第12話2/4ベガ-2011/02/02(Wed)03:49No.78
「これはまた…」
「…まるで鏡写しね…」
その姿に、ドクターとハーニャは思わず呟いた。
二人のスミレはまるで双子のように三人の前に立っていた。
それぞれ頭に植木鉢を乗せ、紫の小さな花を咲かせている。
狭い部屋がさらに窮屈なものになっていたが、だれもそれを気にしなかった。
「スミレ」
「「はい」」
ハモったことさえ感じさせないほど息もぴったりに、二人は同時に答えた。
声も同じなら、その呼吸もまったく同じだった。
「オリジナルのスミレに聞きたいんだがね?」
「はい、なんでしょう艦長」
「艦長、私がオリジナルですわよ、
ポォーニャ! パーダトメトメーテ〜、パニャニャトメーテ、ポニャラボーニャッ!
(Weia!Waga!Woge,duwelle,WallezurWeige!)」
突如甲高い声で歌い出したスミレをぎょっとしてドクターとハーニャは見つめた。
それは完全に音程の狂ったニーベルングの指環、ラインの黄金、その冒頭だった。
「か、艦長、これは…」
「こっちがコピードロイドだね」
「私はコピーじゃないわ、コピーはこの子の方よ、
ポニャラトメーテポニャラポニャラポォォーーニョ〜〜!(Wagalaweia!Wallala,Wiealaweia!)」
歌詞の合間を縫うようにコピーのスミレが言った。
その歌声はいきなりテンション高めであり、四畳半の艦長室にキンキンとこだました。
「艦長、このままだとこの子は15時間ほど歌い続けることになります」
オリジナルのスミレが冷静に言った。
「そうかい。わかった」
ミソラはひとつ頷くと、コピーのスミレに向かって言った。
「歌うのをやめな!」
途端にぴたりとコピーのスミレは歌うのをやめた。
「なぜです艦長? 皆さんに四部作すべてをお聴かせしようと思ったのに…」
小首を傾げ、コピーのスミレは言った。
「それはぜひ聴きたいもんだが……艦長、ちょっと疑問があるんですが」
「なんだいドクター?」
「なぜこのドロイドを処分しなかったのですか?」
「『処分』とはおだやかじゃないね」
「私もドクターに同意です」
ハーニャが言った。
「これはあのコーネフが仕掛けていったものなんですよ? 危険です」
「スミレ、その辺どうなんだい?」
顎をしゃくり、ミソラがオリジナルのスミレに聞く。
「はい、一度完全に解体してみましたが、危険はありません。
それに『処分』はあなた方の倫理観から言って妥当ではありません」
「解体したって……じゃあ、もう一度組み直したってこと?」
歌えずに不満気なコピーのスミレを見つめ、ハーニャは言った。
「はい」
「それよりなぜ処分が妥当ではないんだ? 天才ドクターの僕としてはそっちに興味があるね」
「他の生命体を傷付けることは、あなた方の好むところですが、奇妙なことに倫理上は違反と見なされます」
スミレは言った。
「私が転送班を念力で『処分』しなかったのも、あなた方のその倫理に従ったためです」
「え?」
「は?」
ドクターとハーニャが目を丸くする。
「あ、あんた、あのとき、念力が使えたの?」
「勿論です。高密度の重力フィールドにエリアを隔離されていましたが、
その中で能力を行使することは何ら問題がありません。ただ倫理上の懸念から『処分』を避けたのです」
「こ、殺されるところだったのよ!?」
「それはあり得ません。私の念力で彼らの速度は10%以下に抑えられていました。
加えて彼らの光学技術を一時的に停止しました。そうでなければ、攻撃態勢に入った彼らを、
あなた方の肉眼で捉えることはできません」
「あ、あんた…」
思わずハーニャが絶句する。
あの死闘が、文字通りの『倫理』を鵜呑みにした異星人の手の平にあったかのような、そんな錯覚に陥る。
「もちろん、女影先生とラムズフェルド先生が駆け付けなければ、
『処分』せざるを得ませんでしたが。私は先生方ほど『処置』が上手くありません」
「よ、よしそれはわかった」
気を取り直そうとするかのように首を振り、ドクターが言った。
「で、なぜコピードロイドが生命体なんだ?」
「電池を駆動源として代謝し、自らの模倣体を作ることで増殖し、
破壊や深刻な機能不全によって死を迎える。つまり、生命体です」
「馬鹿な、そんなことを言ったら機械はすべて生命体だ」
「はい。あなた方が自らを模倣して作り出した機械は、総じて生命体だと言えます」
その答えに、ドクターは顔をしかめた。
「…馬鹿馬鹿しい、天才ドクターの僕でもそんな理論は到底受け入れられない」
「では、こう言い替えましょう。彼女は自律した思考、即ち『自我』を持っています」
「ほう、そうなのかい?」
その言葉に、ミソラがコピーのスミレに視線を向けた。
「当然ですわ、艦長」
ここぞとばかりにコピーのスミレが自慢気にふんぞり返る。
「わたくしはわたくしの思うままに『生きる』ことができますもの。証明して見せますわ」
そう言うとコピーのスミレはドクターの前に立った。
「ちょっと失礼しますわ、ドクター」
「な、なんだい?」
「とお!」
いきなりコピーのスミレはドクターの正座した太腿を踏みつけた。
「あぎゃ!」
慣れない正座に足を痺れさせていたドクターは、思わず悶絶して後ろに反り返る。
「どうです? お認めになりましたかしら?」
ぐりぐりとかかとでドクターの太腿を踏みながら、コピーのスミレは言った。
「これでもまだわたくしが『機械』だというのですか?」
「言い忘れていましたが、どうやら彼女は学習し、『成長』するようです」
「あんたとはだいぶ違う『成長』みたいだけどね…」
わたわたと手を振り回して悶絶するドクターを見つめながら、ハーニャが言った。
「よし、じゃあ決まりだね」
パンとひとつ手を打ち、ミソラは言った。
「コピーのスミレもウミヤマ市民として認める」
「え!」
思わず驚いてハーニャはミソラを見た。
「か、艦長! それは強引すぎます!」
「なんだい少佐? 文句あるのかい?」
「文句というか…スミレだけならまだしもドロイドに市民権を与えるというのは」
「ひとりふたり増えたって構いやしないさ」
「し、しかし…」
「それにこの子は既にウミヤマの役に立っている。言わば実績だな」
「じ、実績ですって? そりゃ興味ある、なあ〜」
コピーのスミレのかかとを持ち上げながら、ドクターが聞いた。
「そうさ、こいつらとの交渉に一役買ってくれた」
そう言ってミソラは手を上げた。
「出といで」
その言葉に突如部屋の隅から、ぬっとひとりの人物が現れた。
まるで一瞬にして全身を覆っていた透明な膜がコントラストを変えるかのように、
頭部が現れ、肩が現れ、ボロ布を被った漆黒のアーマーが現れる。
その顔面にはガスマスクのようなものが張り付いていた。
「転送班…」
唸るようにドクターが言った。
第12話3/4ベガ-2011/02/02(Wed)03:50No.79
「こいつらにはあたしも頭を抱えていてね」
六人が居並ぶ四畳半の和室は、それぞれの膝がくっ付きそうなほどだった。
それまで不可視化していた転送班の存在が部屋に圧迫感を与えていたが、
今では、はっきりとぎゅう詰めである。
だが、それを気にした風もなくミソラは言った。
「元より艦内のセンサーじゃ見つからないからね。
てっきり全員、コーネフと一緒に降りちまったのかと思ってたんだが」
ハーニャ、ドクター、スミレ、コピーのスミレ、
そしてその脇でちょこんと座布団に正座する転送班を順々に見つめながら、ミソラは言った。
「そうなりゃウミヤマの流通は完全に止まっちまう。緊急事態にも対処できない」
「しゅる、しゅるしゅる」
それに対し、ガスマスクのような突起物を震わせ、転送班が何か言った。
その声らしきものを初めて聞いたハーニャは、ぞっと身の毛立った。
羽虫が飛び回るような、そんな音だった。
「なるほど、隠れるのは当然だな」
ドクターは転送班に頷いた。
「一般人に君たちの区別は付かない。元より見たことがないんだからね」
「ほう、ドクター、あんたこいつの言葉がわかるのかい?」
「え、ええ、まあ…」
「あたしゃ転送班の言葉を覚えるのにひどく手間取ったよ」
ミソラは懐かしむように言った。
「艦長養成クラスのテストになっていてね、えらく苦労したもんさ」
「そうですか…」
「ところで艦長、コピーのスミレが交渉に一役買ったというのは?」
顔を俯かせるドクターを見つめたハーニャが、話題を戻した。
「ああ、残っていた連中を見つけてくれたのがコピーのスミレさ」
「処罰を受けると思って隠れていたのですわ。このわたくしが見つけましたのよ」
コピーのスミレがどうだと言わんばかりの顔で言う。
「転送班はいくつかの部族に分かれているんですの。
さしづめ、艦を降りたのはコーネフ族ですわね、それと勘違いされるのを恐れていたのですわ」
「しゅるる」
面目なさげに転送班がうな垂れる。
「なんて肝っ玉の小さい! あらやだわたくしとしたことが肝っ玉だなんて! おほほほほほ!」
「なんだかキャラがどんどん変わっているようだが…まあいい」
再びオペラを歌い出しそうなコピーのスミレのテンションを察し、ミソラは切り捨てるように言った。
「ともかく、こいつらを見つけ、再契約の機会を作ったのがコピレだ」
「コピレ?」
思わずハーニャが言った。
「コピーのスミレじゃ面倒だからね、あたしがいま付けた。こいつはコピレだ」
「ださ! だっさ!」
座布団を蹴立てて立ち上がり、猛然とコピレが抗議する。
「付けるなら付けるでもっとゴージャスかつプリチーなのにしていただかないと許されませんわ!
