−桜木荘−

モラトリアム伝説編 第3話(氏照)


 

春は近づいてきたとは言ってもまだぜんぜん寒い二月。
花粉も飛び始めて憂鬱な二月。
ひと月が28日とゲーム世界みたいな日にちの二月。
11日が建国記念日なのを結構みんな忘れてる二月。
そんな二月の、とある一日。
すっかり、夜も更けて。

#3「え、14日? そんな日知らねえって!?」(佐藤くん談)

「ヤ〜〜〜〜〜〜スゥッ!!!」
叫びである。
雄叫びであってほしい。
万年床の布団と雑誌を積み上げたテーブル的な台。
無造作にダンボールに詰められた、洗濯してあるのかそうでないのかわからない衣服。
カップめんの容器やらコンビニの袋やら空のペットボトルが散らばる、
いわゆる一人暮らしの若者ふうのえらく汚い部屋。
やたら体毛の濃い青年が突如、立ち上がって叫ぶ。
その叫びに応えたのか、押入れの戸を開け、もう一人の青年が現れる。
「ど、どーしたんですか!? ジョー先輩?」
ジョー先輩と呼ばれたのは先ほどの体毛の濃い青年である。
夏場になると暑苦しいことこの上ない男である。
四浪したのち、現在は三流私立大学の学生となっている。
押入れから出てきた青年は八田安八。
とりあえず背が低い、前へならえでは常に腰に手を当てたことしかない男である。
現在、浪人生一年目だ。
二〇一号室に二人で暮らしている。
「ジョ、ジョー先輩ッ!
真夜中にその絶叫、あまりの男気に近所から苦情が来ますよッ!?」
「すまねェ……。だが、重大なことを思い出したんでな……」
「はいッ!」
積み上げた雑誌の上に仁王立ちになるジョー先輩こと村岡丈。
その前に正座する安八。
いつもの、ジョー先輩御高談の準備は整った。
「ヤスッ八よ……、明日が何の日か、当然わかっているよな?」
「はいッ! 無敵覇者ワシがダイオウジャーの誕生日ですね!」
「ちげーよッ! ダイオウジャーの誕生日は剣の月19日だろッ!」
「す、すいません。山下五郎さんの三回忌でした……!」
「全然カンケーねーよッ! 誰なんだよ山下五郎って!」
「はいッ! ボクの地元の小学校の近所の文房具屋のオヤジです」
「知るかッ! 違うだろ? バレンタインに決まってるだろッ!」
「バッ、バレンタインッ! あの忌まわしき封印された日ですかッ!」
「そうだろう、そうだろう。ヤスには縁遠い日であろうよ……。
そんなヤスのためにバレンタイン攻略法を授けてやろうというこの慈愛!」
「さすがジョー先輩……。
大学生ともなれば1に合コン2に合コン3、4が無くて5に合コンでモテモテなんですねッ!」
「とーぜんよ……。
オレ様のサクセス恋愛巨編『ジョー そしてその愛』上ではもう、大変だぜ!?」
「先輩ッ! それ、初めて聞きましたけど……?」
「ちゃんとチェックしとけよッ! オレのホームページ。
オレ様的には大好評連載中よ? 単行本化されてたら速攻、重版出来よ?」
「す、すいませんッ! こんど店のパソコンでチェック入れときますッ!」

ちなみに、二人とも同じ居酒屋でバイトしている。
そこで知り合い、同居にいたっている。

「まあいい……。それよりヤスッ八よ、チョコもらうとしたら誰からがイイ?」
「マ、マジッすかッ!? 選択可能すかッ!?」
「ッたりめーよ!? 楽勝よ、楽勝。ゆってみ?」
「そ、そーですね……近いトコだとパン屋の由希子さんとか……」
「アー、由希子ッちね。佐藤サンの好きな娘。チョッチ地味じゃないの!?」
「あの普通にかわいいトコがいいんですよ。
うちの店の美衣ちゃんもイイですよねッ! 清純派で」
「オイオイ! 美衣ちゃんはオレのモンだぜ?
彼女のDNAに予約済みよ? 彼女の網膜にはオレのギャランドゥが焼き付いてるぜ?」
「せ、先行予約ッすか!?
じゃあ、かーなり高嶺の花ですけどグラドルの宮野優花ちゃんがやっぱ一番かな?」
「いーねー。そのアグレッシブファイト。前向きよ、前向き!
じゃあそんなヤスに……って、どうした?」
急に顔色の変わった安八。
ゆっくりと振り向き、後ろの壁をしばし見つめる。
ジョー青年に向きなおす安八。
その顔には無念の表情が浮かんでいた。
「ジョー先輩……。盛り上がってきたところ、大変申し訳ないのですが……」
ただならぬ雰囲気を感じ、ジョー青年にも不安が走る。
「ど、どーしたヤス?」
「忘れてました……今日、カレンダーをめくるの」
安八の後ろの壁にかけられた、懐かしの日めくりカレンダー。
カレンダーの管理は安八の役割となっている。
とゆーか、全ての家事労働は彼の担当であるのだが。
ともかく。
今朝、予備校に遅刻しそうになった彼は、それを一枚破るのを忘れていた。
そこに記された日付は、無情にも13日。
つまり、14日はもう、終わろうとしていた。
「…………」
ガックリと、無言でヒザをつくジョー青年。
その首は深く、深くうなだれている。
それを見た、安八。土下座である。
「も、申し訳ございませんッ!!
先輩の夢を、ロマンをこんな形で終わらせてしまうなんてッ!
今年もチョコ0個の連続記録を更新させてしまうなんてッ!」
涙ながらに頭をタタミにこすり付ける安八。
しばらくの沈黙。
そして、ゆらりとジョー青年は立ち上がる。
「ヤスよ……今、何時だ?」
「ううッ……23時37分ですッ!」
それを聞いたジョー青年の口元がニヤリと笑う。
「行くぜ……」
「え? ドコにですか?」
「コンビニだよ……Sマートだよ……。まだ時間はあるぜヤスッ八よ!」
「な、何でSマートなんかに……?」
「決まってんだろー!?
チョコレート買って、レジのおねーちゃんから渡してもらうのよ!
チョコをッ! バレンタインチョコをッ!!」
「さ、さすがジョー先輩……。そのハイセンス思考ッ!」
「いくぜッ! 光の速さでダッシュだぜッ!」

タッタッタッタ!
安八の涙は歓喜のそれに変わっていた。
ジョー青年はこの真冬に裸足で駆け出していた。
恋愛ロマン、その妄想に向かって二人は駆けた。
疾走した。
光が見えてきた。
通いなれたSマート。
高校生バイトの沙耶ちゃんだったら最高だな。
ダメなら某女芸人M浦さんに似てる喜多嶋さんでもイイや。
二人の思いは一つであった。

そして……。

その扉を開いた!

そこには愛が満ちて……いた?

#3 おわり

深夜帯だったので、そのとき店にいたのは佐藤くん一人だったとさ。
残念だね!