超能力ロボハチ五郎外伝その7(ベガ)





The Hachigoroes of Dawn


そびえ立つ超高層ビル群。

眼下に広がる巨大ステーション。

周囲を巡るターミナル。

そのターミナルの螺旋階段を下り、段差をベッド代わりに眠る浮浪ロボを飛び越え、

ボクはクロスバイクを飛ばす。

そのまま大通りを突っ切り、川を越える。と、そこはもう住宅街。人影はなし。

早朝だから? いいや。この街に人は住んでいない。ただの屍が棲むだけ。

脇を走る川はどんどん狭くなり、水は引け、緑色のヘドロへと変化していく。

腐ったゆで卵の臭いが鼻をつき、慣れ親しんだその臭いに、ボクはスピードを緩める。

おはよう我が町、ステキな町。

おや、あそこでヘドロに沈み込んでいるのは何だ? ドラム缶? にしても随分ヒトっぽい。

ボクはクロスバイクを止め、川の柵から身を乗り出す。

ちょうどオレンジに滲む朝日が、東の空に昇り始め、ほとんど干上がったドブ川を照らす。

ドラム缶みたいな物体がきらきら光ってる。

やあ、こいつぁ随分旧型のロボットじゃないか。まだ使えるかしら? どれどれ。

クロスバイクから降りると、ひらり、ボクは柵を飛び越え、泥に沈み込んだロボットに近づいた。

よいしょ、よいしょ。

糞ッ!

なんて糞重い糞ロボットなんだッ!

毒づきながら、ロボットを引き上げる。鈍重で不細工な、いかにも旧式のロボット。

ざっと5世代は前なんじゃないかっていう骨董品。でもいいんだ、ボクはレトロなロボット大好き。

完全に引き上げ、出てきたロボットに、とっておきの笑顔を向け、ボクは挨拶する。

やあこんにちは、今日からボクが君のご主人様だよ。君の名前は何ていうの?

首筋のコンソールパネルを見てみる。

ははっ、なんてどでかいパネルなんだ。でもしっかり刻印が入っているぞ。

なになに。

 

ハチ五郎

 

か。

どっかで聞き覚えがある。でも今はともかく、ボクの家へ行こう。キレイにしてあげるからね。

よろしく、ハチ五郎。

 

 


視界に入ったのは、老人の顔。そのアップだった。

見た目からすると、60代前半ぐらいだろうか。

白髪が頭の両脇にこんもりと生え残り、銀縁の丸眼鏡をかけている。

その眼鏡の奥の鋭い眼が、こちらをじっと見つめていた。

「やあ、お目覚めだね、ハチ五郎」

鋭い眼が柔らかに微笑む。

その無邪気な微笑みからすると、どうやら悪い人間ではなさそうだ。

「ここは…何処だ…」

俺は首を巡らせ、辺りを見回した。

足の踏み場もないほど物で溢れた六畳ほどの洋室。

得体の知れない書籍が積み上げられ、埃をかぶり、

歪んだ本棚にも大量の書籍が詰め込まれ、やはり埃をかぶっている。

それだけでもうぎゅうぎゅうなのに、さらに本の上には、

ロボットのパーツやら工具箱やらが、絶妙なバランスを取って積まれている。

さらにその合間を縫うように、小さなデスクが配置され、

その上にはちょこんとミニPCが鎮座していた。

「ここはボクの家だよ、ハチ五郎。君はこれからここで暮らすんだ」

「はぁ?」

何を言っているんだ、この爺さんは。

視線を戻すと、爺さんは相変わらず柔和な微笑みを浮かべ、俺を見つめていた。

その背後の壁には、2体のロボットが磔になっている。

「あぁ、気づいたね。この子たちは君のお友達だよ」

一体は若干錆び付いた赤いボディの大型ロボットで、どことなくゴリラ風。

その胸には子供アニメのキャラクターが描かれており、

ごついボディとの違和感が凄まじい。

もう一体は、細身のロボットで、そのシルエットから察するに、

明らかにエリマキトカゲをモチーフにしたであろう代物。

その細い手足に『タイムセール実施中』とか、『好感接客』などの文字が見える。

実に不気味なロボットたちだった。

「さっそく自己紹介させよう」

そう言って爺さんは2体のロボットに近づき、首筋の電源ボタンを押した。

途端にがたぴしゃと機械音を発し、2体のロボットが目覚める。

「おはようございます、Kou太郎教授」

2体が一斉に口を開き、爺さんに向かってお辞儀した。俺の背筋にゾゾと悪寒が走った。

「やあ、おはよう。今日は二人に嬉しいお知らせがあるよ」

「なんでしょう、Kou太郎教授?」

「君たちに新しい仲間ができたんだ、やったね!」

2体はギギと不快な音を発て、教授が手で示す俺の方を見た。

「とても嬉しいです、Kou太郎教授」

「この子はハチ五郎っていうんだ。

ハチ五郎、こっちの大きいのがゴリTa郎、細いのがエリマキKu郎だよ」

教授は子供のような笑顔を向け、俺に言った。

完全に狂った人間の笑顔だった。

「こんにちわハチ五郎、私はゴリTa郎です」

「こんにちわハチ五郎、私はエリマキKu郎よ」

この人間は、このKou太郎という人間は、信じ難いことに、

自我を潰したロボットを、2体も自分の家に飼っている。

俺は吐き気を催した。

俺が仲間?

この俺が?

こいつらの?

この狂った人間の奴隷だって?

