SPECIAL MISSION SS - 03 セオドア

 俺はコートの中から無線機を取り出しスイッチのオンオフでのモールスで同僚に連絡を送る。
 ふと視線を上げると、香港の夜景が目に染みるが見とれているわけにもいかない。ぼさぼさの髪をかき、懐から愛用のコルト1191の復刻版を取り出すとチャンバーに弾丸をおくりこむ。そして愛用のやたらと重いタバコをくわえて呼吸を整える。
 自分のなかでタイミングを取る。そして俺は背後の扉を蹴破って中にいた「コック」達に銃を突きつけた。
 「ホールドアップ!」
 俺がそう言うとコック達は素直に手を上げて端に固まる。それを確認すると俺はもう一度無線を取り出した。
 「こちらS。厨房を確保」
 「こちらR。別班が作戦行動中。そのまま待機せよ」
 通信を終えると俺はコックの監視に戻った。ここはまがりなくとも有数の武装犯罪組織「龍頭」の傘下の料理店だ。コックといえど油断は出来ない。
 ふと、俺の鼻が何かをかぎつけた。
 「なんだ・・・」
 俺がコックの方を見ると、コック達は俺の背後を指差していた。俺がそちらを見ると、巨大な中華なべのほうから煙が上がっていた。酢豚がこげていたのだ。
 「おわっ、どすりゃいいんだ」
 俺があわてて近くにあった缶から水をかけようと缶を引っつかんで中身をぶちまげようとすると、コック達が悲鳴をあげた。

 「馬鹿っつやろう!!」
 部長の雷がものの見事に俺の頭上に落ちた。
 俺があの時かけたのは水でなく油だったのだ。それが引火し、火が天井に燃え移り料理店は全焼してしまったのだ。
 「でも部長、料理店と龍頭との繋がりは証明できたわけですし。それにあそこを潰したって事は龍頭の資金源を一つ潰したことに・・・っは!?もしかして一石二鳥じゃないですか!?」
 「馬鹿っつやろう!!!」
 スキンヘッドで浅黒い肌をし、サングラスをした部長は左記と同じ言葉をさらに力をいれて言った。
 「いいか!確かに資金源のカットは大いに結構!!だがなおかげで香港での行動が取りづらくなったんだ!!この大馬鹿者!!貴様は謹慎だ!!しばらく謹慎していろ!!!いいな!?セオドア!!」
 そこまで一気に言うと部長は机の引出しから頭痛止めをとりだすと、水も用いずに一気に飲み込んだ。絶対にいつか入院するぞ、このおっさん。

 俺が所属しているのはとある諜報組織だ。一般的に諜報組織というと、国機連や企業連の監察部をイメージする人が多いが俺の場合は機士団の所属である。カローライ疾風機士団情報部が俺の席を置くところだ。
 疾風機士団は機士団の中では尤も規模が大きく、そしてその実力ももっとも高い。その実力を100%発揮できるのは俺達、情報部の活躍があってこそだといえる。武装犯罪組織への内偵調査、現場の地形観測やらなにやらまで俺達が行うことで機士はそのわずらわしさから開放されているのだ。
 「よぅ、また部長の雷かい?」
 俺が腰のポケットに両手を突っ込んで歩いていると横から声がかかった。俺が顔を上げると、真っ白なスーツを着こなし、白いソフトハットとという情報部一の伊達男・・・いや恥ずかしい男、テリー・ギャリソンだった。
 「まぁな。お前は?」
 テリーはあの時、支配人室へ乗り込んで繋がりの証拠になる書類の奪取を任務としていたはずだ。俺のあの不可抗力とも言える放火でそれは成功したのだろうか。
 「大成功よ。お前の騒ぎのおかげで隠し金庫の場所もばっちりよ」
 とテリーは親指を立てて言った。
 「で、また謹慎だろ?これで何回目だ。もう両手じゃ足りないだろ」
 「うるせぇ。お前は火事場泥棒かよ」
 「許せ、楽して大きい仕事が俺の流儀だって知ってるだろ。まぁ、おごるからさ、付き合えよ」

