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ナントナク・ソレナリニ博士、大いに語る
大東亜戦争――昔はそう言った。
当時ワシは、軍属の秘密研究所だった中野坂上研究所に出入りしておった。
所長だった中野坂上先生は科学者としては間違いなく優秀じゃったが、
世間知らずというか、世間ズレしておらんというか、とにかく無邪気な人でな、
野良犬のようなワシでも出入りを許してくれておったんじゃ。
先生は甘党だったから、亀屋の月餅なんぞ持っていくと、
嬉しそうに迎えてくれたもんじゃ。ひゃっひゃっ。
無論ワシは科学なんぞに興味はなかった。
学位があると言っておったが、そんなものあるはずもない。
単に金の臭いがしたからうろついとっただけじゃ。
それに当時のあそこは胡散臭い連中がたくさん出入りしておったからのう。
やくざもんや山師崩れの連中が、なにか金になるもんはないかと、目を光らせておった。
学生も学生で、おかしな連中がたくさんおった。
一年中風呂にも入らず、虱をペットにして可愛がっとる奴もおったし、
飯を喰う金がないからと、泥を煮て喰っとる奴もおった。
まあやってる研究が人造人間の研究じゃったから、
おかしな奴がいるのは当たり前じゃな。ひゃっひゃっ。
中でも強烈におかしかったのが、イノウエじゃ。
とんでもない美男子でな。
白くてちっさい顔をしておって、どこぞの芸者にでもしたいような美人じゃった。
それがぼっさぼさの黒髪で目糞をこすりながら、眠そうにやって来るんじゃ。
ありゃあ妙な塩梅じゃった。
それだけで所内の様子が明らかに変わったからのう。
妙な色気というか、首を傾げて目を覗き込まれたりすると、ぞくぞくするもんがあった。
おまけに科学の才能は所内でも群を抜いておったわい。
勿論ワシはそんな奴ぁ大嫌いじゃ。
出会った瞬間から、親の敵に会ったかのように恨みつらみを抱いておった。
まあ本当に親の敵だったら、むしろ逆に感謝したかも知れんがのう、ひゃっひゃっひゃっ。
そうじゃ、ワシの親の話はしたかのう?
してないなら話してやってもいいが、どうやらその顔はしてほしくないみたいじゃな?
ひゃっひゃっひゃっ、構わん、構わん。
いずれ殺すが構わん。
今のがワシの才能じゃ。
人の顔色を見て、瞬時にその心理を理解できる。
特に、相手が嫌な顔をしたときは、すぐにそれとわかる。
どれだけ無表情を装ってもワシの前では無駄じゃ。
すぐに看破して、そこを攻め立てるからのう。
攻められれば相手は慌てて身を守ろうとするじゃろう?
だがそれこそワシの思う壺。そこですっと引き下がるんじゃ。
そして相手が守ろうとしたところを再び攻める。
そうやって揺さぶりを掛け続け、相手がぼろを出すのを待つ。
ぼろが出ればそこを攻める。
出なければ、出るまで揺さぶる。
しつこくしつこく、何度も何度も、延々とな。
すぐに怒り出す手合いも多いが、こっちにとっては好都合。
怒れば怒るほど、ぼろは出てくるもんじゃ。
そうやって相手が疲れ切ったところで、とどめを刺す。
それまでに判明した相手の最も弱い部分、それを言葉で抉る。
心臓を突き刺すのじゃ。
そうなれば、相手はワシに恐怖を抱く。
恐怖が続けば、いずれワシの言うとおりにするか、ワシを殺すしかなくなる。
そうやってワシは成り上がって来たんじゃ。
ところがあいつは違った。
ワシが何を言おうと、イノウエの奴はやんわりと流してしまうんじゃ。
そうなると今度はこっちが必死じゃ。
なんとか揺さぶりを掛けようとあの手この手で相手の弱点を探る。
そのことごとくが無駄になる。
やんわり流されてしまう。
むしろ困った顔をされてしまう。
ますますワシは焦る。
考えてみれば、そうやってワシはあいつにハメられたのかも知れんのう。
