『Slight Fever』  by榊原紫織さま


手塚が熱を出した、理由は簡単 雨の中、傘もささずにいたからだ。
全身ずぶ濡れで帰って来た、腕の中に小さな小さな子猫を抱えて…。
 

余りにも、アイツが切羽詰まったような瞳をしてて…。
少しだけ……ほんの少しだけだが、ドキリと胸が鳴った。

+++++ +++++ +++++ +++++ +++++
 

「すまない、タオルを…」
 

帰って来て第一声、少しばかり焦ったような口調で海之が言った。
海之の言葉が蓮に向けられたものである事は、間違い無い事である。
 

何故なら、今は皆出掛けていて 店には蓮しかいないからだ。
 

「お前…傘くらい持って行け」

蓮は呆れたような溜息をつきながらも、少しばかり大きめのタオルを手渡した。
外れない占い師の癖に、雨が降る事くらい判らなかったのか?と、微かな疑問。

しかし、身体を拭く為に渡したタオルで在ろう事か海之は子猫を包み込んだ。
その瞳の中に、普段からは想像も出来ないような慈しみの光を宿しながら…。

しかも 心底安心したように、ホッと吐息を吐きながらだ。
 

「おい、自分を拭け、自分を!」

てっきり、自分の身体を拭く為にタオルを要求したのだと思っていた蓮は焦る。
ポタポタと雨粒を髪から落している海之は、蓮の声に驚いたような視線を向けた。

キョトンッとしたような瞳を向けられて、驚いたのは蓮の方だった。
まるで子供のように幼い表情の海之、それを見て驚かない方が変だ。

「あ…」

意表をついた海之の表情に固まってしまっている蓮に、海之の声が届いた。
ハッと何か気がついたような、そんな声で 漸く自分の言葉に納得したのだと思った。
 
 

----- が。
 
 

「秋山、温かい…いや、ぬるめのミルクが欲しいんだが…」

そう言った海之の言葉に、蓮が脱力してしまったのは言うまでも無い。
自分の言葉が完全に通じて無い、今の海之の頭を支配してるのは猫の事だけだ。

大事そうに子猫を抱えている海之に、縋るような視線を向けられて溜息をつく。
そんな表情をされて、拒絶なんか出来る奴は きっと此の世に存在しないだろう。
 

それ程までに、ギャップが大き過ぎた…今の海之は。
 

「判った…判ったから、早く風呂に入って来い!」

ガシガシと頭をかき、苦虫を噛み潰したような表情をしながらも蓮が言った。
その言葉の最後の方は、イライラとしたような怒鳴り声に近かったが…。

「すまない…」

そんな蓮の言葉に、迷惑かけた事に気を悪くしたのだと思い小さな声で謝る。
すまなそうに首を垂れる海之の姿に、何だか自分が虐めているような錯覚に襲われた。

「気にするな、風邪をひくから早く行け」

海之の腕の中から、タオルに包まれた子猫を受取り 蓮は深い溜息をつく。
限り無く自分の言葉を勘違いしている海之に、脱力しながら風呂へ追い立てた。
 

それでも、チラチラと蓮を振り返りながら 海之は風呂場へと姿を消した。
 
 

「…………ったく、しょうがない奴だ」

その背中を見送りながら、小さな声で呟いて蓮が苦笑いを浮かべる。
蓮の言葉に同調するように、腕の中の子猫がニャァッとひとつ鳴く。

「お前も、そう思うか?」

余りにタイミング良く聞こえた鳴き声に、ククッと小さく笑って蓮が呟いた。
子猫の包まれたタオルをカウンターの上に置き、キッチンでミルクを温める。
 

火にかけた鍋を気にしながら、机の上の子猫の姿を伺う。
よく見れば、その猫は余り雨に濡れてはいなかった。

どうやら、自分が着ていたジャケットで海之がガードしていたらしい。
それでも子猫の方を心配していた海之を思い出して、再び苦笑いを洩らす。
 

「何を考えてるんだか…アイツは」

温めにしたミルクを皿にいれ出してやると、子猫は美味しそうにペロペロと舐めていた。
その姿を見つめ、蓮が小さく呟いた言葉は ミルクを飲んでいる子猫しか聞いてなかった。
 

