SPECIAL MISSION SS - 06 黒刃幻慈

 私のつまらない過去を一つ話すとしましょう。これはご同業者なら・・・特に彼方なら珍しい話しではないのですが、私にとっては確実に私の中の感情の一つが崩れたエピソードだから話しておきます。
 そこで私はバーボンを一気にあおり、目の前の男に言った。酒の力も助け口調も砕けた調子になった私は何時になく饒舌に話し出した。
 私は戦争孤児だったらしい。正確なところは知らないが、私の育ての親であるところの師匠が言っているからそうなのだろう。中東の街中でアジア系の子供が闇市に流れていたので、良く目立っていたらしい。あのままあそこにいたら確実にばら売りされてたか、チャイルド・ソルジャーとして輸出されていただろう。
 私の師匠は西日本共和国のエージェントだった。共和国エージェント育成施設の剣岳養成所に連れて行かれた私はそこで様々な教育を受けた。読み書きを始め、様々な暗号や体を使った信号。拳銃から大型の狙撃銃、爆薬、ナイフ、徒手空拳の暗殺術にいたるまで多くの技術を見につけた。
 最初の任務は師匠のサポートでの共和国内を陸路にて輸送される他社の物資の一部を盗み出すといったものだ。普通ならば空路や海路などの比較的襲撃されない状況下にて輸送するものだが、時として強力なコンボイ・・・護衛車両団・・・や幾十にも偽装するなどして陸路をとおる事もある。今回は旧国道をコンボイに護衛されている車両が対象だった。
 対象の移動ルート上に潜伏し、速やかなミッション。開始から終了まで5分の実に簡素な作戦だった。これを始まりに私と師匠は正式にコンビを組むことになり半年で十幾つもの作戦をこなした。そしてあの日がやってきた。