 俺達の行きつけの店は機士団領でももっとも繁華街から離れたところにある和風バー「榊」だ。日本では居酒屋とか「アカチョーチン」とか呼ばれているらしい。不思議とこの畳の個室が俺達を落ち着かせた。
 「まぁ、ありゃ事故だよ。事故、おれもそう思う」
 ジャケットを脱いだテリーが俺に冷えた日本酒を注ぎながら言った。おれは一握りで隠れるくらいの杯で受けながら聞いた。
 「たしかにな、チャイニーズどもの料理はわからんよ。なにせ強い火力を使えばうまい飯が出来ると考えてやがる。強い火力を投入するのは戦場だけで十分だ。それにくらべ・・・」
 とテリーは目線で食卓の上の小皿に盛られた魚の切り身をさした。
 「日本の料理はどうだい?なんと繊細で美しいことか。きっとあれだぜ、企業連に和食部門ができたら兵器部門より売上を伸ばすに違いない」
 「ああ、きっとそうだろうさ」
 俺は投げやりに答えると杯を一気に飲み干した。テリーは普段はいい奴なのだが、一度酒が入り食事の話になるとすこぶるつきで五月蝿い。
 「でさ、結局のところどう繋がってたんだ?」
 俺の言葉にテリーは声を落とした。腐っても諜報員ということだ。
 「確かに多少なりとも資金源にはなってたようだが、その実は幹部や外組織への接待施設だったようだぜ。奥の部屋にチャイナ美人がわんさかといたぜ」
 「・・・娼館?」
 「まぁ、そんなとこだ。飯付きでな。彼女らは俺が連れ出し、信用できる筋で保護してもらってる」
 「報告書にそんな事は書いてなかったぞ」
 俺の言葉にテリーは鼻で笑い、銚子のまま酒を飲んで言った。
 「ったりまえだろ。書いたら企業連の連中に彼女達を渡さないといけなくなっちまう。あいつ等に美人どもを渡すなんて御免だね」
 俺は頭をかかえた。こいつは酒が入っていても、入らなくても女性の扱いだけは何時も別格なのだ。しかしいいのか、あそこが外交用の娼館だとするとそこそこの人数がいるはず。それが一度に姿を消すとなるとひずみが出来るはずだ。
 「気にすんなって。資金源も潰して、不運な彼女達を助け出して一石二鳥じゃないか。それに、ウチの団長も言ってるだろ?世のため世界のためになることをしろってな」
 「・・・お前、その言葉を心の奥底から下心がなくて言ってると言えるか?」
 その言葉にテリーは急に立ち上がり、銚子を振り上げ高らかに宣言した。
 「言えない!!」
 銚子から酒がこぼれ、俺にも少しかかった。迷惑極まりない。

 俺の元へ謹慎命令の撤回が告げられたのはその翌日だった。俺は何時も謹慎命令を食らうが、直ぐにその命令は撤回されている。毎度毎度、面倒な仕事が俺を待っているからだ。
 「でよ」
 俺が輸送用のガンシップの中で不機嫌につぶやいた。俺の前の席に座っていて、ヘッドフォンで何かしらの音楽を聴いている男は楽しげに体を揺らし俺の言葉には気が付いていなかった。
 「おい」
 俺がそいつの椅子を蹴飛ばすと、そいつ・・・テリーはやっとヘッドフォンをはずした。
 「なんだよ?こっちはご機嫌だってのにさ」
 「こっちは不機嫌だよ。なんで、お前とコンビなんだよ」
 その言葉にテリーは少し考えて答えた。
 「命令なんだからしょうがないだろ。とりあえず次の仕事は俺達二人だけなんだ。仲良くやろうぜ」
 とテリーはヘッドフォンをして再び体をゆすり出した。まったく、上層部も早まったものだ。そういえば、テリーが音楽を聴いているところなんて俺ははじめてな気がした。こいつとは付き合いは長いほうだが、ふだんは黙っているか週刊誌、それもゴシップ専門の奴を呼んでいるところしか見たことがない。
 「おい、何の曲聴いてるんだ?」
 「雅楽」
 ・・・雅楽ってそんなにノリノリだっけ?

 任務は中東を活動の拠点としている麻薬密売組織スリチャイファミリーの情報集積施設になってると思われる酒場への侵入だ。ハイウェイの中継地点にあるその酒場はぱっと見た感じは、ナイトショー中心の大人の酒場なのだが裏では麻薬の売買から売人同士が情報を持ち寄って相談する議場でもあるらしいのだ。
 俺達はそこから離れた街へ降り、レンタカーでそこまで向かうことにした。ぎりぎりまで面倒は起こしたくないし、面倒なんて起こらないに越したことはないのだ。

酒場はいつしか戦場となっていた。どこでとちったのかは判らない。ただ、原因があるとすればテリーが高笑いをあげながらボーイを投げ飛ばすのを目撃しているから、きっとそれだろう。俺には原因がないと思いたい。
 最初は乱闘騒ぎだった。店員や他の客も入り混じってでの大乱闘。そして誰かが銃をぶっぱなし、それに触発され店員がマシンガンを持ち出し、他に客が残っているのか判らないが銃撃戦が始まった。
 俺はショーステージの陰に隠れ、コルトを抜くとチャンバーに弾丸を送り込んだ。頭の上の電球がマシンガンの弾丸で弾けとぶ。
 「こういうのは得意じゃない」
 上身を起こし、すばやく1階の様子を見てマシンガンを持った店員二人に向かって3連射。しかし、当たったのは一発だけだった。右肩に食らった店員はマシンガンを落として激痛に崩れ落ちたが、もう一人は恐慌状態に陥ってマシンガンを周りに向かって乱射し始めた。俺はあわててかくれる。
 「わははははは!!」
 場所を選ばない笑い声が一発の銃声とともに降りかかると、さっきの店員の悲鳴が聞こえた。ちょっと顔を出すと白スーツの男が大型リボルバーを振り回しながら店員をなぎ倒していた。荒事は恥ずかしい奴に任しておこう。俺は手近な扉へ飛び込んだ。
 