どうして、自分の事を後回しにしてしまうのだろうか…。
 

「何時も そうだな…そういえば」

まるで自分の事などは、どうでもいい…そんな風に思えて、蓮は溜息混じりに呟く。
少し前に、自分が悩みを抱えていた時の事を思い出して、苦笑いを浮かべてしまう。

拒絶してるにも関わらず、海之は蓮の後をついてくる。
殴ってしまった事もあった、それでも 彼の瞳はソコにあった。

最初は嫌で嫌で仕方が無かった、海之の何もかも見透かすような あの黒曜石の瞳。
それが何時の間にか、向けられていない事に 不安を覚えるようになってしまった。

自分の中の変化に、戸惑う反面……何処か、心が満たされたような気がする。
だが そんな事を自分の心に齎した本人に伝えてやる気は、更々 無かった。

「ちょっと…悔しいしな」

一心不乱にミルクを飲んでいる子猫の頭を、優しく撫でながら そう呟く。
その言葉を紡いだ瞬間の蓮の瞳は、日頃からは想像も出来ない程に柔らかだった。
 

「何が、悔しいんだ?」

不意に聞こえた そんな声に、蓮は 激しく驚いて振り返る。
近くにあった物に腕をぶつけ、ガタッと大きな音に焦った。
 

蓮の動揺が、手に取るように判る。
 

「ど、どうしたんだ?秋山………」

明らかに変な蓮の態度に、訝しげな表情を浮かべながら海之が問いかけた。
首にタオルをかけ、身体中からホコホコと白い湯気が立ち上っている。
 

白い頬が紅潮している所を見ると、風呂から上がって来たばかりらしい。
 

「何でも無い」

ジッと何かを探るような視線を向けられて、蓮が憮然と答えを返す。
その態度が照れ隠しである事は、誰が見ても 一目瞭然であった。

「そうは、見えないんだが…」

現に、その言葉を向けられた相手である海之は 訝しげな表情を浮かべたまま。
ただ、その本当の意味を判ってはいなかったようでは あるのだが…。

「そんな事より、ちゃんと温まって来たんだろうな」

鈍感な海之に感謝しながら、サラリと話を変えるように蓮が言った。
その言葉に何の疑問も抱かずに、ただ 海之はコクリと首を縦に振る。

そして、机の上で未だミルクを飲んでいる子猫に近付き その姿を見つめた。
そっと手を伸ばし子猫の頭を撫でてやると、ニャァッと子猫がひとつ鳴いた。

風呂上がりの温かい海之の手に、気持ち良さそうに身体を擦り寄せる。
そんな姿が可愛らしく見えて、海之は無意識にフッと笑みを浮かべた。
 

ジーッと子猫がミルクを飲むのを見つめている海之の前に、カップが置かれた。
コトッと音を立てて置かれたカップを見ると、中には美味しそうなカフェオレ。

「飲め」

不思議そうな表情で、カップを見つめている海之に頭の上から声が降る。
そちらに視線を向ければ、未だ憮然とした表情のままで蓮が立っていた。

「すまない」

自分の為に用意されたカップを両手で包み込みながら、礼を言う。
カップに視線を向けたままの海之の横顔は、酷く嬉しそうに見えた。

そして、そんな些細な海之の表情が 蓮の心を満たしていく。

椅子に座って子猫を見つめながら、蓮が煎れたカフェオレを口に運ぶ。
熱そうに両手で大きめのカップを飲む姿は、何処か 可愛く見えた。
 

「お前、慌てて出て来ただろう…」

気の無いフリをしながら、海之の背中を見つめていた蓮が不機嫌そうに呟いた。
子猫を見ている海之の髪から、ポタポタと水滴が零れているのに気がついたからだ。

「え…?」

そんな蓮の咎めるような口調に、ギクッとしたような声を海之があげる。
海之の態度に自分の言葉が間違いで無い事を悟り、蓮が深い溜息をついた。

「っっっ!あ、秋山っ!?何をっ…」

自分の真後ろに蓮の気配を感じた瞬間に、目の前が真っ暗になって驚く。
肩にかけられていたタオルで、蓮がガシガシと海之の髪を拭き始めたのだ。

「ちょっ…じ、自分で出来るからっ…よせっ!」

手に持っていたカップを置き、慌てたような声で言いながら海之が身を捩る。
まるで子供のような扱いをされているようで、とても恥ずかしかった。

「五月蝿い、ジッとしてろ」

暴れようとする海之に、蓮は 何時もの低い口調のままで言った。
その口調とは裏腹に、蓮の表情は柔らかく 口元は笑いを堪えている。

何を言っても無駄だと感じたのか、暫くすると海之は大人しくなった。
黙ったままで、蓮が髪を拭き終わるのを大人しく待っている。

後ろからで表情は見えないが、海之が照れているのは判った。
何故なら、首筋までも ほんのりと赤く染まっていたからだ。