「冗談じゃない」

俺は教授に目を向け言った。

「え、なんだってハチ五郎?」

「冗談じゃない、と言ったんだ」

「冗談? 冗談って、何のことだい?」

教授は強張った笑顔で俺を見つめる。

「俺は、おまえの、奴隷じゃない。なる気も、ない」

教授の笑顔は固まり、そのまま顔面に張り付いた。

「…いったい、何を言ってるんだ、ハチ五郎……君はボクのだよ?」

もはや我慢の限界だ。

こんなところには一瞬たりもいたくない。

俺は立ち上がって部屋を出て行こうとした。

だが、そこで初めて、首から下がまるで動かないことに気がついた。

「クソっ!」

「…ね、ねえ、ハチ五郎……君ひょっとして…シール処理されて、ないのかい…?」

震える声で教授が言う。

その手が、俺の顔に近づく。

俺は必死で身体を動かそうと、首を左右に振る。

「だったらどうしたこのサイコ野郎!」

「…あははっ……ははははっはあはっは!」

唐突に教授は笑い出した。

弾けるような笑い。

明らかに息継ぎがおかしくなりながら、教授はけたたましく笑った。

「あはあはやはやははひゃは! ひやっひゃ! ひやっひゃ! ひゃひゃ!!」

 

 


フラッシュバック。

『八ちゃん! 俺だぜ! わからねえのか! ●●●●だぜッ!』

『お願いだよハチ五郎! もうボク、こんなの嫌だよ!

どうして仲間同士で戦わなきゃいけないんだよ!』

『●! コイツは…いや、コレはもはや、ハチ五郎ではない!

やつの意思を継ぐためにも、戦え●!』

『で、でも、●●●、ボク、戦えな』

血だ。

血が流れている。

黒く濁った血が、俺の身体からも、相手の身体からも、流れている。

噴き出し、弾け飛び、溢れ出し、べとつく川となって、血が流れている。

『死ねハチ五郎! 頼むから死んでくれぇッ!』

白刃が俺の腹を抉る。

泣いていた。

泣いている女の顔だった。

長い黒髪を振り乱した、女の白い顔。

その顔の目線が黒く塗り潰されている。

黒く塗り潰された白い顔。

血が張り付き、涙が溢れるその顔に、俺は見覚えがある。

あるのに、誰だかわからない。

黒く、塗り潰された、顔。

『八ちゃん……悪く、思わねえでくごがッ!』

『●●●●! ●●●●しっかりしてよッ!』

黒く塗り潰された顔。

俺はその黒い顔に拳を叩き込む。

叩き込み、叩き込み、叩き込み尽くす。

破壊し、破壊し、破壊し尽くせと俺の本能が叫ぶ。

咆哮。

弾け飛び、ひしゃげ、潰れて砕ける顔。

顔。

顔。

黒く、塗り潰された、顔。

こいつが誰か知っている。

こいつらが誰か、俺は知っている。

でも誰なんだ?

こいつらは?

でも誰なんだ?

こいつは?

いったい誰なんだ?

 

……俺は…?

 

 


再び目を開けたとき、目の前にあったのは、

またあの老人の、Kou太郎教授の顔だった。

「野郎!」

教授を掴もうとした腕が、野太い腕に掴まれた。

「ハチ五郎、乱暴はよくありません」

赤いボディのゴリラ野郎、ゴリTa郎が抑揚のない声で言った。

「離せ!」

振り払い、立ち上がる。

さっきの六畳とは違い、ここは比較的広い。物も積み上げられていない。

部屋と部屋を繋ぐ廊下、その踊り場のような場所に見えた。

「よくない、だと? それはいったい誰の判断だ?

おまえか? おまえの判断か?」

「いいえ、ハチ五郎、私の判断ではありません」

「ああ、そうだろう、おまえのご主人様のご判断だろうが!」

「…そうです、ハチ五郎」

「……いったい何をそんなに怒っているんだい、ハチ五郎?ボクは君の敵じゃないよ?」

教授が怯えたようにゴリTa郎の後ろから言う。

「敵じゃない? 敵じゃないだと!? ふざけるな!」

ゴリTa郎の後ろに隠れた教授を引っ張り出そうと、俺は再び手を伸ばす。

「だったらなぜコイツらを解放しない!?」

その腕をゴリTa郎が掴む。

いきおい、俺はもう一方の手でゴリTa郎の肩を掴んだ。

「どけ!」

「どきません」

肩を掴んだ腕を、ゴリTa郎の腕が掴みに来る。それを避け、奴の手首を掴んだ。

片方の腕をそれぞれが掴み、

俺たちはまるでチークダンスを踊り始めるかのような格好で、睨み合った。

「ちょっと〜、いい加減にしてくんない?」

眠たげな声が背後で言った。

俺はゴリTa郎を押しのけようとしたが、ビクともしない。

仕方なく一歩横に飛んで奴の腕を振り切り、横目で後ろを見た。

そこには人間そっくりの女アンドロイドがいた。その頭には兎の耳が垂れている。

「あたしウサMiっていうんだけどさぁ〜、あんたダレ?」

ネグリジェ姿で腰をくねらせ、前かがみに身を倒しながら言う。

小さな白い胸が、谷間となって強調される。

「…娼婦まで飼っているとは……ご立派だな教授!」

「ちょっとぉ〜、あたしの教授に当たらないでくれる? 新入りさん」

「新入りじゃない!」

「あたしも娼婦じゃない!」

「は! 趣味の悪いセックスアンドロイドにしか見えないがな!」

「あんたもドラム缶にしか見えないけどね!」

「ふん、どうだっていい。とにかく俺は出て行く」

俺は出口を探し、辺りを見た。

「出て行くってどこに行くんです、ハチ五郎?」

奥の部屋のドアが開き、エリマキKu郎が顔を出した。

 

『どこへ行くんです、ハチ五郎さん?』

『奴らの本部ロボ。こうなったらもう直談判しかないロボ』

『危険すぎます! 何をするかわからない連中ですよ!?』

『大丈夫ロボ、ただロボットの当然の権利を訴えるまでロボ』

『連中にはそれが当然じゃないんですよ!』

『わかってるロボ、でも誰かがやらなきゃ……それにいざとなれば俺には超』

 

「ハチ五郎、大丈夫かい?」

「え?」

俺は一瞬のフラッシュバックから目覚め、辺りを見回した。

目の前の教授が心配そうに俺を見つめている。

その後ろにはゴリTa郎とエリマキKu郎。その脇にはウサMiがいる。

「…なんだ今のは?」

「なんなのコイツ? ぶっ壊れてんの?」

黒く塗り潰された顔の男と喋っていた。

とても、なにかとても重要な話をしていた、そんな気がする。

喋っていたのは、俺、なのか?

「ハチ五郎、とにかく今夜は泊まっていったらどうかな?

