超能力ロボハチ五郎外伝 その1
《バレンタインでゴクアク!》の巻
初春の寒い朝、ここは海山市立山ノ上学園高等学校。
『今日は2月14日、木曜日です。今日も一日、元気に過ごしましょう!』
朝の放送が学園中に響き渡る。
その日、極悪は浮かれていた。
彼にとっては生まれて初めてのバレンタインデー。作られてから間もなく、あまり学の
ない極悪ではあるが、なぜかそういうイベントは知っていた。
「ムフフ。いや〜、楽しみでゴクアクね〜♪ きっとおではこの学園でもモテモテのハズ
でゴクアク!」
彼は妄想していた。
クラスメイトの女子たちが我先にと自分の周りに殺到し、ハチ五郎ら男子から羨望の眼
差しで見られる自分を。
極悪は、自信に満ちあふれた表情、力強い足取りで教室に入って行く。
「いやァ〜諸君! オハヨウでゴクアク!」
ハゲシク手を振り、必要以上に足を踏み鳴らし、席に着く。
「何だよ、極悪。今日はずいぶん元気じゃねェか……。ヘヘッ、もしかしてお前も他の奴
らと一緒で浮かれてるクチかよ?」
ハム四郎がニヤニヤとした顔で訊いてくる。
ちなみに、極悪の前の席がハム四郎で後ろがハチ五郎。そして、極悪の隣が霞で、ハチ
五郎の隣がおさみである。
「ははッ、わかってしまったでゴクアクか♪」
無邪気な笑顔で答える極悪、自然と声も高くなる。
「まァ、確かにもらえるモンは貰っておきたいけどなッ。……でもよ、極悪はアテがある
のかよ?」
もっともな疑問をぶつけるハム四郎、だがしかし、まだ極悪は自信に満ちあふれている。
「なァ〜にを言ってるでゴクアクか、おでならトーゼン黙っててもあとからあとからチョ
コの嵐でゴクアクよ」
「ヘヘッ、まァ結果は明日にでも聞かせて貰うぜ」
浮かれ気味の極悪であったが、いつもならこのへんでチャチャを入れてくる男がいない
ことにやっと気付いた。
「そういえば、ハチ五郎はどうしたでゴクアク? もうすぐ授業でゴクアクが、まだ来て
ないみたいでゴクアクが?」
辺りを見回すが、影も形も見えない。後ろの彼の席にも荷物は置かれていない。
「あァ、オレも気になっててよ。霞とおさみも来てないしな」
「そういえばあの2人もいないでゴクアクね……?」
そのとき、チャイムが鳴り、それと同時にマリア先生が入ってくる。
「みなサ〜ン、オ〜ハヨ〜ございマ〜ス。シュッセキをとるワヨ〜? エ〜、アカイライ
く〜ん? ……ハイ。エ〜…………」
すぐに、極悪の番がやってくる。
「超極悪く〜ん?」
「ハイ、ハーイでゴクアク」
極悪の次はもう、ハチ五郎である。
「超能力ロボハチ五郎く〜ん?」
「……は、ハイで、ロボボッ……」
いつの間にか来ていたのか、極悪はすぐに振り返る。そこには息も荒く、顔も真っ赤、
体のあちこちから湯気を上げているハチ五郎の姿があった。
「どど、どーしたでゴクアク?」
「な、何でもないロボ。ちょっと超能力で透明になってただけロボ……」
それだけ言って、ばったりと机に倒れ伏す。
「変なヤツでゴクアク……」
そして、授業が始まった。
あっという間に午前中の授業が終わり、昼休みが過ぎ、午後の授業も最後となった。
極悪の朝のあの自信は、不安に変わっていた。
「お、おかしいでゴクアク、昼休み誰も来なかったでゴクアク……。ハム四郎はあんなに
モテモテだったのに……」
ハム四郎は同級生はもちろん、上級生や下級生にも大人気で、『へヘヘッ、こいつァト
ラックでもなきゃ持って帰れねぇな』などとほざき、鼻の下を伸ばしていた。
「ボストロールのヤツでさえ、貰っていたでゴクアクのに……」
棍棒に獣皮の貫頭衣といういでたちの、ほとんど旧石器時代なみの彼に先を越されてし
まったのは極悪にとってもショックであった。
「ま、まァ本番はこれから、放課後に期待でゴクアク!」
間もなく、最後の授業も終わり、学校中がにわかに騒がしくなる。
『今日も一日、お疲れさまでした。これから部活動の人、頑張ってくださいね!』
放送が流れる。そして生徒たちが一斉に動き出す。あちらこちらで男女の会話が交わさ
れている。なかなかみんな、大胆で積極的、自由奔放、若さ爆発、安さ爆発、元気爆発な
感じで盛り上がっていた。
そんな中を極悪は校門に向かってソワソワと歩いていた。だが、誰も(女の子は)極悪
