| それすらも穏やかな日常 |
| コンコンッ。 「三蔵、起きてますか?」 すると、奥から応えが返る。八戒はそれを確認してドアを開けた。 部屋の中には果たして目的の人物が居た。玄奘三蔵、その人である。 八戒と三蔵を含む4人は、桃源郷に起こった異変の原因を調査する為 西域を目指して旅をしているのだ。 しかしながら、旅はいつでも万事OK!と言う訳にはいかないのであった。 どちらかと言えば、『渡る世間は鬼ばかり』並に次から次へとトラブルが 続出するのである。 ようもまあ、それだけ巻き込まれて嫌にならないねってな位にだ。 そして現在も足止めを喰らっている。それは、三蔵の怪我の所為だった。 三蔵の昔馴染みだった六道と対峙した時、悟空を庇って負ったものだ。 観世音菩薩の助けもあって一命を取りとめ、決着を付けたは良いが、決して 軽くはない負傷に無理が利く筈もなく、大事を取ってこの宿屋に逗留する 事に決めたのだった。無論、本人は断じて認めまいが。 「…やっぱり。あれだけ安静にしてて下さいって言ったのに。」 溜息と共にそう言葉を吐き出す。彼の人は思った通り大人しくはして居なかった。 「ふんっ。あんな傷たいした事ねえよ」 鼻で軽くいなし、三蔵は再び新聞に目を落とした。 八戒の予想通り、彼はベッドから起きだして咥え煙草で新聞を読んでいた。 余りに三蔵らしい受け答えで、八戒は呆れるのを通り越して笑えてくる。 それならば、こちらにも考えがあると言うモノ。それを実行すべく八戒は、ついっと 身体を動かした。 「?」 八戒が動く気配がしたと思った途端、身体が一瞬浮き視界がぐるりと回転した。 何が起こったのか三蔵が把握する間もなく、八戒にベッドに縫い止められると言う シチュエーションが出来あがっていた。 「!っざけんな!八戒、退け!!」 怒りも露な三蔵に、八戒はにっこり微笑んで告げる。 「人の言う事を聞けない人の命令には従えませんね」 口汚く罵る三蔵を更に力を加えて押さえつけ、畳み掛ける様に云う。 「あんまりおイタが過ぎると、このままヤっちゃいますよ?」 「!」 余りなセリフにさすがの三蔵も二の句が継げないで、目を白黒させている。 その様子を真上から眺めていた八戒は、ダメ押しとばかりに顔を三蔵に近づけ その白い項に唇を落とした。 「っつ!ま、待て!オマエの云いたい事は分かったから待てっ」 「分かって頂けたんですね♪」 その言葉を聞いた途端、すっと身体を離して八戒はまたもや微笑んで云った。 「これから、三蔵が云う事聞かない時はコノ手が良さそうですね♪」 悪戯が成功したと云わんばかりのしれっとした態度を見ながら三蔵は心中で毒づく。 『何がだ!目がマジだったじゃねえかっ!!』 しかしそれを言葉に出すような愚を犯す三蔵ではない。苦々しい思いを隠して、 三蔵は話題を変えた。 「何か用じゃなかったのか」 「ああ、忘れる所でした。傷の具合が良い様ならどうかと思って…」 お茶のお誘いに来たのだと云う八戒に、三蔵は頷いた。 そして、八戒が持って来たお茶を二人して黙って啜る。お互い言葉を交わすことなく。 只ゆったりとした時間が八戒と三蔵を包む。 どうと云う事はない在り来たりの穏やかな日常──。 それすらも、八戒にはかけがえのない時間だった。悟浄と悟空とそして三蔵と─── 最愛の人を無くして、未来を見失ってた自分に生きる術を指し示してくれた人。 『お前は俺を裏切らない、そうだな』 その言葉があれば、もう少し自分を信じられる、生きていけると思った。 でも、その心は告げない。はっきり三蔵に告げる程、自分は素直な性格はしていない。 変わりに別の言葉を彼の人に八戒は紡ぐ。 「もう、一杯如何ですか?」 「お前が付き合うならな。」 「…喜んで。三蔵」 ──もう少しだけ、この人と歩いてみたいんです。いいですよね、嘩喃── 終 |