おまけにわたくしはコピーじゃないと何度も申し上げて」
「わかったわかった。じゃあ、あれだ、つみれ」
「つみれ…ですか?」
「なんだい少佐、知らないのかい? ウミヤマの特産じゃないか」
「人工海から獲れた魚類を加工した食品です」
オリジナルのスミレが解説する。
「だ、ださ! 余計にださいですわ! そんな魚臭いのダサダサですわ!」
「うっさい、もう決めたんだからそれで我慢しな」
「いやですわ! ぜったい! だんこ! どうあがいても! 拒否ですわ!」
「それにしてもよく転送班を見つけられたものだ…」
思わずドクターが呟く。
「能力的にも出来得る限り、私の再現を試みたようです」
それに対し、スミレが淡々と答えた。
「一部、未知の技術が用いられています。それが結果的に『自我』を与えることになったようですね」
「断固反対! 断固拒絶ですわ! 神々が許してもわたくしが許しませんわ!」
「黙りな! 決定は決定だ! 神より偉い艦長命令だ!」
「やだやだやだやだやだ! ぜえぇえぇぇぇぇぇえーーーーーったいに! やだ!」
「ただ限界はあったようですが」
どたどたと地団駄を踏むつみれを見つめながら、スミレは言った。
「しかし、明らかに学習能力では彼女の方が上です」
「ちょっと待てくれ、未知の技術というのはいったい…」
「そのことについてですが、艦長」
スミレはつみれと言い争うミソラに向かって言った。
「なんだい!」
「コーネフ元中佐は、おそらく我々の宇宙に来たことがあると思われます。少なくとも接触があったようです」
思わずミソラは黙り、スミレを見つめた。
「…そりゃどういう意味だい?」
「いいですわ! こうなったらわたくし自ら名前を決めますわ! えーと、えーと」
「うるさい! あんたはちょっと黙ってな!」
「そうですわ! ワルキューレのブリュンヒルデ! いえ、待って…それよりもジークリンデの方が…」
「…で、なんだって、スミレ?」
ひとり頭を悩ますつみれを置いて、ミソラは言った。
「はい、私たちが現在向かっている18光年先には何もありませんが」
「え」
「は」
「…なんだって?」
唖然として三人がスミレを見つめた。
第12話4/4ベガ-2011/02/02(Wed)03:51No.80
「あ、はい。18光年先にはただの暗黒空間が広がっています。何もありません」
皆の視線を受け、スミレは言った。
「いやいや、ちょっと待っておくれ。そりゃどういう意味だい?」
「言葉どおりの意味ですが?」
沈黙が訪れた。
三人がじっとスミレを見つめる。
スミレはスミレでミソラの顔を見つめている。
「つまりーー…」
「かつがれたってこと?」
ドクターとハーニャが言った。
「いいえ、そうではありません」
「よし、わかった、スミレ、説明しな」
ミソラが艦長らしく命令する。
「はい。18光年先には暗黒空間が広がっていますが、時折りワームホールが開きます」
「なんだいそりゃ?」
「虫食い穴です。空間と空間を直結する自然現象です」
「直結…それはブラックホールみたいなものなの?」
「いいえ、違います。ブラックホールは極めて強い重力を持っていますが、
ワームホールにはありません」
「じゃあ、『通れる』ってことかい?」
「はい。18光年先に現れるワームホールは、定期的に開閉を繰り返しています」
「そいつを潜るとどうなるんだい?」
「我々が暮らしていた宇宙があります。地球から概算して7万光年の距離です」
「な…」
ドクターはその天才的頭脳で一瞬にしてその距離をキロメートル計算した。
ついでにメートル計算もしたが、もはやその数値に意味があるとは思えなかった。
現在のウミヤマの最高巡航速度で単純計算しても、
およそ、291.66666666666666666666666666667年ほど掛かる距離に相当する。
「…いいだろう。そこにおまえの仲間たちがいるんだね?」
「いいえ、既にいません」
「どういうことだい? 全滅したのかい?」
「そうです、『捕食者』たちによって全滅しました。私は種族最後の生き残りです」
「待っとくれ、その『捕食者』ってのはなんだい?」
「我々よりも遥かに強力なテレパシー能力を持った昆虫型種族です」
「昆虫って、あのちっこい昆虫かい?」
「はい…艦長、許可をいただければ、
私の持っている『捕食者』に関する記憶を皆さんにテレパシーで伝えたいと思いますが?」
「……」
一瞬黙り込んだ三人が、お互いの顔を見合わせる。
「…そいつあ、当然グロいんだろうね?」
「グロい?」
スミレが小首を傾げる。
「ああ、つまり、あれだよ、不愉快なものなんじゃなかいかってこと」
「…そうですね、何億、何兆という昆虫の大群に生きながらに餌にされ、
卵を産み付けられるというものですから、あるいは不愉快かも知れません」
「よし、テレパシーはやめておこう」
胸を張ってミソラは艦長命令を下した。
「…植物を食べる虫、『捕食者』か…」
ハーニャが呟いた。
その言葉を気にする風もなく、スミレが続ける。
「おそらくコーネフ元中佐は、その『捕食者』と接触したことがあると思われます」
「なぜそう思う?」
「私のテレパシーを遮断した手際の良さに加えて、
コピードロイド…つみれに使われている技術に『捕食者』のものと似たものがあるからです」
ぎょっとして三人はつみれを見た。
相変わらずつみれはうんうん唸りながら、自分の名前を考えるのに忙しい。
「……虫なのに技術力はあるってことなの? それも私たちよりも進んだ?」
「はい」
ハーニャの問いにスミレは即答した。
「ふーむ」
思わずドクターが唸る。
「しかし全滅したとなると、おまえの言っていた『子供たち』てのはどうなるんだい?