には近づいてこない。
「み、みんなどうしたでゴクアク!?早くしないとおでは帰ってしまうでゴクアクよ?」
ブツブツと独り言を言いながら、このままでは何事もなく学校から出ることになってし
まうと思い、一度、校内を一周してみることにした。
しばらく歩いて体育館裏。
そこに見知った人ならぬ、ロボット影を見つけた。午後の授業には姿を見せなかったハ
チ五郎であった。
「ハチ五郎、こんなところでどうしたでゴクアク?」
声をかけられたハチ五郎は驚いて、あたふたと草むらに隠れる。
「お、おででゴクアクよ。そんなに驚かなくてもいいでゴクアク」
極悪であることを確認したのか、そろそろとハチ五郎が出てくる。
「ホ、ホントに、ひ、一人ロボか? オレのことをおびき出したわけじゃないロボな?」
キョロキョロと辺りを見回し、周囲を警戒する。
「俺は追われているロボ……おさみと霞に……」
小声で、そう言う。
「おおッ、バレンタインのことでゴクアクか? う、うらやましいでゴクアク……!」
「バ、バカッ! 声が大きいでロボ、静かにするロボ……ッ! 極悪はあの二人のことを
全然わかってないロボ……、あいつらがどんなに恐ろしいか……」
なんだか、ハチ五郎の顔は青ざめている。
「どういうことでゴクアク?」
一つ大きな深呼吸をし、ハチ五郎が語り始める。
「オレのバレンタインデーはピンチの連続ロボ……。まず、一昨年はマグナムで体に直接
チョコを撃ち込まれたロボ……。だいたい20発ほどロボね、背中にはまだ弾痕が残って
いるロボ。それから去年は大量のチョコレートを溶かした、巨大な溶鉱炉の中に突き落と
されたロボ……。あれは装甲の92.7%が溶けて危なかったロボ。他には、ガソリンの
代わりにココアを流し込まれたり、ドラム缶にチョコレート詰めにされて東京湾に沈めら
れたり、カカオ農場で一年間タダ働きさせられたりしたロボ。今年はもっと恐ろしいこと
になるロボ。きっとあいつらはオレのことを殺す気ロボ……」
ハチ五郎の額には大量の汗が浮かび、全身はがたがたとふるえている。
「そ、そうだったでゴクアクか、なかなかバイオレンスでゴクアク……。それで朝から逃
げていたでゴクアクね?」
「そういうことロボよ……。それじゃ、オレはまた逃げるロボ。極悪もチョコレートなん
か期待しないほうがいいロボ、平和が一番ロボ。じゃ、また明日……」
そう言い残し、ハチ五郎は森の奥へ消えていった。寂しい、後ろ姿だった。
「あいつも結構大変でゴクアクね……。まァ、無事を祈るでゴクアク」
外はもう、一回りしてしまったので再び校舎内に戻る極悪。まだまだ彼はあきらめては
いなかった。彼の動力源は執念、怨念などの呪いなのである。
しかし、そんな彼の期待とは裏腹に、誰もが極悪などいないかのように素通りして行く。
そして、時間だけがむなしく過ぎていき、居残っていた生徒もほとんど帰ってしまった。
気が付くと、もう昇降口まで戻ってきてしまっていた。
「ま、まずいでゴクアク。このままではただむなしく孤独ロードを帰らなくてはならない
でゴクアク……」
もはや、チョコレートのことはほぼあきらめていた。せめて、誰か知り合いはいないの
かと、辺りを見回す。すると、下駄箱の影に今一つ活躍の場を与えられない、地味な若者
が立っているのを見つけた。なんだかいつの間にか味方チームの一員になっていた男、オ
ペレーターA(バイト)である。
「おおッ! オペレータA、まだ学校にいたでゴクアクか!?」
あくまでも嬉しさは隠して、トコトコと近づく。
「極悪さんッ! よかった、待ってたんですよ〜ッ! ううッ、もう皆さん帰ってしまっ
て一人で寂しかったですっ!!」
オペレータAは喜びを隠すことなく、極悪に向かって駆け寄り、抱きつく。嬉しさのあ
まりか、涙を流している。極悪はオペレーターAのあまりの反応にあわてて彼を自分から
引き離す。
「お、落ち着くでゴクアク!」
「ううッ、すみません。あんまり嬉しくてつい……」
「もしかして、お前もチョコレートを期待して居残っていたでゴクアクか?」
「そーなんです、でも全く……。極悪さんもですか?」
二人は全く、同じ境遇だった。極悪は急に彼に対して親近感が湧いた。
