北風
D Prat
オサナナジミトシテシカミレナイ。
彼女の、拒絶のコトバ。
ある程度の覚悟はしていたけど、やっぱりショックだった。
僕の世界から、『現実感』が消えていく。
目の前の夕陽も、アスカの持つ花束も、そして彼女もなんだか作り物に見える。
「これからも、良い友達でいてね。」
申し訳無さそうに微笑みながら言う彼女。
フラれたばかりだというのに、その笑顔に魅了されてしまう。
「うん、そうだね・・・・・」
僕は、そう答えるしか無かった・・・
それから。
今までの人生の中で一番暗い気持ちで帰宅した僕は、自室に入るとスタジャンをハンガーに掛けてベッドに寝転がった。
「はぁぁぁぁぁ・・・・」
そんなに長く生きているワケじゃ無いけど、今日はため息の数が一番多いだろう。
「何、一人で舞い上がってたんだ、僕は・・・」
天井を見ている僕は、まばたきが出来なかった。
目を閉じると、涙がこぼれてしまいそうだから。
「・・・もう、どうでもイイや・・・」
シャツの袖で目尻を拭い、僕は眠る事にした。
本当にもう、どうだってイイや・・・
次の日、アスカは僕を起こしに来なかった。
寂しいと思う反面、彼女と顔を合わせなくて良い事にホッとしている。
目が覚めたのが授業開始5分前だった事と、死ぬ程気分が悪い事を理由に、今日は学校を休む事にした。
昨日は早く寝たけれど、15分おきに目が覚めてしまって、まったく疲れが取れなかった。
眠りに落ちる度、僕がアスカにフラれた時の光景を夢に見るからだ。
今の僕に、これ程効果的な拷問は無いだろう。
寝グセがついた髪を直さず、リビングで冷たい水を飲む。
「おはよう、シンジ。」
「おはよう、母さん。」
「朝ご飯、早く食べちゃいなさい。・・・その後、ちょっとお話がありますからね。」
温かいミルクで、トーストの最後の一切れを流し込むと、僕は席を立とうとした。
「お話があると言ったでしょう、シンジ。」
僕は無言でイスに座り直す。
「あなた、フラれたでしょう?」
母さんの言葉に不快感を刺激された僕は、好戦的な気分で言い返した。
「『女の子は彼女だけじゃない』とか『時間が解決してくれる』なんて、月並みな慰めならいらないよ。」
精一杯、悪びれた表情と不機嫌な声を作る僕。
「そんな事は言わないわ・・・で、もうアスカちゃんを諦めちゃうのかしら?」
・・・母さんは、一体何が言いたいのだろう?
「だって、しょうがないじゃないか・・・『幼馴染みでいましょう』って言われたんだよ?」
「『キライ』とは言われなかったんでしょう?」
「だから、それがどうしたって言うのさ!?」
話の内容が見えて来ない僕は、声を荒げた。
「一回フラれたくらいで諦めちゃ駄目だって事よ。シンジ、あなたの父さんが私に何回フラれたか、知ってる?」
「はぁ?」
僕は、呆気にとられた。
父さんが母さんにフラれただって?