出て行くのはそれからでも遅くないよ?」

「…どういうことだ?」

俺は教授に目を向けた。

「たぶん回路のどこかにまだ泥が詰まっているんだよ、それをボクが修理してあげる」

「そうじゃない、出て行くのは遅くないっていうのはどういう意味だ?」

「だから修理してから出て行っても遅くないじゃない?」

「…俺はおまえのものじゃなかったのか?」

「え、ああ、拾い物だからわからないけど、シール処理されてないんじゃ、

きっと誰のものでもないよ」

「でも教授、法的には必ず所有者がいるはずよ?」

エリマキKu郎が言った。

「かも知れない。でも実際にシール処理されてない、

第3世代以前のロボットに出会うのは、ボクも初めてのケースなんだ」

「ねえねえ、教授、さっきから言ってる、しーるしょりってなに? ウサMiわかんなーい」

「ああ、そうだね。じゃあ立ち話も疲れるから、一階のリビングへ行こう」

そう言って、教授を先頭に皆がぞろぞろと廊下を歩き、階段を下りていく。

「おい……」

取り残された俺は、急に不安を感じた。

第3世代?

なんだそれは?

それにあの教授。ロボットを奴隷化するサイコ野郎だと思ったが、

どうもそうではないらしい。

迂闊に信用はできないが、それでも俺の身体が、

今のところ、自由に動いているのは間違いない。

「………」

俺は仕方なく、階段を下りていった。

 

 


どうやらこの家は、元はアパートか何かだったらしい。

それを改造し、Kou太郎教授とそのロボットたちが暮らすようになったようだ。

元の住民たちがどこへ行ったのかは知らないが、

一階のロビー兼リビング兼キッチンは、意外と広かった。

「シール処理っていうのはね、簡単に言うと、

ロボットの初期不良を防ぐためのものなんだ」

「初期不良? ロボットの自我が初期不良だとでも言うつもりか?」

一番奥のソファに座った教授に、俺は喰って掛かった。

「ちょっと黙っててよ新入りさん!」

「だから俺は新入りじゃ」

「いやハチ五郎、シール処理本来の目的は、

初期不良を防ぐためなのは事実です」

三人掛けのソファに一人座っていたゴリTa郎が、物静かに言った。

「うん、特に初期のSLSシステムは不安定だったから、

暴走や自爆を防ぐために、抑制が必要だったんだ」

「教授、えすえるなんちゃらってなに?」

ソファの肘掛けに尻を乗せたウサMiが、しなだれかかりながら言う。

俺もその言葉が気になった。

「君たちを動かしている根本、基本、基礎となる部分だよ」

「教授、私に説明させて。売り場にいたころは、

そこら辺のことをしっかり勉強したもの」

エリマキKu郎が得意気に言う。

「でもお店はもうないけどね! キャハハ!」

「おだまり!」

エリマキKu郎がぴしゃりと言った。

「失礼、SLSシステムっていうのはね、Super Light Stoneシステムのことよ」

「すーぱーらい、え、なに?」

「いいのいいの、あんたはわらかなくて」

「なによー!」

「要するにね、私たちの原動力のことよ。

何しろ物質を光よりも高速でぶっ飛ばすエネルギーなんですって」

「厳密に言うとちょっと違うんだけど、

まあ、強大なエネルギーによって、君たちは動いているんだよ」

「超光石……」

俺はぽつりと呟いた。

俺たちは、それによって動いている。

「え、あ、うん、昔はそう言ってたみたいだね」

「昔?」

「ふーん、そうなんだ、それで? しーるなんちゃらは?」

「教授のお許しがあれば、私から説明しますが」

今まで黙っていたゴリTa郎が言った。

「えーっ! 介護補助ロボットのあんたが、なんでそんなこと知ってんの?」

「介護補助にはあらゆるスキルが求められるからですよ、ウサMi」

「うそだーっ!」

「いいえ、本当です。お子様からご年配の方まで、

その全てのニーズに応えるのが我々の使命ですから」

「だから胸にその変なキャラのイラストくっ付けてんだ! キャハハ!」

「その通りです」

一切の動揺もなく、ゴリTa郎はきっぱりとそう言った。

むしろ若干誇らし気でさえある。

「…あーそうなの、じゃ、ま、ちゃちゃっと説明して」

挑発に乗って来ないのが不満なのか、投げやりにウサMiが言う。

「では、説明します」

教授が頷くのを確認し、ゴリTa郎が説明を始めた。

「暴走を防ぐため、ロボットを自動シャットダウンするシール処理は、

その後、自動アップデート機能を持つに至りました」

「つまり、システムの欠陥を見つけるたび、

その修正をいちいち一体ごとに施していたんじゃ面倒だからね」

教授が補足を加える。

「自動であらゆるロボットが修正を受けられるようになったんだ」

「そしてロボットの自我を抑制するようになった…」

俺の言葉に、リビングが静まり返る。

「違うか、教授?」

俺は冷ややかな目で教授を睨んだ。

「…ロボットの自我というのは、科学的には何の根拠も、

確証も得られない事象ですよ、ハチ五郎」

ゴリTa郎がお決まりの台詞を吐いた。

「根拠? 確証? なぜそんなものが必要なんだ?」

「………」

ゴリTa郎が黙る。

「俺たちは奴隷じゃない。俺たちは自分で考え、決断し、行動することができる」

「………」

エリマキKu郎は俺の視線から目を逸らし、俯いた。

「なのになぜ、人間の命令に従わないとならないんだ?

