、不思議そうにしていた・・・
−5−
それから一ヶ月。シンジとアスカの距離は、かなり縮まった。
お互いがお互いに好意を持っているのは、鈍感で有名な少年にも肌で感じ取れたし、少女の強烈なアプローチがそれを物語っている。
自分の危機を救ってくれた男性に、恋心が芽生えるのは無理からぬ展開だった・・・
しかし、少年にはちょっとした不満があった。
アスカが、自分の身の上を一切語ってくれないのだ。
両親の職業などを聞いてみても、ただ悲しそうに微笑むだけで、答えてくれず、すぐに話をはぐらかす。
何か人に言えない事情でもあるのか、それともすでに彼女の両親は他界してしまっているのか?
しかし、それはシンジの想いの前には取るに足らない、小さな不満だった。
健全なデートを重ねて、二人の心がいよいよ決まりかけた時、事件は起きる。
−6−
星が降る夜空の下、シンジとアスカは歩いていた。
近くにある、花が咲き乱れる公園からの帰り道。
お互いが、自分の想いを相手に伝えるようとしていた。
時折吹く、風が心地良い。
「「あのさ!」」
特に意識していないのに、声を出すタイミングが合ってしまう二人。
「先に、いいかな?」
普段は気の弱い少年が、珍しく己を主張する。
きっと、ゲンドウあたりに「御婦人に恥をかかせてはならん」とかなんとか吹き込まれたんだろう。
「いいよ、シンジから・・・それに、たぶんアタシと同じ事考えてると思うし・・・」
アスカの顔は、期待と恥ずかしさで赤く染まっている。
当然、シンジもだった。
「ぼ、僕、アスカの事が・・・」
その時、二人に聞き覚えのある声が響いた。
「おぉおぉ、見せつけてくれちゃってぇ!」
リベンジに燃えるあの浪人だ。
「この前のお返しに来たぜぇ〜・・・オイ!」
声に呼応して、ぞろぞろと現れる浪人の仲間。
その数、ざっと20人。
その光景を見つめるシンジの瞳は、恐怖に凍っていた。
だがしかし。
意を決して、浪人のまっただ中に飛び込む少年。
「アスカ、逃げて!」
突然の出来事に、なす術も無いまま固まっていた少女を逃がす為に、シンジはまたもや体を張った。
「シンジ・・・助けを呼ぶからね!待っててね!」
脱兎のごとく駆け出し、辛くも脱出に成功した少女。
しかし、アスカが岡っ引きを伴って現場に帰って来た時には、そこには何者の影も無かった。
(シンジ・・・無事でいて・・・)
ギリリ、と歯を噛みしめるアスカの視界は、地面に落ちている紙片を捕らえる。
拾い上げてみると、それは浪人が残した脅迫状だった。
「・・・『ガキを返して欲しくば、独りで裏山の古寺まで来い』・・・だぁ!?あのゴロツキども!もぉ猫被るのヤメたッッ!!」
ロクに捜査もしないまま帰る岡っ引き達をクビにする事を心に誓い、彼らの姿が完全に見え無くなった所で、彼女は吠えた。
−7−
もう誰も人が住まなくなってしまった古寺。それが、浪人達のアジトだった。
そこには、浪人と、彼らによってなぶり者にされたシンジがいる。
シンジを拘束する縄はガッチリと結ばれていて、自力での脱出は難しそうだ。
しかし、彼は自分が愛する少女が、助けを呼んでくれるに違い無いと信じている。
だからこそ、浪人達の暴力にも笑って耐えていた。
そして、助けは意外な形で現れる。
ドカン!
と派手な音を立て、門が破られたかと思うと、馬の蹄が鳴り響く。
「アスカ、見参ッッ!!さぁ、どっからでもかかってらっしゃい!お前達、しっかりシンジを探すのよ!」
「「御意っっ!」」
何事かと仰天し、縄が食い込む体を叱咤して音のする庭の方に向かってみると、そこには信じられないような光景が広がっていた。
黒装束に身を包んだ忍者二人と、稽古着に薙刀という勇ましい格好アスカが、浪人どもを薙ぎ倒していたのだ!
