「な、なんでオマエが…?」
その朝、彼は扉を開けたとたんに固まってしまった。
ある秋晴れの爽やかな日曜日。久しぶりに部活もなく、休みを満喫するぞと
三井寿はベッドと仲良しこよしになっていた。
すると、至福の時間を邪魔する声。
「ちゃーちゃん!起きてらっしゃい。」
三井ママである。この母は、何度言っても子供の頃の呼び名を改めてくれない。
無言の抗議の意味を込めて無視する事に決め、ベッドに潜り込んだままでいる。
「ちゃーちゃん、聞こえてるんでしょ!起きなさいっ!!」
再び、三井ママの声。
「うっせえなあ。今日は久しぶりの休みなんだよっ」
だから起こすなとしぶとく三井はベッドに懐く。
何度起こしても起きて来ない一人息子に
業を煮やした母は、バンッと勢いよく
ドアを開けふとんを剥いで実力行使にでた。
「もうっ。さっきから何度も起してるのに!ちゃーちゃんにお客様が来てるのよ」
「客〜?」
こんな朝っぱらから迷惑なと思いっきり不機嫌な声になる。(でも9時は回ってるゾ)
「どうせ、部の連中か徳男達だろ。寝てるって言ってくれよ…」
相手の都合も考えず押しかけるなんて奴はどうせそのあたりの連中に決まってる。
そう決め付けて三井は再び寝ようとした。
「それが、違うのよ。」
「ママも初めて見るハンサムさんなの♪」
嬉しそうに説明する母の声を、聞くともなく聞きつつ知り合いの顔を思い浮かべる。
「ちゃーちゃんより背が高そうで…」(赤木か?まさかな…)
「一重の切れ長の目のおしょうゆ顔で…」(一重…流川?)
「茶髪っていうのかしら?」(…????)
誰だかわからない人物に苛立つと同時に、腹がたって来た三井は
ガバッと勢いよく跳ね起きた。
「だああっ!分かった!起きりゃいいんだろっ。」
そう言い放つと、そのまま着替えもせずに階下に駆け下りる。
そして、せっかくの休日の朝を邪魔した謎の訪問者に、文句の一つも言ってやろうと
ドアをバンっと開け放つ。
「やいっ、てめえ!人ん家の迷惑も…」
かくしてドアの外に立っていた訪問者は───
「久しぶりやな、三井。朝から元気ええやん、自分。」
ドアの外に立っていた訪問者は、意外や意外、土屋淳その人であった。
「な、なんでオマエが…?」
土屋淳──。大阪・大栄学園バスケ部元主将。ポジションはセンター。
そして夏の全国大会の時、三井を気に入ったとかなんとか言って巧みに
連絡先を聞き出し、あまつさえ会う約束までしっかり取りつけていった
知略家な人物なのである。
三井がその事に気づいたのは別れた後の話で、しかも宮城に指摘されるまで
気がつかなかったのである。その時になって口惜しがっても後の祭。
しかしながら、それきり音沙汰もないのですっかり忘れていたのであった。
「全国大会以来やな。あん時の約束果たしてもらおか思てな。」
「約束っておまえが一方的に約束して行ったんじゃねえか!」
口車に乗せられたと知った時の怒りを思い出して三井はいきり立つ。
もっともこの場合、土屋の方が一枚上手だっただけで、乗せられる三井が
お馬鹿なだけなのだが。
唸る三井をやんわりとかわし、更に畳掛ける。
「大阪から夜行バスで、遥々三井に会いに来たのに冷たいなあ、自分。」
「うっ。そ、そんなつもりじゃ…」
「それに、一方的やないやん。遊びに来たら案内したる言うたやんな。忘れたん?」
あの時の会話をいちいち確認する様に再現されても、覚えてなかった三井には
反論する手立てがない。
結局、押し切られる形でまたもや、言いくるめられてしまった。
「わかったよ、案内してやるよ。着替えて来るからちょっと待ってろ」
「ありがとうな。やっぱええやっちゃなあ、三井は」
にっこり笑ってそう言う土屋に背を向けつつ、もう騙されるもんかと心に誓う。
あの笑顔が曲者なのだ。はっと人目を引く整った容姿をしていて、いつも物柔らかな
笑顔をたたえている。が、その笑顔に隠されて本心がつかめない。
人の心理を読むのが得意でない三井は、土屋のようなタイプは苦手なはずなのに
断固として拒否できない。それが何故なのかは三井自身にもわからなかった。
「待たせたな。んじゃ行くぞ。」
着替えて出てくるなり、このセリフである。お愛想の一つもない。
『やっぱおもろいやっちゃなあ、三井は。飽きへんわ。』
ずんずん歩いて行く三井の後をついて行きながら土屋は苦笑を禁じえない。
初めて彼を見つけた時からそうだった。見た目は抜群、なのに態度傲岸不遜な超俺サマ。
でもバスケはクレバーで繊細素直。このギャップに心を惹かれた。
試しにちょっかいをかけてみたらますます興味を煽られた。