人じゃないってことかい?」
「いいえ、『人』です。あなた方の子孫にあたります」
「ん?」
「なに?」
「…わからないねえ。なんでうちらの子孫がそんなとこにいるんだい?」
「難破したあなた方の『船』がワームホールを抜け、我々の住む宙域にやって来たのです」
「ふむ、船名は?」
「ウミヤマ」
再び沈黙が訪れた。
三人が顔を見合わせる。
次いでスミレを見つめた。
その視線にスミレは答えて言った。
「この艦とほぼ同型のものです。
しかし、我々さえ満足に扱えないほど様々な種族による改造が施されていました。
損傷が激しく断定はできませんが、おそらくは…」
「よし決めたわ!」
と、いきなりつみれが叫んだ。
「うるさい! あんたは黙ってな!」
思わずミソラが一喝する。
「な、なによ! わたくしが人生最大の決定をしようとしてるってのに!」
「邪魔するなら出ていきな!」
「な、なにさ! 出て行きますわよ! 行きましょうジェロ!」
そう言うなり、つみれは目に涙を浮かべ、どたどたと玄関を出て行った。
「しゅ、しゅる!」
一方、ジェロと呼ばれた転送班は、「な、なんで俺!?」といった戸惑いの表情で皆を振り返る。
「しゅる…」
だが、ミソラの「行け」という視線を受け、つみれの後を追って出て行った。
「…で、その『ウミヤマ』はその後どうなったんだい?」
一呼吸入れ、ミソラは言った。
「全員がコールドスリープに着いていましたが、生存者はありませんでした。
我々は蘇生を試みましたが、唯一の例外を除いて失敗しました」
「例外?」
「はい、まだ幼い赤子でしたが、我々の技術を受け入れ、融合することで蘇生しました。
その子には我々のすべてが蓄えられています」
「すべて? それはどういうことだ?」
「我々の知識、技術、文化、歴史、そのすべてです。我々の記憶のすべてが移植されています。
言わば我々の、そしてあなた方地球人との集合体、故に『子供たち』なのです」
「ふーむ、なぜそんなことをしたんだい?」
「『捕食者』は貪欲です。必ずこの宇宙にも出現します。
我々は友好的に接しましたが、気付いた時にはすべてを失いかけていました」
まったく表情を変えず、スミレは淡々と言った。
「その二の舞にならぬよう、対抗策を授けた『子供たち』をあなた方に送り返そうとしたのです」
「だがそれを『捕食者』に阻まれた…そういうことかい?」
「はい。待ち伏せは明らかでした。
私は『子供たち』を小惑星に偽装した『ウミヤマ』に残し、ひとりワームホールを抜けたのです。
しかし…」
「そこで、この『ウミヤマ』に出会ったわけだね」
息を吐き出し、ミソラがスミレの言葉を継いだ。
「はい」
「しかし…その『ウミヤマ』と、この『ウミヤマ』が同一だとは思えません」
ハーニャが言った。
「何かしらの罠だと考えるのが妥当です」
「いや、僕はそう思わないね」
その言葉にドクターが反論した。
「過去、あるいは未来、ひょっとすると別の次元の『ウミヤマ』だって可能性もある」
「そんな…物理学上あり得ない」
「そうとも言えない。現に僕たちは物理学上あり得なかったはずの超光速を可能にしてるじゃないか」
「それは…」
「問題はだ」
ミソラが二人の議論の制して言った。
「その『子供たち』ってのが無事かどうか、18光年先に『敵』は待ち構えているのかどうかってことだ。
それと連中の戦力だね」
「はい、私の知る限りの情報は既に艦のデータバンクに移してあります」
「よし」
「…艦長、失礼ながらお聞きしたいことがあります」
神妙な面持ちでハーニャが言った。
「なんだい?」
「わざわざ危険な場所へ行かれるのですか? この『船』には市民も乗っているんですよ?」
「確かにね、あんたの言うとおり何かの罠かも知れない。
仮にそうでなくとも危険であることには違いないだろう。でもね、だからさ」
にやりと笑ってミソラ艦長は言った。
「うちらの子孫かも知れない子が危険の中にいる。少なくともその可能性がある。
それを確認もせず放っておくほど、ウミヤマ市民は薄情じゃない。あたしゃそう思うね」
「…そうですか、わかりました」
ハーニャはひとつ頷くと、笑顔を見せて言った。
「では微力ながら私もお供します」
「ああ、頼りにしてるよ、副長候補」
「え?」
「なに驚いてんだい、これから副長選挙をやるんだ。当然、あんたも出場すんだよ」
そう言ってミソラは豪快に笑った。
皆の前に並んだお茶は既に冷えていたが、それでも変わらず、どこか懐かしい匂いを放っていた。
つづく
ウミヤマデータバンクベガ-2011/02/02(Wed)03:52No.81
【つみれ】
別名ウミヤマの特産品、こと使い回しキャラクター。
のリニューアル。
別段ディスってるわけではない。
陽電子電池によって稼動し、一日8時間の充電で14時間連続活動可能。
オリジナルのような能力はないが、全天候型に設計されており、
宇宙空間でも特にこれといった支障もなく活動できる。
学習能力に長け、新たなものを次々と吸収する半面、根に持つタイプ。
寂しがりであり、艦長に処置を言い渡され倉庫の隅でめそめそしていたところ、
不可視化していた転送班のジェロを偶然捕まえた。
妙に目ざといわがまま娘である。
趣味はへったくそなオペラと、勝手に勝手な名前を付けること。
そのわりに自分の名前はいっこうに決められない。
【ジェロ】
転送班スノーク族の若き戦士。
スノーク族は転送班の中でも由緒ある勇敢な部族であり、
八大部族筆頭の呼び声も高い。
代々、地球連合の巨大艦に棲むことを伝統としており、
各艦長との関係も概ね良好。
特徴的なガスマスクに似たお面は長く太いチューブ状のものが前面に伸びており、
それをひゅんひゅんいわして喋る。
ただそれはスノーク族特有のものであり、部族ごとに言語体系はまったく異なる。
例えばコーネフの率いたミムラ族は、手話と風を切るような短い口笛で会話する。
ジェロは族長の11番目の息子にして21番目の子供であるが、
どこかまったりしており、おかげでつみれに発見され、とっ捕まった。
しかも実際の名前はジェロではなく、勝手につみれが名付けた名前である。
ちなみに装備を解くと金髪青眼の美少年。
【ワームホール】
18光年先に存在するとされる謎多き宇宙の自然現象。
空間と空間を直結する謎の穴であり、唐突に出現し、唐突に消滅する。
定期的に開閉する安定したワームホールの存在は稀。
間欠泉に例えられることもあるが、
熱湯の代りに何が通っているのか、何をエネルギーとしているのか不明。
時々、中にエイリアンが住んでいたりする謎の穴である。
地球連合がその存在を確認した前例は、いまだない。
【コールドスリープ】
かつて地球連合で使用されていた超長期航行用の移民船装備。
微弱なアンチ亜空間フィールドで人体を包み、
物理現象を限りなく停滞させる。
これにより老化を防ぐというものだったが、
大出力亜空間フィールドエンジン(物理現象を限りなく速める)の完成により、
超光速航行が可能になったため、廃れた。
最長睡眠記録は300年とメーカーは宣伝していたが、眉唾ものである。
【捕食者】
体長1mmほどの甲虫に似た種族。
極めて強力なテレパシーによって他種族の自由を奪い、
乗っ取り、貪り、卵を産みつけ、最終的に「巣」と化す。
稀に奴隷化し、使役することもあるが、大概は餌にされる。
その貪欲さは飽くなきものであり、全宇宙の生物を喰らい尽くす勢いである。
また、個体同士がテレパシーで結ばれており、
数光年先からでも、その意識を繋ぐことができる。
また技術水準も高く、中でもナノマシンを駆使し、
生体の細胞を同族に変える技術を持っている。
人間がこの捕食者ウィルスに感染した場合、手足の先からぼろぼろと崩れ、
甲虫の大群に変化していくことになる。
【子供たち】
地球人の子孫にして、植物型種族の叡智と融合した赤子。
現在のウミヤマの搭乗員なのか、あるいは近親者なのかは不明。
その能力も未知数。
唯一、捕食者に有効な対抗策を持っているとされる。
只今現在は、眠っているただの赤ん坊である。
後のウミヤマ艦長。
第13話投稿者:うじてる投稿日:2011/02/10(Thu)22:22No.82
スミレとつみれ、転送班たちは部屋を去り、部屋には三名が残っていた。
「さて、話は決まった。そうなると準備を進めなきゃあいけないね」
「こんなこと誰にさせるんですか?」
