≪電車≫

 ラッシュ時の電車というのは、うんざりするほど混んでいる。
 どこからこんな数の人間が来るのかと、そして、よくもまあこんな人数をこの狭い空間に詰め込めるものだと。
 無論、自分もその中の1人であり、一部であるわけだが……そう思ったところで、このラッシュという時間が憂鬱なものである事はなんら変わりはない。
 いつもはこの時間にこの電車に乗る事はない。慣れてしまえばそれなりの状態で過ごせるのだろうが、たまに遭遇するこのラッシュはどうにも耐えがたい。

 ……この息苦しい空間の中、せめてもの救いと言えるのは、御剣が近くにいる事、くらいか。
 それにしても、だ。

「正気とは思えないわ」

 冥の呟きに、御剣はやれやれと、小さな声で反応する。

「この混雑のことか?」
「ええ」
「まあ、仕方あるまい……それにまだ、これはマシな方なのだがな」
「え?」

 と、御剣は電車の外に視線を向けた。
 次の停車駅が見えてくる。
 ……この駅は別路線への接続となっている駅だ。それなりに人が降りる――はずなのだが。

「う……」

 ホームに並ぶ乗客達を見て、冥はもっとうんざりとした気分になった。
 どれくらいの人間がこの駅で降りてくれるかはわからないが、乗ってくる人数の方が確実に多そうだ……。

 電車がホームに滑り込む。ゆっくりとスピードを落とす。
 慣性の名残が、がたん。乗客達を揺らす。
 電車が完全に止まった。一呼吸置いて、ドアが開くはずだ。
 人の流れにひどく押されなければいいのだけど、と、冥は身構えた。

 ドアが開いた。人が外へと歩きだす。幸いにもその流れから外れられ、つかの間、圧迫感から逃れる事ができた。
 だが、またすぐに、先ほど以上の混み具合となるのだろう。

「――メイ」

 ぐい。御剣が冥の腕を引いた。
 降車の際に少しだけできた壁際の空間に冥を押しやる。

 多くの人間が電車に乗り込み、そして電車は発車する。
 圧迫感に息が苦しい。電車の壁に挟まれながら、冥は御剣の胸に顔を押し当てているような状態になっている。

 密着した部分から、御剣の熱と共に、その鼓動が聴こえてくる。
 ラッシュはうんざりするモノだという事実は変わらないけれど、この状態は少しだけ、気持ちがいいかもしれない。

 ――と、御剣が冥の腰に手を回し、冥の身体を軽く抱きしめた。
 電車の中で――と、冥は身を固くしたが、この混雑ではすぐ隣の乗客ですら、御剣の行為に気がつく事はない。

「こうしていれば、悪いモノでもなかろう?」

 低く小さく、御剣の声が冥の耳元で囁かれる。
 その言葉を肯定するのも否定するのも何だか癪にさわって、冥は御剣の胸に顔を寄せたまま、聴こえなかったフリをした。


2003.11.10. 手直し。



ちくちくと改造、オチを変えてみました。
前よりもこっちの方がいいかな、と。
またそのうち、全然別物に変わっているかもしれません…。