「……。今日は男二人、仲良く帰るでゴクアクか」
「はい、そーしましょう……。途中で鯛焼きでも食べていきましょうよ」
いきなり、親友となった二人。ちょっと、寂しい笑顔を浮かべながら並んで歩く。ふと、
気づいた極悪が校門を指さす。
「そうだ、もしかしたら校門の影でだれかおでたちのことを待ってる女の子がいるかもし
れないでゴクアクよ?」
「ハハハ、ありがちだなァ、極悪さん。そんなわけ……」
途中で、言葉が詰まる。
「あ、ありがちでゴクアク……。それに、このパターンは……?」
はたして、校門の横には制服姿の女の子が立っていた。もちろんこの学校の生徒である。
ラッピングされた小さな箱を両手で、胸のあたりに抱きしめている。二人に気付くと、ほ
ほを赤らめ、うつむいてしまう。その眼鏡をかけた美少女は二人に向かってゆっくりと、
うつむいたまま歩いてくる。
「あ、あのひとは放送部のアナウンスB子さん! 身長158センチ、体重はヒミツ。ス
リーサイズはB78、W57、H82。手芸が趣味で、好きなものは羊羹。演劇部の手伝
いでナレーターなんかもやってますね。落ち着いた感じでクリアーな声がステキです!」
「……ず、ずいぶんくわしいでゴクアクね。実はストーカーだったでゴクアクか?」
「とと、とんでもないですよ。ぼくはこの学園の関係者(男女問わず、教師も含む)の、
あらゆるデータを収集してるだけです。いざというとき、解説できないでしょ?」
「以外とマメなヤツでゴクアク……」
そして、少女は二人の目の前で立ち止まり、顔を上げる。
「あの……」
「ゴ……ゴクアク……」
「な、何でしょう……!?」
彼女の瞳は、オペレーターAに向けられていた。
「あの、オペレーターAさん……。これ……受け取ってもらえませんか?」
両手を、静かに差し出してくる。
「ビ、B子さんッ! こゥォれワは、ボォくにでデデでスかッ!?」
緊張のあまり、オペレーターAの言葉がおかしくなる。
「わたし……、初めて見かけたときから、ずっと……貴方のことが……」
B子はしっかりとオペレーターAのことを見つめている。
「か、感激ですッ! 喜んで、貰わせていただきますゥッ!!」
感極まったオペレーターA、無意識のうちに彼女をだきしめて泣き出してしまった。
「やッ! あ、あの、恥ずかしいです…………でも……」
なんだかいい雰囲気のようである。しかし、取り残された極悪はあ然としていた。そし
て、さっきまで抱いていたはずの親近感や、友情は一瞬のうちに消え去った。二人の友情
は早くも終わりを迎えてしまったのである。予期せぬ、裏切りによって。
「や、やっぱり、そーゆーパターンでゴクアクか……。ああ、ドーセそーゆーパターンだ
と思っていたでゴクアクよ。……ゴクアク、ゴクアクゥッ!!!」
水気を失い、カラカラにひからびてひび割れた皮膚(というか体の表面?)がなんだか
痛々しい。妙に軽い体がなんだか寂しい。ラブラブな二人を残して、ロンリーウルフな極
悪は夕日に向かって走り去っていった。
一縷の望みを帰り道に託していた極悪であったが、やはり、それも叶わぬ願いであった。
「はは。人間、いや、ロボット、こんなもんでゴクアクね……」
ひとりぼっちの極悪、超光石研究所の彼の部屋(庭に日干し煉瓦を積んだだけの家)で
今日一日を振り返っていた。
「一体この結果はどーゆーことでゴクアクか……?」
無い知恵を絞って考える。そして、彼はあくまで前向きな男であった。
「そ、そーか。まだまだおでの知名度がイマイチだったということでゴクアクね。ハハハ、
おでは生まれてからまだ5ヶ月しか経っていないでゴクアク。そう、そーでゴクアク、お
でのナイスガイぶりをみんなが知らないだけなんでゴクアク」
彼はもう、元気を取り戻していた。
「なァ〜んだ、そうだったんでゴクアク。そーと決まれば来年に向かってさっそく始動す
るでゴクアク。手始めにホワイトデーでゴクアク、ここでプレゼントの嵐を巻き起こすで
ゴクアク。ふーむ、オペレーターAから女の子たちの情報を聞いておいたほうがいいでゴ
クアクね。それから……」
不死鳥のように蘇り、立ち上がった極悪。瞳には炎が燃えさかる。
ポジティブナイスガイの極悪、お前の明日はどっちだ!
おわり