いつしかワシらはつるむようになっとったわい、ひゃっひゃっ。
その頃じゃったか、そのちと前じゃったか、研究所が閉鎖されてのう。
まあ戦争で負けがこんできたんじゃなあ。
あっさりなくなってしもうた。
イノウエの研究はまだまだ発展途上じゃったが、ワシは見込みありと見ておった。
なにしろ超光石理論の確立まであと少しのところまで来ておったからのう。
そこで二人でやってかんかと、あいつに持ち掛けたんじゃ。
あいつはびっくりしておったよ。
ひゃっひゃっ、そりゃそうじゃなあ、今まで何のかんのと因縁を付けて、
わけもなく喧嘩を売ってきた男が、急に一緒に商売をやろうと言い出したんじゃから。
でも結局あいつは、首を縦に振ったもんじゃ。
以来、あいつは研究、ワシは資金調達と、二人三脚を始めた。
そりゃあ始めは厳しいもんじゃった。
ワシが説教強盗同然にむしりとってきた金を、
あいつはただの石っころに注ぎ込んでしまうんじゃからなあ、ひゃっひゃっ。
しかもそれで作っとるもんが一銭の金にもならん。
こりゃ失敗だったかも知れんと何度となく思ったもんじゃよ。
じゃが、あいつが助手として妹を連れて来た頃から、にわかに運気が変わってきたんじゃ。
ワシはそれまで、花を見れば踏みにじり、子犬を見れば蹴飛ばし、
有名なセンセが書いた絵を見りゃ手鼻を飛ばしたもんじゃった。
綺麗だの美しいだの、そんなもんを感じる心はまったく欠落しておった。
歯の浮いた代物を見ると虫唾が走るほどじゃった。
じゃが、あいつの妹を一目見たとき、
ワシのそれまで見てきた世界が、がらりと変わってしまったんじゃなあ。
美人じゃったよ。
そりゃもうこの世のものとは思えんほどにな。
どんな男でも、それが子供だろうとジジイだろうと、
男じゃったらあの娘の前じゃ、ぽーっとなっちまう。
のぼせあがっちまう。
それぐらいの美人じゃった。
色が白くて、目がくりくりとおっきくてな、下から見上げられると脊髄がぞぞとするような、
そんな美人じゃった。ひゃっひゃっ。
じゃがな、ワシの世界観が変わったのは、そういうことじゃあないんじゃ。
生まれて初めて美というものを認識したとき、ワシは泣いたんじゃよ。
切なくて、悲しくて、その美がいずれ朽ちて果てることを思って、はらはらと、
ワシの頬を涙がこぼれたんじゃ。
いやいや、驚いたのはワシじゃよ。
人の弱点を暴いて抉り出して、それをそいつの目の前に吊り下げて、
嘲笑って踏みにじって、そうやって完膚なきまでに人を捻り殺して来たワシじゃ。
実際、ワシの言葉で何人も死んでおるよ。
それを何とも思わなんだ。
弱肉強食は世の常、そう考えておった。
そんなワシが自らの弱点を晒して泣いたんじゃ。
そして、この女のためなら何だってしようと決めていたんじゃ。
正気の沙汰じゃあり得んわい。
ものにしようとか、犯してやろうとか、そうしたことはこれっぽっちも考えなんだ。
本気でこの女に尽くそうと考えとったんじゃ。
ま、狂犬の野良犬が、急に忠犬になったわけじゃ。
美人を前にしてな、ひゃっひゃっ。
それからは三人六脚、ワシらは商売に励んだ。
丁度、戦争が終わった時期でな、金はなくとも勢いのある時代じゃった。
妹の発案で、超光石の冷却機関を利用したカキ氷機が売れてな、
それを応用した冷蔵庫はワシらのヒット商品になったもんじゃ。
そうそう、妹はとんでもない食いしん坊でなあ、
一度なんぞ従業員に買ってきた鯛焼きを全部ひとりで喰ってしまったこともあったんじゃ。
あれは当時のギネスを更新したとワシは確信しておるよ、ひゃっひゃっひゃっ。
まあ、そんなこんなで、エンジン部分を応用した洗濯機も売れたし、
視覚センサーを応用したテレビキャメラもそこそこ売れ、ワシらの商売は順風満帆じゃった。