「最初の告白されたのが、中学二年生の時、あなたと同い年ね。それからは、毎年私の誕生日になると告白して来たわ。」
「・・・それで?」
母さんは、懐かしそうに、でもちょっと恥ずかしいそうに微笑みながら話を続けた。
「あの人は、いつでも私だけを見て、私の事だけ考えてくれていたわ・・・私の悩みの相談相手になってくれたし、私に悲しい事があると、真っ先に駆けつけてくれた・・・」
「・・・」
し、知らなかった・・・
「二十歳の誕生日にね、また告白されたの。その時、思ったわ・・・『私の事をここまで愛してくれる人は、この人だけだ』ってね。」
「それで・・・結婚したの?」
「そうよ・・・ま、『一途な愛を持った男性』と言えば聞こえは良いけど、アレは半ばストーカーね。」
けらけらと笑いながら、母さんは言葉を続けた。
「だからね、シンジ・・・一回フラれたくらいで諦めちゃ駄目よ。相手が結婚するか、死んでしまうまでチャンスは有るから。」
「そうだね、母さん。」
昨日のあの出来事以降、僕の五感から消えていた『現実感』が戻って来た。
父さんがやった事を、僕も僕なりに真似てみようと思う。
なんだか、力が湧いてくるような気がした。
『一人よがり』な決心な事は判っているけれど、今の僕が立ち直るには目標が必要なんだと思う。
アスカのココロを手に入れる、という目標が。
「ま、嫌がられない程度に頑張りなさい、、シンジ。」
「うん!」
僕は、立ち直った。
時の流れとは偉大なモノで、あれからギクシャクしていた僕とアスカの関係は僕が告白する前の状態まで戻っていった。
とりあえず、僕は色々な事を頑張ってみた。
まずは、勉強。
いつでも彼女の側に居る為には、同じ学校に通っていた方が何かと都合が良い。
『女子高に入られたらどうしよう?』と内心ビクついていたけど、アスカは共学の進学校に入った。
ココは偏差値も高く、僕の今までの成績では合格は無理そうだったけど、生まれ変わった僕は死ぬ気で受験勉強して、首席合格を果たした。
次に、スポーツ。
外見通り、運動が得意では無かった僕は、高校入学と同時に水泳部に入部した。
進学校なだけあって、部活はあまり盛んでは無かったけれど、自分のペースで体力を付けられるのが嬉しかった。
雑誌の広告風に表現すると、『貧弱なボーヤ』だった僕も、身長と筋力だけは人並以上になった。
外見。
180cm後半まで伸びた身長と、母さん譲りの容貌のおかげで、女の子には人気があるようだった。
人気がある事に悪い気はしないけど、はっきり言ってあんまり得意じゃない。
いつだったか、後輩の子に
「碇センパイって、まるで少女マンガに出て来るヒーローみたいですよね。欠点が無いんですもの!!」
と言われた。
「あはは・・・でも、僕はそんな格好良いヤツじゃないよ。昔フラれた女の子に振り向いて欲しいから、色々努力しているだけの、未練がましいヤツなんだ。」
と答えたら、
「それですよ、それ!!あぁ〜・・・ストイックで格好良い〜」
と、瞳をウルウルさせていた。
・・・そんなに格好良いモンじゃないんだけどな、と、心で苦笑する。
こんな感じで、僕は『成長』していった。母さんや、事情を知っている女性たち(従姉妹とか、昔のクラスメイトの一部とか)に言わせると、かなり順調らしい。
とても充実した高校生活だけれど、嬉しい事ばかりじゃ無かった。
結局、中学三年、高校一年、高校二年のアスカの誕生日は、アスカにフラれている。
彼女は彼女で、誰かに告白したらしく、その男性とつき合ったりしていた。
アスカとその男が腕を組んで歩いている所を見た日、僕は生まれて初めて『ヤケ酒』を飲んだ。
それから半年後、アスカとその恋人が別れた時に、アスカは泣きながら僕に電話を掛けてきた。
曰く、「すぐに来て」と。
彼女は、まるでこの世の終わりが来たみたいな顔で涙を流しながら僕に抱きついてきた。
「ぐぅ・・・うぅぅ・・・シンジぃ・・・フラれちゃったよぉ・・・」
君も、昔僕をフッったんだよ、と少し意地悪なな気持ちになったけど、全身全霊で彼女を慰めた。
アスカにこんな悲しい想いをさせた男を激しく憎むと同時に、彼女がフリーになった事を喜んでいる自分がイヤだった。
この事件の二ヶ月後。
高校最後のアスカの誕生日がやってきた。
