≪一緒に≫

 フランス料理の店『吐麗美庵』――非常に珍しいというか、感想を言いがたいような経験をした後、私達は別れてそれぞれの帰路へとついた。
 思えば、この国に戻るのは久し振りだ。
 矢張からの電話を受け、ジェット機をチャーターして戻り、その後は成歩堂の代理として事件の調査に追われていた。
 そして今、ようやく少しだけゆっくりとできる余裕ができたかもしれない。
 もちろん、明日になればまた事件の処理など色々な職務が待っているわけなのだが。

「気の抜けた顔をしているわね、御剣怜侍」

 隣を歩いていたメイが、私を見上げながらそう言った。
 御剣怜侍、か――確かに、フルネームで相手を呼ぶのはメイのクセのようなものだ。
 だが……その相手というのは、敵対関係か、それに類する間柄の相手に限られる。
 あの裁判中、メイは私を御剣怜侍と呼んだ。それは仕方がない事だ。あの時の私は、メイにとっては『敵』である弁護士だったのだから。
 久々にムチの洗礼も受けた。裁判官や矢張が受けた数と比べれば、加減してくれたのか微々たるものではあったが。
 だが、今は――事件は真実にたどり着き、解決した。成歩堂も戻り、私の胸元にはもう弁護士バッジはない。もう2度とあのバッジをつける事もないだろう。

「メイ。いいかげん、フルネームで呼ぶのはやめてくれないか?」

 それは私も同じで、法廷で対峙していた時は狩魔検事と呼んでいたが――今はもちろん、いつもの呼び方に戻している。
 ……早くメイにも戻してもらいたい、というのが正直な気持ちなのだが、私の心中を知ってか知らずか、それともわざとか、メイは私の事を『御剣怜侍』と呼ぶままだ。

「あら――私をこの国に呼びつけたのは、『弁護士』としてのあなたでしょう? 御剣怜侍。ならば私はその役割を演じるまでだわ。この国から去るまで、ね」

 メイは冷ややかな表情を崩さない
 ……どうやら、まだ少し怒っているらしい。いや、怒っているというよりは拗ねているというべきか。
 ともかく、私はメイの機嫌を損ねてしまったようだ。
 1年ぶりに会えたというのに、この状況は口惜しい。

「ふむ……つまりは狩魔冥、キミはこの国にいる限り、私が弁護士であるという認識を変えるつもりはない、というわけなのだな?」

 同じくメイをフルネームで呼んでみる。案の定、メイは見てわかるくらいに、更に不機嫌そうな表情になった。
 ……自分は私の事をフルネームで呼ぶクセに、同じ事をされると嫌がるというのは勝手なものだ――が、その思いを素直に表してしまう様は、かえって可愛らしくも思う。

「……実際、その通りでしょう、御剣怜侍?」
「しかし私はもう弁護士ではない。あれはあの状況でたった1度きりの事だ。それはキミもわかっていると思うが、な」
「…………」
「いいかげん、機嫌を直して欲しいものだ。私がこの国にキミを呼んだのは、キミがどうしても必要だったからなのだから」
「……フン」

 ぷい。メイが私から顔をそむけた。
 ……さて、どうしたらメイの機嫌が直ることやら。
 きっと内心では、メイも、仲直りのキッカケのようなものを探しているに違いない。
 だがこの話の流れでは、易々と私を許すというのも癪に障るという事なのだろう。
 ……つまりは、話題を別のものに変えればいいわけだ。

「ところで、メイ」
 その判断に従って、私は強引に話を変える事にした。
「……何よ」
 いまだに声が不機嫌のまま、メイが私の言葉に応える。
 ……だが本当に機嫌を害しているのならば、私の言葉なんて軽く無視すればいい事なのだ。そうしないのが、何とも可愛い。
 そんな事を思いつつ、私は言った。

「私と一緒に来ないか?」

 ぴたり。メイの足が止まった。

「どうした、メイ?」
「……何を言い出すのかと思えば――」
「ふむ。そんなに動揺させるような事を言ったつもりはないのだが」
「動揺なんてしていないわよ――ただ、唐突過ぎたから、何を考えているのかと思っただけよ」
「世間ではそれを動揺と言うのだがな……」
「御剣怜侍、あなたは私相手に、世間に於ける一般論とはどうあるべきかを論じたいというわけかしら?」
「いや――先ほども言った通り、一緒に来ないかと誘いたいだけなのだが」
「……それはこの国――いいえ、今あなたがいる国に、私を呼び寄せたいというわけなのかしら?」
「まあ、そんなわけだな」
「何が目的なのかしら、御剣怜侍?」
「うム。さすがに一年も独り寝だと、人肌が恋しくなる」

 私の言葉に、メイが顔を強張らせた。
 ……そんな表情をされるほど、表現が露骨だっただろうか?

