≪七夕≫
七月に入る少し前から、警察署の入口に大きな笹飾りが置かれている。
誰でも自由に短冊などの飾り付けができるようにと、その横には折り紙や短冊などが「ご自由にお書き下さい」の案内と共に置かれている。
近隣住民との触れ合いを目的としたサービスの一環というものだろう。
それなりに好評なのは、おそらく、その笹飾りが一般家庭にあった場合置き場所に困るような巨大な代物である事も関係しているのだろうと思う。
特に理由はないが、笹飾りが立派であると、それだけで願いがより高い確率で叶うのだという錯覚に陥るものだ。
……まあ、祭りという側面から見れば、この笹飾りというのも悪くはないものだとも思う。
笹に飾られてひらひらと揺れる願い事は、それだけを見れば微笑ましい光景なのかもしれない。
「七夕というのは、結局のところ何をするものなのかしら?」
その笹飾りを見ながら、メイがそんな事を聞いてきた。
どうやら、TVなどで見る大規模な七夕行事と、触れ合いの一環とやらで警察署の玄関で行なわれている、比較してしまえばささやかな笹飾りとが、同一の名称で呼ばれている事が不可解なようだ。
メイは、この国にいた頃に、いわゆる笹飾り程度の小規模な七夕の類は体験していない。そのようなモノに触れるような環境にはなかったからだ。
こうして改めて笹飾りだけを見て、その言葉の意味を知ってはいても、イメージ的な誤差を感じるのだろう。
「大規模なものはともかく、警察署や商店街で行なわれているのものは、笹の葉に飾りつけをし、願いを書いた短冊を飾るというものだ」
「それで?」
「それで、とは?」
「願い事を書いてどうするというの? 大声で読み上げて互いに励ましあいでもするのかしら?」
……おもしろい事を考えるものだ。
七夕祭りがそんな事を行なうものなら、私は参加したくはないが。
「単に書いて飾るだけだ。天の川の織姫と彦星が、その短冊の願いを叶えてくれる、という趣旨のものだからな」
一般的なイメージを元にした、子供向け絵本に載っているような内容の私の回答に、メイは呆れたような顔になった。
「本気で信じているのかしら、そんな荒唐無稽な御伽噺を?」
……無論、心の底から信じているというわけではないはずだ。
その慣習は、この国における神頼みの一種なのだろうと思う。
実際はもう少し違う意味も深い謂われもあるのだが、小規模なお祭り行事として参加者達から認識されているのは、その程度の意味しかないだろう。
ちらり。視界の隅に飾られた、警察署玄関の笹飾りを見る。
そこにあるお願い事は、非常に可愛らしく、同時に他力本願にも見えるものが多い。
こうして書いて笹に飾っておけば、もしかしたら何か不思議な力が叶えてくれるのではないか……と。そんなものも、中にはある。
だが。
「無論信じてはいない。願いを叶えるのは自分自身の信念と努力があってこそのものだ」
例えば仮に、何かを欲しいと願うのならば、せめてその対象を手に入れるべく努力すべきだろう。
それもせず、ただ与えてくれるのを待つばかりの人間には、それを手に入れる資格はないはずだ。
「だが、自身の心にある願いを、短冊という形で人目にさらすことで、その願いを自分自身で再認識し、かなえなければならないのだと自分を追い込む事になるのだろうとも思う」
最大限の努力を惜しまず、その上で願いを神に祈るのならば、それは個人の自由だろう。
「絵馬などと同じだな。叶えてくれるのは織姫でも天の神でもない、その願いを目にした自分自身なのだと」
実際はそのように考えられて行なわれているものであるかは定かではないが、メイは私のそんな説明に納得したようだった。
「そう……そう考えれば、愚かしい伝説に踊らせれて願いを飾るという行為も、あながち他力本願なことではないのかもしれないわね」
そう言って、メイは冷ややかな視線で笹飾りを見た。
緑色の笹に、色とりどりの短冊が吊るされている。その数だけ、誰かが夢見た願いがある。
笹飾りの横には、自由に書けるようにと無地の短冊が置いてある。これに何かを書いて、飾り付けるようになっているのだ。
私はその中の一枚を手に取った。
「もしメイが短冊を飾るとしたら、何を書く?」
「決まってるわ、『完璧な勝利を』よ」
「それは君の心にある願いか?」
「そうよ」
冥が口にしたその願いは、父であり師でもある狩魔豪から与えられた義務であるはずのものだ。
「自分自身に再認識させ、追い込まなければ勝利を得る事もできないというのならば、それは哀れだな」
私の言葉に、メイは悔しそうな顔になった。そしてその感情を隠しきれない、小さな声で呟いた。
「……私はパパのような天才ではないもの。常に努力し続けなければ、狩魔の名誉に泥を塗ってしまうことになるわ」
「そうか。ならば私も、短冊に『メイに完璧な勝利を』と書いて願う事にしよう」
言いながら、その通りの言葉を短冊に書いた。
メイはそんな私を呆れたように見た。
「レイジが私の勝利のために努力をするというの? ナンセンスだわ」
「もっともだな。だが、これでメイが追い込まれて十分な実力を常に発揮できるのならば、結果は十分だではないか?」
「……余計なお世話よ」
そして、他人の願い事を勝手に晒すなんて嫌がらせだわ、と、メイは小さな声で付け加えた。
2003.10.20.
変な七夕ネタです。時期は大幅に外れています。
逆転裁判1の前、冥が何かの理由でアメリカから来た時の話という感じです。