 その日は朝から憂鬱だったのを覚えている。同期生の中で唯一個室を与えられた私は朝食まで一人で部屋の中で時間を過ごした。朝食は食堂でとり、昼まではいつも通りの訓練メニューをこなした。同期生の大川瀬の授業・・・彼は訓練生でありながら、格闘技の教官を一撃で昏倒させたために私達に教える側に回っているのだ・・・でも私の陰鬱とした気持ちは晴れなかった。 
 昼食時に師匠に呼び出され、その時に新しい任務につくように言い渡された。
 「これは私にとっても気が重い仕事だ。同属殺しはな」
 師匠が最後に言った言葉だ。それは私も同じだった。
 任務の詳細は移動中に師匠から口頭で伝えられた。暗殺対象は六菱重工系列瀬川造船傘下宮元工業の重役、容疑は某公社への技術流出の首謀者だ。技術の流出といえど、腕部補助アクチュエーターシステムモーターのコイルに関する物だけだが、某公社の最大の弱みは製品のモロさ。そこを補完するような技術を流した罪は重い。
 しかし、私が一番ひっかかったのは完全に黒でなく容疑者という灰色の段階で暗殺命令が降りたのだ。いや、今から考えると灰色だったから暗殺なのかもしれない。本来なら、黒確定なら企業裁判を経由して公の場にて断罪するのが一番だ。そうする事で見せしめにもなり、かりそめにしろ企業としての健全が計られたであろう。
 私が任務に関する疑問を口にするまも無く、その日の深夜には師匠と共に対象の自宅へ辿りついた。師匠の説明によると対象の家族は企業側の偽装工作によりパーティーに出かけており、本人は仕事の都合で参加できずに先ほど帰宅した頃であった。移動に使った車から降りると、師匠はいずこかへ連絡し電話を懐にしまうと私に警備システムが沈黙した事を知らせてくれた。
 師匠が裏側の人間の警備員がいる出入り口から侵入し、私は警備システムが沈黙し無防備となった正面玄関から侵入することにした。玄関から侵入すると、私は近くの影に身を潜め懐から愛用の消音拳銃7式を取り出した。これは装弾数が一発で、一回の射撃のたびにマニュアルリロードをしないと行けないために不便だが、通常のサイレンサーでも難しい9割以上の消音効果を持っている特殊拳銃だ。
 これは同期生同士で良く討論するのだが、特殊任務、とくにこの場合のような暗殺ミッションにおいて有効なのはどのような武器が最適かと言う事である。ある者はナイフが最適といった、音も無く忍びより背後から口を押さえのど元を切り裂けば良い。いや、急所を一突きするだけでもいいと。またある者は狙撃ライフルが良いといった。視界外から一発でしとめそして離脱すればクールだと。その質問を師匠にした事がある。すると彼は言った、徒手空拳が最強であると。実際に彼が音も無く三人の武装警備員をあっという間にしとめたところを見た事のある私は納得した。
 銃を握り3発の弾丸をポケットに入れ、私は影から別の影へと移った。そして屋敷の内部図を思い出す。そして先ずは二階へと登った。記憶が確かならこの階に対象の書斎があるはずだ。対象がいるならば、その部屋か寝室のどちらかだろう。
 書斎の前に辿りついた私はドアを静かに空け中の様子をうかがった。部屋に明かりは灯っているものの人間の気配は無かった。その時である、階段から誰かが登ってくる音が聞こえた。師匠かもしれない。いや、その前に対象かもしれない。そこで登ってくるのが誰か確認した上で対応するべきだったのだが、そこで私はミスを犯してしまった。書斎の中へ隠れてしまったのだ。こうなっては仕方がない。私は書斎の本棚の影に隠れ、銃口をドアに向けた。
 ドアの外の気配はどんどん書斎へ近づいてきた。そこで私は思考する。師匠ならばこのように気配を撒き散らす歩き方はしないだろうし、警備の人間ならこのように雇い主の家の中をどうどうを歩き回るような事もないだろう。すると・・・対象か。
 ドアノブがゆっくりと回る。私の指に力が入る。ドアがゆっくりと開く。そして私はトリガーを引く。
 「あっ」
 それは小さく声をあげ、ゆっくりと書斎の中へと倒れこんできた。私は慌てて駆け寄る。私が眉間を打ちぬいたのは、対象の中年男とは違い私と年ごろがそう変わらない娘だった。手の力が先と違い全く入らなくなり、拳銃を下へと落とす。
 「あっ・・・あ・・・」
 口から声が漏れる。そこへ師匠がやってきて苦々しく口を歪めると、私の頬を二度強く叩き言った。
 「任務完了だ。脱出するぞ」
 対象は師匠が始末したらしい。私達は急いで屋敷を出ると、カモフラージュの配管工事のワゴンに乗りこんだ。そこでまだぼうっといている私に師匠の拳が飛んできた。そして私は師匠に状況を説明するとまた頬を叩かれた。一日でこんなに師匠から叩かれたのははじめての事だった。
 「馬鹿なミスをするな。なぜ逃げ場の無い書斎へ逃げ込んだんだ。いや、それにしても対象を確認せずに発砲したんだ。貴様は強盗などのディンゴじゃないはずだ。何の為の訓練だ」
 師匠は静かにそう言うと電話を取りだし、幾つか言葉を交わすと電話を切り一度私を睨みつけると黙ってしまった。私は小さくなり、膝を抱えると黙りこんだ。すると間も無く電話が掛かってきて師匠がそれに出るといくつか言葉を交わすと電話を窓から放り投げ、その電話めがけて師匠が珍しくも拳銃を取りだし電話を打ち砕いた。
 「情報部のミスだ。娘は二人いたんだが、妹の方がどうやら『父親思い』らしい」
 師匠はそういうと車を走らせた。
 「後悔してるか」
 車がハイウェイにのりしばらくしてから師匠が私に言った。私は頷いた。同い年いや子供を一撃で殺したのが始めてだったのだ。悪人やゴミのような人間を殺すのに罪悪は感じない。しかし、今感じているのはなんなんだ。
 「お前が取るべき道は三つある。一つはとても厳しいがありとあらゆる任務を完全にこなせる人間になれ。二つは失敗しても後悔しないように心を殺せ」
 師匠は私にそういうと黙り込んでしまった。私は涙ではれた目で師匠を見た。
 「・・・最後の道は?」
 私が師匠に聞いた。
 「この道を諦めろ。私が引導をやろう」
 私は車がハイウェイを降りるまで考え、そして私は卑怯にも一番楽な二つ目の道を選んだ。

 
 これが私です。私は彼方と違い、楽な道を選んでしまった。今となってはどんな人間でも、例え赤ん坊でも殺す事ができる。師匠はある任務の中で鬼籍に入られましたが、最後の最後まで私の選択を間違っているといってくれました。そう、私は間違っているのです。そんな私でも欲しいと彼方はいうのですか。
 目の前の男は私の話しを最後まで聞き、一口バーボンを口に含むと私に言った。
 「世は動乱の時代だ。企業同士の殺し合いで親は死に子供は死ぬ。理想論では世界は救えない。理想論の世代では実際に戦争は消えなかった。戦争には力が必要なのだ。一刻も早く戦闘を終わらせる力がね」
 目の前のオールバックの男は私をじっとみると更に言葉を続けた。
 「俺達には力が必要だ。時として毒ともなりうる力が」
 その男、ロバートと名乗る男は私にそういうと懐から一枚の小切手を差し出した。それを一瞥すると破格の金額が記入してあったが私はそれを彼につき返した。
 「断るのか?」
 彼の言葉に私は静かに酒をあおった。


 数日後、私は傭兵島へと降り立った。機士としては未熟な私がどこまで役に立つか判らないが、血まみれのこの手が役に立つなら協力しようではないか。殺した子供達が安心して生まれ変わり生きていける世界を作るためにも・・・



SPECIAL MISSION SS - 06 黒刃幻慈
2003/02/15 掲載