「……冗談だ」

 とりあえず、そう付け加えておく。

「あなたの冗談は、クスリとも笑えないわね、御剣怜侍――そして私を呼び寄せてまた、何かに利用するつもりかしら? 検事から弁護士に転向を決めた、とでも?」
「いいや、そうではない……」

 どう言えばいいだろうか。私は少し考え、言葉を選んだ。

「私はこの国の外にでて、様々な国の司法制度を見てきた」

 この1年の事を思い出す――この国にいるだけでは決してわからなかった色々な事が、私の経験となり糧となった。
 本や情報などで仕入れるだけの知識は、1度の経験には決して勝らない。

「メイ、キミにもそれを感じて欲しい、無駄にはならないはずだ」
「だから、共に来い、と?」

 フッ、と、メイは奇麗な唇をゆがませて、笑いのような表情を浮かべた。

「そうして、自分の歩いた後を私にも辿らせるつもり? あなたの後を歩くだけでは、決して追い越す事はできない。それをわかって言っているのかしら?」
「――では、メイ。キミは今のままで私を追い越せると考えているわけか?」
「…………」

 メイは口を引き結んで黙り込んだ。図星を指された時のいつもの態度だ。

「私を追い越したい――いや、並びたいと考えるのなら、外の国の司法制度に触れるのも1つの手段だ。それに、私を追い越すのは、まずは追い着き、並んでからだと思うが」
「……悪かったわね、まだ追い着いてもいなくて」

 小さな声で、メイがそう言った。少し声が震えているように思える。それは怒りか、悔しさか――

「……追い越すわよ、絶対に」
「うム、楽しみにしている」
「見てなさい、御剣怜侍――今度法廷で対峙した時は、絶対に勝ってみせるから!」
「……その『今度』は、永遠にないと思う、がな」

 私は立ち止まった。メイもつられて足を止める。
 私はメイの肩に腕を回し、軽く抱き寄せた。

「な――ちょっと!?」

 私の行為に、腕の中のメイが抗議の声をあげる。

「もう、機嫌を直してくれ、メイ――事情を詳しく説明できなかったのは私のミスだ。だが、それでも君ならば汲んでくれる……そう思っていた」

 そしてそれは正しかった。あの法廷で、メイは私と共に真実への道を開いてくれた。
 他の検事では駄目だっただろう、メイだからこそ、あの結果にたどり着けたのだ。
 それをメイは、私に踊らされたと感じ、屈辱と受け止めてしまっているのだろうか?
 そんな事はないのだ、と、どう言えばメイに通じるだろうか?

「……君は最高のパートナーだ。法廷で言った言葉には、まったく他意はない」

 言葉だけでは足りなかろうかと、抱きしめる腕に力を込めていく。
 ――それこそ、メイが逃げようとしても、離すつもりがないほどに。

「そんなこと……」
「私が信じられないか、メイ?」
「…………」

 メイは顔を伏せ気味にして黙り込んだ。だが私の腕の中で、嫌がったり抗ったりする気配は見せない。
 ……1年ぶりに味わう柔らかな感触は、空気の寒さを消し、互いの熱を確かに伝えていく。
 人目がないのをいい事に、しばらくの間そうしていて――私はゆっくりと腕の力を抜いてメイの身体を少し離し、その目を覗き込んだ。

「私と一緒に、来て欲しい。他の誰でもなく、キミに」
「…………」
「それにやはり、独りというのは、な――寒い夜など、今のようにメイが傍らにいてくれればと思わなくもない」
「……さっきはそれを、冗談だと言っていたような気がするのだけれども」
「うム。自分でもそう思っていたが、どうやらアレは、私の一番の本音らしい」

 照れもせずに私がそう言うと、今更のように――メイの顔が赤くなった。


2004.2.13.


逆転裁判3を終えて、いろいろな妄想が頭に(笑)
とりあえずこの後、当然のように冥タンは御剣にお持ち帰りされるという事で。
……逆転裁判3のEDに、御剣と冥が出てこなかったのが、
それはきっと、R12程度じゃどーにもならないよーな状況になっているからだ、
などと仮定し、妄想し、それを信じることにします、ええ、それはもう。
とか言い訳しつつこの程度(汗)
サーバー的にまずかろうという部分と、その辺に紐づきそうなトコロを消していったらこんな感じに。
結局、抱きしめるくらいしか残らなかったです……(笑)
いや、何と言うか、矢張からの電話を受けた御剣の横に冥タンいないかなーとか、
1年ぶりとかいう御剣のセリフにえええーーー!! とか思ったりしてましたがプレイ中、
それらをひっくるめて開き直って考えたネタという感じで読み流して下さい…。