北風
C Prat
僕の住む街に、今年初めての雪が降ったあの日から、三週間が過ぎた。
そして、明日はアスカの誕生日。
小遣いを叩いて買ったプレゼントは、日持ちのする花束と小さなペンダント。
そのペンダントのトップ部分はロケットになっている。
ココに、僕の写真が入れば良いなぁ・・・
そんな事を考えながら、僕はお風呂に入っている。
すこし温めのお湯で、しっかりと体を暖める。
折角のアスカの誕生日に、風邪なんか引きたくない。
何となく念入りに体を洗い、頭をシャンプー、リンスする。
この前降った雪みたいに白い泡を流すと、もう一度湯船につかった。
アスカの、今年の誕生日は日曜日だ。
緊張して(だって、今日はアスカに告白するんだよ!?)あまり眠れなかった僕は、朝の七時に目が覚めた。
顔を冷たい水で洗って、歯を磨いていると、いつの間にか父さんが横にいた。
「おはよう、シンジ。」
「おはよう、父さん。」
鏡越しに視線を合わせて挨拶。
「今日は早いな、シンジ。」
自分専用のフェイスタオルを用意しながら、父さんは言った。
歯を磨く手を一旦止めて、僕は答える。
「父さんこそ。今日は会社があるの?」
「・・・いや、なに、お前が一世一代の大博打に出ると母さんから聞いてな。」
母さんめ、父さんに話したな・・・
「そうだよ・・・悪い?」
鏡越しではなく、僕は父さんに向き直って睨みつけてやる。
「・・・」
ニヤニヤと笑う父さん。返事は無い。
僕が歯を磨き終わり、洗面所を出て行こうとすると、
「グッドラック、馬鹿息子。」
と、父さんの声が聞こえて来た。
僕は振り返らずに、右手を上げて答えた。
時間は遅々として進まなかった。僕がアスカと会う約束をした時間までは、長く、遠く感じられた。
ゲームをして時間を潰す気にもなれず、かと言って宿題をする気に
もなれない。
僕は、前々から準備していた物やら計画やらの最終点検をする事にした。
まず、物。
はき慣れたチノパンと、着慣れた黒い長袖のシャツ。その上から去年のクリスマス・プレゼントに父さんに買ってもらったスタジアムジャンパーを着る。足元は、今年の僕の誕生日にアスカがくれたバッシュだ。
色とりどりの花束は、まだ良い匂いをさせているし、ペンダントのケースにかかっているリボンも型くずれしていない。
次に、計画。
彼女の好きな夕日が良く見える様、この辺りじゃ一番見晴らしの良い公園に呼び出してある。さらに、今日は晴れていて、僕が告白する予定の時間には綺麗な夕焼けが見られる事だろう。
服、カンペキ!!
プレゼント、カンペキ!!
時間と場所もカンペキ!!
後は、運を天に任せるしか無い。
完全に暇を持て余した僕は、約束の時間までたっぷり二時間はあったけど、出かける事にした。
公園まで、散歩がてら遠回り。
大通りを歩いていると、色々な人が目に止まる。
取り分け目を引いたのは、幸せそうに歩いているカップルたちだ。
手を繋いでいるカップル、腕を組んでいるカップル。
そんな人たちとすれ違う度に、僕は彼らを羨ましく、微笑ましく感じた。
いきなりは無理だろうけど、僕もアスカとあんなふうにして歩きたいな・・・
そう思うと、なぜか顔がニヤけてしまう。
花束が揺れる度、花と花が擦れてかさかさと音を立てる。
スタジアムジャンパーの胸ポケットに入っている、ペンダントケースの感触。
色々な店から流れてくる、流行りのシンガーが歌う幸せなクリスマス・ソング。
そういうモノに勇気づけられながら、僕は公園へと歩いた。
太陽は紅い夕日に姿を変えて、僕を優しい光で包んでいる。
はやる気持ちを抑えて、公園の中を行く。
アスカを呼び出したのは、公園の高台にある小さなベンチの前。
そこへと続く階段を、ゆっくり、ゆっくり登る。
腕の時計を見ると、約束の三十分前を指していた。
辺りに人影は無く、もちろんアスカも居ない。
緊張しているのだろうか、喉がカラカラに乾いている事に気付いて、近くの自動販売機で暖かいココアを買って、喉を潤した。
北風に晒されて冷たくなった手に、ココアの缶は熱く、火傷をしてしまいそうだった。
ココアを飲み終えて、缶をクズカゴに放り込むと、僕の体はすっかり温まった。
もし、アスカの手も冷たくなっていたら、ココアで温まった僕の手で風から守ってあげよう。
そう、思った。
「シンジ、お待たせ。」
気が付くと、目の前にアスカが立っていた。
物思いに耽っていたおかげで、彼女が来た事に気付かなかったらしい。
「うぅん、ぜんぜん待ってないよ。」
まるで用意しておいたみたいに、台詞がスラスラと出てくる。
我ながら、びっくりだ。
アスカは沈みかけの太陽と、それに紅く染め上げられた街を眩しそうに眺めながら呟く。
「綺麗ね・・・とっても贅沢な風景・・・」
・・・じゃあ、その贅沢な風景とアスカをいっぺんに見ている僕は贅沢過ぎるかもね・・・
くるり、と振り向いてアスカは僕を見た。
「で、何よ、用件は。」
口調はそっけないけど、彼女は微笑んでいる。
僕はベンチから立ち上がり、花束を渡しながら言う。
「ハッピーバースデー、アスカ。」
「さんきゅ・・・アンタにしちゃ、気が利くじゃない。」
花束を受け取り、嬉しそうにアスカは笑った。
「もう一つ、プレゼントがあるんだ。」
スタジャンの懐からペンダントケースを取り出して、大きく深呼吸する。
「あと、聞いて欲しい言葉も。」
「・・・何?」
僕は、もう一度深呼吸して、口を開いた。
「アスカが、好きなんだ・・・つき合って欲しい・・・」
告白する前は、言えるかどうか心配だった言葉は、案外すんなりと出て来た。
・・・言った。
・・・言えた。
・・・言ってしまった。
頬と耳が赤くなるのが自分でも判り、告白した事よりもその方が恥ずかしく感じる。
ある程度冷静な思考とは裏腹に、心臓は早鐘のように脈打っている
冷たい北風が僕らを撫でると、彼女からの答えが返って来た。
「ごめん、シンジ・・・アタシ、アンタの事を幼馴染みとしてしか見れないよ・・・」
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