| 『Healing』 |
「ったく…。暑いな」 両手に、頼まれた買出しの荷物をぶら下げて大股に歩きながら、ジリジリと照りつけてくる 太陽を睨みつけて、蓮は呟いた。 まだ梅雨もあけていないというこの時期、すでにこの気温というのはどういったものか。 これから来るであろう夏の暑さを想像しただけで、汗がうっすらと滲むようだった。 (公園を抜けて行くか…) 少しだけ遠回りになるが、このままアスファルトの上を焼かれながら、重い荷物を持って 歩くよりは、木々が涼しげな緑色の影を作る公園の中を通ったほうが、気分的にも良いと 判断した蓮は、残りの買い物をするべく、つま先を公園の入り口へと向けた。 ******* ******* ******* ******* ******* ******* 夏の、息が詰まるほどの濃密さには遠い、柔らかな緑が作る木陰をゆっくりと歩きながら、 自然の造る涼を楽しんでいた蓮は、ふと斜め前方に気になる影を見つけた。 「手塚…?」 視線の先に見えたのは、ちかごろ急速に見慣れつつある細いシルエット。 ここで店でも出しているのかと思ったが(彼の職業は何とも怪しいコトに占い師である) すぐにそれは打ち消された。 何故なら。 見まわす限り、遊具で遊ぶ子供たちとその保護者である母親しか見えなかったからだ。 占いに興味を持ちそうな、学生、OLといった類いは見当たらない。 それに。 海之じたい、いつも使っているらしい占いの道具を全く並べている様子がなかった。 それなら、彼はいったい何をしているのだろうか。 不審に思った蓮は、見過ごすこともできず、海之の方へと近づいていった。 一歩、また一歩と海之のほうへ近づくごとに、さらに蓮の顔に疑問が浮かぶ。 どうやら近づいていく蓮には気づいていないらしい彼は、遊歩道と芝生の境界になっている 縁石に座りこみ、ぼんやりと視線を空へと向けている。 その姿は今にも溶けてなくなってしまいそうに儚くて、思わず声を掛けてしまった。 「おい」 短く呼んだ蓮の声が聞こえていないのか、海之は微動だにせず、その印象的な瞳も空へ 向けられたままで。 「おいッ」 もう一度、さっきよりも強く呼んでみた。 すると、今度は蓮の声が届いたのか。 まるで夢から覚める人のように、ゆっくりと視線を声のした方へと向けてきた。 「……秋山?」 しばし、目をしばたかせながら目の前の蓮を確認するかのように見つめていたが、ようやく 蓮だと認識できたのか、そう小さく呟き、不思議そうに首を傾げて蓮を見る海之の瞳は 、いつもの強い輝きを放ってはいなくて、どこか現実離れした印象を際立たせていた。 「なんだ、もう暑さにやられてるのか」 海之の瞳にいつもの強さが感じられないことが、ほんの少しばかり蓮の眉を顰めさせたが、 唇から紡がれるのはいつもどうりの皮肉めいた言葉で。 「いや、そういうワケじゃないが…秋山は買出しか?」 蓮の両手に下げられた大荷物に気づき、海之が逆に問いかける。しかし蓮から反された 返事と言えば、なんとも素っ気ないものだった。 「俺のことはどうでもいい、こんな処で何をしている、と聞いてる」 そのあまりに彼らしい物言いに、海之が微かに苦笑いを浮かべ少し困ったように首を傾げる。 蓮は仏頂面のまま、海之からの応えを待っている風だったが、でも、質問には答えようもなくて。 「…別に。何もしていない」 「何も?」 どういう意味だ、と言わんばかりに片眉を上げ、見下ろす蓮の顔をじっと見つめながら、どう 説明すればよいのだろうか、と海之は考えているようだったが、結局、彼の答えは蓮にとって 何とも要領を得ないものだった。 「……ただ自然の気を感じていただけだ」 「自然の気?」 「ああ。こうしていると、休まるから……」 そう短く返事を返すと、そのまま蓮から視線を外して瞼を閉じてしまった。 