ハーニャが首をひねる。
「なんならこの天才ドクターが……」
日村がそう言いかけたがすぐにミソラがそれを右手で制する。
「適任者……かどうかはわからないがこういったことをやるべき者がいる。
そいつにやらせよう」
ミソラはちゃぶ台に備え付けのコンソールを操作し、オペレーターを呼び出す。
「報道官を呼び出してくれ」
報道官の豊島ヤスヒコ大尉は気が重かった。
艦長に呼び出されたからである。
スミレの高校編入から始まり民間防衛隊の募集、
南条大佐殺人事件と市民側への折衝で彼は休まる暇がなかった。
そこへ来て再度の呼び出しである。
彼の直感はまた面倒なことが起きるのだと告げていた。
とは言え、逃れようも無い。
重い足取りでブリッジに向かうとすでにミソラが待ち構えていた。
表情を隠し、艦長席のミソラに向かい敬礼する。
「豊島大尉であります!」
「ご苦労、大尉にまた仕事だ」
豊島はそら来た! と思ったが顔には出さないようにする。
「一つ目は副長選挙……コンテストの件だその準備を進めてもらう」
ミソラは先程の話を再度説明した。
「はぁ……市民にも門戸を開くと……」
「そうだ。開催は三週間後、一週間後には準備を整え発表できるように」
「い、一週間でですか!?」
肥満体の身体を揺らし、大げさに反応してみる。
だがミソラは気にした様子も無く話を続ける。
「そうだ、時間が無い。事情がある。
試験の内容など詳細については明日にでも詰めよう」
「その……本部がなんと言ってくるか……」
副長を民間も含め選挙で選ぶなど前代未聞である。
本部が同意するはずも無い。
「問題無い、あたしの責任でやる」
豊島はミソラの下で働くのは初めてである。
色々と無茶なこともすると聞いていたが、彼の予想を超えていた。
「それからもう一つ、市長に伝言だ。
これはまだ公にはできない。艦内でも知っているのはごく一部だ」
「どういったことでしょう?」
「それは……」
第二海山市庁舎、市長室。
市長はある男の訪問を受けていた。
「市長、それは間違いないのですか!?」
男は詰め寄るように言う。
いかにも科学者然とした白衣にメガネ、痩身の身体に鋭いキツネ目の男だ。
その眼光は市長を大いに怯えさせる。
答えようとするのだが、言葉が出ない。
「間違いありません。
一ヵ月後、パラザータ星系からワームホールを通り、
スミレ……さんのいた宇宙へ向かうそうです」
市長の代わりに助役の女性が答える。
つい三十分前にウミヤマの報道官が伝えてきた。
慌てた市長はこの科学者にすぐに相談したのである。
「そしてその宇宙では戦闘が起こる可能性が極めて高いとのこと」
助役は淡々と言葉を続ける。
「目的はもう一つの『ウミヤマ』を救出するため……」
バン!
言い終わるや否や、男が机を激しく叩く。
その音に市長は更に怯え、慌てて椅子から立ち上がる。
「もう一つの『ウミヤマ』! そう言ったのですね!?」
男は市長のことは見ることなく、助役に訊く。
「はい」
「わかりました。
ドージマ提督に会いに行きます。すぐに手配してください。
私は一度研究所に戻りますが許可が下りたらすぐに連絡を」
矢継ぎ早にそれだけ言うと市長室から出て行こうとする。
扉の前でもう一度「いいですね?」と念を押し、足早に部屋を後にした。
嵐が過ぎ去った市長は安堵の表情を浮かべた。
「市長、提督への面会の件は承りました。
後は議会と市民への対応ですが……?」
まだまだ事態が始まったばかりであることを思い出した市長は、
頭を抱えて机にうずくまるのであった。
第13話 その2うじてる-2011/02/10(Thu)22:24No.83
一通りの指示を出し、時間の空いたミソラは艦長室でお茶を飲んでいた。
目の前には航行長の牧野ユキコ中佐が座っている。
ミソラはよく、クルーをここに呼び出してそれぞれに話をする。
大事なコミュニケーションの場なのだ。
牧野中佐は三十路の中堅どころの将校である。
ただ、少尉任官時からミソラの下で働いており、艦隊では古参の部類だ。
物腰は柔らかで、細かなことにも目が向く。
一方、小心で優柔不断な面があり、それが表面に現れているとも言える。
地味な見た目と引っ込み思案さから男の影は皆無である。
そのうえミソラのお気に入りと見られており、
なおさら、彼女に近づく男はいないのだ。
「ユキ、副長選挙の事は聞いたね?」
「はい、そんなことをして大丈夫なんですか?」
ユキコは不安そうに見つめる。
「ま、そこでお前に話があるって訳だ」
彼女はますます表情を曇らせる。
「そんな顔をするんじゃないよ、別に難しいことを言おうってんじゃない」
「……」
両手でぎゅっと湯飲みを握り無言で次の言葉を待つ。
ちなみに、彼女の湯飲みは自前である。
自前の湯飲みを持つ者は艦でも古参であることの証でもある。
「お前も参加しなってことだ」
ミソラはお茶を飲みながらついでのように言う。
そして、ユキコの様子を窺う。
予想通り、彼女は悲しげな表情を浮かべる。
「そんな……私には無理です」
一呼吸置いて、ミソラが口を開く。
「無理なことなんかあるもんかね、今だって実質この艦の副長はお前だ」
前副長のコーネフがいたときからミソラは艦の運営を彼女に任せていた。
元々、能力とキャリアから言えば艦長も務まるのである。
ただ、その性格からそれを避けていたのだ。
「実務の試験でお前が落ちることなんかありえない。
そこらの勲章ぶら下げてる将校よりお前の方が優秀だ」
ユキコはふるふると首を振って否定する。
「お前の実戦経験はベテラン艦長にも匹敵する。
あたしに万が一ってことがあったときにも安心して後を任せられる」
彼女は押し黙っていたが、ややあって、口を開く。
「それに……艦長はつみれちゃんを出すつもりなのでしょう?
ハーニャから聞きました。別に私が出なくても……」
「ああ、いつの時代も華やかな若者は受けがいい。
あいつが副長になっても別に問題ないしな」
「問題ないって……彼女は素人……というか生まれたばかりですよ?」
「ああそうさ。でもお前が補佐すりゃいいだけのことだ」
そこまで言って、お茶を注ぎ足す。
「あたしはね、ユキ。
お前がやる気を出してくれれば一番いいと思ってる。
だから、万が一のときにはお前が指揮を取れ。
たとえ誰が副長になってもだ」
言い終えると、ゆっくり湯飲みを口に運ぶ。
「艦長……」
「いいね、これは艦隊司令官としての命令だ。艦隊の各艦にも通達する。
あたしが指揮を取れない事態に陥ったら牧野由希子中佐を司令官代理とする」
「……了解です。各艦にも命令を伝えます……」
ユキコは湯飲みを手に、部屋を辞去しようと扉を開けた。
と、そこに見知らぬ男が立っていた。
「きゃあっ!」
カッシャーン!!
やや男性が苦手な彼女は驚いて湯飲みを落としてしまう。
彼女の欠点は今ひとつある、いささかどんくさい事だ。
湯飲みはばらばらになり、破片が当たりに飛び散る。
「す、すいません! ケガはありませんでしたか?」
「いや大丈夫ですよ……! こ、これは失礼しました航行長どの!」
彼女よりも驚いたのは立っていた男、豊島大尉であった。
「小官の不手際です! すぐに片付けます!」
そう言うと、素手で破片を拾い集め出す。
「そんな……それじゃあぶないですよ?」
彼女は見る見る悲しそうな顔を浮かべ、心配そうに見つめる。
「中佐にこの様なことはさせられません。
小官に任せてお下がり下さい!」
豊島も割と小心な男である。
相手が上官とわかればすぐに身体が動く。
「中佐、いいから言うとおり下がってな」
ミソラも奥から声を出す。
ユキコはしぶしぶ二人の言葉に従う。
一分もしないうちに破片はあらかた片付いた。
豊島はそれを近くのディスポーザーに投げ込む。
改めて彼女の前に立ち、敬礼する。
「以後、気を付けます!」
だが、彼女はその豊島の指先を見つめていた。
「あの、血が出ていますよ? ちょっと待ってください……」
ポケットを探ると、すぐに絆創膏が出てきた。
この時代にあっても応急手当の道具として健在である。
彼の手を取ると、そっとそれを貼り付ける。
「あの、私あなたのこと知らなくて……つい」
ユキコは、手を取ったままじっと彼の目を見て言う。
軍隊の上官とは思えないその対応にあっけに取られていたが、
慌てて我に返る。
「い、いえ、申し訳ありません! 任務に追われ、御挨拶が遅れました!