そして今、他人には滅多に執着しない自分が何故か三井にこだわっている。
その理由は目の前に見えているけれど、何故だか認めたくなかった。
認めてしまったら今までの自分で居られなくなりそうで。
それでも心が三井 に流れていくのを止められない。不思議な気分だった。
「で、どーするんだよ。どっか行きてえとこあるか?」
土屋の思考をさえぎるかの様に三井が話しかけてきた。どうも今頃行き先の
希望を聞いてない事に気づいたらしい。
『ほんまあきへんわ。可愛い奴っちゃ。』
吹き出しそうになるのを何とかこらえて、土屋はそう思う。
可愛いと思う事態すでに手遅れなのを本人は気づいているのかどうか…
「そうやなあ、取り合えずお決まりな所案内してくれへん?」
「お決まり〜?山下公園とか中華街とかそんなんかよ?」
「そう、そのへん。やっぱ定番なとこのほうが話のネタなるやん」
ネタとは何ぞやと疑問に思いつつ、希望を叶えるべくコースを考える。
「あ、それと一つどうしても入れて欲しいもんがあるねん。」
「?」
土屋がどうしても入れて欲しいものとは一体───
「今日はほんまありがとうな、三井」
一通り観光も終わり、おなかが減ったと食べに入ったもんじゃ焼きのお店で
土屋はそう言った。
土屋の言った入れて欲しいものとは"もんじゃ焼き"だったのである。
曰く「お好み焼きとどうちゃうか、本場で食べてこい云われてなあ。」
なのだそうだ。
「生地に具入れて混ぜるんちゃうんか?」
「バーカ。先に具を焼いてから回りの土手作るんだよ。ンで中に生地を流し込むんだ」
「ふーん、やっぱちゃうんやなあ」
興味深げに三井の手元を覗き込みながら、土屋が言う。
「…で、後はちょっとソースをちょっと垂らして…っと、出来たぞ!食えよ。」
三井が会心の出来と言わんばかりに勧める。
「コレがもんじゃ焼きか。何やゲロみたいやなあ。」
「っ!!てめえ!んな汚ねえ事言うなら食うなっ!!」
「悪い、悪い。ちょっとした冗談やん。」
それが食べる前にいう冗談かとブツブツ言いながら三井がもんじゃ焼きをパクつく。
それを、習って土屋も食べてみる。
「なんや、結構イケるやん」
「ったりめえだ。この俺がわざわざ作ってやったんだぜ。」
土屋と三井は凄い勢いでモンジャ焼きを片付けながら、話に花を咲かせる。
其々の学校の練習の事、冬の選抜の事、そして進路の事。
自然バスケの話が中心となるが、
話題は尽きなかった。
そして、色々話をしている内に気づいたことがある。
この相手の魂は自分に近い。
今までずっと一緒に存在していたような既視感。
二人はそれを知覚ではなく感覚で捕らえていた。
もちろんお互いに言葉にする様な事は
なかったが。
と、突然三井が吹き出した。
「なんや?いきなり。」
「だってよ、オマエ…」
「俺?」
言葉を切ったきり、三井は肩を震わせて笑っている。
何故、自分が笑われるのか理由が思い浮かばない土屋は憮然とした顔になる。
「失礼なやっちゃなあ、自分」
少し不機嫌そうにそう言う土屋にまだ少し笑いの余韻を残しながらも三井は謝る。
「悪りい。でも、やっぱおまえって関西人だよなあ。」
「?」
「だってよ、さっきから見てたらオマエ、モンジャ焼き水分なくなるまで焼いてんじゃん」
「生焼けやったら、腹壊してまうやん。なんでそれがそんなおかしいねん」
納得のいかない土屋に笑いながらそういう食べ物なのだと告げる。
なおも自分をからかう三井の笑顔を見て土屋は不覚にも言葉がでなかった。
『こいつは自分の半身や』何故かそういきなり知覚した。(もんじゃ焼き食っててか?)
それは否定の出来ない事実である事も。
でも、まだ告げない。50/50よりもっと勝利の確率を挙げるのだ、未来のために。
その時にはきっと二人の関係に決着がついている。
今は自分の気持ちの変化を隠して、土屋は三井応酬する。
「そこまで言うなら今度は、大阪でお好み焼きリベンジやるか?」
「あ?お好み焼き??」
「そうや。結構、お好み焼き焼くんも難しいんやで」
大阪──三井が躊躇しているのを察して土屋が煽る。
「さては、自分うまい事作れへんねんやろ」
「何をー!お好み焼きの一枚や二枚チョロイもんだぜっ」
まんまと兆発にのせられた三井に心の中で苦笑しながら土屋は告げる。
「ほんなら、次は三井が大阪に来てお好みデートやな」
───こうして、三井はまたもや土屋にハメられたのであった───
終わっちゃえ(笑)
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