12月4日。僕はアスカの誕生日の恒例行事になっている『告白』をする為に、彼女に電話を掛けた。
「いつもの公園で待ってるから・・・うん、時間も同じ。」
「うん・・・」
僕も彼女も平坦な声で会話を済ませる。
自分の机の、鍵のかかる引き出しにしまってある、僕が初めて告白する時に渡せなかったペンダントケースを取り出して、コートのポケットに入れる。
「今年こそ、受け取ってもらうよ、アスカ・・・」
そう独り言ちると、僕は部屋を出た。
公園に向かう途中にある、もう顔馴染みになっってしまった花屋で、今年も花束を買う。
店員のおばさんが
「いつもこの日に来るわねぇ・・・頑張んなさいよ!」
と言ってくれた。
その言葉に勇気付けられた僕は、『あの日』と変わらない夕陽の中、いつものベンチがある高台へと続く階段を登る。
高台に到着すると、いつもと同じ景色の中に一つだけ変化があった。
僕より早く、アスカが来てベンチに座っていた。
腕時計に目をやると、まだ約束の時間の15分前だ。
「今年は早いね、アスカ。」
手をひらひらと振りながら、僕は彼女の元へと歩く。
無言でうつむいたままのアスカ。
僕は、彼女の隣に腰掛けた。
「ハッピーバースデー、アスカ。」
花束を渡す僕。
じっと黙っていた彼女が、口を開いた。
「ねぇ・・・何でアタシなの?」
「何でって・・・何が?」
「毎年、毎年、誕生日になると告白して・・・アタシの何処が良いの?」
アスカは、地面を睨みつけたまま言った。
「さぁ・・・僕にも、よく判らないや・・・」
偽らざる、素直な気持ちで答えた。
彼女を想って、眠れない夜を過ごした。
彼女のちょっとした仕草で、僕はワケも無くドキドキしたり、彼女が悲しそうにしていると、それだけで僕もイヤな気分になる。
この不可解な気持ちを、『恋』と表現する以外に僕は術を知らない。
「でも・・・ハッキリと判るのは、僕がアスカが好きだって事。」
ニコリと笑いながら、通算五回目の告白をした。
「アンタ、結構女子に人気あるのよ・・ラブレターだって、貰った事あるでしょ?・・・何でいつも断ってるの?アタシよりも、可愛くて性格の良い子もたくさんいるじゃない・・・」
ちょっと照れ笑いしながら、答える。
「僕にはもったいないくらい、綺麗な子に告白された事もあったよ・・・頭も良いし、料理も上手だった・・・でも、ね」
「でも・・・何よ?」
僕から彼女の表情は見えないけど、声は不機嫌そうだった。
「でも、その子はアスカじゃ無かったんだ・・・他の女の子にいくら好かれても、僕は嬉しく無い・・・アスカが好きなんだ・・・アスカじゃなきゃ、駄目なんだ・・・」
ぽとり、と何かが地面に落ちた。
堅く均された土に黒い染みを作るそれは、アスカの涙だった。
次々にこぼれ落ちていく涙に驚いた僕は、慌ててハンカチを差し出す。
「どうしたの、アスカ・・僕、何か変な事言った?」
「うぅ・・・アンタ、変よ・・・こんな、アタシの事・・・」
僕は、アスカに告白した事を後悔した。
この前までつき合っていた恋人にフラれて、情緒不安定になっている彼女に告白するなんて、どう考えったってフェアじゃない。
「泣かないで、アスカ・・」
背中を、優しく撫でてやる。
「アタシが・・・誰か側に居て欲しい時には、必ずアンタが居てくれた・・・嬉しい時も、悲しい時も・・・」
「うん、アスカが暗い顔をしてるのは似合わないから、落ち込んでる時は慰めるし、楽しい時は一緒にその気持ちを分かち合いたいから。」
「高校に入ったら、急に格好良いくなるしさ・・・」
「まぁ、努力したからね・・・アスカに振り向いて欲しいから。」
アスカは落ち着いたのか、もう泣いていない。
僕のハンカチで、ゴシゴシと目尻を拭う。
「・・・あの・・・今年の返事、急がなくて良いよ。ごめんね、アスカが失恋したばっかりの所に告白するなんて、フェアじゃないよね・・・」
「うぅん、良いの・・・アタシの事を、ずっと考えて、見てくれている人は誰なのか、よく判ったから。」
「え?」
例年とは違う展開に、僕は驚く。
「・・・そこまで想われてるんじゃ、仕方無いわね・・・つき合ってあげるわ、シンジ!」
ちょっと後ろめたい気もしたけど、アスカがその気になってくれたのなら、異存は無い。
・・・・・・
長く、険しい道のりだった・・・・
苦節5年、ついに僕の願いは叶ったんだ!!!