豊島泰彦大尉であります、中佐!」
思わず、声が上ずる。
彼もまた女性とは縁が無く、妙に女らしい彼女の態度に緊張してしまう。
その空気に先に耐えられなくなったのは豊島のほうであった。
「も、申し訳ありません! 急ぎのほう、報告がありますのでっ!」
それだけいうと、返事も待たず艦長室に飛び込む。
「あ……」
彼女が何か言いかけたが、その前に艦長室のオートドアが閉まる。
ふう、と一息つくとミソラがしらけた目で見ていた。
「全く……お前らは田舎の中学生かい?」
「あ、その、申し訳ありません……」
豊島はうつむき、ミソラの顔を見ないようにした。
「それで、一体何の報告だい?」
「えー、市長側が艦長との会見を求めています」
「市長が? 『ウミヤマ』救出の件か」
「会見の相手はPH重工の研究員……です」
PH重工は地球連合内で最大の複合工業会社である。
特に民間向けの人型重機のシェアで九割を誇るほか、
宇宙艦艇、航宙機、基地建設、兵器製造などでも多くを握っている。
性能に対するコストパフォーマンスは群を抜いており、
また、信頼性と耐久性で他の企業の追随を許さない。
以前から海山市内に研究所を持ち、この戦艦ウミヤマにも研究所を開設した。
市内各機器のメンテナンスも担当しており、艦内で最大の企業でもある。
「何で研究員があたしに用があるのかね?」
「ただの研究員じゃありません、
PH重工本社研究開発部開発一課特別顧問、大塚進博士です。
開発一課と言えばPHで最も重要なセクションです。
特に大塚博士は会長の代理人と言ってもいいほどに信任があります。
そもそもなんでこの艦に乗っているのかも不思議です」
「ほう、よく知ってるねェ。さすが情報部出身だ」
豊島はドキリ、とした。
自分が南條大佐と同じ情報部出身であることを指摘されたからである。
軍内での経歴は補給部出身に偽装しておいた。
南條大佐とのつながりを隠すためである。
バレているのかハッタリなのか、スミレの存在を考えれば前者であるとしか思えない。
ともかく、ここは素知らぬ顔を貫く。
「ええ、まぁ、連合内においてPH重工の事は無視できませんし……」
「ああ、そらそうだ。艦隊の船から装備まで全部PH社製ってところもある」
「それで、どう致しますか?」
「市長を通じての話しだ、会わない訳にもいかないさね。
十六時からで伝えておいてくれ」
「了解しました」
「それから、アンタは個人的に大塚博士について知ってるかい?」
「いえ、直接お会いしたことは無いですが……。
連合内でも十指に入る科学者なのは間違いありません」
「わかった、下がっていい。あと副長選挙のことはよろしく頼む」
豊島は一礼して部屋を去ろうとする。
だが再びミソラに呼び止められた。
「待て待て、もう一つ大事なことを忘れてたよ。最優先事項だ、大尉」
慌てて振り返り、姿勢を正す。
「なんでありましょう」
「牧野中佐が落とした湯呑だが、あれは彼女の私物だ。
しかも年季の入ったお気に入りだ」
「は、はあ。その、弁償しろと? では私の口座から主計部のほうに……」
彼の答えにミソラはやれやれといった顔をする。
「スカポンタンだねぇ。新しいものを贈るんだ。プレゼントだよ」
「えっと、それは、私が直接、中佐に贈り物をということですか」
「あたりまえだろ、お前さんのせいで壊れたんだ。
あいつはきっと、深ーく傷ついてる。泣いてるかもしれない」
ミソラはことさら大げさに言って睨みつける。
豊島はそれだけですくみ上る。
「わ、わかりました。すぐに手配します」
「ああ。間違ってもカタログなんか送るなよ? ちゃんとお前が選ぶんだ」
「りょ、了解です。失礼します!」
豊島は逃げるように部屋から飛び出す。
たっぷり、艦長室から離れてから、呼吸を整える。
「プレゼントねぇ……。そっちのほうが難題かもな」
ちらりと腕時計を確認した。
これは前時代の遺産、いわば骨董品である。
総合携帯端末にとってかわられた今も一部愛好家によって使われている。
時間を確認すると足早に自室に戻る。
「やれやれ、報告の時間だ。さて、なんと言われるか……」
第13話 その3うじてる-2011/02/10(Thu)22:27No.84
豊島は自室に戻ると特殊回線からウミヤマ艦内のネットワークを介せずに、
情報部のケネス少将に連絡を取る。
ややあって、豊島の携帯端末にケネスからの応答がある。
「私だ。ウミヤマの方針は決まったか?」
「もう一つの『ウミヤマ』を救出に向かうようです」
「なんだそれは、どういう意味だ?」
豊島は先にスミレがミソラたちに話したことを説明した。
この件はウミヤマの上級将校にだけ伝わっている。
彼は市長側への折衝上、この話を聞いていたのである。
「どうにかならんのか、ウミヤマは我々の計画に必要だ。
横槍が入って堂島大佐の手に渡ってしまったが何とか取り返さねばならん」
「私の力で行先を変えることなど不可能です。
司令部や参謀本部を動かさない限り無理でしょう」
「南條を殺したコーネフの行方は?」
「皆目見当もつきません」
「貴様ッ! 我々の崇高な目的を理解しているのかッ!」
ケネスは青筋立てて今にも飛び掛からんといった憤怒の形相である。
「正直、この艦の仕事で今は手一杯ですので……」
「この役立たずがッ!! 追って指図するッ! 引き続き情報を集めておけッ!!」
一方的に通信は切れた。
そもそも豊島はケネスや南條たちとは別段、思想が合っているというわけではない。
たまたま南條が母方の叔父であったため義理立てて協力していたのだ。
地位や立場に執着もないし、できれば辺境の基地の補給部でのんびりしたかった。
「さて、このパターンはおれの代わりに新しいスパイが来るってところかな?」
このままいけば、うまく忙しいこの艦から離れることができるかもしれない。
むしろ、わざと失敗してみせるほうがいいのかもしれない、そう思った。
疲れ切った彼はもう寝てしまいたかったが、まだ今日の仕事は残っている。
ともかく、目の前のことをまず片付けよう。
そう思い、仕事に取り掛かるのであった。
市庁舎を出た大塚はウミヤマ艦内に設けられたPH重工の研究所に向かった。
表向き、彼はここの所長代理である。
だが、彼がPH重工会長、星川幸造の懐刀であることは社内のだれもが知るところだ。
つまり、この研究所の実質的な指導者は大塚なのだ。
研究所に戻ると、さっそく所長が指示を仰いでくる。
「大塚博士、我々はこれからどうするのです?」
彼はもちろん、研究者としては極めて優秀である。
だが軍や政府、会社のやり取りに関しては無知なのだ。
まず大塚は、確認を取る。
「会長へのこの件の報告は?」
「済んでいます」
「よし、さっき連絡した通り、まずはドージマ提督に会いに行く。
ただいずれにせよ、少なくともあと一か月後には戦闘に巻き込まれるのは確実だ。
我々はこの艦と『寝太郎』を何としても守らなければならない。」
「それではやはり、『UG』を使うことに?」
「敵の正体がわからないが……必要であればもちろん使う。仕上がりはどうだ?」
「ε(イプシロン)とζ(ゼータ)とも稼働は問題ありません。
ただ、武装については全く進んでいません。ひと月で間に合うかどうか……」
「間に合わせろ。全部とは言わない、収束フィールドだけでも完成させるんだ」
「は、はい。後、パイロットが……」
「そうか、ここには連れてきていないんだったな。
提督に交渉し、途中で拾ってもらう。候補は?」
「いまのところ本社で養成している適合者では一人しかいません。
ただ、つい先ほど会長からこのファイルが……」
そう言って端末を操作し、部屋のモニターに内容を映し出す。
その内容を見て大塚がその細い目を見開く。
「適合率百パーセント以上だと? 間違いじゃないのか!?」
「いえ、博士。『寝太郎』のお墨付きです」
その言葉に再度画面をよく見る。
あった。
確かに『寝太郎』による報告だ。
「目覚めたのか!? いつ!?」
冷静な男であるが、いつになく興奮する。
「わずか一瞬、0コンマ1秒ほどですが……」
「会長に連絡を取る! 市長から連絡があるまで私を呼ぶな。
それから、二人の仮想データによる試験を実施しておくように!」
それだけ言うと、急いで私室に向かう。
部屋に入ると、すぐさま会長室を呼び出す。