 ひどくお粗末な一世代前のパソコンを今風にバージョンアップしたものがここの情報の中枢だった。それだけにプロテク自体も指紋照合や網膜照合といった面倒な手段をとらず、純粋なデータ式プロテクトのみだったので情報部御用達のコードバスターを直結すると直ぐに解除できた。
 データディスクの差込口に吸い取り専用のディスクを挿入し、自前のPDAに直結する。このPDAには最近、機士団内で流行し問題ともなった「AAA級のプロテクト以外」の防護手段がない強制データ吸い取りプログラムを入れてある。この開発元は疾風機士団内のとある機士だという噂があるが、俺は諜報活動に便利なので愛用している。
 鼠がチーズに見立てたデータを運ぶグラフィックがデータ転送の完了の度合いを告知しているのだが、これによるとあと10分はかかるようだった。このソフトをもってしてもこれだけの時間をかかるとはよほどのデータ量なんだろう。もっともこのPDAはかるくテラ級の容量を持ってるから大丈夫だし、もし足りなくなっても衛星リンクを使えば情報部のサーバーに直接データを送ることも出来る。問題は時間だ。まだ銃声はしているから、いつ店員がここへ来るか判らない。とりあえず、ここへ来る途中に遭遇した店員は無力化してるから大丈夫だが、ホールの店員がまだいる。
 「うぉぉぉぉぉぉ!」
 恥ずかしい奴の叫び声がしてきた。俺はドアの陰に隠れて声のしたほうの通路をそっと見ると、テリーが帽子を抑え愛用のリボルバーを振り回しながら走ってきた。
 「何やってんだ?」
 俺の姿を見つけ、俺の居た部屋に走りこんできたテリーにそういうと、テリーは大きく肩で息をしながら答えた。
 「弾・・・切れた」
 「で、何で走っている?」
 「追いかけられた」
 その言葉にテリーの走ってきたほうを見ようとすると、銃弾が飛んできた。俺は慌てて頭をひっこめる。
 「何人?」
 「一人」
 「殴っとけよ」
 「いやぁ、相手マシンガンだし」
 と言いつつ、俺はこいつがマシンガンを持った敵を何人も投げ飛ばしているところを何回か見たことがある。
 「セオドア、お前弾丸は?」
 俺はコルトの弾倉を抜き、絶句した。一発もない。慌ててチャンバーを確認すると、一発だけ残っていた。
 「お前、弾は?」
 「あったら逃げてねぇ」
 俺達は顔を見合わせた。銃声は段々と大きくなってくる。おそらく、仲間が全部やられて恐慌状態になっているんだろう。動くもの全てに弾丸を打ち込んでいるという感じだ。こんな厄介な奴を引き寄せてくるなよ。
 「よこせ!」
 テリーが俺のコルトに飛びついてきた。
 「馬鹿!これは俺の銃だ!」
 「俺のほうが上手い!だから貸せ!」
 「五月蝿い!俺のは俺のだ!」
 俺達はコルトを取りあった。そうすると、コルトがドアの縁に当たった瞬間に暴発した。
 「うがぁ!?」
 悲鳴。俺達はあわてて通路を見ると、マシンガンを持った男が一人転がっていた。

 「あれは俺が撃ったんだからな」
 「五月蝿い。あれは俺の銃で、弾丸も俺のだ」
 機士団領のカフェ「ジュリアス」。オープンスペースと、コーヒー。そしてテリーが言うには麗しきウェイトレス達の園。そこで俺達は言い合いをしていた。前の任務の時の最後の一発はどうみても俺の銃から放たれた俺の弾丸なのに、奴はそれは俺の手柄だと主張するのだ。そんな話はない。出来高制のこのお仕事、自分の手柄はしっかりとキープだ。
 「よし、じゃぁ百歩譲ってそれは認めよう。だが、引き金を引いたのは俺だ」
 「馬鹿野郎、引き金には俺の指がかかってただろうが」
 「その指を押したのは誰だ?俺だろうが」
 ああ、水掛け論。それにしても、俺が回りに目をやるとウェイトレスが何時もと違っていた。
 「なぁ」
 「なんだよ」
 「ここって、ウェイトレスの衣装ってチャイナドレスってあったか?」
 俺の言葉にテリーは満足そうにうなずいた。
 「おうよ。香港より渡来した飛び切りの女の子達付でな!」
 その言葉に俺は頭を抱えた。隠そうにも、バレバレじゃないか。



SPECIAL MISSION SS - 03 セオドア
2002/06/14 掲載