「ありがとう、アスカ・・・」
今までの思い出が、走馬灯のように甦る。
辛かった事、嬉しかった事、その全てが僕を祝福しているみたいだった。
「・・・それにしても、アンタて一途よね・・・もし、アタシがアンタの想いに答えなかったら、どうするつもりだったの?」
苦笑いする僕。
「十年でも、二十年でも・・・頑張るさ。」
クスクスと笑うアスカ。
「それって、ストーカー?」
僕も、釣られて笑う。
「そうかも・・・」
「ま、いいわ・・・受け取ってあげるから、もう一つのプレゼントを出しなさいよ。」
今まで、ずっと渡せなかったプレゼント、ペンダントが入ったケーズを取り出す。
「はい、アスカ。」
ちょっと震えている僕の手を、優しく握る彼女。
「なぁに緊張してんのよ、バカシンジ!」
そして、アスカはプレゼントを開ける。
「ペンダントだぁ・・・ありがと。」
五年前に僕が想像していた笑顔より、ずっと綺麗な笑顔を見せてくれるアスカ。
「ねぇ・・・付けてよ。」
「え?」
アスカの言葉の意味が判らず、僕はキョトンとしてしまう。
「外見は良くなっても、鈍感なのは相変わらずね・・・」
意地悪そうに笑っているアスカ。そんなアスカにすら、僕はときめきを感じる。
「ペンダント・・・アタシに、アンタの手でつけなさいよ・・・」
「うん・・・」
おずおずとペンダントを受け取る僕。
ジョイント部分をそれぞれの手に持って、アスカの首に回した。
「ちょっと・・・遠回りしちゃったかな・・・?」
慣れない作業に戸惑っている僕を見つめるながら、アスカが呟く。
「そうかもね・・・じゃあ、これから取り戻そうよ。過ぎていった時間を、さ・・・」
指先から伝わる微かな手応えが、僕にジョイントがはまった事を告げた。
「キザな台詞言ってくれちゃって・・・」
アスカを抱き締めている格好の僕。
彼女が、自分の額を僕の額をくっつけた。
コツン、という僅かな衝撃が僕の心を痺れさせる。
「好きだよ、アスカ・・」
・・・そして、僕は五年の間、夢にまで見た少女の唇の味を知った。
END
はい、イケシメンです。
今回は、Cの「引き」がアレだったので、かなりドキドキしていました(笑)
カミソリメールはイヤですからねぇ・・・・(爆笑)
今回のテーマは、『一途な愛』です。(あと、女の子に「都合がいいシンジくん」)
ちょっと方向を間違うと、ストーカーになってしまう所ですが、シンジ君は見事アスカさんのハートをゲットしました・・・
ま、正確に言うと
「シンジ君の想いに、アスカさんが妥協した」
んですねぇ。
所詮、恋愛なんてこんなモンです(爆)
「妥協した」アスカさんですが、そのうちシンジ君の事を「愛」する
ようになるでしょう・・・
今回は、こんな所で・・・
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