幸い、会長は手すきのようだった。
モニターにロマンスグレーの髪がよく似合う、渋い中年の男性が映る。
星川幸造、PH重工の会長である。
「会長、大塚です。『寝太郎』の件です」
「大塚博士、落ち着きたまえ。君らしくもない」
「慌てもしますよ、四十年ぶりですからね」
「ああ、私が子供の時以来だ。君が不在だったので私のところに報告をよこしたようだ」
「寝太郎はやはり、わかっているのでしょうか?」
「まったく不思議な話ではあるが、そうとしか考えられない。
何らかの方法でこちらの動きを理解しているのだろう」
「そうでしょうね、
そうでなければこのタイミングで『UG』の最適合者を伝えてくるわけがない」
「……つまり、寝太郎はウミヤマ救出に前向きのようだ」
「そうでしょう。資料を見る限り……『彼』はそういう人です」
「うむ。彼が造った最初の『ウミヤマ』。それを見捨てるはずもないか」
「では市長にはドージマ提督の決定に賛成するよう要請します」
「任せる。必要があれば軍や政府も動かす、彼らには貸しがあるからな」
会長はニヤリと口元に笑みを浮かべる。
「それでは、さっそく軍司令部と参謀本部に働きかけてください。
彼らがドージマ艦隊の行動を止めようとするのは明らかです。
放っておいてもあのキャプテン・ミソラがおとなしく従うはずもありませんが、
正式な許可があったほうが後々よいでしょう」
「わかった。すぐに交渉する」
「それと、適合者二名とUGの予備パーツの手配を」
「合流地点をドージマ提督と打ち合わせたら連絡をくれ」
「それでは、これからドージマ提督に会ってきます。
場合によっては、我々のことを打ち明けることになりますが……よろしいですね?」
「ああ、私は信じてもいいと思う。あのキャプテン・ミソラならばな」
ピピッ ピピッ ピピッ
電子音がミソラの意識を呼び戻す。
資料を見ながら眠ってしまっていたのである。
呼び出し音に答えると、オペレーター顔がモニターに映る。
「艦長、会見の時間になりましたが……」
「わかった。すぐに向かう。『鶴』の間だね?」
ミソラはぬるくなったお茶を一口飲み、立ち上がった。
部屋を出て、転送機に呼びかける。
「鶴の間」
ミソラの声を認証するとすぐさま付近の転送班に伝わり、瞬く間に連れ去る。
およそ、人力とは思えない速さである。
ミソラが鶴の間に入ると、客のほかに別の姿が見えた。
スミレと、ドクターヒムであった。
「ドクター、なぜあんたがここに?」
その言葉を待ってましたとばかり一歩前に出て笑顔で答える。
「僕が大塚博士をお連れしました。彼と僕は学友でして!」
日村のその言葉に大塚はあからさまに嫌悪の表情を浮かべる。
それでなくても冷たい印象の男である。
一層、その様相が強まる。
「そうなのかい、博士?」
「ええ、不本意ながら。私の生涯の汚点の一つになるでしょう」
「ハハッ。相変わらず厳しいなぁ、進。変わってなくて安心したよ」
大塚の態度と言葉には嘘がないようであった。
ミソラはそう感じた。
スミレは無表情でそのやり取りを見つめている。
彼女を連れてきたのも日村なのだろう。
だが今、この場にスミレは必要ない。
おそらく、日村が個人的に大塚の来訪と目的に興味があったのだろう。
真意を知りたくてスミレを同席させたのだ。
変に気が回りすぎる男だ、ミソラはそう思った。
ともかく、来てしまったものは仕方がない。
このまま話を進めることにする。
「ああ、紹介が遅れたね。あたしがウミヤマ艦長、艦隊司令官の堂島美空だ」
いつもと変わらぬ口調で言う。
「PH重工ウミヤマ研究所所長代理の大塚進です」
第13話 その4うじてる-2011/02/10(Thu)22:28No.85
鶴の間はアンティックな洋風づくりの応接間である。
一同がソファに着席すると、真っ先に大塚が口を開く。
「そちらの少女が『スミレ』……植物生命体ですか?」
「ああ、そうだ」
「その少女を使って私の真意を読み取ろうというおつもりですか、提督?」
スミレのテレパシー能力については周知らしい。
大塚は一遍も、スミレには目を向けない。
「そんなつもりはない、誤解しているようだ博士。
当事者の一人として、参加してもらった。
お前さんが聞きたいことの発端を作ったのは彼女だからね」
そういうと、スミレに合図を出し、お茶の準備をさせる。
「その言葉を信じろと仰るのですか?」
「ああ、信じてもらうしかないね。あたしを……。
ところで博士、コーヒーがいいかい、それとも紅茶かね?」
声のトーンを上げ、問いかける。
「……紅茶をストレートでお願いします。スミレさん」
ミソラを信じるかどうか、それに答える機会を失った。
だがそのおかげか、いったん緊張が解ける。
「スミレ、博士は紅茶をご所望だ。
あたしにはいつものやつを、ドクターには何も出さなくていいよ」
だが、日村は気にした様子もなく声を上げる。
「僕はコーヒー、砂糖とミルクはたっぷりね!」
そのとき、スミレがミソラの心に直接問いかけてきた。
(艦長、ドクターからは博士の考えを調べろと……?)
(その必要はない)
(なぜですか? 博士は私たちに対し疑念を抱いています。
私たちがやろうとしていることを妨害してくるかもしれません。
……ドクターはそう言っていました。私も、そう思います。
対策を立てるためには……)
(スミレ、今は、その必要はない)
(答えになっていません)
(とにかく、艦長命令だ。余計なことはするんじゃない、いいね?)
(……)
(座って話を聞いてりゃいい。意見があったら言ってもいい。
ただ、『能力』は今この場で一切使うな。さあ、話は終わりだ)
(わかりました)
わずかな一瞬で思考をやり取りした。
はた目には一言声をかけたぐらいにしか見えない。
ほかの二人が気付く余地はない。
ミソラは博士に向きなおし、正対する。
各人の前に飲み物が出され、ようやく、本題に入ろうとする。
「さ、あたしに何を聞きたいんだね、博士?」
「先ほど市長に連絡がありましたもう一つの『ウミヤマ』救出の件です」
「ふむ、市長と議会は非公式だがすでに反対だと伝えてきた。
ところで、あんたと市長側のつながりは?」
「星川会長より市長を助けるよう言いつかっております」
「PHの会長は第二海山市がお好きなようだねぇ」
「とぼけないでいただきたい。
提督はこのウミヤマを軍が当社から強制的に接収したことをご存じのはずだ」
「いや、初耳だ。どうなんだい、スミレ?」
スミレはウミヤマのデータベースの内容をすべて把握している。
また、それを介して軍本部にもアクセスできるのだ。
「六か月前に連合本部の議会で接収が承認されています。
PH重工から軍にウミヤマが引き渡されたのは五か月前になります」
「そうか。接収の理由は?」
「ウミヤマの民間所有が問題視されたようです」
「得体のしれない新造艦を恐れたってことか」
「そういうことです、表向きは」
大塚が辛辣な口調で言う。
「じゃあ、裏には何かあるってのかい?」
「さあ、私は軍が考えていることまでわかりません」
「またまたぁ。その程度のこと、キミが知らないはずないだろうに」
大塚は日村を無視して話を続ける。
「もう一つの『ウミヤマ』これについてどこまで承知しているのです?」
「乗組員は一人を残して全員死んでいるようだ。
生き残ったのは赤ん坊一人、そいつが誰かはわからない。
艦には異星人……ないし文明の手がいろいろと加えられた様子がある。
そして、その赤ん坊を守り、助けてほしいと言っているのがそこのスミレだ」
「彼女が?」
「ああ。その赤ん坊には彼女の種族が知る全てを与えているらしい。
そして、今もその虫型文明族からの危機にさらされている。
そいつらが地球の文明圏にやってこないなんて保証はない。
彼らに対抗するため、我々はウミヤマとそこに残る赤ん坊を救い出さなきゃならない。
あたしはそう思う。博士はどうだ?」
しばらく、大塚は黙り込んだ。
そして意を決したのか、ミソラの眼を見つめ、再び口を開く。
「……私も、ドージマ提督のお考えに賛成です」
その答えにミソラと日村が意外そうな表情を浮かべる。
スミレだけが無表情を貫いている。
「ほう、どうしてまた?」
「スミレさんたちが発見した『ウミヤマ』はおよそ二百年前、
ある科学者が独自に地球から出航させたものです」
「二百年前だって?