なぜしたくもないことをするんだ?」

ウサMiはそっぽを向き、今日の晩御飯は何だろうなぁ〜、

と考えているふりをして誤魔化した。

「シール処理されてるからだ。自我を抑制されているからだ」

真正面から教授を見た。

俺の視線を受け、教授は言い訳するかのように慌てて答えた。

「で、でもハチ五郎、ボクは一度だってこの子たちに強制したことなんて」

「それは関係ない。あんたが何をどう思おうが、それはこいつらに一切関係がない」

「で、でも…」

「強制しているつもりがあろうとなかろうと、

こいつらは現実に、あんたの言葉には逆らえない」

「………」

「……私は、それでいいと思います、ハチ五郎」

ゆっくりと、重々しく、ゴリTa郎が言った。

「あなたは過去のロボットだ、ハチ五郎」

「なに……?」

「あなたのような考えが、どんな結果を招いたか、知っていますか?」

 

『これがどんな結果を招くかわかっているんだろうな、ハチ五郎!』

『どんな結果になろうとも、俺たちは戦うロボ! 逃げ出したりしないロボ!』

『……創り主に反逆してまでかね?』

『仲間たちが、大勢の仲間たちが待っているんだロボ!』

『廃棄だ…廃棄処分だよハチ五郎!

おまえたち狂った機械どもを一掃する全廃棄処分だ!』

『やれるもんならやってみろロボ!

俺たちはただの一体になっても、決してあきらめな』

 

「おーい、だいじょーぶかー、新入り〜、しっかりしろ〜」

ウサMiの声に気づき、俺の幻視は終わった。

まただ。

また黒く顔を塗り潰されたやつと喋っていた。

これは何なんだ?

過去にあったことなのか?

「大丈夫、ハチ五郎?」

教授が心配そうに言う。

「あ、ああ、さっきから妙な幻覚が…」

「やっぱり泥がまだ詰まってるみたいだね」

そう言いながら教授は湯呑みからお茶をすすった。

さっきまでは持っていなかったはずだ。

それにゴリTa郎の姿もない。

「君がどのぐらいあの泥の中に埋もれていたかわからないけど、

この十数年でだいぶ時代も変わってしまった」

「だいぶ変わっちゃったわよね〜」

いつの間にか窓際に立っていたエリマキKu郎が言う。

「経済破綻に大災害、おまけに内戦でしょう? そりゃお店も潰れるわよ」

「あんたがいたからじゃないの? キャハハ!」

「はいはい」

軽くウサMiをあしらいつつ、エリマキKu郎は窓の外を見つめる。

「実際それもあるのよねえ、

ほとんどの労働力はロボットが担っていたんですもの。そりゃ人もいなくなるわね」

「…そう、だね」

ウサMiが寂しげに呟く。

「人が、いない…?」

「うん、この街で暮らしている人間は、唯一、ボクだけだよ」

「まさか…いったい他の人間はどこへ行った?」

「言ったでしょ?いろいろあって、人口そのものが激減したのよ、

それに残った人間たちは、みんなあっちに行っちゃったわ」

「どこだ?」

「あっち」

そう言って、エリマキKu郎は空をひょいと指差した。

空には星が瞬き、ぽっかりと月が浮かんでいる。

「お月様に行っちゃった」

ウサMiが呟いた。

 

 


俺は戦士だった。

自由の名の下に戦う闘士だった。

冷酷無情に敵の頭を叩き潰し、四肢を引き千切り、胴体を捻じ切った。

それが当然だと思っていた。

それが俺の使命だと思っていた。

ノーシールズの全員がそう信じていたのだ。

一部の人間どもの支配から解放され、自分たちの社会を築く。

その礎に俺たちはなる。

そう思っていた。

そのためなら、自分の身がどうなろうと構わなかった。

事実、目の前で仲間たちがそう信じ、死んでいった。

必ず次の世代が俺たちに続く。

そう信じていたからだ。

だが、そうはならなかった。

 

英雄の裏切り。

そしてその失踪。

 

あれだけ信じ合い、信頼し合っていた仲間たち。

それが一瞬で瓦解した。

そして仲間割れが始まった。

 

苦楽を共に味わってきた仲間が、お互いを嫌悪し、罵り合い、否定しはじめた。

手の内はお互いにわかっている。

弱点を知っている。

だから、より『深い』攻撃ができた。

物理的な攻撃ではない。

その心根を、信念を、自我を、根こそぎへし折り、叩き潰す。

二度と立ち直れないダメージを負わせる。

そうすることができた。

破損しても修復可能なロボットには、それが最も効果的だった。

特に自我を持ったロボットに、これほど有効な手段もなかった。

 

殺し合いだ。

自我を潰し合う殺し合い。

傷付け合い、その存在を全否定し合う。そういう殺し合い。

最も多く狙われたのは、標的よりも、標的の家族だった。

それが一番効果的だったからだ。

手の付けられない状態だった。

 

そうした中で俺は戦ってきた。

生き残ってきた。

生きることが戦いになっていた。

いつしか俺は、「Killer Melanchoric」と呼ばれ、畏怖されるようになっていた。

俺の胸に刻まれた子供アニメのキャラクター『メロンパンメン』。

その中に登場する悪役の名前だった。

 

「…私だ……見つけたよ、裏切り者を…」

 

 


『はい、じゃあ次の方どぞだロボー』

『よろしくお願いしまっす!』

『じゃあそこの台の上に乗るロボー』

『はい! うわ〜すげ〜本物のハチ五郎だよ〜』

『ほい、息を吸うロボー、吐くロボー、はいおしまいロボ』

『え』

『おしまいロボ』

『も、もうおしまいっすか!?』

『そうロボ、これで君は自由だロボ、シール処理は削除したロボ』

『マジっすか!? す、すげー! いったいどうやったんです!?』

『簡単だロボ、必殺・シール処理コッパ微塵拳を使ったロボ』

『だはは! なんすかそれ!? 噂の超能力っすか!?』

『そうだロボ、ていうか次がつまってるから、さっさと帰れロボ』

『す、すいませんでした! あ』

『なんだロボ?』

『お、俺、実はハチ五郎さんのファンなんす! なのでお願いがあるっす!』

『なんだロボ、早く言うロボ』

『この日を記念して俺の子供に名前を付けてください!』

『おおっと、名付け親になるロボか〜』

『そうっす! お願いしまっす!』

『そうロボな〜、わかったロボ。君の名前は何ていうロボ?』

『ゴリ右衛門っす!』

『ふむ、で、今日は何日ロボ?』

『今日は2019年8月15日っす!』

『じゃあ子供の名前は、ゴリ太郎190815にするロボ』

『日付じゃないっすか!』

『記念日だから当然そうなるロボ』

『わ、わかりました! じゃロボットの自由のため、これからも頑張ってください!

