≪番号≫

 どうして自分の携帯電話に、あの男の番号が登録されているのだろうと考えると、とても不思議な気持ちになる。
 もちろん、この番号を登録してしまったのは私自身であるわけだし、それを忘れてしまったわけではないのだけれども。
 あの男――成歩堂龍一の番号を知っていたとしても、この番号に自分からかける事は決してない、ありえない。
 ならば、無駄な事なのだ。消してしまっても構わないはずの番号。

 でも。

 ただ番号を登録して、かけるわけでもないのにその番号を眺めているだけで、そして番号の横に現れるその名前を見ているだけで、どうしてこんな気持ちになるのだろうか。
 安堵でもなく、嫌悪でもなく、心の奥がじりじりするような、説明できない感情がある。

 時々、その名前を見て、そんな感情を味わって、ただそれだけの事を繰り返して終わる。
 番号が本来の用途の為に使われる事はないだろう。検事の自分が、弁護士であり宿敵でもある成歩堂龍一に、個人的な用件で電話をかけるなんてありえない。
 その番号が、自分が望めばつながるものだとしても、かければ、いつでも声をきくことができるのだとしても。

 私は、携帯を閉じた。

 ――何をおかしな事を考えてしまうのだろうか自分は。
 そのように考えてしまう事は間違っている。
 成歩堂龍一に向けるべきは強い敵意であり、決して馴れ合ったりしてはならないはずだ。
 立場と義務を忘れてはないらない。自分は、狩魔を背負い、そして御剣怜侍を越えなければならないのだから。

 ……こんな、無意味な行為に、心が囚われている余裕はないはずなのだから。


    ◆ ◆ ◆ ◆


 僕の携帯電話には、なぜだか狩魔検事の番号が登録されている。しかも、携帯の方の。
 いつこの番号を登録したのか、僕にはまったく覚えがない。
 前に、自宅の方の電話番号を知る機会があって、その時にそっちの方は、何かの時に役にたつかもしれないかなと思って登録しておいたけれども。

 もっとも、この番号が自宅電話だろうが携帯電話だろうが、僕が狩魔検事に電話をするような事にはあまりならないような気がするけれども。
 電話しなければならない事態っていうのは、どんな状況なのかを考えると、もうどうにもなく追い詰められている時のような気がしてちょっと怖い。

 そういえば前、狩魔検事には僕の携帯番号を書いた名刺を渡したっけ。
 なんだか、一瞥されてそのままゴミ箱行きかもしれないけれども、アレ。
 いや、狩魔検事の事だから、一応は証拠品として取っておいてくれるかな。
 持っていてくれるのなら、いつか何かの理由で、狩魔検事が僕の携帯に電話をかけてくるかもしれないけれども。

 ……その日が来たら、僕はものすごくびっくりするだろうな、と、携帯を見ながらなんとなく思った。


2003.11.15.

短い話。
ナルメイは矢印・無自覚限定が基本なので、こんな感じに。
元になっているのは、オフで出した「落し物」という本の中の話です。
(オフライン情報から、内容のサンプルが見られます)