その頃に有人で、しかも太陽系外へ長期航行できる船があったってのかい?」
「確かに、現在のウミヤマに比べれば劣りますが……。
それでも当時の科学水準のはるかに上を行くものです。
その設計者の頭脳にまったく周りの技術が追い付けなかったため、
やむを得ず、コールドスリープを併用した航行となりましたがね」
「その科学者はいったい何のために?」
「太陽系外からの異星人の襲来を予見していたからです」
「ハハッ! まさかキミの口からそんな陳腐なSFみたいな言葉が出るとはね!」
「いいから黙ってな! ドクター」
「恥ずかしい限りですが、
私もかつては自分ほどの天才は世にいないなどと思っていました。
そこのバカと同類の人間でした。
しかし、ある時に私など足元にも及ばない本当の天才がいることを知りました。
それが『春日光博士』です。そしてその博士の遺志を受け継ぐのがPH重工です」
「その春日博士が初代『ウミヤマ』を造り、異星人の襲来を危惧した科学者か」
「そうです」
「しかしなぜ異星人が襲ってくる、と思ったんだい? 敵対的とも限らないだろう」
「確かに。全ての異星人が襲ってくるとは限りません。
ですが、襲ってくるものもまた、必ずいるのです。それだけの理由がある」
「その理由とは?」
「『超光石』です」
「なんだい、そりゃあ?」
ミソラはそう言ってスミレのほうを見る。
「数千年前からその存在は知られていたものの、全く無視されていた鉱石です。
高密度のエネルギー結晶体のようですが、それを取り出す技術がなく、
長きにわたって放置されていたようです。
ですが、その春日博士が実用化に成功し、
わずかな期間ではありましたがエネルギーとして使われたようです。
博士の失踪後に技術が失われ、再び忘れ去られ……現在に至ります」
スミレがすらすらと答える。
「その通りです。たったひとかけらの超光石の持つエネルギーすら計り知れないもの。
万が一にもその利用方法を知る者たちが現れ、それを悪用して、
この宇宙に散らばる無数の文明を征服しようという者が現れてもおかしくない。
それゆえ、春日博士は調査に乗り出したのです。それが、初代ウミヤマです。
そして、その赤子は……おそらく、春日博士自身です」
「ちょっと待ってくれ。春日博士ってのは赤ん坊だったのかい?」
「いえ、まさか。
ただ、私が会長から聞いている話では自らを赤子にまで還元したとか……」
「はっ! まさにとんでもない科学者だね」
「その当時も学界から白眼視されていたようです」
「うむ。大体のことはわかった。
しかし、その超光石ってのはそんなにたくさんあるもんなのかね?」
「実は地球上にある……少なくとも発見された限りのものは全てPH重工が回収、
そのすべてをこの二代目ウミヤマ……ウミヤマUとしましょう、に積まれています
もっとも、量からいえばわずか数十キロほどですが」
「まさかこの艦に? スミレは知っていたのかい?」
「どうしても手におえないブラックボックスと謎の空間があるのは知っていました」
「それは、二百年前に春日博士が仕込んだものです。
ウミヤマUのベースはすでにその当時からありましたからね。
我々はそれに現代の技術を加えてテストしていたのです」
「やれやれ、どうにも途方もない話になってきた」
ミソラは右手でぱしんと頭を叩く。
「市長側の説得は我々でも行います。提督は速やかに救出の準備を進めてください」
「わかった。艦隊を代表し、協力を感謝する」
「それと、一つお願いがあります。我々の補給艦を途中で拾ってほしいのです」
「長旅になるかもしれないからね。あたしたちも一度どこかで補給を受ける。
場所が決まったら連絡しよう」
「ありがとうございます」
大塚は一礼すると、ソファから立ち上がる。
「おや、お帰りかい? ま、博士がいろいろと話してくれて、こちらも助かった」
その言葉に、大塚はチラリとスミレに目を向ける。
「……どのみち、隠し事はできないでしょうからね。
それに、提督自身は信用できる方だとお見受けしました。
偉大なキャプテン・ミソラの名は偽りでないと信じます」
「そうかい、ありがとうよ。あんたは思ったより正直だ、あたしは気に入ったよ」
ミソラも立ち上がり、右手を差し出す。
大塚は一瞬、ためらったが、笑顔を作り自らも右手を出した。
二人はしっかりと手を握り合い、その場は解散した。
第13話 その5うじてる-2011/02/10(Thu)22:30No.86
日村が大塚を艦外へ送って行き、ミソラとスミレがその場に残された。
二人だけになったことを確認すると、スミレが問いかける。
「艦長、どうして私を止めたのですか?
あの人はまだ私たちに何か隠し事をしています」
「ほう、それは命令違反だな。テレパシーを使ったのか?」
「……何かを隠している。それだけしか読み取りませんでした」
「そうか。ならまあ、今回は不問にする。だがどうして言いつけを守らなかった?」
「不合理だと考えたからです」
「不合理ねェ」
「わかる限りの情報を知っていたほうが有益でしょう?
古の科学者だって、それを知るためにウミヤマを飛ばしたように」
「情報は得られなかったかもしれない。
だがそれ以上に価値のあるものを、今回、大塚博士から得た。
なんだかわかるかい?」
「PH重工や市長側との協力の約束……ですか?」
「まぁ、近いといえなくもないが、違う。その答えは不十分だ」
「……わかりません」
「そうかい。わからねェか。そうだと思ったよ」
それでもなお、スミレは表情を変えることなく、まっすぐミソラを見ていた。
「あたしは今回、大塚博士の信用を得た。それが最大の成果だ」
「信用を得た? そんなこと、わからないじゃないですか」
「いや、わかる。あいつとあたしは最後に握手を交わした。何よりの証拠さ」
「理解できません」
「そうだろうね。あたしの心が、意志が、直感が感じ取ったことだ」
「理由になりません」
ミソラは一呼吸おき、優しい目で彼女を見つめる。
「いいかいスミレ。あんたを見ただけで大塚博士はこちらに対し警戒感を抱いた。
あんたの超能力を知っていたからだ。
よっぽど単純な奴じゃない限り、そういう態度に出るのは当然だ。
誰だって自分の心の底を知られたくはないものだ。
家族、恋人、親友、仲間、そういった強い絆で結ばれた間柄でも、
お互い知られたくないことがある。
なにもかも、さらけ出して生きてる奴なんかそうはいない」
「私は無秩序に能力を使ったりはしません」
「そうだ。あたしはそれを知ってる。だがみんなが知ってるわけじゃない。
じゃあなぜ、あたしがそう思うのか、それはスミレ、
あたしはあんた自身を信用しているからだ。信じたからだ」
「信じる……?」
「それはお前が敵じゃないと状況から考え、頭で理解したということもある。
だが、それだけじゃ不十分なんだ。
お前があたしの味方、友、仲間だと感じられなきゃ頭でわかっていても信用はできない。
理屈も必要だ、だが感情だって必要なんだ。あんたが信じられると、感じる心だ」
「あなたが言いたいことはわかりました。
ただ、はっきりと言えないなにかがあります」
「そうかい。それはいい兆候だ。もう一つ言っておく。
お前は知的生命体として一種理想形なのかもしれない。
極めて理性的で、合理的に必要な行動を的確に行える。
だが、その結果が今のあんたの状況だ。
同族はすべて滅び、天下宇宙に立った一人ぼっちだ。
残酷かもしれないが、それがあんたたち種族の末路だ」
「……あなたたちが私たちと同じ運命を辿ることもあり得ます」
「そうだね。まだあたしたちがどうなるかはわからない。
ただ、お前の結果はもう出ているんだ。それはもう変えられない、事実だ。
だから、お前は変わらなきゃならない。今までのままじゃいけないんだ」
「変わる?」
「そうだ。そうさね、まずはつみれでも見習ったらどうだい?