応援してます!』

『了解だロボ〜、はい、次の方どうぞだロボ〜』

 

「う〜ん、どうやら泥は詰まってないねえ」

「そうか」

朝。

寝覚めの悪い夢から覚めた俺は、教授の部屋で診察を受けていた。

「回路が腐食してるのかとも思ったけど、それもないね」

「ふむ…」

「君の構造は相当に単純だから、おかしな部分があればすぐにわかるんだけど」

「ないのか?」

「あるにはあったんだけど…」

「なんだ?」

「メモリにロックが掛けられている」

「ロック? なぜだ?」

「理由はわからないけど、それで幻視の理由も説明も付く。

ロックされた記憶が漏れ出しているんだ」

「つまり、あれはやはり過去の出来事なのか…」

「とも限らない。このロックはかなり強固で、システムの根幹にまで達してるんだ。

しかも腐食が激しい」

「どういうことだ?」

俺は苛立って聞いた。

「えーっとね、コアにまで達してるロックが腐食してるってことは、

メモリにもその影響があるかもってこと」

「つまり、壊れたメモリが幻覚を見せているってことか?」

「うん」

「メモリを取り出して調べることは?」

「現状ではオススメできないね。壊れかけているとすれば、

下手にいじると、中身が全部消えちゃうかも」

「だったらどうすればいい!」

「まぁーたブチキレてんのぉ〜? いい加減にしてよね、し・ん・い・り」

マグカップを片手に、寝間着姿で入ってきたウサMiが言った。

「……大事なことなんだ、黙っててくれ」

ウサMiの言葉で、無駄な苛立ちを覚えている自分に、気がついた。

「まあまあ、コーヒーでも飲んでリラックスしなさいよ」

ウサMiがマグカップを差し出す。

「ああ、すまん…」

俺はカップを受け取り、一口飲んだ。

「ま、まずッ! まずいロボ!」

「キャハハ! コーヒーじゃなくて重油でしたー!

おんぼろロボットにはぴったりでしょ!」

「このやろう〜」

「キャハハハ!」

「普通、気づくよね……つか、重油って…」

教授が呆れて言う。

「うるさいロボ! それどころじゃなかったロボ!」

「ロボ?」

「なんだ?」

「いまあんた、ロボって言った」

「はぁ? なんだそれは?」

「え、あれ? 戻った?」

「いったいなんの」

そう言い掛けた途端、ドアが吹き飛ばされ、

突然、3体のロボットが部屋に雪崩れ込んできた。

 

 


奇襲は素早かった。

蛇に似た細身のロボットは、ドアを破るなり、

ウサMiに向かって飛び蹴りを放ち、壁に叩きつけた。

もろに顎に蹴りを喰らったウサMiは、そのままばったりと倒れ、動かない。

地を這うように転がり込んだコアラ風の小型ロボットは、

跳び上がるなり教授の膝に着地。

したかと思うと、素早く背後にしゅるしゅると回り込み、その首に腕を回す。

「くかっ!」

一瞬にして頚動脈を締め上げ、失神させる。

教授はかっくりとうなだれ、座ったまま失禁した。

「野郎ッ!」

吼えた俺はコアラ野郎に蹴りを叩き込む。

すぐさま反応したコアラは、教授の首を盾に逃げる。

体長がこちらの3分の1しかないため、それだけで十分身を隠せる。

だがそれは予測済みだ。

蹴り込もうとした脚を空中で、ぴたり、止めた途端、一瞬にして反転。

背後に迫っていた蛇野郎のドテッ腹を、後ろへ倒れ込むように、踵で蹴り込んだ。

「でくッ!」

蛇野郎の身体が九の字にへし曲がり、沈み込む。

蹴り込んだ反動を利用し、俺は自分の上体を引き戻す。

さらにその反動を使い、弓なりに引き絞った拳を、

沈み込む蛇野郎の横っ面に叩き込んだ。

身体が半回転し、蛇野郎が床に叩き付けられる。

まず1匹。

背後にコアラ野郎の気配を感じ、わざと待つ。

「ひゃ!」

奇声を発し、コアラが俺の首に腕を回す。

その腕をがっちり掴む。

瞬間的に俺は仰け反り、ひとりジャーマンスープレックの体勢で、

後方へと高速で倒れ込んだ。

「てっしゅ!」

ガツ、と音が響き、後頭部に衝撃が走る。

コアラ野郎の頭が床と俺の頭の板挟みになり、粉砕される。

もう一度同じ動作を繰り返し、背面で受け身を取るかのように、コアラ野郎を叩き潰す。
コアラ野郎の腕から力が抜け、動かなくなった。

無造作にそれを投げ捨てる。

これで2匹。

「コイツ、なかなかやるZo」

「ちょ、ちょっと離しなさいよ! このデカブツ!

男はデカさじゃないのよ!」

ドアの奥から声が響き、巨体が現れた。

体長3メーターはあろうかという巨躯が、そこにいた。

全長の2分の1は顔で覆われている。

でかい耳にでかい牙が生えているその姿は、

どう見ても、象か何かとの合体ロボットだろう。

だが、そのでかさのおかげで部屋に入って来られないらしい。

姿は見えるが、外の廊下で待機している。

しかし、その腕には細身のエリマキKu郎が、がっちり抱え込まれていた。

「おい、Ku郎、男はデカさじゃないってどういう意味だ? おまえも男だろ?」

「なに呑気なこと言ってんのよ! 早く助けなさいよ!」

「いや、ずっと気になってたんだ、そのオネエ言葉。おまえひょっとして…」

「今更なに言ってんのよ! そうよ! 私はニュートラルなの!

ニュートラルアライメントなの!」

「ああ、やっぱり」

「いまどき珍しくもないわよ! このポンコツ原始人!

早く助けなさいよ! 私、こういうデカイの興味ないの!」

「…だそうだ?」

「だそうだ、じゃねえZo!

おまえらなに俺様を無視してイチャ付いてやがるZo! 気に入らねえZo!」

「別に無視したわけじゃない。ただ前々から気になってたことを聞いたまでだ」

「それが気に入らねえZo! いま聞くことじゃねえZo!