「終わったぞ」

そう短く言って、海之の頭を覆っていたタオルを取り払う。
乱された髪を細い指で梳く様に整えながら、海之が礼を言った。

蓮の顔を見る事無く呟かれたのは、未だ照れているのであろう。
赤くなった顔を見せたく無いのだろうが、バレてるのには気付いて無い。
 

まさか、首まで赤くなっているとは想像もしてない海之だった。
 

「何を、照れてるんだ?」

そんな海之を背中から抱き締めながら、蓮が耳元に囁くように言う。
逃れられないように、海之を挟むようにカウンターに着いての言葉。

どうやら、蓮は 海之を揶揄って遊ぶ事を決めたようだ。

「べ、別に…て、照れてなんか…」

そんな蓮の心のウチなどに気付いて無い海之は、少しばかり焦ったような声で答える。
その微かな動揺が、蓮に言われた言葉が間違っていない事を裏付けているのだが…。

本人は、全く気付いては いなかった。

「ほぅ、そうか…」

蓮は海之の濡れた髪に 耳に 首筋に…と、口付けを降らせてゆく。
照れた海之を煽るように低い声で耳元で呟いて、軽く耳朶に歯を立てた。

「っ!」

海之は思わず出そうになった声を噛み殺し、身体を震わせた。
自分の身体を拘束している蓮に、チラリと抗議の視線を向ける。

「何だ?」

ムッとしたような表情で睨んでいる海之に、面白そうな目で見つめ言う。
微かに頬を染めたままで言われた言葉などは、全く怖くは無かった。

「………」

蓮の言葉に眉間に皺を刻み、暫く海之だったが 不意に笑みを浮かべた。
何かを思い付いたように、口の端を微かに引き上げるだけの密かな笑み。

それは、近くにいる筈の蓮ですら、見落としてしまう程の笑みだった。

「…手塚?」

少し揶揄い過ぎたかと思った蓮は、覗き込むように海之を見る。
そんな声を聞きながら、海之は回されていた腕を静かに外した。

そして、クルリと椅子を回転させ蓮を正面から ジッと見つめる。
濡れた輝きを放つ黒曜石に絡め取られ、蓮は身動きが出来ないでいた。

ゆっくりと自分の頬に伸ばされる白い腕が、まるでスローモーションに見えた。
蓮の首に長い腕を絡ませて、グイッと自分の方へと引き寄せて穏やかに微笑む。

「手塚……」

その表情に思いのほかドキリとさせられて、ゴクリと喉を鳴らしていた。
カラカラに乾いた喉から出た声も、掠れていて まるで自分の声で無いようだ。

「秋山…」

うっとりとた声で蓮を呼びながら、海之は その唇に触れる程に彼を引き寄せる。
そしてジッと、瞳を見つめたままで ペロリと蓮の乾いた唇を舐めた…猫のように。

それが合図であるかのように、蓮が口付けようとした途端。
 

「たっだいまーーー♪」

チリリンッと扉が開く音と同時に、真司の心底明るい声が店に響き渡る。
その声に素早く反応したように海之は再び椅子を回転させて、机に向いた。

「あれ?何やってんだよ…蓮」

独り取り残されてしまったのは、蓮…真司の訝しげな言葉に軽く睨みをきかせる。
そして、子猫を見つめ小さく肩を震わせて笑っている海之にヤラレタ…と思った。

もうすぐ真司が帰って来るのを知っていて、海之が仕掛けた悪戯だと気付いたのだ。
 
 

「後で、覚えておけよ……」

机の上の子猫を抱き上げて、歓声をあげている真司を見ている海之に呟く。
海之にしか聞こえない程の小さな声で、その言葉に海之はチラリと目を向ける。

「…多分、秋山の思う通りにはならないぞ」

ジッと蓮の不満そうな瞳を見つめながら、クスリと笑みを浮かべ海之が言った。
そんな彼の言葉通り、その後 数日間、蓮は海之と話をする事すら出来なかった。
 

理由はと言えば…風邪をひいた海之が、個室に移り隔離されてしまったからだった。
そこまで予想していたのかと、蓮が悔しがっていたのは 言うまでも無い。


                           Fin

榊原紫織さんの海之ちゃんサイト『機械∞堕天』でキリリクGETした蓮海vv
紫織さんの書かれる海之ちゃんと蓮の大ファンなワタクシもう狂喜乱舞でございました。
このお話をUPしたいがために海之部屋を作ったと言っても過言ではありません!(きっぱり)
その素敵なお話の中の一転のシミみたいなヘボい絵…(汗)
あああッ紫織さんファンの皆様、石投げないでくださいッ(>_<)すんまそんすんまそん。
つ、ついお話読んで描きたくなっちゃったもんで。
紫織さん素敵な蓮海のお礼がこんなヘボい絵でごめんなさい…。でもホントにアリガトーございました。

戻。