「アスカ!!ここだよ!!」
「シンジ!!今助けるから待っててね!」
次々に襲いかかる敵を、突き、斬り、払う。
その姿は、まるで戦女神のようだった。
「たぁぁぁぁぁりゃぁぁッッッ!!」
忍者との見事な連携プレーで、残る二人の浪人のうち、片方を倒したアスカ。しかし、その動きが唐突に止まる。
「・・・まいったな、凄ぇ上玉だと思ったら、天守閣の鬼姫様かよ・・・」
そう言い放ちながら、浪人の親分がシンジの喉元に刃を突き付けるのだ。
「今ならまだ許してあげる。その手を離しなさい。でないと・・・ここで眠ってる連中の仲間入りよ」
「ふん・・・信じられるか。この餓鬼を人質に、上方にでも逃げるさ・・・」
「交渉の余地は無さそうね。」
「残念ながら、な。あばよ、鬼姫様!」
シンジを抱え、逃走しようとした浪人の背中に、無数の手裏剣が突き刺さる。
それは、やっと到着した三人目の忍者によるものだった。
「シンジ!!」
アスカは、忍者に礼も言わずに、愛する少年に駆け寄る。
浪人に殴られたおかげで口の端が切れ、血が流れているシンジは喋るのも億劫そうだった。
顔の青痣も痛そうだ。
少女は、懐に忍ばせていた小刀で彼の自由を奪っている縄を切った。
「ありがとう、アスカ、助けてくれて。」
弱々しく微笑むシンジ。
「それにしても、アスカって惣流家のお姫様で、おまけにとっても強かったんだね。なんか僕、馬鹿みたいだ・・・何も知らないで・・・」
天守閣の鬼姫。それは、惣流家の長女、惣流アスカのあだ名だ。
あまりにも勝ち気なその性格と、並の武芸者など相手にならない
ほどの武道の腕前がその由来だ。
「ごめんね、今まで騙してて・・・でも、普通の女の子みたいな生活に憧れてたの・・・アタシの事、嫌いになった?」
「嫌いも何も・・・まだ僕はアスカに好きだって言ってないよ。」
うつむき、悲しそうなアスカ。きっと、別れの言葉を予想しているのだろ。
「だから、改めて・・・好きだよ、アスカ。こんな、君に助けられてしまうような情けない男だけど・・・」
「そんな事無い!!・・・初めて出逢った時、すっごく格好良かった・・・あの時から、アタシもシンジの事が好きなの・・・」
呆気に取られたようにたたずむ三人の忍者を彼女が睨む。
すると、忍者達は(余談だが、彼らの名前はトウジ、ケンスケ、カヲルという)音も無く消えた。
気を取り直し、アスカは告白を続ける。
「我侭なお姫様が嫌いじゃないなら、これからもつき合って、シンジ・・・」
「言ったでしょ?嫌いじゃないどころか、好きだよ。大好きだ。」
「嬉しい・・・」
ぽろぽろと涙をこぼす鬼姫。
「泣かないで、アスカ・・・」
「シンジが、ぎゅってしてくれたら泣かない」
ぎこちない動きで、シンジは恋人のリクエストに答える。
見つめ合う、少年少女。
やがて、彼らの唇と唇が近付いて・・・
−8−
仲睦まじいこの少年少女の熱愛ぶりを、年長者は微笑みみつつ歓迎した。
後に、彼らは周囲の予想通りに結婚する事となる。
惣流家にはアスカ以外に跡継ぎが存在せず、シンジは入り婿として、瓦判に『世紀の逆玉!!』と騒がれた。
運命的な出逢いから数年後の事だった。
結婚し、将軍職を受け継いだアスカは、その後も回りが羨むほどにシンジとの熱く甘い愛を育む。
後世に彼女が『甘え坊将軍』として語り継がれるのは、また別のお話。
後書き
『悪徳商人友の会チャット』にて、タイトルのみの電波を受信したのだ執筆のキッカケでした。
書き上げて、一言。
「タイトルだけで、書くのは辛い・・・」
以上っす。
小説地獄へ
トップページへ