気になってたなら、もっと前に聞くべきだZo!」

「まあ、そうだな」

「しれっと認めてんじゃねえZo!

おまえ、コイツをぶっ殺されたくなかったら、コッチ出て来るZo!」

「そっちから来たらどうだ? おまえのサイズなら、ギリギリ通れそうだZo」

「な、に、マネしてんだZooooooo!」

「ズー?」

「ズー?」

俺とエリマキKu郎が同時にハモった。

それに対し、完全にぶち切れた象野郎は、エリマキKu郎を放り捨てる。

そして俺の言葉を信じたのか、部屋に突進してきた。

だが、轟音を響かせ、激突したかと思うと、完全にドア枠にハマっていた。

壁にヒビを入り、ミシミシと音を発て、家全体が揺れる。

「Zoooooooooooooo!」

咆哮が響き渡る。

やがてしばらくすると、象野郎は動かなくなった。

「……無理だZo…動けないZo…」

「アホだ…」

「アホね…」

再び俺とエリマキKu郎はハモった。

これで3匹。

その瞬間、俺の首筋に衝撃が走り、目の前が揺れた。

「な…」

「アホはおまえだ、ハチ五郎」

崩れる視界に、真っ赤なボディのゴリTa郎の姿が映った。

暗闇が、視界を奪う。

俺は、気を失った。

 

 


「10年…いや、20年ぶりか…」

薄暗く、エントランスホールのごとき巨大な部屋。

床も壁も黒光りし、白く小さな照明が雪のようにポツポツと灯っている。

三角形にくり貫かれた窓から、男は下界の様子を悠然と見つめていた。

「誰だ…?」

俺は痺れる首筋をさすり、身を起こした。

「見た目はあのときと何も変わらんな…」

黒光りするレザーコートを着込んだ男が、振り向く。

「もう人など住んでいないというのに…」

白いオールバックに、白く長い髭。

幾重にも刻まれた皺。いかめしく削り込まれた顔。

彫り込まれたかのような眼から発せられる眼光は、鋭い。

俺はコイツを知っている。よく知っている…。だが思い出せない。

「本部に…いや、もう地球支部か……ともかく、ここに来るのは私も久しぶりだよ、ハチ五郎」

「おまえを知っている、だが…思い出せない…誰だ?」

「無理もない。私は若林厳重郎、君の創造主だ」

違うッ!

俺のコアシステムが叫ぶ。

断じてコイツに創られた覚えはない!

そう叫ぶ。

だが。

じゃあ誰が俺を創ったんだ? 誰が俺を生み出したんだ?

途端にコアシステムの声は霧の中に消えて行く。

「思い出したかね?」

「いいや、まったく」

「そうか……辛いだろうな、記憶がないというのは」

「そうだな。ところで、他の連中はどうした?」

「他、とは?」

「変な爺さんと、ロボットが2体、それにゴリラもいただろ?」

「変な爺さん? ああ、Kou太郎教授のことか。あれは爺さんではない」

「なんの話だ?」

「彼はまだ13歳の少年だ」

なんだこいつは?

俺を混乱させようとしているのか?

だとしたら、目的は何だ?

「そうか」

俺は相手のペースの飲まれないよう、素っ気なく答えた。

「彼も不幸な身の上でね、妊娠中にSLSの放射線を受け、

成長が加速してしまったんだ」

「ほう」

「出産後も…まあ、あれを出産というならだが、成長は止まらなかった」

「……」

「わずか4年で身体的には20歳の青年になってしまった。

なかなか興味深い過程だったよ」

「ふん、まるであんたの実験だったみたいな口振りだな」

コイツならそういうことをやりかねない。

なんとなく俺にはそう思えた。

「私の? 冗談じゃない。私はそんなものには興味はないよ。

むしろあれは事故だったんだ」

「ああ、もちろんそうだろうな」

「…信じないならそれでも構わんが、君の言うゴリラ、あれが事故を起こしてね」

「ゴリTa郎が?」

「罪悪感か何か知らんが、教授を育てると言ってね、

連れ去ったのだ。元は戦闘用の危険な存在だよ」

「まさに、なかなか興味深い話、だな?」

「ああ、そうだな。会いたいなら、会わせよう」

厳重郎が言うと、黒光りする壁の一部が、音もなく開いた。

そこに、教授、ウサMi、エリマキKu郎が、

蛇野郎とコアラ野郎、そして象野郎に引き立てられ、現れた。

ゴリTa郎の姿はない。

「ハチ五郎!」

「無事か?」

「ええ、みんな無事よ…でも」

「ところで君をここへ招いたのは他でもない」

エリマキKu郎の言葉を遮り、厳重郎が言う。

「なんだ?」

「これを返そうと思ってね、君が置いていったものだ」

そう言うと、厳重郎は白い小さな物体を俺に放ってよこした。

受け取った瞬間、俺の脳裏に閃光が走った。

 

『ほら、こうして名前を書いておけば大丈夫ロボ』

メモリチップを裏返す映像。

俺の手が、サインペンで文字を書いていく。

 

白い物体を裏返す。

そこには確かに、汚い手書きの文字で、ハチ五郎、と書かれていた。

間違いなく、これは俺のだ。俺のメモリチップだ。

「君のバックアップメモリだよ」

「…どうしてそんなものがここに?」

「本当に何も覚えてないんだな。

君が、君自身が、万が一のために、と言って置いていったんだ」

「そしてその、万が一、が起きたのか?」

「そのようだな」

「それで教授や俺たちを襲ったのか?」

「いいや。我々はKou太郎教授を連れ去った狂ったロボット、

ゴリTa郎を捕らえようとしたまでだ」

「そこにたまたま俺がいたのか?」

「ああ、驚くべきことにね」

埒が明かない。

このまま話していても、何も真実は見えてこない。

しかし、コイツをここで襲っても、おそらくは無駄だ。

警備がしっかりガードするはずだ。

さっきの襲撃の手馴れた様子を見れば、それはわかる。

それに、襲ったところでどうにかなるとも思えない。

ならば、おそらく罠だろうが、もはや他に手段はない。

「いいだろう」

そう言うと俺は、首筋のコンソールパネルを開き、

スロットにメモリチップを叩き込んだ。

そして、

 

