−桜木荘−
モラトリアム伝説編 第4話(ピヴィ)
| 今日、佐藤くんは珍しいことに食料以外のものを買ってきました。 「招き猫」 「なぁ、井野やん。招き猫って何を招くんだ?」 いつもの万年床に転がって、買ってきた招き猫をしげしげと見ています。 隣では、井野やんが自分の部屋から持ってきたマンガを読みながら、 自分の部屋から持ってきたお菓子を頬張っていました。 「さー? 福を招くとか、お客さんを招くとかじゃなかったっけ?」 「ふーん。で、なんで猫なの?」 「そんなこと知らないよ」 「ふーん」 ばりぼり、ばりぼり。 静かな日曜の午後、井野やんがお菓子を食べる音だけが聞こえます。 ばりぼり、ばりぼり。 ばりぼり、ばりぼり。 ひたすらぼけーっとしている佐藤くん。 履歴書の特技欄に『ぼーっとすること』と書けます。 (井野やん、お菓子食うのはやいなぁ) お菓子を食べる音がステレオで聞こえてきます。 「佐藤くん」 ふいに井野やんが声を掛けてきました。 「これ、僕のおやつなんだけど…」 手には、カラッポになったお菓子の袋を持っています。 「え? オレ食ってないよ。井野やんが食べるのはやすぎなんじゃない?」 「欲しいなら欲しいって言えばいいのに、僕がお菓子取られるの嫌いなの知ってるでしょ」 「だから、オレじゃないって」 「ここには二人しか居ないんだから〜」 そういって井野やんは辺りを見回します。 つられて佐藤くんも辺りを見回すと、一つの物体が目に入りました。 ごっそりとクチの周りに青のりやら塩やらお菓子のかすやらを付けた招き猫でした。 「こ、こいつだ。こいつが食ったんだよ!」 「そんな、招き猫のせいにしなくたって、怒ってないよ。 そんな言い訳のために、招き猫を汚したりしたら、罰が当たるよ」 「そんなに食べたいなら、お菓子持ってくるね」といって井野やんは部屋を出ていきました。 一人になった部屋で、佐藤くんは招き猫をにらみつけました。 「お前が食ったことは分かっている。おとなしく白状しろ」 と、招き猫に詰め寄ります。 一見、頭がおかしい人です。 あきらかに変態です。 じっと見ていると、なにやら猫の身体が湿ってきているような気がしました。 さらに見ていると、身体がぷるぷると震えてきます。 あんまり見ていたので、目が乾いてしまってパチクリと瞬きした瞬間、 猫の顔が綺麗になっていました。 「クチの周り舐めてんじゃねぇ!」 今度は招き猫を掴んで揺すってみます。 「お前のせいで、オレは犯人扱いだ! 招き猫のくせに、福どころか災いをもってきやがって」 がびーん と、音がするくらい、招き猫の表情が変わりました。 「そ、そんな、オイラは招き猫でございますから、災いなんて持ってきてないでござるよ…」 と、しゃべりだしました。 激しく動揺しているのか、変な口調です。 「ア、アナタとってもハッピーなるよ。これからなるよ、なるにちがいないあるよ。 だから、災いだなんて言わないでおくれよ」 冷や汗だらだら、目は涙目になり、膝はがくがく、 高く挙がっていた右手も肩の辺りまで垂れ下がっていました。 「いったいなんなんだ?」 佐藤くんが疑問を持ったのも束の間、 ピンポーン と、インターフォンなんてものは付いていないので、 どうやら口で言ったらしい音が玄関先から聞こえました。 「井野やんじゃないよな……はーい、どうぞ、開いてますよ」 「失礼しマース。招き猫回収サービスでーす。 御不要になった招き猫や、 不良品の招き猫を回収する全日本招き猫協会非公認の回収サービスです。 もちろんお買いあげになった料金は、全額返金させていただきます」 「へ、へぇ…」 「そちらが不良品の災いを招く招き猫ですか?」 「え、いや、わざわいをまねくというか…」 「はい、回収させていただきます。危険な招き猫によって、 お客様が不孝になるのを見過ごす訳には参りませんし、 また、お客様が不用意にお捨てになってその被害が別の片へ移るのも防がなければなりません。 当サービスは危険な招き猫を回収することによって、世界の平和を守っているのでございます」 「は、はぁ」 半ばあきれている間に、件の招き猫は没収されてしまいました。 さっきまであんなに怒っていた佐藤くんも、突然のお別れにちょっと感傷的になってしまいました。 「あ、あの。回収された招き猫って…」 壊されてしまうのだろうか……。 「ご安心下さい。当サービスには招き猫矯正システムというものがあります。 使えない招き猫を真っ当な招き猫に戻すシステムです。 元に戻った招き猫は、再び店頭に並べられ再利用されております」 そういうと、招き猫回収サービスの人は去っていきました。 一人置いて行かれたような形になった佐藤くんは、 (世の中には変な商売もあるもんだなぁ) と、返金された小銭を握りしめていました。 (ああ、これで井野やんにお菓子でも買ってきてやるかなぁ) あくる日、佐藤くんが部屋でだらだらとしていると、 そこへ井野やんがどたどたとやってきました。 もちろん鍵など掛かっていないので、声も掛けずにずかずかと上がってきます。 「佐藤くん、さっきね商店街で佐藤くんのと同じような招き猫見つけて 『あ、おそろいだぁ』と思って買ったんだよ。 そうしたら、その時貰った福引き券で福引きをしたら、 お菓子の詰め合わせがもらえたんだぁ。 招き猫ってすごいねぇ、御利益あるんだねぇ。 佐藤くんも、そのうち良いことあるんじゃないかなぁ〜」 と、きょろきょろと部屋を見回し、招き猫を探す井野やん。 しかし、佐藤くんの部屋にはもう招き猫はありません。 「あ、あれね。持って行かれたんだ」 「へぇ、それは残念だったねぇ。 佐藤くんには招き猫以上の不孝パワーでもあるのかねぇ」 (そ、そうなのかもしれない…) 『ぼーっとすること』以外にも、『不幸』っていう特技が与えられた佐藤くん。 いつしか履歴書の特技欄をいっぱいに埋められる日が来るかもしれない。 「でさぁ、なんで猫なの?」 |