北風


A Prat

aosen


「ただいまぁ〜」

うぅ、寒い・・・

後ろ手に玄関のドアを閉め、鍵をかける。

「お帰り。」

リビングの方から母さんの、外の気温とは正反対の暖かい声が聞こえてきた。

靴を脱ぎ、それを靴箱の中に押し込むと、鞄を起きに自分の部屋へと向かう。

「すぐにご飯ですからね。」

それは有り難い。

「うん、わかった。」

僕は、自分の部屋に入ると、鞄を机の上に置き、着替えにかかった。



北風





「ごちそうさま。」

僕の名前は碇シンジ。そして、テーブルの反対側に座っている人が碇ユイ、僕の母さんだ。

「ちょっと待ってなさい、お茶を入れてあげるから」

そういうと、母さんは台所に向かった。

僕は何もする事が無いので、椅子に座ったままボーっとしている。

ボーっとしていると、色々な思いが頭をよぎる。

今日、学校であった英語の小テストの事。

友人のトウジ、ケンスケと遊びに行く約束をした時の事。

そして---アスカの事。

アスカは、綺麗になった。(昔も綺麗だったけど、最近特に)

ケンスケは、ニヤニヤしながら『彼女、恋をしているからね』と言った。・・・僕には、その言葉の意味が解らなかった。

そんなアスカを、授業中とか、なんでもない時に見つめてしまう自分に気がついた。

(アスカ、綺麗になったな・・・・ケンスケの言う通り、誰かに恋をしているのかな?)

ちく

(相手は誰だろう?)

ちくり

(三年の渚先輩かな?)

ちく

(それとも、美術の加持先生?)

ちくり

(僕って事は・・・ないだろうな・・・)

アスカの事を考えていると、何故か胸が痛くなる。

下校中に、『最近、僕がアスカの事を見つめている事が多い』とトウジにからかわれた。

「・・・うん。僕、アスカの事が気になるんだ。」

正直に言ったら、大笑いされた。

頭にきたので、何も言わずそのまま家に帰った。

回想がそこまで進むと、母さんがお茶を入れたカップを乗せたトレイを持って、リビングに戻ってきた。

「はい、シンジ。」

僕の前に、最近僕とアスカのお気に入りのアップルティーが入ったカップが置かれる。

カップから立ち昇る、良い香りと湯気に顎をくすぐられていると、心が落ち着いた気がした。

「ふぅ・・・」

一口紅茶をすすり、そっとため息をついた。

「シンジ・・・悩み事しているでしょ。」

「うん・・・えっ、いや、その・・・」

いきなり核心を突かれた僕は、慌ててうなづいてしまった。

母さんは、ニヤニヤと笑みを浮かべて続けた。

「ひょっとして・・・アスカちゃんの事かな?」

な、なんで解ったんだろう?

「彼女、綺麗になったからねぇ・・・恋する乙女ってやつかな?」
ちくり

母さんの言った『恋する乙女』という台詞を聞くと、また心が痛んだ。

「うん・・・ケンスケもそんな事を言ってたよ。」

母さんは僕の二倍以上生きているから、僕の心のモヤモヤーーアスカの事が何故こんなに気になるのかーーの正体を知っているかもしれない。

そう考えて、僕は母さんに相談する事にした。

「あのさ、母さん。」

「なに、シンジ。」

「最近、アスカの事が気になるんだ。

授業中でも昼休みでも、ずーっとアスカの事を見てしまう。

『アスカが恋をしている』って聞くと、その相手が知りたくて、いてもたってもいられなくなるんだ。

今も、出来る事ならアスカに逢いたいし・・・

変なんだ、僕。アスカの事を考え始めると、止まらなくなるんだ。

いままで、こんな気持ちになった事無かったのに・・

僕は、一体どうしたんだろう?」

心のモヤモヤの命じるまま、あまり言葉を選ばずに言った。

言い終わった後で、やっぱり僕は変だと思った。

変になってしまった。

今日何度目か解らないため息をついた。

母さんは相変わらず、ニヤニヤしながら僕を見ている。

「うふふ・・・これは重傷ねぇ。」

「うん・・・」

「シンジは病気なのよ。・・・『お医者様でも草津の温泉でも直せない』っていわれている病気。」

「それって・・・」

すっかり冷たくなった紅茶を飲み干す母さん。ニヤニヤ笑いを、優しい慈しむ様な微笑みに変え、僕に言った。

「そう、恋の病。シンジはアスカちゃんに恋しているのよ。」

良く解らない気持ち。

自分が自分で解らなくなる気持ち。

相手の事を想ってていると、胸が痛む。

これが・・・恋?

「恋、なの?」

そうよ、と言って母さんは僕の手を握った。

「その子の事を想うと、心のバランスが取れなくなるのが恋愛。

カッコつけて上手くやっているうちはまだ本当じゃないの。

それはまだ、相手より自分の心を大事にしているって事よ。

心のバランスが崩れる程の人に出逢った。

だから『心を奪われる』って言うのよ。」

「そうか・・・そうなんだ・・・」

僕は、アスカに恋をしていたのか。

「そうよ・・・後は自分で考えなさい。

これから、どうしたいのか。

どうするのか。」

「うん・・・」

心のモヤモヤが、晴れたような気がした。

「シンジ、頑張りなさい。

結果がどうであれ、悔いの残らないようにね。」

「うんっ!母さん、ありがとう!」

僕は母さんに感謝しつつ、リビングを後にした。







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