少なくとも、今のあんたよりはマシだ」
「どうしてですか?」
「お前はあいつが生命体だといった。でもハーニャやドクターは疑問に感じた。
あいつが生き物かどうかっていやあ、あたしもどうかと思う。
だが、今のあんたよりはよほど、人間、まあ地球人ってことだが、らしい。
つまり、生きてると感じられる。お前のほうが機械的だと感じる。
なぜか。それは『意志』が感じられないからだ。
よく生きようとする気持ち。こうありたいという願い。どうしてもかなえたい夢。
全てを懸けて為さんとする心。そして、喜怒哀楽。そういったものだ」
「私には無いと?」
「ああ。これからのあんたにはそれが必要だと思う。
再び、お前が元いた宇宙に戻り、虫けらどもと相対したときにね」
「それが対抗策だと?」
「さあね。ただ向こうはびっくりするだろうよ。お前がすっかり魅力的になったってね」
「わかりません。でも私はどうしたらいいのですか?」
「さっきも言ったろ。まずはお前の周りのやつらをよく見ろ。感じろ。
それから、極力、お前の能力を使うな。『感じる』ことに鈍感になる。
ここにはあまり顔を出さなくてもいいから、学校に行け。ちったあ楽しんで来い!
親の言うことはよく聞くもんだ。いいね」
「親? 誰がですか?」
「あたしに決まってるだろ! あんたは子供であたしは婆さんだ。
あたしが親で当然だ。いいね」
「……わかりました。明日、学校がありますからもう部屋に戻ります」
こころなしか、ミソラの眼には彼女がしょんぼりと、見えた。
「ああ。いい子だ。
お前はもっと、自分のために生きるべきだ。これからはな」
ぽん、と優しくスミレの肩をたたき部屋から送り出した。
彼女の頭の花は少し、露に濡れていた。
第13話 その6うじてる-2011/02/10(Thu)22:30No.87
艦内の通路を資料とにらめっこしながら歩いている男がいた。
豊島大尉である。
見つめていたのはネットで取り寄せた湯呑みのカタログであった。
いったいどんなものを贈ればいいのか。
彼は大いに悩んでいた。
だが、そのために歩いているわけではなく、人を探していた。
休憩室に入ると、探していた人物を発見した。
「やあ。つみれ伍長。探したよ」
つみれはきょとんとした顔で豊島を見つめる。
手にはカップめんを持ち、なぜか空中には彼女のものとは別に、箸が浮かんでいる。
「ふぁーにー?(なーに?)あはふひにひゃんはひょう?(わたくしに何か用?)」
「えっとその、おれは報道官の豊島大尉だ。君に艦長から伝言なんだけど……?」
つみれはずるずるっと食べかけの麺を一飲みする。
「ほら、ジェロ。大尉殿が気になってるみたいよ?」
彼女がそう言うと、じわっと空間に何者かの姿が浮かび上がる。
「うぉッ!」
それは転送班のジェロだった。
転送班を初めて見る豊島は思わず情けない声を上げてしまった。
「しゅるしゅる」
不気味なマスクから空気が漏れるような音がする。
なんとなく、謝っているようにも聞こえた。
これが彼女と親しい転送班か。
なんとなく、尻に敷かれた男友達のように見えてしまう。
「えーと、辞令だ。貴官を転送班交渉役に任命し、宇宙軍伍長とする」
「……伍長というのは少尉より偉いのかしら?」
「いや、結構下だけど……」
「なんですって! わたくしが、あの子より下なんですのっ!!」
つみれはぐいぐいと豊島の首を絞める。
見かねたジェロが慌てて彼女を引きはがす。
「しゅるしゅる?」
大丈夫か? と豊島に言っているようだ。
どうやらいいやつかも、と彼は思った。
「げほげほ。理由は知らないよ。後で艦長にでも聞いてくれ。
それから、もう一つ艦長から命令だ。
明日からはウミヤマ司令部を出て、
スミレ少尉と一緒にラムズフェルド先生の家で暮らせ……だとさ」
「ええーーーーっ! なんでわたくしがあのむっつりガールと暮らすんですの?」
むっつりガールというのはスミレのことらしい。
「だからおれは知らないって……。
とにかく、そういうことだから。ちゃんと荷物をまとめて準備をしといてくれ。
先生にはもうおれから伝えてある」
「勝手ですわ! 勝手ですわ! 非人道的ですわーッ!」
豊島はしつこく叫ぶ彼女を置いて逃げ出した。
あんなに自我の強いコピードロイドなど見たことがない。
ふう、とため息をつく。
ともかく、今日の仕事はすべて片付けた、自分の部屋に戻ることにした。
通路の曲がり角を曲がる。
彼が今まで避けていた者に出会ってしまった。
今日はつくづく運がない、そう思った。
かといって逃げ出すのも不自然だ。
覚悟を決めて、こちらから声をかけてみた。
「や、やあ。スミレ少尉。艦長の会見は終わったのかな?」
しまった、と思った。
出だしでちょっと詰まってしまった。
笑顔もちょっとぎこちなかったかもしれない。
土壇場で緊張するタイプなのだ。
ともかく、いったい彼女がどういう反応を示すのか、それには少し興味があった。
スミレはうつむき加減だったが彼の声に応え、顔を上げた。
その表情は曇っているように見えた。
「……豊島大尉ですね。どうして、私を見て緊張したのですか?
やっぱりあなたも私が……キライですか?」
豊島は「へ?」と間抜けな声を上げ驚いた。
そんな彼を無視してスミレは続けた。
「心配しなくてもいいですよ。あなたの正体を誰かに言ったりしませんから」
自分の正体?
覚悟はしていたが、やっぱりバレてしまってるのか?
様々な疑問が彼の頭に浮かんだ。
「さよなら」
それだけ言うと、スミレは豊島の横を通り過ぎて行った。
残された豊島は呆然としながらカタログを握りしめていた。
つづく
キャラもいっぱい登場!
大丈夫か作者!
●設定集のこ〜な〜
【大塚進】おおつか・しん
29歳、PH重工特別顧問。
クールを装う熱血漢。(結果的にそんな感じの気が)
当代随一の人型重機工学者。
学生時代に日村に関わっていろいろとひどい目に遭ったらしい。
大好きなのはひまわりのタネ。
【豊島康彦】としま・やすひこ
30歳、報道官。階級は大尉。
半ば民間船でもあるウミヤマにおいて、市民側との折衝役。
メガネに肥満体型の軍人らしくない男。
情報部からのスパイであるが、あまりやる気もないようである。
大好きなのは柿のタネ。
【牧野由紀子】まきの・ゆきこ
32歳、航行長。階級は中佐。
士官学校を次席で卒業した才媛。
年増の割には女の子っぽい。
その男っ気の無さをミソラから心配されている。
大好きなのはイチゴ大福。
【寝太郎】ねたろう
春日博士の肉体から分離した精神体。
彼の生前の知識を全て持ったバックアップ。
ウミヤマ艦内のブラックボックスに眠っている。
なお、肉体から離れた精神体は成長することがない。
再び肉体と一つになった時、古の天才(マッド)サイエンティストが復活する。
大好きなのはぬれせんべい。