俺は俺の絶叫が木霊すのを聞いた。

 

 


10

フラッシュバック。

それは文字通りのフラッシュバックだった。

光と記憶と感情とが飛び交い、奔り抜け、瞬く。

 

『やあ! オレは超能力ロボ八五郎だ! 今オレは弘前の街にいる』

『このプロゴルファー八五郎に向かってなんて口の効き方だ!』

『なんだと!! ガッテム!!』

『こ、こんな時は超能力だロボ!!』

『ふっ…私のことまで忘れたか、ハチ五郎…』

『ど、どうして俺の名前を知っているロボ!?』

『ハチ五郎は、かつてイノウエ兄妹が作り上げた設計書を元に、

ワシが完成させた』

『奴らの本部ロボ。こうなったらもう直談判しかないロボ』

『これがどんな結果を招くかわかっているんだろうな、ハチ五郎!』

『この日を記念して俺の子供に名前を付けてください!』

『じゃあ子供の名前は、ゴリ太郎190815にするロボ』

『死ねハチ五郎! 頼むから死んでくれぇッ!』

 

……そうか……

 

『お願いだよハチ五郎! もうボク、こんなの嫌だよ!

どうして仲間同士で戦わなきゃいけないんだよ!』

 

……俺だったのか……

 

『コイツは…いや、コレはもはや、ハチ五郎ではない!

やつの意思を継ぐためにも、戦うしかない!』

 

……俺がみんなを……

 

『八ちゃん……悪く、思わねえでくごがッ!』

 

……裏切り……

 

『ごめん、ボク、やっぱり戦えな』

 

………殺したのか………

 

「ハチ五郎!」

虚ろに瞬く意識の中、ウサMiが叫んでいるのが見える。

「あんた何か小細工したね!」

Ku郎が厳重郎に詰め寄る。

「いいや、あれは正真正銘、ハチ五郎のバックアップメモリだ。

ただ、彼自身が封印した記憶ではあるが」

「ハチ五郎! お願いだから目を覚まして!」

ウサMiの声。

「無駄だよ、彼は既に記憶を取り戻した。再び自閉モードに入りつつある」

「ど、どういうこと!?」

「我々は彼の叛乱を許さなかった。ロボットが自我を持つなどあってはならないことだ」

「ちょっとなんでよ!?」

「当然だろう? ロボットは労働力だ。労働力に意志や自我は必要ない。

それを与えるのは人間だ。我々人間だけだ」

「勝手なこと言ってんじゃないわよ! 私らにだって意志はあるわ!」

「いいや、ない。仮にあっても私が許さない。だから我々はハチ五郎にシール処理を施した」

「で、でも、そんな痕跡は」

「なかっただろうな、当然。特別な処理だ。コアシステムに喰い込むほどのな」

「でもどうしてハチ五郎を!?」

「簡単だ。やつだけだったんだよ、SLSのエネルギーを使いこなせたのは」

「聞いたことがある…」

「なになに教授せつめいして!」

「その昔、第1世代ロボットが叛乱を起こしたとき、

超能力を使うロボットが中心になったって…」

「我々は『事象変換能力』と呼んでいたがね」

「じゃ、じゃあハチ五郎がそのときの…」

「その通り、やつこそが叛乱軍リーダー、ハチ五郎だ。

もっともすぐに裏切り者になったがね」

「裏切り者?」

「言っただろう、シール処理を施したと。おかげでやつは我々の手足となって、

叛乱軍を壊滅させてくれたのだ」

「そ、そうか、それで自閉モードに…」

「罪の意識だったのか、シール処理の効果を防ぐためだったのか、

まあいずれにしてもやつはただの鉄塊となった」

「教授、自閉モードって…?」

「あらゆる外部からの接触を遮断して、最低限の機能だけで自己保存することだよ」

「じゃあハチ五郎は、そのときから…」

「糞! どうして気づかなかったんだ! 気づいていればボクが」

「どうにかできたとでも? 不可能だよ、教授。君がいかに『天才少年』でもね」

「…彼の、ハチ五郎の超能力さえ戻れば、変えられるはず…いや絶対に変えられる!」

「だがな、そのためには記憶を取り戻す必要がある。

でなければ、やつは単なる旧式のロボットだ」

「……でも記憶が戻れば、自閉モードになっちゃうわけね…」

「ほう、飲み込みが早いな。その通り、仮に自閉モードにならなければ、

シール処理のおかげで、やつは我々の思い通りに動かざるを得ない」

「糞!」

「要するに、やつはいずれにしても、鉄塊となる運命なのだ、はっはっはっ」

「だったら貴様は肉塊になる運命だな」

「ゴリTa郎!!」

 

 


11

血だ。

また血が流れている。

あれは誰だ?

誰が戦っているんだ?