ところが世の中は好事魔多し、上手くは続かないもんじゃ。
妹がな、兄貴のイノウエとできておったんじゃ。
なんじゃろなあ、まあ、ありていに言えば失恋なんじゃろうが、それとも少し違う感覚じゃったなあ。
海千山千の連中を相手に恫喝まがいの営業をして、一日中足を棒にして歩き回って、
それでようやっと夜中に事務所へ帰ってきて、
薄暗い部屋の隙間からその光景を見たときは、正直、何とも思わなんだ。
ああそうなのか、と思ったぐらいじゃな。
取りあえず、二人が直前に書き上げたばかりであろう人造人間の設計書がそこにあったでな、
それを持って事務所を出たんじゃ。
それでしばらく歩くうち、急に腹の底から笑いがこみ上げて来てなあ。
大声で笑ったもんじゃ。
泣きながら笑って顔を上げると、夜空に煌々と月が浮かんでおってな、
それを見て、素直に美しいと思ったんじゃ。
イノウエと再会したのは、それから数十年した頃じゃ。
ワシはそれまでの間、二人の設計書を元に人造人間を作ろうとしたんじゃが、
あまりに難しくてな、早々に放り出しておった。
で、口八丁の糞度胸、必殺の恫喝術で極道もんを束ねて、
財界と軍閥に強力なコネを築いておった。
そのパイプ役に納まって重鎮気取りでおったわけじゃ。
当時贔屓にしていた店があってな。
そこは一見普通の民家で、実は蕎麦屋なんじゃが、
もりそばひとつで、赤坂で飲み明かすのと同額という、ちょっとした店じゃった。
その店でワシらは再会した。
イノウエは宇宙安全保障軍開発部主任博士なんぞという肩書きじゃったが、
孫を連れておってな、人の良さそうな爺さんになっておったわい。
それで声を掛けて二人で蕎麦を喰った。
期待したわりに味のない蕎麦じゃったな。
再会を祝ってお互いの近況を報告してな、それからおもむろに妹はどうしてるか聞いたんじゃ。
するとあいつ、一瞬苦しそうな顔をして、亡くなったと言いよった。
すぐにわかったわい。
叶わぬ思いを苦に、自ら命を絶ったんじゃ。
イノウエの表情が読めたのは、そのときが初めてじゃった。
社交辞令を述べて別れたワシは、
側近に命じてあいつがいまだに研究してる超光石の研究書を盗ませた。
そして独学で技術を習得し、私財をすべて投げ打って完成させたのが、
ハチ五郎と極悪の二体じゃ。
ハチ五郎は、かつてイノウエ兄妹が作り上げた設計書を元に、
盗ませた最新の超光石研究を新たに加えて完成させた。
じゃが極悪はワシの完全オリジナルじゃ。
果たして優秀なのは、兄妹の遺児とでも言うべきハチ五郎なのか、
それともワシがひとりで設計した極悪なのか、それをワシは知りたかった。
無論、そんなもの知ったところで今更どうにかなるわけじゃない。
じゃが、それでもワシは知りたかった。
何かしらの決着を付けたかっただけかも知れん。
あるいは単に、自分たちの種を、生きた証を、何かの形で残したかっただけかも知れん。
いずれにしても、そうしてハチ五郎と極悪は生み出されたのじゃ。
ワシの手によってな。
ちなみに、かつてワシが盗んだイノウエ兄妹の設計書どおり、
忠実に作り上げられたのが、シン・オーツカの霞じゃ。
シン・オーツカは知らんじゃろうが、霞というのはイノウエの妹の名前でのう、実際よう似とる。
だからワシには作れなかったのかも知れんな。
ま、そんなわけで、あのロボットどもはそうやって生み出されたというわけじゃ。
イノウエが死んで随分になるが、いまだに決着は付いておらんのう。
ちなみに言うておくがの、この話、八割は嘘じゃ。ひゃっひゃっひゃっ。
追記
亡くなったイノウエ博士の孫で、身寄りのなかった春日某を、ソレナリニ博士は引き取っている。
その春日某の子が、後にワリト博士となるわけだが、公式設定他にそうした記述は一切ない。
完 |