彼の言葉の意味が今ひとつ掴めなくて、眉間の皺が増えた蓮は黙りこんでしまった 海之の顔をじっと見つめる。まるで答えを探しだそうとするかのように。 でも、目の前にあるのはいつもどおり、感情の読めない綺麗な顔だけで。 少しのあいだ、そのまま海之の前に立ちつくしていた蓮だったが、答えはもらえそうにないと 判断し、一つ溜息をつくと両手の荷物を持ちなおし。 「あんまりぼやっとしてて遅くなるな。優衣たちが心配する。それと…」 「なんだ?」 「こんな日差しをまともに浴びるようなところにいないで日陰にいけ」 日射病で倒れても面倒はみないからな、と自分の言いたいことだけ言うと、海之の返事も 待たずにくるりと踵を返す。 言葉は悪いが、海之を気づかっての台詞なのは明らかで。 去っていく広い背中を、眩しそうに見送る海之が、とても柔らかい笑顔を浮かべていることに 蓮が気づくことはなかった。 ******* ******* ******* ******* ******* ******* 「遅いッ!何やってたのッ蓮ちゃん!!」 軽やかなベルの音を鳴らしながらドアを開けると、真っ先に蓮を出迎えたのは仁王立ちで ドアの開くすれすれに立っていた沙奈子で。思わず開いたドアをまた閉じそうになった。 沙奈子が買ってきた、アマゾンの妖しいお面も負けそうな表情で立っている彼女の大脳 からは自分が遠慮の欠片すらもなく、めいっぱい買い物を言いつけた事は都合良く 忘れられているらしい。 「…悪い。変なのに引っ掛かった」 ほんの少し、海之と言葉を交しただけのつもりが意外なほどに時間をくっていたらしい。 出来うるかぎり、身長差を縮めて睨みつけてくる沙奈子の迫力に、やや怯みながらも蓮が そう返事を返すと、今度はカウンターの当たりから声が飛んできた。 「変なのって、またケンカ売られてたんじゃないのかよ?」 「……城戸…おまえ…」 ケンカ売らずにはいられないくらいの無愛想さだからな、と真司がナチュラルに蓮の神経を 逆撫でする。 キリキリと吊り上った目で城戸を睨みつければ、腰が引けつつも、何だよ事実だろッと更に 蓮の怒りをわざわざ買って花鶏内の空気が一気に冷たくなった、その時。 「どうかしたのか?」 拍手を贈りたいくらい、絶妙のタイミングで海之が帰ってきた。 ドアを開けた瞬間の寒い空気を感じとったのか、眉をわずかに寄せ、首を傾げながら、 全員の顔を見渡す。 「あ…お、おかえりッ手塚」 「手塚くんお帰…やだッ顔真っ赤よ」 「…そういえばヒリヒリする…」 優衣の指摘するとおり、いつもは色のない顔が今は赤い色が指されている。特に頬の高い あたりと鼻の頭が見事なほどに真っ赤になっていた。 陽の当たる場所に長い間いたからかな、と赤くなり熱を持った頬にそっと手をやる。 「えーッ日焼けしちゃったんじゃないの?」 日焼け止めだ、いやシーブリーズだ、と優衣たちが大騒ぎするのを苦笑して見ていた海之は 、いつの間に近づいてきたものか、蓮が渋い顔をして立っているのに気づいた。 「秋山…」 「俺の忠告を聞かなかったのか?」 「いや…そんなことは…」 おそらくあの時の海之の様子からすると、蓮が去ってからもあの場所にボンヤリと居続けて、 言いつけどうりに日陰に移動したのは随分と経ってからだったのだろう。 本人から聞きだすまでもなく、おおよその見当がついてしまって、蓮の口から思わずといった 風に溜息が漏れるのを誰が止められるだろうか。 しかしそっと横を見やると、溜息の原因である本人は、蓮の脱力にも気づかずに柔らかな 空気を纏い、少し眩しげに目を細めて優衣や真司たちを眺めていた。 「……なんだ?……」 その様子が公園で見た姿に似ていて、余計なことだとは思いながらも、蓮は問いかけずには いられなかった。 「ああ……ここも空気が同じだな、って」 「同じ?」 