≪意味がないもの≫

「ねえ、レイジ」

 読んでいた本から目を上げる事もなく、メイはまるで本の内容をそのまま読みあげているだけのような素っ気無さで、私に対してこう問いかけてきた。

「もしも、アナタが検事になっていなかったとしたら、アナタ自身、今頃どんな道を歩んでいただろうと考えているのかしら?」

 ……どのような意図をもってメイがそのような質問を投げかけてきたのかはわからない。
 だが、正直、そう訊かれて少し戸惑いを感じた。
 もしも私が、検事でなかったら? その場合、私は今どうしていただろうか。

 検事になろうと考えたのは、あのDL6号事件があったからだ。
 あの事件があったからこそ、私は犯罪者を憎むようになり、先生の下で学び、検事となるために必死に歩いてきた。
 そんな私が検事ではなかったら、か。

 つまりは、DL6号事件が起こらなかったら、私は今どうしていたのか――メイが問い掛けてきた事に対して答えるためには、その仮定を突き詰めていけばいいわけだ。
 ……なんだ。そう思えば、答えは非常に単純ではないか。

「その場合、私は弁護士になっていただろうな」
「弁護士?」
「ああ。昔は弁護士になりたいと考えていた事があった」

 弁護士というイメージで思い出すのは、その職にあった父の姿だ。
 父のような弁護士になりたい――幼い頃の私は、確かにそう思っていた。

「だから多分、そのまま弁護士になっていたと思う」
「ふーん……なら、いいわ」

 と、私の回答をきいたメイは、質問を投げかけてきたときと同じくらいの唐突さで、その話題をそこで終えようとした。

「……なにが、いいのだ?」

 メイが何を考えているのかさっぱりわからず、私はメイにそう尋ね返した。
 反射的に返してしまった答えを考えてみれば、私はメイに睨まれてもおかしくはない。
 どちらかといえば、私の回答内容を嫌がっておかしくはないはずなのだが……メイの態度は非常に不可解なものに思える。

「別に、たいした事ではないわ」
「たいした事ではない、と言われても、気になるのだが」

 そう言った私に、メイはちらりと視線を向けた。

「気になる?」
「ああ」
「本当に、たいした事ではないわ。ただ――レイジが弁護士であるのなら、たとえパパに弟子入りしていなかったとしても、どこかで会う事ができただろうから」

 メイは、少しだけ笑いながら、そう言った。

「それなら、別にいいと思ったのよ。レイジと会えるのなら」

 その言葉の後、メイはすぐにまた本へと目を戻してしまった。
 ……正直、助かった。そうでなければ、不覚にもメイの言葉に赤くなってしまった私の顔を見られてしまっていただろう。
 ……紅潮が収まるのを少し待ち、私はメイの隣りに座った。メイは気にもとめないように、本を読み続けている。

「……ならば、メイ」

 逆に、メイに対して、私は問い返した。

「もしキミが検事ではなかったら、今頃キミはどうしていたと思うのだ?」
「想像もつかないわ」

 私の言葉にメイは即答した。
 その質問に対し、考えた様子はまったくない。まるで最初から、考える事を放棄しているようだ。
 ……この質問は、元々はメイから投げかけたものであり、私はそれなりに考えたというのに――メイの態度は不公平にも思える。

「メイ、その答えでは面白くない――想像力を働かせてみせたらどうだ?」
「だってレイジと出会えないであろう事を考えるなんて、まったく意味がないもの」

 メイは読んでいた本をぱたんと閉じて――くすくすと笑いながら、私の肩に頭を軽くあずけてきた。

「私が検事であれば、どうなってもレイジとは出会えるのだから。だから私は検事がいいわ」



2004.06.12.



2004.5.3.発行の無料本、『意味がないもの』より転載です。
何となく、という感じの会話の話です。
短い話を書くのは楽しいので、もうちょっと更新できればなあと思うのですが、どうにも。