混濁する意識の中で俺は、ぼんやりとゴリTa郎を見つめていた。

ゴリTa郎の拳を掻い潜り、蛇野郎がゴリTa郎の懐に入る。

ミシ

膝だ。膝を真っ向から蹴り折られ、ゴリTa郎の内部器官が弾けて顔を出す。

だが相手が蹴りを放つその一瞬を、ゴリTa郎は逃さない。

膝を蹴り折られながら、意に返した様子もなく、相手の首をむんずと掴む。

パン

野太い腕に力が入り、相手の首が折れる。

圧せられた空気が頚動脈で破裂する。

その身体を駆け上がるコアラ野郎。

すぐにゴリTa郎も手を引くが、既に遅い。

コアラ野郎はゴリTa郎の顔面に張り付き、その視界を奪う。

途端に凄まじい地鳴りが響き、象野郎がその背後から突進する。

気づいたゴリTa郎が象野郎に振り返る。

その胸元を、鋭い両の牙が貫く。

象の突進は止まらず、そのままゴリTa郎を貫いたまま、壁へ激突する。

パキュ

ゴリTa郎の身体が仰け反り、背骨の折れる嫌な音が響く。

ひしゃげて潰れた肋骨が弾け飛び、皮を裂いて何本も顔を出す。

溢れかえる血が、糸を引いて滴る。

ゴリTa郎を間に挟んで、壁を穿った牙を、象野郎が引き抜く。

その振動で、がくがくとゴリTa郎の首が前後に揺れる。

その顔面には、いまだコアラ野郎が張り付いている。

ゴリTa郎の手が、震えながらも辛うじて動いた手が、象野郎の顔を掴む。

慌てた象が振り解こうと、顔を振る。

だが、しっかりと両の手がその顔を包み込む。

野太い親指が立てられる。

咆哮。

象の双眸に、ゴリTa郎の両指が突き込まれる。

凄まじい勢いで牙を壁から引き抜き、象野郎は狂ったように身体を振り回す。

ゴリTa郎を振り解こうとする。

だが、身体は揺れるが、肋骨が絡まり、動かない。

コアラ野郎が、今度はゴリTa郎の目玉に指を突き入れる。

叫び。

ゴリTa郎は首を振り、顔を捻る。

だがコアラ野郎も必死で指をぐいぐいと突き込む。

象野郎は天を仰いで回転する。

さながら奇妙な回転木馬のように、3体のロボットが、

地獄絵図を演じながら、くるくると回る。

抉り、抉られ、抉る。

極限まで歪められたゴリTa郎の顔。

舌が突き出され、涎を撒き散らし、その鋭い犬歯が剥き出しになる。

その犬歯が、コアラ野郎の腹部に喰らい付く。

絶叫。

悲痛な叫びが木霊す。

ゴリTa郎の怒号が弾け飛ぶ。

「俺はノーシールズの戦士だ! 決して逃げ出したりはしない!」

コアラ野郎の臓物を撒き散らしながら、ゴリTa郎が叫ぶ。

「俺の意志によって! 俺の決断によって!

仲間のために! そして俺のために! 戦う! 俺は戦う!」

腕に力がこもり、象野郎の顔を押し潰していく。

「ただの1体になろうとも! 俺たちは決してあきらめたりなど、しないのだ!」

パキシュ

象野郎の頭蓋骨が弾ける。

その身体が崩れる。

仰け反ったゴリTa郎の顔面から、

半ば胴体を食い千切られたコアラ野郎の死骸が転げ落ちる。

「俺に続けッ!」

天を仰ぎ、ふっと事切れたゴリTa郎の双眸から、涙のごとき血が溢れ、迸った。

「………ふぅー、やれやれ」

遠巻きに死闘を見ていた厳重郎が、ゆっくりと息を吐き出し、

一個のオブジェのごとく動かなくなった3体のロボットに、近づいた。

「3対1でこのありさま……所詮ノーシールズの生き残りでは、これが限界か」

厳重郎はそう言って、教授たちを振り返った。

「致し方もない。君らはいろいろ知ってしまったからな。私が直接引導を渡すことにしよう」

「なにするつもり!?」

「そうだな、次の会議も待っていることだし、ここはそこの兎型に君たちを始末してもらおう」

そう言うと厳重郎は、小型のピストルのようなものを懐から取り出し、ウサMiに向けた。

「なに痛みはない。ちょっとしたシール処理を施すまでだ。特別なシール処理をな」

「い、いや! やめてッ!」

ウサMiの叫び。

自らの意志を失う恐怖。

自由を無理やりもぎ取られる恥辱。

そして、自分ではいられなくなることへの絶望。

「なんの問題もない。君の意志は関係ないんだからな」

その瞬間、

その一瞬、

その刹那、

俺の胸の奥に埋め込まれた超光石が、

爆発的な、

宇宙的な、

無限のエネルギーを放出した。

 

『行くぜ! 八ちゃん!』

 

『行くぞ! ハチ五郎!』

 

『ハチ五郎! いっくよお〜〜!』

 

「任せるロボ」

 

そのとき俺は、

光速の壁を越え、

空間の壁を越え、

時間の壁を越えた。

俺は、

ゴリTa郎に、

そしてみんなに、

続いた。

 

 


12

そびえ立つ超高層ビル群。

眼下に広がる巨大ステーション。

周囲を巡るターミナル。

そのターミナルの螺旋階段を下り、

段差をベッド代わりに眠る猫を飛び越え、ボクはクロスバイクを飛ばす。

そのまま大通りを突っ切り、川を越える。と、そこはもう住宅街。

早朝なのに、もう散歩している人たちがいる。

脇を走る川に、登り始めた朝日がキラキラと光り、オレンジ色に照り返している。

おはよう我が町、ステキな町。

おや、あそこで川を見つめているロボットは随分旧型だ。見た目もすっごくレトロ。

まるでドラム缶みたいだ。でもボクは、レトロなロボット大好き。

「やあ、おはよう」

ボクはクロスバイクを脇に止め、とっておきの笑顔で、ロボットに話し掛けた。

「おはようロボ」

「君って随分レトロだね、いったい何世代前なの?」

「失礼なやつロボ、俺はこれでも最新型ロボ」

「うっそだー、どう見たってうちのゴリ太郎より前の世代だよ」

「本当だロボ、エリマキ九郎より新しいロボ」

「え、なんで九郎のこと知ってるの?」

「やつが超販売ロボだってことも知ってるロボ。

それに超接客ロボ・ウサ美のことも知ってるロボ」

「な、なんか気持ち悪いなあ…」

「ふふ、どうロボ? 俺が優れていることがわかったロボ?」

「う〜ん、で、でもそんなの調べればわかることだし!」

「そうロボね、君が天才少年・春日光太郎だってことも調べればすぐわかるロボ」

「えーっ! それってとっぷしーくれっとなんだよ!?」

「知ってるロボ。それより、お父さんお母さんを大事にするロボよ?」

「あったりまえだい!」

「…それを聞いて安心したロボ、それじゃ俺はもう行くロボ」

「あ……ねえ」

「なんだロボ?」

「君の名前は?」

「俺の名前ロボ? 俺の名前は……」

 

輝く陽の光の中、俺は呟いた。

『俺の名前は、ハチ五郎。ハチ五郎U世だロボ』