「…ん…花鶏も優しい空気で、すごく休まる…」 静かな、静かなその言葉で、ようやく海之があの場所にいた理由が、彼の言いたいことが わかったような気がした。 他人の気(というよりは未来だろうか)を視ることに長けた海之にとっては他人と接する 機会の多い【街】という場所は、多分、神経が緊張しつづけて疲れるのだろう。 そのせいなのだろうか、時たま、まるで電池の切れた人形のようにぼんやりとしている事 があるのは。だから、あの場所に、自然の近しいところにいたのだ。 「…そうか…」 そうして、二人して視線を向けた先にいるのは、まだ大騒ぎしている真司たち三人。 どこまでも賑やかな、花鶏の店内。でもそれは神経をイラつかせるのではなく、休ませるのだ という海之。 ライダーとなって闘う非日常の中でたった一つの日常だと、そういう事なのだろう。 否定しながらも、どこか受け入れつつある蓮にも、気持ちはわかる気がした。 だが、気持ちがわかるとは言っても、この大騒ぎとは話は別で。 いつまでも騒いでいる三人に拉致があかないとばかり、蓮が海之を引っ張って二階に 上がろうと一歩踏み出した、その時。 「みんな、みんな、優しくて…本当に癒される…」 その言葉が蓮の耳に届いた。 多分、無意識に零したのだろう海之の言葉。それを背中で聞きながら蓮は苦笑が零れるのを 止められなかった。 (まったく、あいつは…) 取り合えず、海之を二階の寝起きしている部屋に押し込み、自分は階下へとって戻る。 下へ降りると真司がギャアギャア騒いでいたが、思いっきり無視して出来るだけ柔らかい 素材のタオルを選んで引っ張りだした。 そしてそれを、勢いよくだした水で濡らしてから固く絞って、また海之の元へと戻った。 蓮が何をしようとしてるのか、今ひとつわかっていないらしい、海之がベッドにチョコンと座り 不思議そうな顔で、じっと彼の行動を追っていた。 「何をするん…うわッ」 濡れタオルをどうするのか、と聞こうとした海之の顔に蓮は無言で広げたそれを、ポス、と 被せた。 そしてそのまま、突然のことでもがく海之の顔を窒息しないよう加減しながら、押さえる。 「大人しくしてろ、手塚」 「ムー、ムムッ…」 手のひらの下で何やらフゴフゴと抗議しているらしい、海之を小さい子をあやすように窘めた。 かなり、熱を持っていたらしい日焼けした肌は、冷えたタオルをすぐ温くする。 温くなった面を折り変えては、冷えた面を出し、それを海之の顔にのせる。 何度も何度も繰り返すうちに、ようやく蓮の意図に気づいた海之が大人しくされるままになった。 そうして二人黙って、日焼けを冷やしていると、不意に蓮が言葉を零した。 「まったく、おまえは…。自分のことはわかってないな」 「?」 「花鶏が、おまえの言う癒しの空間なら…そうだとしたら、そこにはおまえも含まれるんだ」 蓮の手のひらの下、濡れたタオルのその下で、海之が何か言おうとしているのが伝わってくる。だが、結局それは言葉にはならず。 「憶えておけ…おまえも花鶏《ここ》に居るんだからな」 そう、蓮が言うと、微かに海之が微笑んだような感触が手のひらに伝わった。 優しい人たちが造る、優しい 空間《あとり》。そこには君も、僕もいる。そして僕らは癒される。 |
| んーっと、ようやく蓮海SS第二弾です。でもやっとの2作目がコレ…(汗) こりは蓮海?蓮海なんでせうか??花鶏オールキャラ話じゃなくて??? 海之ちゃんって【占う】と言うよりかは【視る】って感じなのかなって思うのデス。 なので《未来が視える》ってコトはけっこうしんどいんじゃないかな〜って思って、 だから時々は誰にも知られないところで神経休めてんじゃないかな〜とかって 思って書いてみましたv でもボケ過ぎなのはきっと某ミユ役者のいめえじが反映したからデス(爆) 如何なもんでしょうか? (2002.10.13) |